6. いて座の話
「あの子、ずっと教室の隅で本を読んでるな。しかも古そうな本。」
ブックカバーもかかっていなくて、ところどころ日焼けもしている本を彼女は読んでいた。
僕はその本が気になって、タイトルを見たかったのだけれど薄汚れていて遠めじゃ確認できなかった。
「可愛いんだけどな。根暗そうなのがちょっと残念だけど。」
始業式が始まって初めての休み時間にどんな話をしているんだ、とも思ったけれども確かに可愛い。出来れば話したい。
「おい、聞いてるか?」
独り言かと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
「ん?あぁ、ごめん」
「まぁ…俺の好みじゃないけどさ。お前、ああいうの好きそうだなって。」
「失礼な、って返すのもあの子に失礼だな。そのとおりだよ。」
「なぁ話しかけてこいよ!」
「繋が行けば良いだろ!」
中学生特有のやんややんやのじゃれあい。
白鳥繋とは小学生の時からの親友だった。
毎日遊ぶほどではないが、学校に居る時はいつも一緒に居るくらい仲は良くて、たまにこうして好きな女の子の話もする。
この時はまだ、僕の心も汚れてはいなくて僅かに光は放っていたかもしれない。
それだけ騒いでいれば先生や周りからも目は付けられる。
彼女がきっと睨んだ様な顔を横目に、僕らは教室から逃げるように去っていった。
「なぁ、あの子名前なんていったっけ」
「やまなし あかりだったかな。」
「えぇ?よく覚えてるな。でもあれやまなしなんて読むのか?たしかに出席番号は後ろのほうだったけど。」
「昔、苗字を貰う時に山が周りに無くて、月が良く見える里に住んでた一族が、月見里って名前を貰ったって本で読んだよ。」
「…星一、お前は天体に関する本ならそんな雑学ですら読むのか。」
「うーん、そういう本は好きだけど、星の王子さまだけは読んだこと無いかな。」
「あー、家にそういえばあった気がする。」
「え、いいなぁ貸してよ!」
「いいけど、あれ親のだしずいぶんボロボロだぜ?頼んでみるけど、中身が千切れてても文句言わないでくれよな。」
その日のうちに繋の家に行き、繋のお母さんからその本を貸してもらって、帰宅後読破してやろうと意気込んで帰った。
しかし、読み進めていくと肝心なところで落丁してしまっていて続きが気になりものすごくもやもやした。
ちょうど、王子さまが心細くなってキツネに遊んで欲しいと言った直後で途切れてしまっていたんだ。
途切れたまま読み進めてしまっても高々10ページくらい抜けているだけだったので、ストーリーを脳内で補完することはできただろうけれども、それだとホントの物語じゃなくて自分で作った偽物の物語になってしまう。
二次創作は嫌いではないけど、自分の思っていたイメージとかけ離れてしまうことがあるからあまり読まない。
だから、二次創作を作るのはやめて翌日図書館で星の王子さまを探してくることにした。
本物を追い続けるのは、昔から変わっていなかった。
翌日、ホームルームで席替えがありくじ引きにも関わらず月見里と隣り合うことに成功した。
まだお互い知り合ってもいない段階だったので、嫌がる素振りも嬉しがる様子も無く淡々と席替えは終了したんだ。
でも、そこで転機が訪れた。
休み時間に入り、隣の彼女が机の中から取り出した本。
それは僕の読みたかった本であることに気がついた。
僕が借りた本と同じくボロボロで、でも大切に読んでいたのだろうという風な古びた汚れや刺繍のほつれで落丁したような形跡は無い。
優しい、汚れ方だった。
「星の…王子さま?」
「え…?」
その本の外見はタイトルも背表紙も磨り減っていたり日焼けしたりしていて何の本だか分からなかった。
それでも、ある二文、昨日僕が読んだ最後の文章が彼女の開いたページに書いてあったのが分かった。
『こっちに来て一緒に遊ぼうよ。ぼく、酷く切ないんだ。』
『ダメだよ。まだおいら、キミになつけられてないもの。』
まるで、どこかの誰かの心情のようだった。
偶然か必然か、そのページに星型の栞が挟まっていて、それが驚いた彼女が弾いてしまい流れ星のように机の下に落ちていった。
それを僕はすかさず拾う。
「はい、栞。」
「…あ、ありがとう」
か細い声で、聞き取るのもやっとだ。
彼女は星をすばやく受け取り、さっきのページではない適当な場所に無理やり栞をねじ込んだ。
「それ、星の王子さまだよね!俺、読んだこと無いんだ。」
「そ、そうなんだ」
「なぁ、キミが読んだ後で良いから貸してくれないか?」
「…別に、いいけど…」
「本当か!ありがとう!」
いつ読み終えるかも分からないハードカバーの本を借りる約束をしたのは、少々短絡的で無計画だった。
案の定、僕は物語の続きが気になって気になってしょうがなくなってしまってその日のうちに学校の図書室で星の王子さまを借りてきてしまっていた。
その時は何も考えず、ただ翌日の朝の時間に朝読書を設けるからと担任が言うものだから丁度良いやとしか思っていなかった。
それに、彼女と同じ本を読むことで一緒にいるような感覚を覚えていて内心はわくわくしていたのだ。
この時は恋愛感情やそういったものは何も無く、ただ新しい友達と同じ趣味で語り合える、そのことが楽しみでしょうがなく輝いているようだった。




