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STELLAR PLACE  作者: 如月十六夜
14/19

12. ラベンダーとベルガモット

帰宅後しばらくして月が天に昇る頃。

灯からの電話があった。


「今日は、その…ごめんね。」


思った通りの切り出し方だった。


「謝る必要なんてないだろ。」


「でも星一君を泣かせちゃった。」


「女に泣かされる男なんてな…」



あんなに泣いたのは、白鳥が亡くなった時以来か。

両方、悔し泣きだ。結局俺は何もできずに死んでいく人を見ているしかないのだ。


わかってる。


どうにもならないことはわかってるんだ。



「ね、今から会えない?いや、今からそっちに行っていい?」


「え?馬鹿なこと言うんじゃない、何時だと思ってんだ。」


「でもね、来ちゃった。」



擦りガラスの向こう側に、小柄な人影が見える。



「…灯なのか。」


「うん、寒いから早く開けて?」


窓の奥と電話の向こう側から同時に声がする。

そう言われてしまえば、追い返すわけにもいかず灯を家に招き入れた。


…初めてか、灯を家に入れるのは。



「わー、殺風景。必要最低限の家具とお魚さんの入った水槽しかないや。」


「うるさいぞ。今お茶を淹れるからベッドに座って待ってろ。」


「おかまいなく~」



僕は星以外の唯一の趣味である紅茶を丁寧に淹れ、灯へ差し出した。



「いい香り。なんて紅茶?」


「ベルガモットラベンダーだ。心を落ち着かせる効果がある。」


「今の星一君にはぴったりだね。」


「…まぁな。」



それ以降特に会話もなく、ぼんやりとテレビを眺めながら1時間ほど過ごした。僕からは切り出さないことを灯は知ってか、話し始めた。



「…あとどれくらいこうやって過ごせるんだろうね。」


「それは僕ら次第だろうな…。」


「今日たくさん泣いたよね。でも私は泣けなかった。きっと酷い女だとみんな思ったかもしれない。」


「そうは思わないな。みんなただの貰い泣きだろう。君は強い意志があるから泣かなかっただけさ。」


「私も泣きたかったよ。星一君と同じ気持ちを分け合いたかった。でも、私も泣いちゃったら、誰が貴方を照らすのよ。」


「…よせよ。また目から水が零れる。」


「泣いちゃえ。」



僕のわき腹を強く突く灯。

決して痛くはなかったけど、いろんな意味が込められているのが分かった。



「…ありがとな。」


「何もしてないよ。」


「ずっと傍にいてくれたことに対して。」


「ふふ。」


「でもな、」


星一君は言葉を詰まらせて、震えた声で言った。



「最期の日には、僕と会わないって約束してくれ。」



私はそんな約束はできないと言いかけたが、気持ちを押し殺して、無言を貫いた。紅茶のラベンダーの香りだけが部屋に広がる。

そんな無言の私に星一君は追撃する。



「…君が眩しすぎて、どうにかなっちゃいそうだ。」


「…光を抑えれば、一緒に居れる?」


「そういう問題じゃないんだ…」


掠れた声で弱弱しく言う。


「わかった。ごめんね。」



私はそれだけ言って、星一君の家を飛び出した。


自分の髪の毛に、微かなベルガモットの香りを感じてこの日初めて泣いた。


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