楯無明人/地下迷宮区第九層~方舟の舵手~
「儂の名前はノアズ・メイト。貴殿らの水先案内人じゃよ」
そう名乗ったガイコツの老人は一瞬の内に俺たちの目の前に転移した。
反射的に身構えるも、ノアズ・メイトは細い骨の腕をハンズアップして抵抗の意志は無い事を示した。
「落ち着きなされ。儂はノア・クロノス様の従者。戦う術は持ち合わせておらぬ」
「戦う術がねぇだと? ……おいアキト」
リーヤさんに促されて【慧眼】で観察するも、やはりこのガイコツからは魔力を感じないし、スキルも覚えてない。
それどころか、ステータスもスライムレベル。戦闘になったとしても俺たちが負ける要素は無い。
「このガイコツの爺さんが言う通りだな。この爺さんは喋るスライムだと思ってくれていい」
「ふぉっふぉっふぉ、スライムとな。そう言われても仕方がないのぉ」
すると親父が小さく手を挙げて質問攻めを始めた。
「それよりも、何の目的で俺たちの前に出て来た? それと『ノア・クロノス』という名前も引っかかる。ノアはクロノスの力に関係する存在なのか? だとすれば、クロノスの力とはなんだ?」
「まぁ待ちなされ強き者よ。話の続きは方舟の中で。さぁ、どうぞ中へ」
親父はその方舟を見ながら怪訝そうに返した。
「俺たちが素直に中に入ると思うか?」
「ノア様にお会いしたいのであれば、他に選択肢はありませんぞ?」
そいつの言う通り、この第九階層に更に下へと続く入り口らしき場所は無い。
さっきと同じ様に何処かに隠し扉がある可能性も否めないが、探すのに骨が折れそうだ。あ、目の前にいる骨と掛けたわけじゃないからな。
ガイコツ老人の『方舟に乗れ』という言葉を怪しんでいる親父が俺に言う。
「……アキト。その眼で中を見てくれ」
「はいはい。困った時の慧眼様だよな」
俺は【慧眼】で方舟の内部を観察するも、爺さんの言う通り、怪しい所は見られない。
「見た所大丈夫そうだぜ。罠とかはなさそうだ」
「そうか。では中へと入ろう」
方舟の内部はボロイ外見に反して思っていたよりは綺麗だった。とは言っても殺風景。
見様によっては幽霊船だな。幽霊がこぞって夜な夜なダンスでもしていそうだ。
「では改めて、儂の名前はノアズ・メイト。ノア・クロノス様の従者ですじゃ」
母さんが呟く。
「ノア……クロノス……」
「お察しの通り、地上で『クロノス』と呼ばれる特殊な能力を持つ方々は、ノア様の恩恵を受けた人々の総称ですじゃ」
まさか、このクロノスの力と俺たちが倒すべき存在であるノアが繋がっていたとはな。
最終決戦の時のサイナスの様子を見るに、クロノスに関してはほとんど無知なんじゃないかって思ってたが、やっぱり力の出所は創造の神ではなかったみたいだな。
先代クロノスである母さんが問う。
「待って。何でノアは私たちに力を授けたの? しかも突然。そのせいでお父さんとお母さんは最近まで結晶漬けだったんだよ?」
「それはそれは、災難でしたな。クロノスの力は人々を導き得る程の強力な力故に、代償は付きもの。貴女様の場合はご両親がそうだったのでしょう」
「代償のある力なんて必要なかった!」
「ですが、その力が無ければ創造の神を幽閉することは出来なかった。それは紛うことなき、人々を救う力ですじゃ。地上の人々を憂うノア様のご厚意と捉え下さいませ」
次に親父が質問した。
「待て。俺たちを憂う? 厚意だと? まるで俺たちに対して友好的な存在であるという言い方だな。七年後に世界を滅ぼす存在であるとは到底思えない」
するとガイコツの老人の眼差しが変わった。
いや、ガイコツだから眼球ない訳だが。ただ、もし眼球があったなら「ほう? そこを突いてくるか」みたいな目で親父を見ていたに違いない。
「ふむ、やはりノア様のお告げは正しかった。――そちらの少女が、未来よりの使者ですかな?」
