第九 長門の海~壇ノ浦
第九 長門の海~壇ノ浦
辰夫は、琴屋の船を扱っている船元と言う漁師の家に世話になっている。辰夫はこの船元の家に入ると直ぐにこの家の頭領に願い出た。「自分が世話になる期間は三月ほど、その間に長門の海の潮のことや風のことを教えてほしい」と言い、一の谷の戦の後に源義経と梶原からお墨付きと一緒に僅かであるが貰って大事にしていた宗銭を渡した。この辺りでは宗からの船も珍しくなく宗銭の価値も認められているようで、船元の頭は快く引き受けてくれた。
いくら琴屋の頼みでも、ただで幾日も世話は、出来ない。船元も琴屋の頼みだけでなく銭と引換えに三月の世話をするという条件であれば悪くない。
辰夫は、壇ノ浦の戦いまで自由でいたかった。集中していたかったのである。
辰夫は漁師小屋の一つを借りることが出来た。小屋と言っても屋根と四方が板で囲まれただけのものであったが、ウィンドサーフィンのセットは収めることが出来るので好都合であった。
辰夫は、ここに来てからの段取りは、考えていた。手漕ぎの小さな舟で毎日壇ノ浦付近から彦島に向かって船を浮かべていた。
平家が屋島の戦いに敗れ彦島に入れば、そう海上をうろうろ出来ない。平家がやってくるまでにこの辺りの潮の流れや風の向きや強さを知っておきたかったのである。辰夫は壇ノ浦の戦いの中で春一を助けるのに、「いちかばちかの風任せ」にするわけにはいかない。
風が吹く方向、強さに規則性があるのであれば必ず見つけなければならないと考えていた。潮の流れには規則性があり、潮の満ち曳きにもある。月の満ち欠けから凡そ分かるが、地元の漁師である船元で聞くことも出来る。宗銭の効果が高い間に辰夫は「聞けるものは聞こう」とこと細かく聞きまくった。
辰夫の行動は船元の家でも不思議がられたが、辰夫は気にせず毎日長門の海に出た。
冬の強風の中、海峡に小船を出して流されて、やっとの思いで遠くの岸にたどり着き嵐が過ぎ去るまで岩肌の海岸で一日過ごしたこともあった。
辰夫はこのことが何故か恐怖には感じなかった。全てのことが我慢でき、怖くないようになっていたのである。
船元に来てから必要なこと以外何も話さない。鬼気迫るものを身につけて来ていた。辰夫自身寒さ熱さ、痛みすら感じないのではないかと思うほどであった。
このようなことは、何処から来るのか、春一を助けたいという気持ちからであるのは分かっているが、それだけではないように感じていた。
この時代に生きている者を見て、感じて、この時代の空気を吸うことで辰夫がこの時代の生きている人間の魂のようなものを見につけているのである。
武士や農民、漁民。琴屋のような物を造り生きている者達。辰夫が生きていた時代は、多くの者が未来を保障されていた。明日の食べる物がないなど、この時代では不安でもなんでもない。明日生きているかどうかの中で過ごす時代なのである。生産者は飢饉と搾取と戦い、支配者は命を引換えにしている。誰もが明日の命の保障がない中で生きているのである。
辰夫はいつのまにかこの時代で生きている人達と同じように、自然に命を削る生き方を身に着けたのである。それで今の辰夫を動かしているのである。
しかし、辰夫は、この時代に来て一年ほどである。この時代の人間ではない。命を削る生き方は、長くは出来ないのである。一月も経てば身は痩せ、気力だけで生きているようになってきた。当の本人は気づくはずもなく、むしろ今まで以上に精神が研ぎ澄まされてきたのである。
壇ノ浦の戦いは辰夫の記憶では三月である。しかしまだ彦島に向う平家の影すら見ることはない。もう直ぐ三月になるではないか、考えれば考えるほど不安が押寄せ辰夫自身精神的に不安定になってきている
辰夫は、2月の終わり頃岸辺に一人座り、海を眺めていた。何故か今日も、海に出たくないと思ったのである。昨日もそうであった。ここでずっと朝から晩まで海を眺めていた。やらなければならないことはあるし、それは分かっている。ただ食欲もなく、力が出てこないのである。仕方なく海を眺める。
千年先と海峡に位置する島の配置は変わらないような気がする。ただ、今見ている海峡には橋がかかってない。
その辰夫の眺める先に船が映った。
「いつもより、漁に出ている船にしては少し大きい」ように感じたが、気にすることもなかった。
しばらくして、辰夫の背筋が凍った。船団である。「平家が来た。」屋島で敗れ彦島に向かっているのである。
あの中に春一がいる。そう思った瞬間辰夫は、頭の中が真っ白になり、「次」を考える思考を亡くした。
今までの苦労や努力は何の為かを全て忘れてしまった。
春一がそこに居ると思っただけで居ても立っても居られなくなった。
いつも使っている手漕ぎの船であの船団に向かおうと思ったのである。
福原からずっと考えてきた全ての計画が頭の中からなくなり、本能のみで動きだしたのである。
ここ一ヶ月間の辰夫の行動は、あまりにも鬼気迫るもので、精神をすり減らすものであった。辰夫は、静かな海峡を眺め、何も起こらない不安、そこに現れた平家の軍船を見て今にも源平の合戦が始まり、こんな岸で眺めていて、間に合わなくなるのではないかと思う不安とが、辰夫の体を動かしていた。
不安な状態がこんなに長く続き体力が持たなかったのである。
そして目の前を通る春一を感じて、本能のみの行動となったのである。苦労して作り上げたウィンドサーフィンには見向きもせず、手漕ぎの小さな舟を浮かべている泊りに向かったのである。
辰夫は、始め歩き出し、次第に小走りへとなって最後は夢中で走り出した。辰夫の住んでいる船元の小屋が見えてきた。小屋の向こう側の泊りに舟を浮かべている。辰夫の目には景色すら入らない。息を切らし苦しいことすら感覚として分からなくなっていた。
人の声も、辰夫の目には泊りまでの道とその向こうに進む船団、そして耳には砂を弾くほどの強い風が顔に当る。辰夫は、目を開けていられないほどの突風であるのに目を閉じようとしない。辰夫にとっては風の音など耳に入ってこない。無音の中を駈ける辰夫の前に何かが飛んできた。
辰夫は気がついたが意識の中でそんな物はどうでもいいと思った。自分の行く手を遮るものには何も興味はないのである。無我夢中で走っているのに、あまり景色が変わらずなかなか前へ進まない。まるで宙に浮いているように感じた。全てが夢の中であるように。
辰夫の顔に布袋が当たった。「辰朝さん」大きな声である。聞き覚えがある声であった。
「小夏」、辰夫は、何か不思議に思った。「何故小夏さんの声が聞こえたのだろう。何が顔に当たったのだろう。痛くない何か柔らかい物のようだ。」、「辰朝さん」今度は男の声である。
「管六さん」。と頭に過ぎった。
辰夫の身体は止まり、そして、その場で立ち尽くし、海の上を進む船団を見ながら泣き出した。何が悲しいのかわからない。何もかもが悲しいのかもしれない。ただ止め処もなく涙が溢れ出した。そばに寄ってきた管六の顔を見て、辰夫の身体中に張り付いていた何かが、辰夫の身体を支えていた何かが剥がれ落ちていった。
辰夫は、一人では立つことが出来ない。さっきまで自分の身体を動かしていた力は何だったのか分からない。
管六と小夏の顔がとても懐かしく、真冬の風の中にいるのに寒くは感じない。辰夫は自分の心の奥に押さえつけて、閉じ込めていた不安と言う固まりが、気持ちが、自分を動かしていたことに気づいた。
その気持ちは、管六の顔を見るだけで。
辰夫はそれでも自分で自分を支えていかなければならなかった。ほんの少し寄りかかれるものがあればきっとこんなになるまで自分で自分の精神を張り詰めなくても良かった。
この長門での一人で過ごした。そのことは、辰夫にとって始めてのことであったことをこのとき始めて気づいたのである。
