11. 灯
新種の星だ。
まだ宇宙地図にも載っていない未知の星。
アンタレスを観察していた際。近くを見慣れない暗い星が周りを周回していることに気が付いた。
おそらく、『衛星』に分類されるタイプの星。地球で言えば月みたいな存在だ。
アンタレスが爆発を起こし、その光が弱まったことで元からあったその衛星が見えるようになったのではないかと思う。
このことは、世界中に論文として発信され瞬く間に有名な星となった。太陽系外惑星の、世界初発見だからね。
発見者として、その星に僕の名前が付けられることになったんだけど、僕はそれを拒んだ。
発見できただけで僕の夢は叶った。星を掴むことができたんだ。
そこで、僕はその星の命名権を灯に譲ったんだ。
世間では、スターネーミングギフトなんてロマンチックなものがあるけれど、そんなものじゃない。利用したことがある人には申し訳ないけれど、あれはただの紙切れだ。
でも、僕が見つけた星には永久に、学術的に用いられる名前を命名することになる。
世界で、地球で、いや。宇宙で一つだけのプレゼントだ。
「私が?」
「うん。君が。」
「星一君が見つけた星なんだよ?」
「僕は、この星を見つけられたって功績だけで十分すぎる。それに、君に誘ってもらえなければこの星だって見つけられてないんだ。だから、君が付けてくれないか。」
「そっか。でも、私につけさせたら『SEIICHI』って付けるけどいいの?」
「な…おい、それはやめてくれ…」
「だからね、星一君が名前を付けてくれないかな。わたしの。」
「え…?」
「命名者と、発見者は永久に記録されるんだよね。だったら、星一君が私の名前を付けたって記録したいな。せっかくならさ。」
顔を伏せて言う灯。…きっと照れ隠しなのだろう。
「じゃあ、このアンタレスの衛星は『AKARI』だな。日本語名は勿論、ともしびって書いて灯だ。」
「今のアンタレスの状態にはぴったりの名前かもね。」
灯は、そう言ってほほ笑んだ。
この日、寿命間近に迫ったアンタレスの衛星に『AKARI』という名前が付いた。
アンタレスの爆発に巻きこまれて破壊されてなかっただけでも奇跡に近いのに、この衛星にまた消滅の危機が襲い掛かる。
消滅を二度も回避できるとは思えないけれど、それを知ることは到底ないだろう。
この日を境に、僕と灯には報道のスポットライトが浴びせられることになった。
宇宙開発機構の所長さんも、自分のことのように喜んでくれた。
でも、彼女でもないただの幼馴染の名前を付けたことで恥ずかしさもあった。そのことについて報道陣から質問を受けることもあったけど、それに対して僕はすべてノーコメントで返していたのに灯は嬉しそうに僕のことを話す。それに対して、ゴシップネタを期待していた記者はつまらなさそうに。大衆向けのほんわかしたニュースを書く記者は尾ひれをつけて僕らのことを揶揄してきたんだ。勿論、悪気はないと思うけどね。
つい最近まで引きこもっていた時の僕だったら耐えられなかっただろうけれど、今の僕は違う。
僕は灯のおかげで光を取り戻したんだ。
でも、彼女は報道各社には全部同じことを言ったんだ。
「私は昔、今みたいに公の場に顔を出すような明るい性格の子ではありませんでした。でも、『星の王子さま』という本をきっかけに星一君が話しかけてきました。彼は王子さまのようにかっこよくもないし、頼れる存在でもないけれど、この人はなんて輝いているんだろうって思いました。当時の私は今のアンタレスのように、ほとんどの光を失ったような暗い星でした。でも、アンタレスの衛星を見つけた彼は、輝いていた。彼が、私という星の居場所を作ってくれたんです。照らしてくれたんです。彼がいたから、私はここにいるんです。私はこれからもずっと輝き続けます。遠い空の上で、私の名前が付いた星に負けないように。」
間接的にディスられているような気もしたけれど、そんな感情を通り越して照れ臭かったね。
さらに、最後にこんなことも言った。
「だから、こんどは私の番です。一度光を失った彼を私が今度は照らします。」
芸能人の結婚会見でもこんなこと言わないだろう。
僕はもうその時には、照れ臭いを通り越してしまって恥ずかしくなってしまった。
顔がアンタレスの如く赤く紅潮する感覚が分かるんだ。
恥ずかしくて顔を伏せる僕に、灯は同意を求めるように「ね?」と言った。
それに対して僕は返事ができず、泣いた。
感情のコントロールがうまくいかなかったせいもあるが、理由は別だ。
あんなに絶望していた世界でこんなに楽しいと思えるようになって、でも僕らの寿命はもう半年も残っていない。
もっと生きたい。もっと彼女との時間を作りたい。もっと彼女と星を見ていたい。
どうして僕らは死ななければならないんだ。どうして何もできないんだ。どうしてこんなに僕は無力なんだ。
そんなことを考えてしまって、僕は泣いた。
大人になってまで情けない顔を日本中に晒し、聞き取れるかどうか不安なくらいしわがれた声で先ほどの意思を報道陣に伝えると、その場で泣いていない人は居ないに等しかった。
本当に申し訳ない。こんなドキュメンタリー番組みたいにするつもりはなかったのに。
泣いていないのは、灯だけだった。
狼狽えて、僕を励ましてくれたけど、その優しい声が余計に僕の想いに突き刺さる。
いつだって、彼女は僕の傍にいたんだ。




