アリシア/獣神覚醒~私の中の獣~
シズク様と向き合う私に対し、カヤ様が言う。
「発作が見られた場合、ただちに【精神支配】であなたを眠らせるわ。悪く思わないでね」
「お願いします。ですが、そうならない様に努力します。自分の為にも。仲間の為にも」
「仲間の為、ね……兄妹だけあって似ているわね。アリス。これだけは覚えておいて。あなたはどんな時でも、一人じゃないわ」
カヤ様はそう言い残して去って行き、シズク様が合図をした。
「アリシア殿、用意は良いですか?」
「……はい!」
「では、いきます。変化の術!!」
ぼふん、と煙が上がったかと思えば――。
『ジガァアアアアア!!!!』
寸分違わぬ姿で、タイラント・レックスが姿を現した。
その姿を見た瞬間、ドクンッと胸が大きく跳ねた。
「アッ……! がっ……!!!」
――衝動に駆られる。
――魔物を殺したいという強い衝動に。
「アリス! 気を確かに保つのだ!!」
「ル、ミナ様……あっぐっ!?」
ドクンッ、ドクンッと胸が大きく二度跳ねた。
右手が震えだし、意志とは反して左腰に下げている魔剣グラムに手がのびる。
私は左手でその動きを制する。
「我慢ッ! 私は……憎しみになど……!!!」
『ジガァアアアアアアア!!!』
タイラント・レックスの雄叫びが耳に届き、剣を抜こうとする力も更に強まった。
「ぐっ……支配されて……たまるかっ……!」
脳裏にスキルの名称が浮かんだのはその時だった。
――【獣神覚醒】。
その四文字が浮かんだ瞬間、もう一人の私の声が響いた。
――なんで抗おうとするの? 殺したいんでしょ? 憎いんでしょ?
「確かに、魔物が憎い……殺したいほどに……憎いッ!」
――だったら私に身を委ねればいいじゃん? 九年もの間、身を委ね続けた力だよ?
「っ……今まではそれで良いって、思ってた……」
――これからもそれで良いんだよ。
「良くない! 私の身勝手が兄上を傷つけた! もう同じ過ちを繰り返したりしない!!」
――へぇ。でもそれで良いの? その甘さが、もう一度あの惨劇を繰り返すことになるよ?
脳裏を掠めるのは、魔物に蹂躙されるリヒテルの人々。
その光景が浮かぶ度に、意識が持って行かれそうになる。
――――魔物に鋭い爪で引き裂かれる人々。
「っ……」
――――魔物に爪や武器で貫かれる人々。
「うっく……わ、たしは……!!」
――――魔物に踏みつぶされてすり潰される人々。
「あっ……やめて……見せないでっ」
――憎いんでしょ? 大切な物を奪った魔物が、憎いんでしょ?
「にっ……くい……憎い!!」
――だったらさ、身を委ねちゃいなよ。一緒に魔物を殺しちゃお?
「わ、たし……はっ……私はぁ……ッ!」
私の右腕がグラムの柄を掴んだ。
獣に持って行かれそうになる意識。
殺したい。
私から全てを奪った魔物を殺したい。
憎しみに身を委ねて、あの目の前の暴竜を殺したい。
「わ、たし……はァッ!!!」
半分ほど鞘から抜いていたグラムを――――再び鞘に納めた。
「ダメダメダメっ! そんなこと、私はやらない!!」
――ケラケラケラ! 強情だね。でも本当に良いの? 魔物は町の人だけじゃなくて、あなたの敬愛する人たちの命も奪ったんだよ? 家族、仲間、友達……みんなみんな、殺しちゃうんだよ?
その言葉を聞いて、またしても胸を内側から叩く様な衝撃が襲う。
「ぐあぁっ……!?」
――さぁ、その剣を抜いてよ? 私と一緒に魔物を殺しまくろ?
「魔物……マモノ……ッ!!」
飢えた獣の様に、涎がぼたぼたと垂れる。
今までに無い程の殺戮衝動に駆られる。
「殺らなきゃ、殺られる……!!」
――その通り。だからさ、それ抜いちゃおうよ?
そして私は、グラムを完全に――――抜き放った。
その瞬間、カヤ様が私に杖を向けたのが見えた。
――そうそう、それで良いんだよ。さぁ、私に身を委ねて――――。
「うるっさいッ!!!!!!!!」
ズガドンッ! 私は両手で魔剣グラムを地面に力一杯突き立て、その衝撃で、私が立つ場所を中心に大きく亀裂が入った。
その瞬間、意識がはっきりとし、周囲から声が聞こえた。
「耐えろよアリスっ!! 気を確かに持ちやがれ!」
「諦めるんじゃねぇぞ、未来少女殿!!」
「我慢だよ、アリスちゃん!!」
「シグルドの娘ならそれくらいの誘惑に耐えてみせい!」
カヤ様の言う通りだ。
私は、一人じゃなかった。
――なんで!? なんで衝動に抗うの!?
「あなたは私の憎しみの権化――それは認めます。そして憎しみで行動するのは簡単です。でも、私はもうそっちに逃げない。憎しみと向き合って、私は私の意志で、獣になります。魔物を刈る獣に」
――へぇ……ふぅん、そっか。
心の中のもう一人の私は心底残念そうに言う。
――私に身体を委ねた方がたくさん魔物を殺せるかもよ?
「あなたに負けない様に鍛錬します。だから、あなたの力を貸して下さい。私はその力で、あなたの中にある憎しみを乗せて魔物を断ちます。そうすればあなたの中の憎しみも晴れますし、私も強くなれます。『両得』というものです」
――驚いた。お人好しって遺伝するんだね。でもま、元々私は力を貸す側なんだし、それに関しては承諾せざるを得ない。あとはまぁ、過程がどうであれ魔物をぶち殺せれば私は満足だしね。くれぐれも使い方を誤らないことね。
「分かっています。これからもよろしくお願いします。私の中の獣よ」
――こっちこそ。早く魔物を殺させてよね。
こうして私は、自らの中の獣を手懐けることが出来た。