辰夫は泣きながら崩れるように座り込み、遠くを航行する平家の船団を眺めた。管六と小夏は辰夫の急な変化に「始め何があったのか」と思ったが二人は二人で辰夫の心を感じ、一言も辰夫には話しかけず辰夫の見る海を同じように眺めた。いつのまにか小夏も辰夫と同じように涙を流していたのである。
三人の沈黙はどれくらいあったろうか。最初に声を出したのは管六で、明らかに辰夫を元気付けようとしての声であったが何か引き攣っていた。
「辰朝さん、来たぞ。なんか手伝ってやろうか」
辰夫には管六の気持ちが十分過ぎるほど分かっていた。でも今は静かに海を見ていたい気分であった。でも、今、正気を取戻していられるのは管六のお陰であることは分かっている。だから一言だけ管六に言った。「管六さん、有難う」と噛み締めるように答えた。
確かに管六に聞こえた。そして、長門の海に目をやった。
小夏が管六の裾を引っ張り、辰夫の住む小屋に誘った。管六も背負ってきた食材を思いだしたように目をやり、小夏と共に歩いた。
管六は辰夫の様子を見て、「何か食べさしてやろう」と考えてのことである。
辰夫は、少しずつであるが現実に戻りつつあった。平家の船団が海の彼方へ消え行くのと反比例するように平家の船団がイメージとして大きく辰夫の心に迫って来たのである。まさに壇ノ浦の戦いを頭の中で描き出していたのである。
この時点で辰夫は、切り替わっていた。辰夫の前に広がっている長門の海は春一との感傷に浸る海ではなく、源平の最後の戦いとなる壇ノ浦の戦いで、その中でどのようにして春一を救い出すかをイメージする海に変わっていた。
辰夫は、今まで氷のように冷たく、神経質なほど精神が鋭く、自分を追い詰めることにより発するエネルギーで、この長門の海に臨んでいた。
今、変わった。春一が目の前にいる。心が熱くなり、頭は、自分で意識することなく考え出している。辰夫は堪らず立ち上がった。
辰夫の小屋では、管六と小夏が食事の用意をしていてくれた。それを見た辰夫は、久しぶりに「腹が減った」と思った。管六と小夏の間に入り、辰夫も食事の仕度を手伝った。
「管六さん、何時も有難う。久しぶりに腹減った。」
「辰朝さん、飯食ってるか、少し痩せたようだ。でも長門は遠いな。足の達者な俺でも五日もかかった。平家の船団は以外とゆっくりだったのだな。多分厳島神社に寄っていたのだろうけど、旅の噂で聞いた話だけどな」
辰夫は、平家のことが知りたかった。
「管六さん、屋島で平家が負けた話で知っていることを教えて下さい」
「おら達は平家が屋島で負けたのを聞いて直ぐに旅にでた。辰朝さんの話を疑っていたわけじゃないけど、ほんとに平家が長門に行くのか分からなかったからな。だから屋島のことは旅の噂しか知らんが、義経様がまた変わったことをされたらしく。海から攻めるはずが平家の裏をかいで海の反対側の山側から急に現われたらしく、それに驚いて平家の人達は直ぐに船に乗って海に逃げたらしい。だから平家の者はあまり死んでおらんようだ。木曽義仲に追われ九州に逃れ、九州・南海の武将を集め盛返した時のように一旦西国に行きたて直すとの噂じゃ」
小夏も話しに入ってきた。
「山陽道は、平家も源氏も今のところ無いみたい。だから旅をするのには良かったよ。みんな、平家や源氏のどちらについていいか分からないから黙ったまま、自分も言わないから人にも聞けない。じっとして今はどっちに付くか見ているだけだから、旅の途中、どこも止められることが無かったよ。」
「ということは、まだ山陽道には源義経の兵が下ってきていないのですね」
「それは、確かじゃ。わしらも三郎が来ていないか気にしていたから、義経の兵が下って来たら分かる。」
「源範頼様は一月に豊後に兵を進められた。平家も厳島神社に寄るだけで陸には上がらないでしょう。山陽道に拠点を置けば挟み撃ちになる。山陽道の国々は一応源氏方の振りをして、平家有利となれば直ぐに平家に寝返ることを考えている。」
「辰朝さんは、知っているんでしょ。どっちが勝つか、京の占い師の話はどう言っていたの」
「はい、源氏が勝ちます。」辰夫は、言葉を濁すことなくはっきり言った。
「辰朝さん、宮司さんより占いが上手」
この2月の終わりの一日は、辰夫にとって、本当の意味で壇ノ浦の戦いが近づいてきたことを感じる一日になった。
翌日から管六は街に出て源氏の動向を探りに行った。小夏も三郎のことが気になるようで管六の後を付いて回った。管六は長門の街そのものが沈黙を守っていて何かに脅えているように思えた。恐らく平家が勝とうが源氏が勝とうがどちらにしても得はなく、搾取されるのみに感じられていたのである。考えてみればいきなり自分達の町や村が戦場にされるのである。
その点平家が都を置こうとした福原の街とは異なった。
管六は、周防にまで足を伸ばしていた。周防を守護している三浦氏が義経の軍に参会したという噂を聞いたからである。辰朝さんの話では「水軍か漁師を源氏は必要としているから海沿いの町の方が目に見えて動きがある。」と話していたので、周防の海沿いの町を歩いた。
確かに周防の町は、旗色をはっきりさせているようであった。港では漁船が軍船に変えられており、武将が町を歩いている姿が見うけられた。恐らく源氏の武将だろうと管六にも分かった。
管六は、暫くこの街に留まることを考えた。一日一日と武将が増えているのがはっきり分かるからである。街そのものによそ者が増えるとよそ者の管六も警戒されずに話が聞ける。
管六自身山男であるので海の街は苦手なのである。ただ、同じような男が港を闊歩していることから話は聞きやすく、福原と同じでにわか源氏や源氏に志願を考えて集まってきた武将も蠢き出していて、管六もその一人のように街では思われているようであった。
こうなると素人の管六でもいろいろと情報を知ることが出来そうであった。
街の中ではというより、各港に兵部省(軍事を司る役所)を設けて船手や水手、舵取を募っている。何故か兵は多く求められていないようであった。管六が兵部省へ直接行ったわけではないが、志願兵の話ではそうであった。そのためそういった志願兵が街に溢れている状態であった。
管六は、当然の如くこの街で漁師の知合いはいない。勿論海賊の知合いもいない。なんとか水手か舵取で雇われた者から話が聞きたいと思った。そう言って妹の小夏を使う気にもなれない。女の武器を使えばと考えることもあるが、それは、あまりにも危険過ぎる。
ただ小夏はあまり深く考えていないようで、取合えず三郎がこの町に来ていないかが気になりだしていた。街の中には多くの源氏の兵が歩いているからで、小夏は一人で源氏の武将が集まっている屋敷の回りをうろうろしていた。
「そこの女、何をしている。」武将に声を掛けられた。小夏は、あまりに大胆にしつこく屋敷を覗き込んでいた。声を掛けられたのは当然といえば当然である。
小夏は、単純である。「はい、三郎が来ておられないかと、」
「怪しいとは思わぬが、そう、屋敷を除きこまれるとこちらも声を掛けねばならぬ。何者じゃ、もう一度申せ」
「鷲尾三郎義久様です。」
「義経様の御家中の鷲尾殿か。」
「はい、知っておられますか。」
「名だけであるが、鷲尾殿はまだ来られてはおられぬ。こちらに来られるとは聞いておるが」
「有難うございます。」と言って飛ぶように喜んで屋敷から走って管六のところに戻った。
「お兄ちゃん、もう直ぐ三郎がこの町にやって来るよ。」
源氏の者に上手く話すことが出来れば、何か重要なことが分かりそうに思っている管六は、悶々としていた。そんな時に小夏の「三郎が来る」との話である。
「小夏、三郎が来るというのは本当か、」
「本当だ、源氏の人が集まっているお屋敷で聞いてきた。」
「どうやって」
「覗いていたら、御武家さんが「何かようか」と話しかけるので、「三郎さんは、いますか」て、聞いたら「もう直ぐ来る。」と言われた。」
