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あなたを思う恋心

作者: 雲居瑞香

突然王道の話を書きたくなって、書いてみました。

でもこれ、王道……?











 私は、同じ人に二度失恋した。




 そして今、三度目の失恋を経験している。




 河野こうの志乃しのは今年高校一年生になったばかりの十五歳だ。地元では進学校と呼ばれる部類の高校に入学した、そこそこ優秀な少女である。入学してから二週間。トイレの小窓から、志乃はそれを目撃した。

 このトイレの小窓からは、体育館と校舎の間を見下ろすことになる。そこは人目に付きにくく、この高校で有名な告白スポットであるらしい。

 そこに男女の人影があった。女子の方は背を向けているので顔も学年もわからないが、男子の方はこちらを向いていて、見知った顔だった。三原みはら知哉ともや。学年は三年で、弓道部所属。そして、志乃の幼馴染だ。家が斜め向かいなのである。


 そして、志乃の片思いの相手でもある。


 いつから、どうして好きなのかはわからない。気づいたら好きだったし、志乃に笑いかけてくれるのが好きだった。

 女子の方が飛び上がるようにして喜んだのが見えた。たぶん、知哉が告白を受け入れたのだろう。志乃は三度目となる知哉への失恋にため息をついた。小窓から離れてトイレを出る。その前に、洗面台の鏡を見た。長い黒髪を束ねている淡い青のシュシュに触れた。以前、知哉が誕生日にくれたものだ。


「髪……切ろうかな……」


 そう思った。別に失恋したから切るわけじゃない。ただ、髪が伸びてきた気がするから切るだけだ。そう自分に言い聞かせながら。

















 週末をはさみ、髪を切った志乃は緊張気味に教室に入った。ちゃんと家でも確認してきたし、大丈夫……なはず。

「おはよ」

「おはよー、志乃。……って、志乃? 志乃よね?」

「そんなに何回も名前呼ばなくても、志乃だよ」

 中学生の時、通っている塾が同じで、進学先が同じだということで仲良くしている朽木くつきみやこだ。出席番号の関係で、彼女の席は志乃の前なのである。くるりと振り向いた都は、まじまじと志乃を見た。


「……何かあった? 失恋?」


 いきなり図星をさされた志乃だが、それをおくびにも出さずに言った。

「ちょっと髪が伸びてきたなって思って。衝動的に」

「あー、わかる。そう言うことあるよねー」

 思いのほか同意してもらえて、志乃はほっとした。腰近くまであった志乃の髪はバッサリ切られ、今は肩より上、長めのボブカットといった具合になっている。たぶん、人生で一番短い。

「それと、眼鏡は?」

「私、いつもメガネかけなきゃならないほど目が悪いわけじゃないし」

「実のところは?」

「……髪をセットしてたら、フレームがゆがんだ……」

 今朝、ヘアアイロンを使っていたらメガネフレームにあたってしまい、そこがゆがんでしまったのだ。最近の眼鏡が丈夫だと言っても、高温には耐え切れなかったらしい。仕方がないので、今日一日はこのまま我慢して、帰りに眼鏡屋に持って行こうと思っている。

「ははあ。慣れてないときは、眼鏡とってやったほうがいいよ」

「次からはそうする……」

 買ってはあったが、使ったのは初めてだった。寝癖がついてしまったので、直したかっただけなのだけど。


 都は快活な少女だ。少しくせ毛気味のショートカットにくりっとした目。長身と言うわけではないのだが、手足が長くすらっとしている。何より美人だ。美人で勉強もできるってなんだ。最強か。うらやましすぎる。

 対する志乃はパッとしなかった。今は切ってしまったものの、長い髪を一つに束ねて眼鏡をかけた小柄な少女。いや、小柄なわけではないのだが、一緒にいる人がたいてい志乃より大きいので、彼女が小柄に見えるのである。一言で行ってしまえば、まじめな委員長系の外見だと思う。委員長じゃないけど。図書委員だけど。何故、利発な都が志乃の友達になってくれたのかは、ちょっと謎だ。

