シグルド/地下迷宮区第八層~vsタイラント・レックス~②
アリシアを救出したアキトが――――負傷した。
俺は一目散にアキトに駆け寄ろうとするも、アルトに制された。
「シグ! アイツを倒すのが先だ! 前だけ見てろ!!」
「っ……分かっている!!」
眼前のタイラント・レックスはアリシアによって既に甚大なダメージを負っていた。
恐らく耐久力も既に半分を切っている。
俺は後列に指示を出す。
「ロザリーとシルフィーは上位魔術頼む!」
「でもシグルド! アキトが!」
「……イリスを信じよう」
「っ……分かった。シルフィー、同時詠唱のアイスランス、いくよ!!」
「了解だよ!」
「「アイスランス・セウノーシス!!」」
瞬時に出現した複数の氷の槍がタイラント・レックスの身体を上から貫通し、そのまま地面に突き刺さった。
『ジガァアアアア!!』
しかし、地面に磔にされたタイラント・レックスは力任せにもがき、氷の槍を砕いてしまう。
「あれだけ弱っていても圧倒的だな。エスト!!」
「心得ておる! 吸い尽くせ、ヴェスタル!!」
エストの魔拳によってタイラント・レックスの力が吸い取られるも、短時間では完全に吸収しきるには至らず、更に暴れ出した。
「くっ、まるで飢餓の獣じゃな。ウィルベル、黙らせろ!!」
「よくもアキトを……やったなぁああああ!!」
ウィルベルが【クアドラプル】の力を聖槍に乗せて、渾身の一撃をタイラントレックスの眉間に叩きつけた。
聖槍の『脆弱化』は対象の防御力をゼロにする。その前ではタイラント・レックスの強靭な鱗と身体は意味を成さない。
『ジガァアアアアア!!?』
そのウィルベルの強烈な一撃でタイラント・レックスの頭部は大きく窪み、そのまま地鳴りと共に頭を垂れる様に地に這いつくばった。
「総員! 総攻撃を仕掛けるぞ!!」
「「了解!!」」
こうして、俺たちはタイラント・レックスの討伐に成功した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――地下迷宮区第一層。
万全を期してルミナの転送装置でここまで戻って来た。
――――バチンッ!
広大な石造りの空間に、平手打ちの音が響き渡った。ロザリーがアリシアを平手打ちしたのである。
あの痛さを俺は知っている。アリシアもよく立っていられるな。
平手打ちをしたロザリーは右手をぎゅっと握って、アリシアの顔をじっと睨んでいる。
平手打ちをされたアリシアは涙ぐんだ表情でただひたすらに謝っていた。
「ごめんなさい……ごめんなさいっ……」
ロザリーはアリシアを睨みつけたまま、詰めた様な口調でこう返す。
「あなたは今自分がなんでビンタされたのか、分かってる?」
「そっ、それは……私のせいで、兄上が怪我を――」
「そうじゃない」
ロザリーはアリシアの両肩をギュッと掴んだ。
「あなたが自分の身体を大事にしないからだよ」
「えっ――?」
「アリスのせいでアキトが怪我をした。うん、間違ってない。我を忘れて突出したアリスが悪い。でも、元を辿ればあなたが自分の身を案じなかったのが原因。言っている意味、分かる?」
「わっ……分かります……」
「お願いだから、自分の身体を大事にしてよ。魔物が憎いのは分かったから。でもそれを理由に死に急がないで。その行動は自分だけじゃなくて周りを巻き込んじゃうの。分かった?」
「はい……ごめんさない、母上……っ……ごめんなさい兄上」
アリシアはそのまま十数分泣き続けた。
俺が言おうとしたことを全部言われたな。あれが母親か。
「立派に務まっているじゃないか、あいつも……ん?」
泣き止んだアリシアが目を赤く腫らしたまま、シズクの元へと歩み寄った。
「アリシア殿? どうかされましたか?」
「あ、あのシズク様。お願いがあるのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
アリシアは決意を込めた眼差しでシズクに言う。
「『変化の術』が得意なシズク様にお尋ねします。先ほどのタイラント・レックスに変化は可能でしょうか?」
「あの魔物に? はい、もちろん出来ますが……」
「お願いしてもよろしいでしょうか? 克服したいんです、この心の病を」
「っ!? で、ですが……」
シズクのみならず、『荒療治が過ぎる』とこの場にいる全員が思った。
カヤ曰く、アリシアの魔物に対する異常なまでの嫌悪感はアキトの世界で『PTSD』と定義されるものに近いらしい。過去に負った精神的なトラウマが原因でパニックを起こすなどの症状が出るようだ。
そしてPTSDには早急な治癒手段は存在しない。精神的な病であるため治癒魔術は適用外で、投薬やカウンセリングで長い時間をかけてゆっくりと治療するのが望ましい。
間違っても、トラウマと真正面から向き合って治そうなど考えてはいけない。最悪の場合、精神が崩壊してしまうからだ。
「アリシ――」
「止めても無駄だぜ親父。あれは覚悟を決めちまった顔だ」
俺が止めようとすると起き上がったアキトが俺の言葉を制した。
「アキト!? 目を覚ましたのか!?」
「まぁな。イリスさんとこいつのおかげだ」
アキトの手には青色の幻影剣、桜花三刀『マツニツル』が握られていた。握っているだけで所有者の傷を治す、治癒に特化した幻影剣だ。
アキトはアリシアに視線を向けて言う。
「ノアとの戦いに、きっとクロノスのあいつの力は必要になる。タイラント・レックスに単身であれだけのダメージを与えられるんだ。戦力として申し分ない」
「だからといって荒療治が過ぎる。最悪の場合――」
「大丈夫だよ。なんたってあいつは、あのシグルド・オーレリアとローゼリア・ステルケンブルクの娘なんだぜ? それに、こんな形での出会い方になっちまったが、アリシアは紛れもなく俺の妹。だったら、兄として背中を押さねぇとダメだろ」
「…………あぁ、そうだな。お前の言う通りだ。アリシアの決意を無駄には出来ないな」
こうして、アリシアは自らのトラウマと真正面から向き合うことになった。




