楯無明人/世界の命運を左右する者~ノア・クロノス~
方舟を降りると明るく広大な空間が目に飛び込んで来た。
――眼前には広大な湖。
――湖の周りには森林。
――上を見上げると何故か空がある。
とても地下にあるとは思えない自然に満ち溢れた空間だ。
「ここは……? 本当に地下迷宮区の第十層なのか……?」
『――そうだよ』
突然、放送が入った様にこの広い空間中に声が響いた。
男の声。それも声変わり前後の少年程の若々しく透き通った声だ。
「この声は……?」
「アキトさん! あれを見るっす!!」
「なっ!?」
ゴゴゴゴっと地鳴りがしたかと思えば、湖の中央に大きな渦潮が出来上がり、そこから何かがせり上がってくる。
「なんじゃありゃ!?」
現れたのは急勾配の登り階段がある石造りの建築物――――まるで古代文明の祭壇の様だった。
「んだよこれ……テーマパークじゃねぇんだぞ。水晶髑髏でも見つけろってか」
『上がっておいでよ? 話をしよう?』
俺たちを招く声の主はこの上にいるらしい。
俺たちは目を見合わせて頷き合い、階段を上った。
そして、辿り着いた祭壇の頂上は広めの闘技場の様になっていた。天下一でも争うつもりかよ。
その闘技場で突っ立っていると頭上から声。
「よくここまで来たね」
声の方を見上げるとパァッと強烈な光に包まれ、咄嗟に手で目を覆った。
直後に発光は止み、そこに何かが降臨していた。
――人型の光だ。
――まるでマネキン。顔に相応しい凹凸はあるものの眼球や鼻孔、口が無い。髪の毛も生えてない。
――『光が人の形を成した存在』そう例える他ない。
「まさかお前が……」
「そう。ボクはノア。君たちの運命を握る存在だ」
その光の塊が、俺たちが倒すべき存在――ノア。
浮遊するノアは俺たちを頭上から見下ろしながら言う。
「さて、一応君たちがここに来た理由を聞かせて貰おうか?」
それにはアリシアが答えた。
「私たちは、未来を救うために来ました」
「うん。そうだよね。そうだと思ったよ」
ノアはスゥーッと降りて音も無く着地し、アリシアに言う。
「君は七年後から来たんだってね?」
「はい。アリシア・C・オーレリア。未来のクロノスです」
「うん。分かってる。全部、見ていたからね。アリシア、君がここに来るのはずっと前から、分かっていたよ」
ノアは次に俺に視線を向けた。
「そして現代のクロノス――【慧眼】を持ちし者。やっぱり君がボクの前に立ちはだかるんだね」
「さっきから……まるでこうなることを全部知ってた様な口ぶりだな」
「だって、全部知っているんだよ。眠っている間のボクには、未来視の能力があるからね」
ノアの眼球に当たる場所が光り輝いた。
親父が言う。
「貴様は全知全能という事か?」
「うーん、どうだろうね? 視えることと視えないことがあるから『全知』ではないかな。それに、出来ることと出来ないこともあるし『全能』でもない。その点では、君たち人間とほとんど変わらない存在だとも言えるね」
「俺たちと変わらない存在が、世界を滅ぼすことなど出来るとは思えないが」
「うん。だからこそ滅びた時代から魔物を集めて『掛け合わせた』んだよ。世界を滅ぼすに足る魔物を生み出すためにね」
「……掛け合わせた?」
「うん。出ておいで」
その直後、ノアの背後に転移門が開き、巨大な魔物が姿を現した。
――それはあのキメラだった。
俺たちは反射的に武器を構えようとするも、ノアがそれを制した。
「安心して。この子は『まだ』君たちに危害は加えないから。もっとも、うっかり逃げ出した一匹が君たちに苦労をかけたようだけれど」
「一匹……まるで何匹もいる様な言いぶりだが」
「アリシアに聞いてみたらどう? 七年後の未来、この『キマイラ』が何匹いたのか」
アリシアは表情を歪めながら答える。
「……少なく見積もっても、千はいました。あのキメラが通った道には、何も残りません」
「千か……。ノア、貴様は人類に絶望している様だな」
「うん。絶望している。正しくは、欲望をコントロールできない人類に絶望しているんだ。欲望は誰しもが持つもの。欲望があるから人は食物を食べ、子を作り、睡眠を摂る。欲望の存在は否定できない。でも、それを暴走させると人と人は争ってしまう。だから過去に九度も世界は滅んでいる」
「十度目はそうはならない。俺たちにはその可能性がある」
「そうかな? 竜人と獣人の睨み合いは続いている。元を辿ればそれも、欲望を暴走させてしまった果ての睨み合いだ。ここだけの話、ボクが見通した未来のいくつかの可能性の中に、彼らが争う未来もあるんだよ」
「だから貴様は世界を滅ぼすのか?」
「うん。でもね、折角ここまで来てくれた君たちに、チャンスを与えても良いよ?」
「チャンス?」
ノアは小さく頷いてからこう告げた。
「このボクを打ち負かしてみなよ。そしたら人の可能性とやらを信じても良い。ただし、参加できるのはボクの寵愛を受けている――その二人だ」
ノアは右手と左手で『俺とアリシア』の二人を同時に指さした。
「おいおいおいおい、俺たちの手に未来が託されちまった訳か……」
「……責任重大な役回りですが、やらない他ありませんね、兄上?」
「だな。即席コンビだが、不思議とお前となら上手くやれそうな気がする」
「私もです。私は兄上の背中をずっと見て来ましたから。足を引っ張らぬよう、精一杯努力致します」
「ふん、今までのお前の剣技を見る限り、俺の方が足を引っ張っちまいそうで怖くなるぜまったく」
俺が光剣フィクサを抜き放つと、それに続いてアリシアが魔剣グラムを抜き放ってそれぞれ構えた。
ノアはまるで抱擁を待ち構えるかの様に、両手を緩く広げて俺たちに告げる。
「クロノスの力は『試練の力』。強大な力と引き換えにその者の人生には数々の試練が訪れる。これが最後の試練だ。さぁ、ボクが与えた恩恵で主たるボクを打ち負かして見せてよ?」
「あぁ、やってやるさ! やろうぜアリシア!」
「はい! この剣で、未来を変えてみせます!!」
絶対にこの戦いに勝って真の平和を手に入れる。
さて……さよならの前に、俺がこの世界にいた証明を残すとしようか。




