4. さそり座の話
中学生のとき、初めて蝋崎 星一と出会った。
何一つ特別なことは無い、ただ入学式後の初めての席替えで始めて隣になったというだけだ。
そのときの私は本当に目立たなくてクラスに一人はいそうな教室の隅っこで読書をしている無口でおとなしい女の子だった。
星一君は、そんな私にしつこいくらい話しかけてきてくれた。
当時は正直本当に迷惑だった。人がせっかく本を読んでいるのに、邪魔になるもの。
でも星一君は私ではなく、私の読んでる本に興味を持っていた。
『星の王子さま』
誰でも知っている、児童文学。いや、童話って言ったほうが正しいのかな。
でもどうやら星一君は読んだことが無かったらしい。
今思えば、私の開いたページからすぐに本の題名が出てくるということは、読んだことはあったのかもしれない。
彼は読み終えたら貸してくれと私に頼んだけれども、次の日彼は図書室で同じものを借りてきて、私の隣で読み始めた。
担任の先生は朝の読書時間を設けたんだけど、その読書時間設立初日に隣り合った男女がまったく同じ本を読んでいることに気がついてしばらくそのことでヤジられた。
思春期真っ盛りイヤイヤ期真っ只中の私には、彼がとても眩しくて、本当に苦痛で、なにより好きでもない男の子とペアにされるのが本当にいやだった。
そもそも好きとかそれ以前に、入学してたった数日間でこれだけの濃い出来事が起こったことに耐えられなくなって、私は翌日から学校に行くのをやめてしまった。
そのことを少し気に病んだのか、担任の先生は私の家に家庭訪問と称して謝罪しに訪れた。
先生とは顔も合わせたくなかったが、親に促されて渋々玄関に向かうと、先生のほかに星一君の姿もあった。
別に、星一君は悪くないんだ。たまたま隣の席の女の子の読んでいる本が気になって、続きが待ちきれなくなって図書館でその本を借りて隣の席で読んでいたというだけのこと。
それなのに彼は謝った。何を謝るのかも分からないだろうに、私に頭を下げていた。
「月見里、ごめん。俺のせいで学校に来づらくなったのなら謝る。悪気は無かったんだ。」
そりゃそうだ。君は悪くない。先生も別に悪気は無かったはずだ。
自分の殻に閉じこもった引きこもりはただ恥ずかしかっただけなのだ。
しかし、次の彼の言葉で殻に閉じこもってるのが本当に馬鹿らしくなって、翌日から私は学校へ行くこととなった。
「休み時間になると教室の隅っこで新品ではなく昔から読んでそうなちょっと古びた感じの本を読んでいたから、きっとその本が好きで何度も繰り返し読んでいるんだなって思ってそんなに面白そうな本なら一度読んでみたかったんだ。でもそれが星の王子さまだって気づいて、本当は一緒に遊びたい人がほしいんじゃないかなって思った。物語の中で、キツネも言っただろう?友達にならないと遊べないって。だから、友達になりたくて…あれ、これじゃあ俺が友達になりたかったってだけじゃないか?」
長々と大人2人を目の前にして喋ってた割には、オチの一つもつかない言葉だったけれど、私の心を全て読み透かされていたみたいで本当に驚いたんだ。
私はクスクスと笑いがこぼれてきて、照れくさくなったのか星一君も顔を赤くしながら一緒に笑いあった。
「いいよ、お友達になってあげる。」
本当は友達が欲しかったのは自分の方なのに、やっぱり照れくさくて上から目線。
先生と私の母親は心配そうな顔から一気に呆れたみたいな優しい笑顔に変わった。
ただ、先生だけは私たちをヤジったことには変わらないのでその後改めて謝罪してくれた。
「月見里、俺の借りたこの本落丁しててさ、お前が読み終えたらで良いから、貸してくれるか?」
初めて話したときよりも、もっとやさしくて温かい言葉で彼は言った。
照れくさい私は彼を見ずに、
「本当は星の王子さまのストーリー、知ってたんでしょう?なら貸さなくても良いじゃない。」
と続ける。
「実はキツネと会うところまでしか覚えてなくて、あの後王子さまがキツネと友達になれたのか気になっちゃってさ。」
だから、貸してくれと。
彼はそこまでしか知らなかったのに、全部私のことを読み透かしていたのだ。
だったら、王子さまがキツネとどうなったかは分かるはずだ。
「なれるよ、君の想像通りだったら。」
そう言って私は彼に本と愛用していた星の飾りのついた栞を渡した。
彼は今よりもっと輝いていた。そのおかげで私も光を取り戻せたのだから。
私の居場所を作ってくれたのは、彼だった。