管六は、なんと「単純な」と、思わず声を出した。今まで何とか良い話は無いか探っていたのに、小夏がいとも簡単に三郎が来ることを探り当ててきたのである。
管六はこのまま一気に屋敷に乗り込んで三郎を訪ねようと考えた。
翌日管六と小夏は、源氏の屋敷へ行った。三郎はいないと門前払いであったが、二日目小夏が話をした武将が出てきた。それを見逃さず管六が小夏を連れて「鷲尾三郎様は居られますか、」と訪ねた。
「なかなかしつこい女子じゃ。何か急ぎの用でもあるのか」
「我々は、播磨の国鷲尾村の者、この者は、私の妹で三郎様の許婚、三郎様の子を産み一目三郎様に会ってお知らせをと思いまして」
「三郎殿はまだじゃ、じゃがそう先ではない。下弦の月になるまでには来るであろう。それまで待て。その後も暫くは忙しくなるが、我等は陸の者、会うことぐらいは出来るであろう。」
猟師である管六にとって月の満ち欠けは、月の暦の意味をなすので素直に後十日ほどの間に来るのであると直感した。それがわかれば十分であると思った。管六はその武将に三郎が到着するまで迷惑であるが訪ねに来ることの了解を得て引上げた。
義経の直属の兵は何かと注目を浴びており、三郎のような新参者でも名前が知れ渡っていた。
管六は、三月二四日、下弦の月の日である。その日に何か意味があるように感じた。漠然とであるが、三郎はその日までにこの地に来なければならないのであるのは確かである。その後忙しくなるのは、武将にとって戦があるからではないかと考えた。取合えず管六は、長門の海にいる辰朝に知らせようと思った。
管六の足で長門の辰夫のところまで一日もあれば行く事が出来る。管六は、直ぐに辰夫のところに行った。小夏は毎日源氏の屋敷に通うことにした。三郎に会えばもっと詳しいことが分かるからである。
管六は、辰夫の所へ行き源氏の屋敷での話をした。
「管六さん、有難う。管六さん恐らく三月二四日当りが源氏と平家の決戦の日と思います。下弦の月の日を源氏が選んでいるのは、潮の満ち曳きが一番少ない日。船戦が苦手な源氏にとって一番海のおとなしい日を選んだのだと思います。後は天気だと思います。春に吹く季節の風、春一番もとうの昔に終わっています。梅雨にはまだ早い。恐らく源氏の望む天気になると思います。流石に源義経ですね。」
管六は、下弦の月からここまで考えられる辰朝が怖いくらいに思った。「この落着きはなんだろう。決戦の日が分かっても何の焦りも見せない。」いや、見せないのではなく焦っていないと思った。管六は辰夫に「焦ってないな」と言った。
辰夫は、ほんの少し笑みを浮かべて「恐らくその辺りだろうと思っていました。それに下弦の月のときの海上の様子は、先月、船を浮かべて調べておきました。準備は出来ています。後は、風だけです。この辺りは南風が急に強く吹き、船も進めなくなるくらいだそうで、彦島にはそのために南風泊りという港まであります。南風で船が戻されるのを恐れ、風が止むまで避難する港だそうです。その風が吹けば申し分無いのですが、まあ、それなりの風が吹いてくれることを期待します。管六さんのお陰で、三月二四日を目途として全てを集中していけます。本当に有難う御座います。」と最後には、やけに改まって礼を言った。
辰夫は、やけに落着いた様子で管六に話した。
管六は、辰朝に今までと違うものを感じた。何か一回り大きくなったような、言葉でいい現せない何かを感じた。
辰夫自身も自信に満ちたというよりか、何が起きても自分を信じ動く、そして「死」すら恐れないのではなく、行動の向う側の結果に死というものを感じないように見えた。
辰夫自身気づいていないのであろうが、この時代に慣れて、この時代に同化して、この時代を受け入れてしまった辰夫は、この時代で生きるという平凡な人として当たり前の心を持った。
そして、戦場に出るときの心がけまでも身につけた。
源平の合戦の中から最愛の春一を助け出すという行動は、辰夫の日常からはみ出す事で、そのはみ出す心が恐怖を作り出し、それを自分で認めようとせず、必死で海に入り自分をいじめることで隠そうとしていた。そのことが辰夫の精神を病めることになった。
普通に生きていくということからはみ出すことは、恐怖をともなう事である。一年前、この時代に来た辰夫と春一は日常からはみ出たが辰夫は、春一のために生きた。春一は、辰夫という父がいることで生きた。この長門で辰夫は日常からはみ出て、一人で過ごし、途轍もない事に挑もうとする。そのことで辰夫は、狂ってしまったのである。
そのときに、管六と小夏が居なければ辰夫は海へ一人で当てもなく飛出していたであろう。辰夫は、管六と小夏の顔を見て一人でないことで自分を取り戻した。
そして、日常からはみ出す恐怖から開放され、ただひたすら春一を助け出すことに心が一つに集中したのである。管六が今見ている辰夫の姿であった。
管六は、辰夫に会うと直ぐに周防に戻った。小夏のことが気になるのもあるが、辰朝の言うように三月二四日が源平合戦の日であれば、それまでに源義経の家臣となった三郎はあの屋敷に来るであろうと思うからである。
管六は長門で会った辰朝の姿を自分なりに感動していた。辰朝の焦って走るみっともない姿、大の大人が子供のように訳もなく泣く姿、そして何かに一人苦しんで一人絶えていた姿が管六を熱くしたのである。「辰朝さんの力になってやる」との気持ちを管六は、はっきり持っていた。
管六は、周防で三郎に会い何とか辰夫の子、春一を助け出す手助けを出来ないかを思っていたのである。今の三郎が義経の家来として何処まで出世しているかわからないが、何か辰夫の役に立つことがあるのではないかと考えていた。
管六は、長門に長居することなく直ぐに出ていった。
辰夫はこの七日間、壇ノ浦が見下ろせる小高い山に登りそこを行き交う小舟を一日中見ていた。彦島に集結した平家の船が偵察のためか小舟を出している。辰夫がそんな場所をうろつくことは当然出来ない。そのため壇ノ浦付近の潮の流れや風の様子、天気が変わる兆候などを知るために毎日小高い山に登って眺めていた。辰夫は南風が吹く兆候が分かればと思っていたが、晴天の時は、昼間は海風、夕方から陸風とそれなりの風が吹いている。もし、何かの都合で南風の突風が吹き出したとしたら、彦島に南風泊りという港まで置かれるほどの風、どれくらいの強さでどれだけ吹いているのか正確に南から吹いてくるのかが知りたかったのである。
辰夫が、海を眺めていると小さな子供が辰夫に寄ってきた。
「おじさん、何見てるの」
「船と風を見ている」
「風をどうしてみるの」
「雲が流れているだろ、あそこの高いところは西から東へ風が吹いているんだ。でもあそこの山の木は北からの風を受けている。そして海の上は風が吹いていない。ほら見えるだろ」
「海の上に風が吹いていないって何故分かるの、」
「凪といって、全く白い波が見えてないだろ、」
遠くから子供を呼ぶ声が聞こえた。
「慶太、何している」
「風を見る話をこのおじさんに教えてもらっているの。」
「慶太と言うのか。何しに来たんだ」
「草を取りに来た」
「山菜取りか」
慶太のおじいちゃんと思われるものが現われた。何処か怪訝な顔をして辰夫を見つめる。この辺りの百姓の者である。
「慶太君のおじいちゃんですか」
辰夫は何を思ったか、この時代の者には分からない話し方で話しかけた。村人も意表を突かれたのか、意味は分かったので思わず答えた。
「そうだ、慶太のじいだ」
「利口なお子さんですね」
村人は孫を誉められて気分良くしたのか、辰夫を見る目が変わった。
「お子さんに風をどうして見るのか話していたのです。」
「あんたは、戦見物に来たんじゃないのか」
「違います。風を見つけたくて、この山に登っています。私は海の者です。この辺りに吹く強い南風のことが知りたくてここに登ってきています。」
