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楯無明人/黒幕~ノア~

 サイナスが発した、この一件の黒幕の名前。


 その名は――――ノア。


 その名前を聞いた瞬間、アリシアが震え出し、彼女の頬に獣の髭にも似た二本の線が入る。



「ノア……それが討つべき敵の名前かぁッ!」


「アリシア殿、どうかお気を確かに」


「はっ――シズク様、申し訳御座いません」



 他の皆を見る限り、ノアの名前に馴染みがありそうなのは俺を除いていなさそうだ。


 俺はサイナスに話を振る。



「なぁサイナス。あの『ノアの方舟』のノアと関係あんのか?」


「さすがは俺と同じ世界で育っただけある。結論から言おう――おそらく別人だ。だが、似たような事をしている様だ」


「似たようなこと?」


「うむ。ノアという人物、いや――存在と言った方がいいか。ともかく、ノアを一言で言い表すならば――この世界の先住民だ」


「先住民? 俺たちが生きるこの時代の前の住民ってことか?」


「いいや。『世界創世よりも前の存在』だ。彼が眠っている場所に俺とレミィが世界を創ってしまった――ということになる」



 サイナスのその言葉にミアさんが返す。



「つまりなにか、フリッツ隊長。そのノアという男は人類創世の頃からずっとグリヴァースの何処かで眠っていたと、そう言いたいのか?」


「ミア、俺はもうフリッツではない。それにあれは偽名だ」


「いーや、うちからしたらあなたはフリッツ隊長だ。色々あった。本当に、色々だ。だけど、うちはあなたへの尊敬の念を捨てきれないでいる。あなたは幼いうちを守ってくれたんだ。フリッツ隊長がいなければ、今のうちはいない」



 サイナスは「はぁ」と息を吐いたかと思えば、ほんの少し嬉しそうに頬を歪ませた。



「強情だな……カジオーによく似ている。いや……リアン、かもな」


「サイナス?」



 サイナスはハッとした後、話を戻した。



「そう、確かにミアの言う通り、ノアはずっとこの世界の何処かに潜伏していた。そして諸々の情報を加味すると、その場所は――リヒテル地下迷宮区しかないだろう」


「あそこが……。ゲームクリア後の裏ダンジョンか何かかよ……。で、一体何階層まで潜ればそのノアに辿りつけるんだ?」


「あっ」



 アリシアが思い出した様にぽつりと呟いた。



「『第十層』です。そこに黒幕がいるのだと、未来のカヤ様が教えて下さいました」



 それに対し、他でもないカヤが驚いた。



「私が? 未来の私は随分と博識な様ね。現在第七層まで踏破済みだから、あと三層ね。でもそこでノアは一体何をしているのかしら? まさか眠っているだけ?」



 サイナスが答えた。



「その通りだが、何もしていない訳ではない。奇しくも『ノアの方舟』の真似事をしている。――『種の保存』。強力な魔物を集めて自らを守護させている。諸君らは俺の書記を読んだのだろう?」



 ――サイナスの書記。


 ――Sレポート、または、創世記とも呼ばれる書物だ。



「あれを読んだ者なら分かるはずだ。この世界は『略奪者グリヴァース』の策略によって何度も滅ぼされている。君たちは『十世代目』の人類。つまり、過去に九度世界は滅んでいるわけだが、ノアはその度にその時代で最も凶悪な魔物を迷宮区に引きずり込んだ。それがあの迷宮区のボスたちだと考えられる」



 サイナスのその言葉にロウリィさんが答えた。



「あぁっ! 絶滅したはずの魔物である『クリスタルベアラー』が第二層にいたのはそういう事だったんですね!!」



 アルトさんが続く。



「俺様とセガレ殿、カヤちゃんが第五層で戦ったあのなんとかって機械。あれも前時代の遺物って訳かよ。まさにロストテクノロジーってやつか。で、肝心なノアの目的は?」



 アルトさんの言葉に対し、サイナスが答えた。



「簡単だ。世界を元に戻すことだよ」


「元に、ってのはどういうことだ?」


「元は元だ、ミハイル・アルトリウス。俺とレミィが世界を創造する前の、宇宙にも似た暗闇の状態に戻すということだ。ノアは恐らく、略奪者によって弄ばれたこの世界の人間に絶望し、見限ったのだろう」