「でも、思いきって切ったんじゃない? 似合ってるよ」

「……ありがと。都にそう言ってもらえて安心した」

 何しろここまで短くしたのは初めてなので、どう見えているか自信がなかったが、都がそう言うのなら大丈夫なのだろう。


 この髪の長さなら、髪を束ねる必要はない。……未練がましく、知哉からもらったシュシュをつけることはない。未練て、付き合ってたこともないけど。きっと、知哉にとっては志乃など妹みたいなものなのだろうけど。

 最初から望みはないのだとわかっているのにあきらめきれない。やっぱり、未練がましいというべきなのかもしれない、と思った。

















「あれ、志乃か?」


 新学期初の委員会で少し遅くなった志乃が廊下を歩いていると聞き覚えのある声がかかった。ふと見ると、大きな看板を持った男子生徒が立っている。ちなみに、この学校の制服はブレザーなのだが、学年ごとにネクタイの色が違って、一年は青、二年は赤、三年は緑である。この男子生徒は緑のネクタイなので、三年だ。見なくても知っていたけど。


裕一ゆういち兄さん、何してるの?」


 そのでっかい看板なに。気になって尋ねると、生徒会副会長の渡邉わたなべ裕一は「体育祭の準備」と答えた。

「ふ~ん。五月だもんね。もう準備はじめるんだ……始めるんですね」

「お前、無理に敬語じゃなくていいぞ」

「でも、一応先輩ですし」

 志乃は肩をすくめた。裕一は、志乃の母方の従兄だった。志乃の母と裕一の母が姉妹で、他の親族に比べて近くに住んでいるのもあって昔、よく家を行き来していた。志乃も彼にはたくさん遊んでもらった記憶がある。

「お前に敬語で話されるとむず痒いんだよな……つーか、今帰り? 遅いな」

「まだ明るいよ。今日、委員会だったんだ」

 結局、敬語が剥がれている。十年以上敬語なしで話してきた相手にいきなり敬語は無理だ、やっぱり。顔は似ていないが、入学式の時裕一が騒いで、二人がいとこ同士だと知れ渡っているので、今更気にする必要はないのかもしれないけど。

「そうか。何委員会だっけ?」

「図書委員」

「お前らしいな」

「うん」

 自分から立候補して図書委員になるくらいには、志乃は本が好きだ。図書館や本屋に行くと、志乃が出没する可能性が高い。


「つーか、それもだけど、お前、髪は?」

「切った」

「なんで?」

「……高校デビューしようと思って」

「時期、微妙じゃね? 嘘くせぇ」

「嘘だもん」

「嘘なのかよ」


 裕一の指摘通り、高校デビューには時期が微妙すぎる。入学して二週間たっているわけで、やるならもう二週間前にやっておくべきだったのだ。


「まあ何でもいいや。似合ってるぞ」

「……ありがと」


 我がいとこながらハンサムな部類に入る裕一にそう言われると、ちょっとうれしい。ほめられるのはむず痒いが、やはりうれしい。

「裕一兄さん、呼ばれてない? 行かなくて大丈夫?」

 志乃が尋ねると、裕一は「やべっ」っと言って志乃を見た。

「悪いな、気を付けて帰れよ」

「うん。裕一兄さんも頑張ってね」

 裕一に手を振り、志乃は学校を出た。都もいとこのお兄ちゃんもいるし、学校自体もまじめな進学校なので落ち着いていい学校だ。と思う。


 志乃は家から学校まで、電車通学だ。家から学校まで三駅分。十分もかからないが、徒歩で行くと結構な距離である。そのため、電車を使って通学していた。

 家の近くの駅はさほどでもないが、高校の最寄駅はやはり大きい。飲食店などの店も入っており、高校生や大学生が友達と寄り道やデートをしていることも多い。都はバス通学なので一緒にならないが、たまに駅で一緒に甘いものを買ったりしている。


 学校帰りにデートをしている人が多いから、入学した時から覚悟はしていたが、見てしまった。知哉が新しくできた彼女とデートをしているところを。別に見つけようと思って見つけたわけではない。カフェモカでも買おうかと足を向けたコーヒーショップの店内に、並んで座っているのを発見しただけだ。予定を変更してくるりと背を向け、別のコーヒーショップに向かった。


