14. ホンモノ
「灯。」
僕は彼女の名前を呼ぶ。
訓練施設にはほかの宇宙飛行士の卵もいるが、全員男性だった。にもかかわらず、髪はボサボサ化粧っ気もまるでない灯の姿がそこにあった。…化粧っ気がなくとも容姿はもともと良いのがうらやましいが。
「…あれ、星一君…?具合悪いんじゃなかったの?」
「…ごめん。あれは嘘だったんだ。」
僕は目を伏せて言う。でも、灯は全部お見通しで…。
「そうじゃないかとは思ってたけどね。どうしたの?」
「僕も、アストロノーツの訓練を受けさせてくれないか」
「えっ…本当に?」
「あぁ。残された時間は後わずかだけど、できる限り、やってみたい。」
「いいの?残された時間、星を見ることに費やすこともできるんだよ。」
「大丈夫。もう星は掴んだ。あとは、キミを連れて宇宙へ行くだけだ。」
「私を連れて…?」
そういった瞬間、トレーニングコーチらしき人が近づいてきてくすくすと笑う。女性だが、筋肉質でスポーツ万能って印象だった。
「あなた、灯ちゃんの彼氏さん?」
「ち、違います。」
「そう?灯ちゃんの彼氏にしては随分謙虚な格好と大人しそうな印象だったから。違うんだ?」
今度は灯に向けて問う。
今ディスられたような気もしたが気のせいだろうか。
「違いますよー!幼馴染です!」
「あらそう、まぁいいわ。あなたも灯ちゃんと同じこと言うのね。彼女も、『彼を宇宙へ連れて行くのが夢なんだ』って言ってたのよ?」
「え…?」
「わああーー!言わないでくださいよコーチ!」
「似た者同士ってわけね。努力次第では本当にこの地球が終わる前に脱出できるかもよ?」
僕がもっと生きたいって言ったのは確かだが、本当に行動に移せるのは彼女の強みだな。
でも、宇宙に逃げ延びたとして、宇宙ステーションで永遠に暮らせるわけもないし、どうするんだろうか。
アンタレスの爆発が、国際宇宙ステーションまで届くことは分かりきっているし、藁にも縋る想いなんだろうけど。
「…ごめん灯。」
「なんで謝るの?」
「…灯の気持ちに気づけなくて、ごめん。」
「星一君が気づけなかったんじゃないんだよ。私が気づけなかった。空回りばかりして、星一君を元気づけようと頑張ってたことは全て逆効果だった。だから私が悪いの。」
「違う。逆効果じゃない。今まで灯がやってきたことすべてが無駄だったみたいに言わないでくれ。僕は君のその光があったから立ち直れたんだ。二人分の光だったことに気づけなかった僕が悪いんだ!」
強く感情的になってしまった。
思いのほか大きな声が出ていたらしく、大きな声が訓練施設に響き渡る。
「二人分の…」
「そう、二人分。僕は白鳥が星になったあの日から塞ぎ込んでいた。でも逆にその日から君は輝きを増したんだ。気づいた時にはもう君は僕の届かない遠い場所からも眩しいくらい光り輝いていた。それが、僕にはサングラス無しじゃ近寄れないくらい眩しかった。でももう今は違う。灯が白鳥の分まで輝いているなら、僕はその光を受けて僕も輝く。二人の光があるから、輝けるんだって思ったから…」
僕がそう言うと、灯は笑った。
「バカだなぁ、星一君は。」
そういうと僕の胸元に頭突きをして、僕を骨が折れるんじゃないかと思うくらい強く抱きしめて言った。
「私は、誰も手が届かない偽物の星を手に入れたかった。…人生の目標として、『芸能生活』をすることでみんなの手の届かない憧れのスターになることが私の夢だった。
でも、先に本物の星をあなたは手に入れた。自分の手で発見した。"本物"と"偽物"どちらが優れているかなんて私にはわからない。でも、世界中の人たちが星の数ほどある夢を叶えられないのに、あなたは叶えてしまった。だから、私は夢を『諦めた』。偽物は、偽物でしかないんだって気づいた。あなたに、本物になったあなたに『嫉妬』したんだよ…。」
「だったら!!」
僕の出した二度目の大きな声に少し驚く灯。
「だったら、夢を諦めるな!偽物は偽物であるがゆえに本物には勝てないが、本物になるために本物以上の努力をする。それは、本物よりも優れていることにならないか?
君の夢は偽物になることじゃない。本物になるための手助けを、僕がする。だから、簡単に夢を諦めないでくれ…。」
僕の言葉の途中から泣いていた灯の涙を拭ってやり、続ける。
「いいか、灯は決して偽物なんかじゃない。昔、湖に映った星を指さして、偽物の星になりたいんだなんて言っていたけどあれは本物の星だ。プラネタリウムで作り出した星なんかじゃない。少し見方を変えただけの本物だよ。
…そんなに泣くんじゃないよ。世界中のスターになれるだけの笑顔が台無しだ。」
灯は泣きじゃくりながら言う。
「…覚えてたの?あの時のこと。」
「忘れたことなんて一度たりともないよ。あの言葉があったから、僕は本物を求めたんだ。だから、今度は僕がキミを照らす番だ。」
「…バカだなぁ、星一君は。」
その後しばらく、灯が泣き止むことはなかった。