「はぁ!? ってことはなにか!? 俺たちはこれからあの黒龍の尻拭いをしないといけねぇってことか!?」


「そういうことになる。不潔極まりないが、その尻を拭わなければ――――この世界は消えるだろう」



 サイナスの言葉に全員が息を飲んだ。


 今まで比較的大人しく聞いていたルミナさんがガバっと立ち上がる。



「そんなことになったら! ルミナが大好きなメロンもクッキーも無くなっちゃうのだ!!」



 ……は、置いといて。


 親父がサイナスに話を振った。



「では、そのノアを倒すことが破滅の未来を回避する唯一の方法だということか?」


「その通りだ、シグルド。そしてノアが覚醒するのは七年後――なのだが、倒すとなるとそう時間は残されていないだろう」


「どういうことだ?」


「ノアは今、弱っている。叩くなら今しかない」



 それに俺が返す。



「なんで弱ってるなんて分かるんだよ?」


「レミィが調べた。ノアの能力値は上下動が激しく、今から一週間の間が最も弱い時期に差し掛かる。それ以降は上り調子だ」


「また女神様か。俺たちのマキナ様半端ねぇな――ってことは、未来を救うタイムリミットも一週間ってことか。全然時間が無いな。あんたはどうするんだ?」


「俺も手伝いたいのはやまやまだが、今回の一件で我々神は手出しができない。もとより神は自らの創った世界の中で力を行使してはいけないというルールになっているからな」


「で、わざわざ下界に下りて来た訳か。はぁ……ノアだかなんだか知らねぇけど、また戦わねぇといけないのかよ」


「苦労を掛けているのは重々承知の上だ。だから――――この通りだ」



 サイナスが俺たちに向けて――深々と頭を下げた。



「は!? え、いや、ちょっ!?」


「この世界は俺とレミィの理想郷なんだ! どうか、守って欲しい!」



 こいつは腐っても神だ。


 でもって俺はその世界にいる一般人。


 神様に頭を下げられているこの状況が、いてもたってもいられないものであると分かって貰えるだろうか? 例えるなら、新入社員が社長に土下座されてる気分だ。



「わ、分かったよ! だから頭を上げてくれ! 仮にも神様が滅多に頭を下げるもんじゃねぇよ。俺たちが何とかするから」


「――いま、言ったな?」


「――は?」



 サイナスは頭を上げてニヤリと笑った。



「契約成立だ。諸君らにこの世界の命運は託された」


「は? お前演技だったのか!?」


「君たちを頼りたい気持ちに嘘偽りはない。だが元宿敵の俺からの依頼、罠だと疑われてそう易々と通らないと思った。だからヤーパンの少年。君の義理堅さを利用させて貰った」


「ずっりぃ!!」



 その直後、アリシアにがばっと後ろから抱きつかれた。



「さすが兄上です!! こうやっていつもなんだかんだ言ってもやってくれるのを私は知っています!! 兄上のそういうお優しい所が、私は大好きです!!」


「アリシア!? あ、いや、今のはだな」


「未来の為に共に頑張りましょう!」


「とりあえずお前はお兄ちゃんの話を聞きましょう!!」



 こうして俺たちの目的が決まった。



 ――――地下迷宮区第十階層に眠る『ノア』の討伐。



 親父が立ち上がり、みんなに言う。



「時間が限れている。準備を整えて早速潜るぞ。最終目的地は、リヒテル地下迷宮区第十層だ」


「「おぉっ!!」」



 俺たちはそのまま身支度を行い、地下迷宮区へと潜った。

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