 わかっていたが、見せつけられるとショックである。過去には彼女を紹介されたこともあるが、志乃は無理に笑っていたっけ。

 結局買ったのはカフェオレだったが、その容器を持って志乃はホームに上がる。ここは大きいと言っても地方都市なので、電車は一時間に二本から三本。これでも多い方なのだ。次の電車まではあと五分ほどある。



「お、いたいた。志乃!」



 名を呼ばれて習性で振り向き、無視すればよかったと思った。先ほどまで彼女と一緒にいた知哉がホームに上がってきていた。そのまま志乃の隣に並ぶ。

「やっぱお前だったか。珍しいな、こんな時間に」

「委員会があったの」

「ふーん。なるほど」

 そっけなく答えた志乃だが、知哉は気にしたそぶりはない。志乃は思わず嫌味っぽく尋ねる。

「彼女さん、いいの?」

「ん? あー、お前見かけたから。英理子えりこ……あ、彼女の名前な。英理子はここからバスで帰るからな」

「……意味が分からないし、彼女さんを送っていってあげればいいじゃん」

「方向が反対なんだよ。前に送ってったら、英理子も気まずそうだったし」

 それはただのポーズのような気もするが、知哉が好きな志乃としては、ここでつっこむ必要はないと判断した。



「そう。なら別にいいけど。私には関係ないし」



 そう。これに尽きる。知哉が付き合っていても、志乃には関係ないのだ。

 電車がホームに入ってきた。何か機嫌悪くね? と尋ねてくる知哉を無視して志乃は電車に乗り込んだ。帰宅ラッシュから少し時間がずれているのでそんなに電車は混んでいなかったが、さすがに座ることはできなくてドア近くの手すりにつかまった。吊革にもつかまれないことはないのだが、安定しないので志乃はあまり好きではなかった。長身の知哉は吊革ではなく、吊革が釣ってある棒をつかんでいた。


 家が斜め向かいなので当たり前だが、降りる駅も一緒で向かう方向も一緒。必然、送ってもらうような形になる。駅から歩きながら、志乃はひたすら無言だった。知哉があれこれ話しかけてくるが、全部スルーしていた。


「なあ志乃。何で髪、切ったの」

「……」


 こんな調子である。いいじゃん。自分の髪なんだから自分の好きにして。


「その髪型も可愛いけどさ、俺があげたやつ、つけてくれなくなったの地味にショックなんだけど」

「……だから、そう言うのは彼女さんに言えって言ってるじゃん」

 そんなちょっとした言葉に喜んでしまう自分が腹立たしい。知哉の彼女は志乃ではなく、その英理子という子なのだから、言いたいなら彼女に言えばいいのだ。しかし、知哉はきょとんとする。

「いや、だって、志乃の方が付き合い長いし。ちょっとした違いでも分かるっつーか。妹分だし」

「……あ、そ」

 やっぱり志乃が取った反応は素っ気なかった。

「なあ~。何で髪切ったんだよ」

「しつこい。私の勝手でしょ」

「俺があげたやつ、付けたくなくなった? あ、高校生になったし、ちょっと子供っぽかったか?」

「そんな理由で髪切ったりしないよ」

 少しずれた知哉の言葉に、志乃は呆れた。ずれているが、微妙に惜しいのが腹立つ。


「じゃ、ばいばい」


 そうこうしているうちに家の前だ。志乃は即座に家に入ろうとする。知哉の「また明日な!」という声が背中にかかった。振り返らないけど。家の中に入って、息を吐く。ただ一緒に下校してきただけなのに、これ以上ないほど心臓がどきどきしていた。


 知哉は別の人のものだ。そうわかっているのに、ドキドキするのは止められない。新しい恋でも見つければいいのかもしれないが、できなかった。


 こんなにも、こんなにも志乃は知哉が好きなのに。世界は残酷だ……そんなことを考えながら、靴を脱いで家の中に入った。

















 みんなは楽しんだようだが、志乃的には楽しくない体育祭が終わり、中間試験のシーズンである。志乃にとっては高校初の試験なので、勝手が良くわからない。とりあえず、参考書をひたすら解く日々である。家にいると集中できないので、高校の図書室で勉強していることが多かった。