「まあ、夏の風じゃからそう吹くことは無い。後一月もすりゃ梅雨に入る。梅雨に入る今時分の晴れた日は、気をつけな。昼間でも北の空が暗くなる。そうなれば南から強い風が吹き出す。海の上を少しずつ押寄せてくる。あんたの言うように風が良く見えるから。ほんの半時ほどじゃがな。古城山の俯瞰台を見とけ」
辰夫は、村人にどのように見えるか訪ねたがそれは教えてもらえなかった。ただ、南風の本質を考えると三月に吹きやすい風ではないことは確かである。
しかし、村人の言葉が気になった。「後一月ほどで梅雨に入る」と「古城山の俯瞰台を見とけ」ということである。一月ほどで梅雨に入ると言うことは、今は五月の始め頃と考えなければならない。辰夫は数字の概念に囚われ過ぎていたことに気づいた。今の三月は、旧暦である。太陰太陽暦では、19年に七度もの閏月を設けているのである。太陽暦であるグレゴリオ暦ではどうかを考えていなかった。ただ三月頃だろうと漠然と思っていたのである。実際に長門の季節は早春というより芳春を感じる。
ウィンドサーフィンをしている時は特に季節を全身で感じることが出来るのである。辰夫はその感覚に従う方が良いと思った。
辰夫の季節感からすると何時吹いてもおかしくない時期であることはわかった。風の向きは大方が南西の風、南風なら対処しやすいと思った。
辰夫は、この壇ノ浦の海を知り尽くしたと言っても過言でないほど知った。しかし、多くが知識としてである。辰夫自身経験したことでもなければ、見たわけでもない。勿論肌で感じるようなこともない。ここ二月足らずの間にほんの少し海の上に浮かんだだけである。それでも、辰夫にとってその知識は神の言葉にも等しいバイブル的なものである。それが頼りである。それを信じて動かなければならない。
辰夫は、後三日を静かに小屋で過ごすことにした。やり残したことを見つけるより、やり尽くしたことを信じて静かに時を待つことの方を選んだ。
三月二三日の夜に小屋を出た。管六は一度戻って来て直ぐに周防へ帰った。その後源氏屋敷へ三郎に会いに行ってまだ戻ってきていない。一人辰夫は日和山の麓へ向かった。小舟にウィンドサーフィン一式を積み海岸沿いを進み、日和山の麓の浦にまで来たのである。
朝方から昼頃までの潮流は東流れである。この位置から壇ノ浦まで潮流に逆らい船を漕ぐと三時間ほど掛かる。辰夫は一度実証済みであるのでこの位置で平家の船団が通り過ぎるのを待った。下弦の月を確認することが出来たが星は薄雲に遮られあまり見ることが出来ない。
満天の輝きからは程遠く、辺りは真っ暗である。
下弦の月が意味するものは、と月をじっと眺めた。
もうとっくに消えている。月明りがなく夜空にほんの少し星が輝くのみである。その星の輝きによって向こう岸に当る古城山のシルエットは暗闇の中でも映っている。海は凪で、ほんの少しも光の跳ね返しは見せず、漆黒の中で海と空と陸との境をなくしている。
平家は滅び多くの者がこの海に飲み込まれる。春一は平家一門とは違う。一人ぼっちである。そんな春一を思い浮かべ辰夫は胸が締め付けられる痛みを感じる。春一に自分の姿は必ず見せてやりたい。生きるにしても死ぬことになろうとも一人にしたくない。そのためにも自分の姿は春一に見せなければならない。
心静かに時を待とうと思うが目の前の暗闇に曳き込まれそうに感じた。もし春一がこの海に飲み込まれてしまうことがあれば自分も後に続くつもりである。何処までも追い続ける。もう一度春一の手を握り締める。身体を抱きしめる。どんなことがあっても春一を一人にさせたくない。
頭の中で春一と二人なら死んでもいいと考え出した時、「春一の柔らかい頬に顔を付け両手で強く抱きしめたい。」そう思った。目を見開き意識を取戻し、頭を振り、「必ず助け出す。」と両手を握り締め何かに祈った。
何に対して祈るのではない。この海に、この空にそしてこの海の上を吹く風に辰夫は心の中から祈った。「自分の全てを捧げてもいい」と思った。
古城山のシルエットに明かりを感じた時である。
辰夫は、自分がこの静かな空間の中でまた、一人興奮し冷静さを失っていることに気がついた。
辰夫は、長く目を閉じじっと祈っていた。心が次第に静かになり、胸の高鳴りも収まってきたとき、ふっと、思った。「自分は無神論者ではない。」西山禅林寺派の末寺に辰夫の家の墓がある。ごく普通に社寺と向き合っており、世間並みに彼岸に盆に正月、それに父・母の命日にはきちんと足を運んでいる。この寺の宗派が浄土宗で宗祖は、法然上人である。
法然上人は、今の時代を生きている。何かその上人に向かって手を合わせることに不思議なものを感じてしまい自分で少し笑ってしまった。その笑いは、辰夫を少し落着かせることができ、これも祈りのお陰かと一人うなずいていた。
辰夫の居る場所から古城山は東に位置する。その古城山が翠黛の美を見せている。瀬戸の海は、視界を遮るほどのものではない朝靄の中に静まりじっとしている。この大河のような海は、もう少し時が経つと、少しずつ東へと流れを変える。目に見えて分かるものではないが流されるはずである。
変わったのは、朝靄が引き、透き通る空気が目の前に広がりだした。そして、古城山の頂きから一筋の煙が昇り、その昇りは、無風と源氏が奥津の港から出陣したことを知らせた。その煙を辰夫は冷静に見ることが出来た。
彦島の平家は、古城山の烽火を合図に動きがあわただしくなった。準備をしていなかったわけではないが、源氏に比べ安徳天皇など子供も含め公家・女官と船に乗込み戦場に入っていくのである。当然の如く出航に手間取る。
平家は、船戦には自信はもっていた。一の谷、藤戸、屋島と勝ち戦をことごとく負けてきた。特に屋島の合戦は、奇襲とはいえ小人数の義経軍に追出された格好で、その影響は瀬戸内の平家に見方をしていた水軍を敵方に回してしまった。京の防衛からずっと平家一門の軍事面を担当し、その期待に応えてきたと言っても過言ではない新中納言平知盛は、屋島の合戦の時にはこの彦島で源範頼軍に対して戦闘準備をしていた。知盛は、屋島に自分がいなかったことを後悔しており、自分さえいれば屋島を源氏に渡すことはなかったであろうと思っていた。さすれば、軍船の数で源氏に下回ることもなく、この瀬戸の海を支配下に入れ、源範頼軍を九州の南に孤立させ、源範頼軍に勝利することで西国をもう一度統一し、京へ上る考えていた。現に水島の合戦、室山の合戦と自分が指揮する戦は負けていないのである。
「今となってはそれも詮無いこと。」平知盛は、ここ長門の海で源氏を倒すことが今の平家に良薬となり、士気も上がる。最大の敵、源頼朝は坂東の地、京へも上ってきていない。一縷の望みではあるが、知盛はそれに賭けていた。しかしその望みが絶たれれば、一族郎党この長門の海から行き場所を失う。足手まといとは分かっているが平家一門全てを持って事に当らなければならないと思っていた。
新中納言平知盛の気持ちは、平家の多くの武将へも伝わっていた。死を覚悟した戦いであることも。ただ、平家一門は、死を覚悟することで「美しく死にたい」とこだわり、平家の潔さ、美しさ等高貴な者の最後を飾ることに意識があった。多くの公家や女官、公達は、辞世の句をつくり襟元に縫い付け戦場へと向かったのである。生への執着ではなく死への覚悟が強く京を離れての放浪からくる平家一族への疲れも手伝っていた。
その他の兵士は違っていた。新中納言平知盛が全軍を指揮して能登守平教経が手足となって戦うということである。知盛と教経は、個々の戦いそのものでは敗れていないと言って良いほどで、一の谷の合戦は生田の森で源範頼軍と戦っており、ほぼ勝ち戦の状況であったが後方の一の谷の城が破られ退路が絶たれ、後方から総崩れとなり、撤退したのである。
一の谷の合戦では、息子の知章が自分を庇い討死したことが知盛の心残りとしてこの屋島まで引きずっている。