物怖じせずにアリシアが一歩前に出る。
「アリシア・C・オーレリア。七年後の未来を救済するために来ました」
「ふぅむ、辛く険しい道のりであったであろう」
「はい。ですが人類の未来の為と思い、その険しき壁を乗り越えて来ました」
「うむ、そうでなくては世界の救済というノア様の悲願は果たされぬ」
なんかちょくちょく気になる言い回しをするガイコツ爺さんだな。
俺なんかが気になることを、この場にいる他の仲間が気にならない訳は無く――。
ナルエルがそれをこれ以上なく端的に聞いてくれた。
「世界の救済が悲願って、ノアって人はもしかして良い人です?」
ガイコツの爺さんが答える。
「ノア様はあくまで中立のお立場で御座いますよ。時には味方、時には敵。その様な存在であるとご認識下さいませ」
その返答に歯がゆさを感じた俺は単刀直入に聞き返した。
「で、今はどうなんだ? 敵なのか? 味方なのか?」
ガイコツの爺さんは残念さ表すように首を横に振った。
「残念ながら、ノア様は現在の人類に対して快く思ってはおりませぬ」
「はっ、やっとこさ世界を救ったのに裏ボスに好かれてねぇとはな。その理由を聞いても良いか?」
「ではまず、移動を致しましょう」
ガイコツの爺さんが右手を上げると方舟がゴゴゴと揺れ出した。
「な、なんだ!?」
「ノア様が居られるへとお連れ致します。しっかりとお掴まり下され」
「掴まる所なんかここにねぇだろ!?」
すると、カヤとアリシアとウィルベルがそれぞれ俺の服の一部を掴んだ。
「お前らっ!? 苦しっ!!」
「踏ん張りなさい」
「兄上! 私を支えて下さい!」
「アキト、お願いね!」
「ふざけ――うおぅっ!?」
船がふわっとした浮遊感の後、グインと前方に加速した。ジェットコースターにでも乗っているかの様な気分だ。女三人が掴んでる分、結構辛い。
「さて、ノア様が人類を快く思っていない理由でしたな」
「今言うの!? この態勢で!?」
「ノア様はグリヴァースの歴史を嘆いておられるのですじゃ」
「やっぱ言うんだ!? で、何に嘆いたんだ!? 神様が憑りつかれて人類に反逆したことか!?」
「それはほんの一部に過ぎませぬ。グリヴァースは幾度となく滅亡を迎えておりますじゃ。それをノア様は昔年より嘆いておられました」
「救世龍や天災での滅亡の事か? そのほとんどは略奪者グリヴァースの仕業だった! そんでそいつは俺たちが倒した! もう問題ないはずだ!」
「そうとは限りませぬぞ」
「あ?」
ガイコツの爺さんは俺に視線を向けて言う。
「確かに略奪者グリヴァースによって世界に混沌は齎された。エルフの魔眼開眼から始まったエルフ同士の抗争。複数種族での食料や領土の奪い合い。様々な理由で、人と人は争ったではありませぬか」
「だからその種を撒いたのは――」
「撒かれた種を育てたのはその人間。略奪者グリヴァースはその人間の飽くなき欲望を突いて刺激したに過ぎませぬ。この様に人間は争わずには生きては行けぬ生き物。現代では竜人族と獣人族の確執が新たな戦いの火種になるやもしれぬ。ノア様は昔年、それを憂いておられた」
「で、我慢の限界が来たから滅ぼすってか」
「その通りで御座いますじゃ」
「っ……」
ぐうの音も出ない。
というか、間違ったことは何も言ってない。
確かに人間と人間が争ったのは、他でもない人間のせいなんだ。
でも――――。
「でも、やっと手に入れた平和を奪われてたまるか。俺たちはノアを止める」
「そう仰ると思いましたので、お連れしましたじゃ」
ガコン、と方舟の動きが停止し、側面の扉ががばっと開いて、飛行機のタラップの様にそのまま下り階段になった。
「現代の人間が、ノア様が認めるに足る器であると、是非見せつけて下され。健闘を祈りますぞ」
そう言い残してノアズ・メイトと名乗ったガイコツの従者は姿を消した。