 今日は一人だったが、たいていは都が勉強に付き合ってくれる。本人によると、「一緒にやると志乃が教えてくれるから」とのことだったが、志乃も教えられるほど理解しているわけではない。それこそ、従兄の裕一の方が頭がいいだろう。


 図書室で勉強した後の帰り、玄関でその裕一と遭遇した。よう、と裕一が片手を上げる。

「今帰りか?」

「うん。図書室で勉強してた」

「好きだな、図書室」

「落ち着くじゃん」

 むしろ家が落ち着かない。小学一年生になった弟が、友達をたくさん連れてくるから、おちおち勉強もしていられないのだ。集中力が足りないとか、そんなレベルの問題ではなく騒がしい。

「あー、送って行きたいけど、反対方面だからな」

「別にいいよ。最近明るいし、家も駅からそんなに離れてないし」

 別に危険なことなどないと思うのだ。いや、不審者の目撃情報とかはたまにあるけど、この地方では都会な方と言っても、やはり地方都市なのだ。それに、遅いと言ってもまだ六時過ぎである。この時間なら、まだ人も多い。

「何かあってからじゃ遅ぇんだよ」

「裕一兄さんって心配性だよね……」

 そう言いながら並んで駅まで歩く。駅からは、裕一の家は反対方向になるのだ。

「なあ志乃。お前、中間明けの日曜日って空いてるか?」

「急に何? とくに予定はないけど」

 小首を傾げて裕一を見上げる。裕一は志乃の頭を撫でながら「いや、なあ」と少し言いにくそう。


「……もうすぐ母さんの誕生日だから、プレゼント選び、手伝ってくれねぇかなって」


 何を言われるのかと緊張していた志乃は「なんだ、そんな事」と笑った。


「いいよ、別に。そう言えば確かに、もうすぐ伯母さんの誕生日だねぇ」


 私も何かあげたほうがいいかな、とつぶやくと、裕一は言った。

「母さんがお前が作ったケーキが食べたいって言ってたぞ」

「ホント? じゃあ調子に乗って作ってみる」

 ぱっと顔を明るくした志乃に、裕一は顔をしかめた。

「お前、その顔、他の人の前ではするなよ」

「? どんな顔?」

「……まあいいや」

 裕一は肩をすくめると、また志乃の頭をかき混ぜた。乱れた髪を整える。日曜日の予定を立てているうちに駅に到着した。方向が逆である裕一とはホームが別になる。

「じゃあな、また明日」

「うん」

 改札までは一緒に通ってそこからそれぞれのホームに分かれる。一人になった志乃は、スマホのスケジュール機能を呼び出し、日曜日に予定を入れた。この県で一番大きな駅……つまりこの駅になるが、そこに日曜日、午後一時集合。基本的に出不精だが、買い物は好きなのでちょっと楽しみな志乃だった。

















 中間試験も何とか乗り切り、裕一との約束の日である。学校ならともかく、お出かけなのでちょっとおめかしをしていくことにした。おめかしと言っても大した化粧もヘアアレンジもできないが、気分の問題である。学校なら、制服でごまかせるけど私服だとごまかせないから。