教経は、平家の公達の中にして珍しく勇の者としての活躍が兵士の中で評判となっているもので、この二人が一緒にいることで他の武将達を心強くしているのである。
時は戻る。
彦島に着いた春一は、一年前福原から屋島へと移ったときのことを思い出した。
屋島に着いた時は父辰夫から遠く離れたことと友の平師盛を目の前で亡くしたことから暫く臥せていたが、同じように目の前で我が子を亡くした知盛が春一の側で何かと声を掛けてくれた。何か春一にとって少年サッカーのコーチのような存在に見えて、心が休まるものがあった。知盛は直ぐに屋島を離れたが春一にとって大きな存在であった。
その存在は、春一の今を支えている一つかも知れない。
屋島に着いた時のように父を思い出す春一であるが、その時ほど落ち込むことはなかった。
屋島に着いた以後の春一の日々は、単調なものであった。幼帝の遊び相手は変わらないが、福原の時のように心から遊べなくなった。平資盛、平有盛、平清宗そして平能宗の四人とはそれなりに交友を深めていったが、師盛を亡くし、平忠房が何時の間にか居なくなり、狭い屋島の地でなかなか心から明るくなることがなかった。
春一は、屋島の合戦の時、いきなり船に乗せられ、沖から屋島を眺めていただけでいつ戦が始まって、いつ終わったのか分からないほどであった。気が付いたときには西へ向かって航行していたのである。
春一は、慌ただしい船の上で一人父辰夫のことを思い浮かべていた。海上に出ることで、父辰夫に近づいたように感じるのである。
春一は、屋島では、幼帝と同じ屋敷に泊り、右大将平宗盛らと共に屋島からこの彦島に来た。平資盛、平有盛、平清宗、平能宗の四人とも一緒であった。
それぞれの父や肉親と行動をともにしている四人を見て春一も辰夫を思い出していたのである。それでも、懐かしい四人の顔ぶれは、春一の掛け替えのない友であり、心の支えである。
春一と幼帝と四人は、久しぶりの陸地の感触にはしゃいでいた。平知盛ら平家の重鎮は、まさに背水の陣となった今度の戦の準備を急いでいた。
平家が屋島で敗れこの彦島に集結した時点で直ぐに新中納言平知盛が中心となり戦準備がなされていた。
平家の重鎮や各大将を集め戦評定がなされたのである。
戦評定衆といっても知盛からの下知を周囲のものが受けている形であった。
実質的な統率者である大納言平時忠は、息子の讃岐守平時実と病を理由に親子ともども評定には参加せず、平家一門の棟梁の右大将平宗盛は、事、戦については知盛に任せきりである。周囲の者も宗盛に戦の相談をする者もいなかったし、本人である宗盛自身もわかっていた。
周囲は、平宗盛の争いを嫌う温和な性格と欲のない子煩悩な行動を見て、「それが宗盛である」と安心しているのである。急に軍議に参加しても似合わないことぐらい本人もわかっていた。
軍議が始まると、皆が知盛を見る。
「義経のこと、今度の戦もいつ仕掛けてくるかわからぬ。四方に見張りの者を置き抜かりなきよう。船戦となればこちらが有利、義経にしても今まで一度たりとも船を出し戦に挑んで来ておらぬ。」
知盛三十三歳働き盛りであり、実践経験といい、結果といい申し分ない存在であった。平家の老練な安芸守平経盛や中納言平教盛の二人は、六十前後の歳も手伝ってか、あまり話そうとしない。特に平経盛は、一の谷の戦で三人の息子を亡くしており、源氏への復讐より後を追うことを選んでしまっていた。そのため今度の戦は自分の死に場所と決めていたのである。
知盛は勿論違った。
「源氏の船は、奥津の港に集結しておるが、肝心の義経の船が見られん。船の数も二千艘と我が方の千五百艘に比べ多い。が我が方は、この彦島や長門の漁民が味方してくれている。この地の潮の流れ、波の行く手をこの者達は知り尽くしている。赤間の関は、大河の如く流れ、風の如く方向を変える。水夫や舵取の差は船戦に重要であることは、船戦を得意とするこの平家が一番よく知っている。どうじゃ」
利発な資盛も春一と居るときとは違った。
「そのこと、義経も考えていよう。」
「その通りじゃ、恐らく義経は、船の数を増やしてこよう。今まで陸戦では兵の数など気にせず戦に望んできた義経が、今回は兵の数、船の数と上回るにも係わらずしかけてこぬ。今までの義経であれば恐らく、この平家が彦島に着くと後を追うように戦を仕掛けて来たであろう。」
「義経は、何隻増やす。」と勝ち戦を経験していない資盛は、周囲に自分の臆病さを見せずにしたいと装いながら、聞いた。
「恐らく後五百、我が方の倍の数と考えた方がよい。」
中納言平教盛
「水夫と舵取の技量だけで勝てますか。」
「勝ちます。勿論それだけではだめですが。今までの戦の方法では無理でしょう。特に義経相手では、あの男の戦の仕方は相手の意表をつく。それと同時に大将であるにもかかわらず先陣をきる。」
智盛の話に皆が引き込まれていた。
他の武将は、合戦というものは、互いに向い合い鬨の声を上げ、矢会わせをした後に合戦に入る。そのため、奇襲やそっと近づきいきなり襲いかかるといった戦法は考えつかないのである。考えつかないというより、「武将たるもの、卑怯なことを」との思いが先にきて名を汚すことを恐れるのである。義経はそういったことが無頓着と知盛は言いたかったのである。
「義経が戦を仕掛けてくるのは恐らく、次の下弦の月の日、潮の満ち曳きが少なく、長門の海が一番穏やかな日と考えて良かろう。海の上のことからして、義経とてそう簡単には仕掛けてくることは出来まい。恐らく合戦の途中で我が方の背後を襲うことぐらいであろう。生田の森での戦のときは、完全に勝ち戦であったものを背後の一の谷の城が燃えた。そのことで兵が浮き足だし総崩れとなった。その当たり考えておかなければならない。
彦島沖に大納言殿と讃岐守の親子で残っていただき背後からの守りを固めていただこうと考えておる。」
知盛は、この評定に出てきていない平時忠親子に平家の船団の背後を守る役目を言いながら、船団から少し離すことも目的の一つであった。
兄の宗盛を差し置いて実質的な平家の権力者である平時忠に口を挟まれることを嫌ったが、それより、時忠の息子の讃岐守平時実が嫌であった。肝心な時には必ず姿はなく、口先だけで上手く立ちまわる。自分より一つ年上であることと父大納言平時忠の威を借りて弱いものには威を張る。それに、最近は、姿も見せず何を考えているのかわからないところがあり、知盛の嫌いな人物であった。
「水夫と舵取には言い聞かせてある。必ず三角形の位置で船を操ることじゃ。その三角の中に源氏の船を入れる。資盛、お前達の変わった蹴鞠じゃ。一対三の遊びを春一が言っておったであろう。あの要領じゃ。子供の遊びも役に立つ。」
資盛は、得意げに知盛に言った。
「一人で三人を相手にするのではなく、その逆の三艘で一艘を相手にするのであるな」
「その通り、船は左右の舷に矢の者を並べておけば五艘で三艘を相手に出来る。そして相手方は逃げる方向を失うはずじゃ。」
知盛の話は、資盛には理解出来たが、他の武将にはわからなかったようで、ざわめきを感じた。資盛が砂地に絵を書き説明した。今まで戦にさほど細かい戦法は言わなかった。
作戦は立てられてはいたが、第一陣、第二陣・・といった大まかなもので、「ここはどのように動くか」など言われなかった。戦は個々の武将の技量が問われるもので、言われた通りに動いて勝利しても全てが自分の手柄と認めてもらえなかったからである。
そのため、手柄をたててもわかりやすい先鋒が取合いとなるのである。
「最後に、源氏の大将は源義経である。我が平家をことごとく破ってきている。その戦、大将であるにもかかわらず必ず先鋒で来る。今度の戦も先鋒として船を進めてくるであろうが、いかんせん海の上。義経にとってどうしても欲しい物は、何か」
