楯無明人/ダンジョンのお約束~無限回廊~
シズクさんがタイラント・レックスへの変化を解くとアリシアは深々とお辞儀をし、俺の元に駆けて来たかと思えば――。
「兄上ええええぇぇー!」
胸に飛び込んできて、受け入れ態勢の整っていない俺は押し倒されてしまう。
ちょっと……またあの二人の視線が痛いんですけども……。
「お、おいアリシア……動けないんだが」
「ごめんなさい! 私のせいで兄上を危険な目に……。ぐすっ……もう目を覚まさなかったらどうしようかと!!」
「はっ、俺がそう簡単に死んでたまるかっての。もう二度と、あいつのビンタは御免だからな」
俺はアリシアに起きる様に促して、自分も起き上がり、時間を確認した。
サイナスとの会談から今に至るまで三日もかかっちまった。この地下迷宮区は潜れば潜るほど、階層間の長さが長くなっている。
第七階層から第八階層まで潜るのに半日を要したし、もう二階層潜らないといけないってことを考えると、あと四日って時間は決して猶予のある時間じゃない。
「さて親父。もう一回、下まで潜るか。時間が惜しい」
「そうだな。ルミナ、転送装置の調子はどうだ?」
「万全っしょ!」
「よし。行くぞ!!」
俺たちは転送装置を使って第八層へと転移した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なっげぇ……」
休憩を挟みながら第八階層から更に下へと進むこと二十時間。
螺旋階段の終わりはまだ見えない。
「全然終わりが見えねぇな……」
「文句を言ってないで足を動かしなさい」
「はいはい、分かってますよぉ」
その後、更に数時間進んでも同じような景色を繰り返すばかり。
石造りの螺旋階段。足元が辛うじて見えるかどうかの松明の明かり。ほんのり漂うカビの匂い。
そんな場所を長時間歩き続けて圧迫感を感じ始めたころ、アルトさんが言う。
「あん? この壁の傷……さっきも見たな。だよな、リサ?」
「だよなって言われても、そんな壁の傷になんて目を向けてるのはあなただけよ。でも、アルトが言っていることが正しいとすれば、私たちは『無限回廊』を歩かされているということ?」
「かもしれねぇな。どう思う、シグ?」
親父は探偵宜しく、顎に指を添えて数秒考えた後、答える。
「第八層での戦闘も大がかりなものとなった。俺たちの接近に気付いたノアが手を打ったのかもしれないな。引き返す時間もない。どうにかして突破する術を考えねばな」
「なぁ親父、その前に休憩しようぜ。もう足パンパンだ――――うおっ!?」
無意識に右手を壁についた瞬間だった。
ベコン、と壁の一部がへこんで突如、壁が割れる様に一枚の隠し扉が出現した。
「か、隠し扉!? なんでこんな所に……」
カヤが返す。
「こんな場所に隠すということは、こちらが正規ルートなのかもしれないわね。あなた、開けてみなさいよ」
「はぁ? 鬼や蛇が出たらどうすんだ?」
「だとしても進むしかないわね。安心して。あなたのことは忘れないわ」
「死ぬの前提!? ちっ、わーったよ。開ければ良いんだろ?」
が、その扉には本来あるべき取っ手が無く、引くことも出来なければ、押してもびくともしない。
しまいにはエストさんに文句を言われる始末。
「情けないのぉ。鍛錬不足なのではないか?」
「じゃあエストさんがやってみて下さいよ! これめっちゃ固いんですから」
「あ、兄上。ここに何か書いてあります」
アリシアが指したのは扉のど真ん中の位置。
そこにはこう刻まれていた。
『二人のクロノス交わりし時、扉は開かれるだろう』
「二人のクロノス? ってことは、俺とアリシアか?」
「試しに触れてみますか?」
アリシアに促されて扉に触れると、さっきまでの固さが嘘みたいに簡単に扉が開いた。
「おぉ、開いた」
「罠でしょうか?」
「うーん、見たところ道が下に向かって伸びてるし、罠だとしても行くしかないだろ。無限回廊を進むよりはマシだ」
そうして俺たちは新しく出現した道へと進んだのだが、その道中シルフィーさんがこんなことを言う。
「なんか不思議だよね」
「なにがです?」
「世襲するクロノスが『同時に二人』なんて普通あり得ないじゃない? でもあの扉は、それを要求してきた。それって扉の存在自体が矛盾というか違和感を孕んでない?」
急にやって来た難しい話に俺が首を傾げていると、マドカがフォローしてくれた。
「あの扉の開錠に必要なのはアキトとアリスですわ。ですが、アリスが未来から過去に訪れていなければそもそもあの扉は必要が無いということになりますでしょう?」
「まぁ確かに、こいつが来てなければ地下迷宮区の存在すら、忘れてたくらいだもんな。で、それがどうしたんだ?」
マドカは盛大なため息を吐いた。
「あなたは頭の回転が速いのか遅いのか、よく分からないですわね。『鶏が先か卵が先か』という話ですわ。アリスが来たから扉が姿を現わしたのか、それとも扉があったからアリスが姿を現わしたのか……因果律の話になりますけど」
「はぁ……。なんか難しく言ってるけどさ。ノアがアリシアのタイムトラベルすら見通してたとしたら、その疑問は全部解決するんじゃね?」
――――御明察ですぞ、現代のクロノスよ。
そんな声が響いた瞬間、ガコンッ! と足元の階段が崩れた。
「足場がっ!?」
まるで落とし穴ドッキリに嵌まった気分だったが、俺たちは即座に空中で体勢を整え、母さんが慣れた手つきでクッションを生み出す風魔術を放ち、無難に着地した。
「なんか慣れた手つきだったな、母さん」
「昔同じ様なことがあってね。あの時はシグルドのせいだったけど」
その話にロウリィさんが交じる。
「あぁマギステル潜入の時ですね。あの時は本当にびっくりしましたよ。まぁ、今私たちの目の前にあるこの光景も大概びっくりしますけど」
――リヒテル迷宮区第九層。
俺たちが着地したその場所は一言で言うと『ドック』だった。犬じゃない。船を修理したり建設したりする場所の方だ。
だだっ広い空間に、船の形に深く凹んだ特異な地形。
その脇には、打ち棄てられたかの様に置かれている木の船。その木船は見るからにボロく、スクリューなどの推進器は見られないが、人間が手で漕ぐにしては大き過ぎる。本当に使われていた物なのか疑問しかない。
――――よもや、ここに人が立ち入ることになるとはの。
ここに落ちる直前にも聞こえた老人の様な声。
魔眼解放状態のリーヤさんが船の船首を指して言う。
「おい、あそこに何かいるぜ。姿は見えねぇが、気配はする」
「おやおや、良き眼をお持ちの様だ」
木船の船首に姿を現したのはガイコツだった。
杖を持ち、ボロ布に身を包んでいるガイコツ。
俺たちが武器を構えようとすると「構えるでない」と言って名を名乗った。
「儂の名前はノアズ・メイト。貴殿らの水先案内人じゃよ」