 約束の時間より少し早くついたが、裕一は改札前でもう待っていた。あわてて駆け寄る。



「ごめん、お待たせ」

「いや、電車の関係で少し早くついただけだ。気にすんな」



 こうして気遣いのできる裕一は、結構モテるらしいのだが、そう言えば彼女の姿は見たことがないな、と思った。

「どこに行くか決めてるの?」

「とりあえず、中心街のほうに出てみようと思ってる」

「わかった」

 中心街と呼ばれる、会社やブランドショップなどが入ったビルが立ち並ぶ場所は、学校がある出口とは反対側の出口から出ることになる。バスに乗り、中心街に向かった。


 中学生の時も友達とたまに来たが、中学生には少し大人っぽ過ぎる場所だ。高校生になった今でも、それは変わらない。さて、と裕一が志乃を見た。

「どこから行くべきだ?」

「なんで私に聞くの……まあ、高校生だし、伯母さんに宝石とか渡しても喜ばなさそうだよね」

「お前は喜ぶか?」

「高いものは気が引けるからいい」

 むしろアクセサリーなどは好きな方であるが、宝石などをもらおうものなら、どうしていいかわからない。自分の身の丈に合っていることが大事なのだ。

「無難に花とかは? 花束じゃなくて、オアシスにさしてあるやつとか」

「……それもいいな。あともう一つくらい……」

 志乃はスマホを取り出して、『母 プレゼント』で検索した。ざっと見て言う。

「旅行とか食事とかがお母さんがもらってうれしいプレゼントらしいけど」

「高校生には難しいな」

「ですよねー」

 となると、無難に雑貨とかお菓子とかがいいのかもしれない。それか洋服とか。

「あ、これから夏になるし、ストールとか。紫外線除けのもの」

「あー、いいかも」

 裕一も納得したので、先にストールを見に行く。花は後から買うことにしたのだ。服飾店の多いビルを選んではいる。予算も厳しいので、よく探さなければならない。


 裕一とあれじゃない、これじゃない、とするのは楽しかった。裕一は、やはり自分の母だけあり、似合う色や形などをわかっているが、やはり女性と男性で感性が違うので志乃のダメ出しが入ったりした。

 時間をかけて水色のストールを選び、包装してもらう。それから花屋に向かった。花屋に並んでいる商品を見て、花を買うと鉢植えでもオアシスに刺さったものでも世話が大変なので、瓶に入ったカーネーションを買った。生花だが、なんか保存液に使っている……らしい。見た目にも結構きれいだ。ハーバリウム、というらしい。

「悪いな、付き合ってもらって」

「ううん。私も結構楽しかったし」

 志乃がそう言って笑うと、裕一も「ならよかった」と安心したように微笑んだ。


「これ、やるよ」

「? なに?」


 裕一が手を差し出すので、志乃も手を出してそれを受け取った。小さな袋に入っていたのは、青い玉の連なったヘアピンだった。二つある。

「今日付き合ってくれた礼」

「……いや、大したことしてないのに、悪いよ」

「いいの。高いもんじゃねぇし、入学祝ぐらいに思っとけよ」

「もう入学してから三か月たってるよ」

 志乃がつっこむと、裕一に「ぐだぐだ言わずに受け取れ!」と怒られた。裕一にはこういうところがある。志乃は笑った。

「うん。ありがと。うれしい」

「そうか……」

 一転、ほっとしたように笑う裕一は、志乃の頭を撫でた。ばいばい、と別れながら、志乃は八月の裕一の誕生日にも何か用意しよう、と心の中で思った。

















「あちゃー……」



 家の最寄駅まで来て、志乃は顔をしかめた。ちょうど梅雨時。傘を持ってくるのを忘れたのだ。正確には、朝、学校には持って行ったのだけど、学校に置き忘れてきたのだ。帰り、学校近くの駅に行くまでは晴れていたので。もしかしたら盗まれている可能性もある。まあ、安物だからいいけど。

 家までそんなに距離はないが、走って帰るのをためらうくらいの雨量ではある。あいにくと、この駅はそこそこ大きいが、コンビニなどはない。こういう日に限って、折り畳み傘も入っていなかった。