安芸守平経盛は、老練さからか、この戦で源氏が一番ほしがっている物が分かっていた。
「三種の神器であろう。」
「安芸守殿が言われる通り、三種の神器である。要するに帝が居られる船を義経は捜し、一番乗りで攻めたてると考えてよろしかろう。」
「帝を危険にさらすことはいかがなものか。」と経盛は、答えが分かって問いかける。
「影武者で御座います。大納言殿が幼帝の影武者として連れてきた「春一」と言う子がいます。その子を囮の船に乗せその船が帝の御座船に見せかけるのです。さすれば必ず義経が出てまいりましょう。それを逃さず仕留めることが出来れば、大将を失った源氏は必ずや総崩れとなり、我が方を勝利に導きます。」
経盛は、「やはり」とした顔で言った。
「その船にわしが乗る。三人の息子の仇、この年じゃ一太刀が精一杯じゃが義経ごとき一太刀で十分、なんとしてでも射止めて見せる。」
「安芸守殿がその船に乗られていては、偽御座船とわかります。むしろ安芸守殿、中納言殿が偽御座船を警護していただければ敵も信用するかと考えます。」
中納言平教盛「それでは、その偽御座船には誰が、」
「右大将平宗盛殿、平家の棟梁右大将平宗盛殿に乗っていただく。さすれば敵も信用しましょう。」
評定に参加していた武将達は、新中納言平知盛が何故今まで戦に負けずに来られたのかわかった。そして、知盛が味方であったことに安心もした。
この時代の戦は、基本的には互いに名乗り、大将が先頭に立ち一騎打ちを演じるなど、個人若しくは隊の技量に負うところが大半である。
よく言う「やあやあ我こそは・・・」である。
平家の滅亡の一因もここにあった。
地方で旗揚げした頼朝、それに応じ参集したのも地方の者であった。
この時代には、確かに兵法は入ってきていたが、日本で韓信の「背水の陣」などの兵法に習った事例はない。
知盛の策は、相手を分析しそれに対して個ではなく組織で対応することは画期的な発想である。
勿論、平素の戦いでは組織で動く策自体、受け入れられないものであるが、ここに来て平家の名だけでは勝てなくなり、数的有利にも持ち込めなくなった。
平家のものは、知盛の策にたよらずには居られなかった。
ただ「この策は、」と考えていた者がいた。
この評定を大納言平時忠の変わりに来て聞いていた秦嘉平である。
秦嘉平は、「福原での蹴鞠で春一が確かに同じような戦い方をしていた。」
ゴールから眺めていた自分は何か蹴鞠の不思議さを感じていた。
「それ以上詮索は、よそう」と秦嘉平は、呟き、それより春一の運命を悲しく思っていた。
「一の谷の時も屋島の時も影武者として扱われていたが、危険を感じるようなことは今までなかった。しかし、今度ばかりはそうも行くまい。勝ち戦となっても命はないかもしれない。偽者とわかった時点で殺されることは必定。わしが一緒に居てやろうか」と一人呟いて退席した。
二三日の夜、春一のところに知盛がやってきた。
「春一、おそらく明日源氏との戦いが始まる。お前とは福原の沖で同じ船に乗合わせたときからだな。わしは、おまえの「師盛」と泣き叫ぶ声で知章と叫ぶ声を抑えた。お前は知章とも友であったな。我等平家の中であったならば、お前の年ならば皆戦場に出る。今度も資盛、有盛、清宗、そして能宗と仲のよい友が戦場に出かけなければならない。お前も、戦いはしないが同じように危険な目に合うことになる。お前は、もっと穏やかな世界で生きている者であろう。一言お前に謝りたくてな、済まぬ。それと、お前の蹴鞠、面白い、なかなかためになる。」
春一は、知盛の言葉にうなずくだけで返事が出来なかった。子供なりに、今度の戦が最後で自分も命がなくなるのではと感じた。
知盛は、春一のそんな気持ちを察したのか、「春一、平家は必ず勝つ、お前達を絶対守って見せる。このわしと右大将殿を信じておれ」と言って出ていった。
知盛が引き返す途中に讃岐守平時実と会った。知盛は会釈のみですれ違おうとしたが時実が声を掛けてきた。
「この度の戦、新中納言平知盛殿が居られることで士気が上がっておりますな。私ごときは後方でのみしかお役にたてませぬが、まあ、私は戦にでたことがごじゃりませからせんないことでごじゃりますが、よろしゅうに」
「後方も源氏が攻めて来ましょう。きっと御活躍頂くこととなりますので。」
知盛は、いまだに公家言葉を続けている時実に不快感を覚えていた。京を出てから平家は公家ではなく武門の家であると言いつづけている。そのため多くの平家衆は公家言葉を使わなくなったが、この男だけはいまだに公家言葉を使い続けているのである。
知盛は分かれ際意味深い笑みを浮かべた時実に少し嫌な予感を感じたが、宗盛と二位の尼に会いにいかなければならなかったためその場を直ぐに離れた。
御座船には建礼門院と安徳天皇が一緒に乗る予定で、偽御座船には二位の尼と春一と平宗盛が乗る予定であった。しかし、二位の尼が幼帝と同船すると言出したのである。二位の尼は、亡き浄海入道の正室で誰もが頭が上がらない存在である。
知盛は、二位の尼を説得するために夜にも拘らず宗盛を誘い仮御所に伺った。
御所と言っても、急造仕立ての建屋である。天皇の御座所であるため御所と言うが屋敷とは、程遠い。
けして広くない仮御所に安徳天皇以下平家一門が過ごしている。
二人が二位の尼の部屋に入るなり、
「私は、帝と一緒の船に乗ります。それだけです。よろしいですね。」
「恐れ多くもこの度は、帝を戦場へと出ていただく事になりました。戦場であるがゆえ何かと危険が多く、幼少の帝にとっては御寂しいことと存じます。それゆえ母君である建礼門院を側に置いておくことのほうが最良かと判断致しました。」
「それならば逆であるぞ。戦場へ出ていくということはこの戦負けることもあると言うことでもある。もし、負けたならば平家一門どうする。」
戦に対する意見を述べることが一番不釣合いな宗盛が口を挟んだ。
「負けることは御座いません。」と知盛は宗盛を見据えた。
二位の尼は言い張った。
「それならば、安心して帝と一緒に居ればよいではないか。」
知盛は、二位の尼に押し返されるように
「もし負ければ、平家一門全て海の下かと」
知盛の言葉に宗盛は、正直に怯えていたが、二位の尼は、違った。
「覚悟は出来ています。しかし、建礼門院に帝を海の底へ連れて行くことができるか、どうじゃ」
知盛は、もし負ければ平家一門全て死ぬ覚悟であった。確かに建礼門院は優し過ぎる。
二位の尼の言いことに動かされた。
確かに、建礼門院が我が子を連れて海の底にいけるか疑問であった。知盛自身その当たりの事を考えていなかった訳ではないが、情がある。
二位の尼の言いたいことは分かっていたが、深く考えられなかった。
知盛は二位の尼に「建礼門院のお伺いをたてに行く」と言うと
「それにはおよばぬ、私から話す。」と突っ返され、何か女の凄さを見、女には勝てぬものよと思った。
建礼門院には、気の毒であるがこんなことで時間をいつまでも取られたくないと思い直ぐに引き下がった。
宗盛は、戦そのものから答えをだしていない。
「建礼門院が可哀想では御座らぬか」
二位の尼は、少し情けない顔で、
「わらわも同じじゃ。もう少しましな言い草はないのか。」
知盛は宗盛が涙を流している事に気づいたが、「何故、こんなことで涙を流す。どちらに乗ろうともさほど変わりはない。勝てばよし、負ければ全て死ぬ」と想い、「他に大事なことはないのか」と苛立ちを顔に出した。
二四日の朝、烽火と共に第一陣の山峨秀遠の軍が押出し、第二陣松浦党の水軍が出航しようとしていた。知盛は、こういった状況下での奇襲を警戒し各方面への探索に余念がなかった。今までの戦であれば、相手陣へ使者として軍使を遣わし合戦の日時を決め、両軍が対じして口上を述べる。