 一応、親に連絡を入れてみようか。まだ帰っていないだろうけど、と考えていると、後ろから声がかかった。



「志乃、何してんだ?」


「……知哉」



 声で分かっていたが、後ろにいたのはやはり知哉だった。志乃はどぎまぎしながら答える。

「傘……忘れたから、親に迎えに来てもらおうかなって……」

「この時間ならまだ仕事中じゃね? それに、わざわざ呼ばなくても、ほら」

 そう言って知哉が差し出したのは傘だった。志乃は目をしばたたかせる。

「え?」

「え、じゃねーよ。お前さして帰ればいいじゃん」

「いや……知哉は?」

「別に俺は濡れてもいいし」

「それは……なんか悪い」

 志乃がしり込みしていると、「じゃあ相合傘だな」と言って知哉は自分が傘を持ち、志乃の手を引いて傘の下に引き込んだ。傘が雨に打たれる音がする。


「や……っ! ありがたいけど、彼女さんに悪いよ!」


 雨音に消されないように大きめの声で言うと、知哉から「は?」という返答があった。

「……ああ、お前知らないのか。英理子とは、わかれた」

「別れ……た?」

「ああ」

「なんで?」

 別に聞く必要はないのだけど、何となく聞いてしまった。知哉は答えづらいのかもごもごと口を動かす。

「なんでって……お前。何となく?」

「私が聞いてるんだよ」

 まあ、無駄につっこまないことにした。彼女と別れたというのはどちらかというと悲報に入るはずだが、喜んでしまう自分の心の浅ましさが嫌になる。


「……そのヘアピン」


 唐突に話をそらしてきた知哉に、志乃は彼の視線の先にあるヘアピンに触れる。前に、買い物に付き合ったお礼に、と裕一からもらったものだ。


「これ? 似合わないかな」


 派手過ぎず地味すぎず、志乃としては結構お気に入りである。裕一は志乃の好みも良くわかっているなぁと思った。


「……いや、可愛いけど、それ……もらいものなんだろ」


 何故かむっとしたように言う知哉に、志乃は首をかしげながらもうなずく。


「うん。裕一兄さんから」


 従兄である裕一からもらったのだから、特別な意味はない。そう思って正直に言ったのだが、知哉にとってはそうでもなかった、のかもしれない。

「……志乃は、裕一が好きなのか?」

「なんで?」

 本日二度目の問いかけである。本気で不思議そうに志乃は言った。知哉は「あー」と意味のない音を口から漏らしながら視線をそらす。

「……前、一緒に出掛けてただろ。それに、そのヘアピンだって」

「私と裕一兄さん、いとこ同士だよ」

「いとこでも結婚できるじゃん」

 志乃は眉をひそめて知哉を見上げた。

「そうだけど、親戚でしょ。裕一兄さんは兄さんだし。ヘアピンだって、兄が妹を甘やかす感じでしょ」

 たぶん、裕一はシスコンの部類に入るのではないだろうか、と志乃はひそかに疑っている。

「……じゃあ、志乃は裕一が好きなわけじゃないのか」

「もう。しつこいよ」


 志乃が呆れたように言うと、知哉は少し情けないくらいに笑み崩れた。


「そうか」

「……なんなの」

 志乃はちょっと引いてしまった。まあ、本当に引くと雨に濡れてしまうから心もち離れただけだけど。

 そこからは沈黙だ。そんなにかからずに家の前に到着した。


「……それじゃ、ありがとう、知哉」


 志乃は傘から出て傘に入れてくれた知哉に礼を言う。雨はだいぶ小雨になっていて、走って玄関に入ってしまおうとした志乃だが、傘を出る前に知哉に腕を引かれた。



「……あのさ、志乃」

「……何」



 知哉の緊張が伝わるように、志乃も強張った声で答える。たっぷり沈黙をはさんだ後、知哉は言った。



「今度、部活の試合があるんだ。俺の、高校最後の……。お前、見に来てくれないか?」



 どこか必死な知哉の顔を見上げ、志乃は数度瞬きした。



「へ?」



 そして、志乃は返答の代わりにきょとんと首をかしげたのだった。










ここまでおお読みいただき、ありがとうございます。


志乃はツンデレ、都はハンサム系女子、裕一は(私の)理想の兄、知哉は少女コミックのヒーローみたいな印象で書いてます。


志乃と裕一はいとこだし、裕一と知哉は同じクラスの友人です。


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― 新着の感想 ―
[一言] えっ、ここでおしまい? こっからでしょうって、ところでお話しが終わったのでがっくりが大きいですね。 タグに、失恋ではないとあったので ヒロインが誤解してのーかなーと、思って読み始めた。 …
[一言] 続きが気になります。 幼馴染みは好きになれません。 主人公は従兄と付き合ったら良いのに。
[良い点] あれ? これって続くんですよね? って終わり方ですね。 本命がいるのに取っ替え引っ替えは、男的には許し難いもんです。 まぁ高校生だとそんなもんなんでしょうけども。
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