それは、倶利伽羅峠での源義仲との戦からないがしろにされている。知盛はそういったことを武士の恥と感じているが、だからといって合戦は避けられない。知盛からは、動かずの姿勢で「待ち」の体制で待っているのである。
知盛は義経が何をしでかすかわからないため注意の上にも注意を払った。
第三軍は、平家一門である。知盛も船に乗込む前に各船に激を飛ばしに回っている。
その時である。
港に立つ建礼門院の姿を見た。帝の御座船はまだ出航ではないにもかかわらず港に出ていたのである。
建礼門院の姿の向こう側、安徳天皇を乗せた偽御座船が港を離れた。
一隻の船を恨むように、涙を流し小さく安徳天皇の名を呼ぶ建礼門院の姿があった。
知盛は、その恨みの先が自分であることは分かっていた。
知盛は、戦に勝つことだけを考えて全てよしと思った。負ければ全て死ぬ。平家一門誰一人として生き残る必要はないと考えていた。その気持ちがあったからこそ、息子知章の死を乗り越えてきたのである。
昨夜は、安徳天皇に対する慈愛に満ちた建礼門院の姿を見て恐らく二位の尼の言う通り、建礼門院は帝を海の底に連れていくことは出来ないだろうと思い。「それも良いのでは」と納得していた。
知盛は、今でも知章を思い出す。「本当に自分を守って勇敢に死んでいった知章を良しと思うのか。どんな容でもいい、生きていて欲しいと思ったことがないか」
建礼門院の港で佇む姿を見て込上げてくる涙を抑えて、昨日宗盛が流した涙の意味がわかった。
宗盛は、感じていたのである。知盛はその足で宗盛に会いにいった。
知盛は宗盛の部屋に入り宗盛に「二人だけで話しがある。」と言い二人きりになった。
知盛は、周囲を見て誰もいないことを確認し、いきなり土下座をして宗盛に向かって「兄じゃ」と言った。多くが官位で呼ばれる宗盛を驚かした。
宗盛は、直ぐに膝を着き、目線を下げた。
「兄じゃ、頼みがある。何も言わず聞いてくれ。兄じゃ、今度の戦に破れることがあれば平家一門皆死ぬ覚悟じゃ。じゃがもし恥じも外聞も捨て命乞いをして生き残ることが出来たらどうじゃ。」
「知盛、わしを試しておるのか。私は戦べたで武門の棟梁からすれば程遠いほど弱い人間じゃが最後ぐらいはわかっておるつもりじゃ。弓を引たり、刀を振り回すことは出来ないかもしれぬが、身を海にゆだねることぐらいは出来る。その覚悟は持っているつもりじゃ。」
「わかっておる。兄じゃが命乞いするような男とは思っておらぬ。じゃが平家一門にはまだ幼い者も多くいる。私は平家の中にいて公家のようないでたちで蹴鞠や歌を作るのが嫌いじゃった。平家の者は武士として美しくあらねばならぬと、だから、公家のような生活を嫌っていた。
私は、今、平家の者は武士として美しく死ななければならないと考えている。そんな私だから、昨日二位の尼の所で涙を流していた兄じゃの気持ちは分からなかった。しかし、今、建礼門院が安徳天皇を死なせたくないと思っている。
建礼門院が二位の尼と安徳天皇を乗せた船を見送りながら涙を流す姿は、本当の美しさじゃ。幼帝と建礼門院は、生かしてやりたい。
兄じゃ、人を生かすことは私には無理じゃ。そのこと、兄じゃに頼めぬか、この通りじゃ。」
「知盛、私に何をせよというのじゃ。確かに平家の者の中には幼い者もおる。じゃが負ければ、自分で死なないのであれば頼朝に殺される。同じ事ではないか。美しく死ぬのではなく、生きていけないがため死ぬのではないか。」
宗盛とて分かっている。
「もし、帝が生きていれば、建礼門院も死ななくてもよいのではないか。建礼門院一人では生きてはおられまい。自分一人、生き延びることが出来るお方ではない。幼帝と建礼門院と離れ離れのままで死していくことはあまりに忍びない。
兄じゃが生きて助けてやることは出来ぬか。兄じゃには、醜行となる。そして汚名を一身に受けてもらわねばならない。
建礼門院を生かしてほしい。兄じゃが恥じも外聞も捨てて生きることで。
幼帝は、私がなんとしても助けよう
生き延びることが出来たとしても、辛いぞ、誰も汚名を雪いではくれない。それと分かっての頼みじゃ。」
「幼き者とは、帝のことか。わかった。世間では私のような弱虫を傘屋の倅と揶揄するものがおる。傘屋でもなんでもなろう。弟よ、帝の命は頼む。建礼門院は私が生きつづけることで死なせずにすむのであれば傘屋になろう。」
知盛は、知章を思い出していた。「今さらじゃが、どんな形でもよい、生きていてほしかった。それがわしの本心と分かった。」と。
春一が乗る御座船は第三陣の平家一門の船団の中央に位置し、一見一門の船に囲まれ守られているように見える。後方に目立たぬように平家の御座船が数隻連なっている。第三陣から少し遅れた位置に平時忠親子の船が浮かんでいるのである。
春一の船には、宗盛と子の清宗、能宗、建礼門院と秦嘉平が乗合わせていた。秦嘉平は、平時忠から許しを受けこの偽御座船に乗ったのであるが、堅物の秦嘉平を平時実が嫌がったため時忠が偽御座船に乗ることを許した。
日の出とともに船を出した源氏は、千珠島と満珠島の間に船団を構えた。平家はその報を烽火で知るや田ノ浦沖に一旦集結し潮の流れに任すように船を壇ノ浦へと進めた。
互いに最後の決戦と分かっていた。重苦しい空気が海の上を漂い、互いに源氏と平家の過去の因果も意識し、今はじっと飲み込み、静まりかえっていた。
やがて、一気に吐き出され、互いにどちらかがこの世から消滅すると分かっていた。
義経にとって海での戦は初めて、水夫や舵取は、海の者であるが武者は坂東など陸の者、馬上での戦ではなく船の上での戦、出来るだけ波静かな日を求めていたのである。そのための下弦の月の日、天候も穏やかであることを望んでの合戦の日である。源氏の集結は三日前にはすんでいる。干満が小さい下弦の月の日は二日前からで天候を待っての二十四日となった。望みどおりの波模様、空模様となったのである。
初夏によく見られる朝凪の中、源氏の船団は集結した。東へと流れる潮に逆らいながら壇ノ浦へと船団を進めた。源氏の船団の陣形は、平家と異なり各陣が一塊となり横に並ぶ形である。平家は縦に並び末広がりの陣形を取った。源氏の中央には、義経の陣が置かれ、その中央の二つかはら(大型の船)の船に乗っている義経は、平家の陣形の美しさに嫉妬するとともにこの戦に不安を覚えた。
海と言っても両岸が間近に見える。その中央に煌びやかな船を揃え美しく並んだ平家の船団は、源氏の兵に平家が都で養ってきた平家にしかない気品のような美しさを見せたのである。
地元の漁をする船も泊りでじっと海を見つめるだけであった。
一方、平家から見た源氏の船団は不揃いではあるが、船の数は明らかに倍はある。そして、その荒々しさとがむしゃらさが、平家の兵に恐怖を与えた。
互いに畏怖し、不安の中にいた。
源氏の荒々しさは春一も感じた。両側に清宗と能宗がいてくれていることで「多分二人も同じだろう」との思いからか何処か安心感があった。御座船は、二つかはら(大型の船)の船のため一段高いところから眺められるため、源氏の船数が圧倒的に多いのが春一の目にも分かった。その数は負け戦が続いている平家の武将を不安に陥れた。
壇ノ浦に源氏三千の船、平家が千五百の船とそれが静かに対じし、互いに矢会わせの時を伺っている。
朝晴れの天候の中、空の青さと雲の白さがはっきりと目に映るのにどの兵士にも空の美しさ、海の美しさなど感じることはなかった。ただ海の深さを感じさせる色だけが胸の鼓動を高めていた。
互いに動こうとしない。張りつめた空気で息苦しさを感じていた。動けば不利になるわけではない。ただ、動けないのである。
空は少しずつ薄雲を広げているが、日を遮るほどのものではない。風は波を立たせるものでもない。しかし、そのことは義経を不安にさすことは出来た。
潮の曳きが少しずつ強くなり、源氏の船団が乱れだすのを見て平家の知盛が鬨の声を上げた。
それに釣られるように義経の軍配が振られ矢が放たれた。
それに平家も応えた。
矢会わせが始まった。互いに矢尻の先を二股に広げ、矢を放つと風を切り裂く音、甲高い笛の音に似た音が鳴く。
矢会わせは、どちらが遠くへ飛ばすかを競うのではない。どちらが高く、激しく鳴くかである。
自軍を鼓舞するだけでなく、相手に自軍の強さと美しさを示している。
この矢合せは、ただ矢を空に放つだけの行為であるが、それを見ている者は、その矢会わせの勝負が見えてくる。その気品と優雅さ、そして美しさにおいて源氏のものは明らかに平家に劣っていた。誰が見ても認めざるを得ない平家の矢の美しさであった。美しく揃い、同じ高さで同じように落ちてくる。音までもが何かを奏でているように感じるほどであった。
義経も平家の矢合わせの美しさがわかった。あまりにも差がある儀式に嫉妬を覚え「戦は勝つことよ」と一言発し全軍総攻撃の軍配が振られた。
源氏の船団は、引潮に逆らい平家の船団へと船を進めた。
平家は船戦の長期戦を心得ており、漕ぎ手である水夫への負担を少なくするため、潮の流れに乗り舵取を中心に船を進めた。義経にとってもそれぐらいの知識は持ち合わせているが、いざ海戦となると「数に物を言わせるように」勢いよく軍配を振り下ろし、水夫への負担を掛けてしまった。
義経の船には三浦義澄が同乗しており、三浦義澄は、周防の国の守護職を平家から与えられていた。時の流れから源氏に寝返り、この壇ノ浦の水先案内人として義経の船に乗ったのである。
「御大将、ちと勢いがありすぎます。船合戦は互いに大きく力の差があっても直ぐには決まりません。熊野別当湛増の船団に合わせて動きなされ、もう少しすればこの潮の勢いが弱くなり、その後我が方が有利となる満ち潮、それまでは我慢の戦法を」
義経は、三浦義澄の忠告を全く聞いていない。
「この戦まずは、わしの一太刀からじゃ」
「御曹司、それは先鋒の役目、先鋒なれば、梶原殿がたっての申し入れ、大将の御曹司は一歩譲られた方が、」
今度は聞いていた。
少なくとも梶原の名を聞くと義経は過剰反応した。
「わかった。じゃが、帝の船だけは見失うな。是が非でも生け捕りにせねばならぬ。船を沈めるようなことがあってはならぬ。法皇の言いつけじゃ、是が非でも三種の神器は、」
「わかっておりまする。」
源義経の船団には、水先案内人として長門の海を知る周防の守護三浦義澄が付いている。三浦義澄その人物は、頼朝の関東での挙兵に応じ、その功で周防の守護となったものである。実際には三浦義澄の家臣の能力にかかっている。
その他にも義経の船団で戦う者に河野四郎通信がいる。
義経が屋島の合戦後、四国の守護や国司が義経の軍門に下った一人である。
その伊予国の住人河野四郎通信が百五十隻の船を従え義経の船団に合流している。
伊予の船の者もこの辺りをよく知る者。
義経は、梶原の先鋒を了承したものの、梶原の船団は、海の上では舵取りも含め上手く海上を動けない。
梶原の船団は義経の船団の船回しなど技術的には敵わない。
元々平家方に組していて寝返った熊野別当湛増など、戦手柄を上げようと焦っている。
勿論、新参者の河野四郎通信もその一人で船団を進めていく。
引潮で東へ流れる潮と不慣れな海での戦闘から思うように進められない梶原の船団を尻目に義経の船団が必然的に前へ進んでしまい、結果的に義経が先鋒の形になってしまった。船団を率いる義経は、苦笑いをしながらも河野を止めようとしない。
「伊予殿も困ったもの、もう少し引くように指示を出しましょう。」
三浦は言葉とは裏腹に困った顔はしていない。
「構わぬ。このままで行こう」
彦島が見える島影に辰夫は、潜んでいた。勿論、彦島の対岸では、源氏の兵が待機している。
見つかるわけにはいかない。ウィンドサーフィンのボートを留めておくために碇の変わりに石に縄を括りつけ海に沈めて海面に留まっていた。
ボード上で腹臥位になり、セールを被せて身を隠して海に浮かんでいた。遠くから見ると、流木の塊に見えるように工夫しておいたのである。
ウィンドサーフィンの大きさからして小舟に兵を潜めている大きさにも見えない。
この時代、戦において忍者の概念はなく、こういった形で潜んで敵に近づき襲うといったことは、考えられなかった。
例え考えついたとしても実行すれば末代までの恥じとされるだろう。
そんなことから、安心して海に浮かんでられた辰夫は、じっと平家の船団の様子を見ていた。
陣容は手に取るように見えるが、春一がどの船に乗っているのか見つけなければならない。近づき過ぎず離されず距離を保ちながら春一が乗っている船を捜すのである。
春一が乗りそうな船を考えたとき、恐らく二つかはらの大型の船であろう事は想像がつく。平家物語でも安徳天皇の船は少しみすぼらしく一見御座船とわからないようにされていたと書かれている。事実かどうかは確かでないが、安徳天皇の影武者として春一が連れていかれた経緯から考えると少なくとも一番安徳天皇が乗ってそうな船に春一が乗っていると考えていい。
辰夫は、その他の船に誰が乗っていようと構うものではない。まず春一の乗っていそうな船を見つけるために船上に目をやった。
辰夫から見える平家の船団は、第一陣、第二陣と綺麗な船団を組み進んでいく。第三陣の船団は、第一陣、第二陣とは比べものにならないぐらいの大船団で明らかに平家本隊と見られた。その中でも二つかはらの大型船は船団の中央前方から矢の形の陣形を組み、上空から見ると矢の形がはっきり見て取れるものであった。
その中でも、煌びやかな飾り付けをされている船が御座船とわかる。辰夫から見て、平家の船団の後方に数隻の御座船が見て取れるが、どれが春一の乗っている船か特定できない。辰夫は自分に「焦らず」と言い聞かせ後方の御座船に視線を合わせ潮の流れに乗った。
辰夫は、この船団を見つめながら、行く先は、悲劇の海であることが確かで、愁嘆場を見ることを覚悟しなければならないと思った。そしてその場が春一を助け出す時であることも分かっていた。
辰夫のボードは平家の船団から少しずつ遅れだした。辰夫にとって予定通りである。
辰夫の予定では、平家の船団の後方から潮の流れに任せ源平合戦の横を通り過ぎ、源氏の東側まで流される。その後潮の流れが東から西へと流れ出すのを待ち、西へと潮流が向くとそれに乗る。赤間の関の源平合戦の間を波に漂い春一から絶対に目を離さない予定である。一月前に一度この付近を小舟で漂ったのでそう変わりない動きをしてくれるであろうと読んでいる。後は風である。
辰夫のボードは平家からかなり置いてきぼりの形になった。平家の船団には漕ぎ手がいることからほんの少しの漕ぎ手の勢いは辰夫のそれと速さが変わるのであろうか、平家の船団とかなり離れた。辰夫は、自分を信じ潮流に流された。
辰夫は、遥か向こうで平家の船団が止まっているように見えた。静かに海峡を渡る鳥の声が響き渡るのが気になった。
辰夫は何か声がしないか聞き耳を立てた。空は若干の薄雲が広がり、ほんの少し頬を撫でる風が吹いている程度である。セールを上げられるほどの風ではない。少しずつ近づく辰夫の目には、「確かに止まっている。」と確信した。その向こうに源氏の船団が平家には見えたのである。
辰夫は、潮の流れの緩やかさをみて、この潮流ではさほど戦に影響はないであろうと思った。「確かに流されている」と岸を見てわかるが、10分程で200mほど進んだかと思うほどである。潮の流れも時の流れも速いのか遅いのかわからない状態であった。
緩やかな流れの中で海の上に一人「ポツン」と置かれたような辰夫であったが、それも次第に平家の船団に近づき船の形がはっきりわかる距離に近づいた時である。矢が一斉に平家の船団から矢が放たれ、それと同時に鬨の声が聞こえてきたのである。鬨の声にはっきりとした輪郭がなかった。声は、矢を放つ音より先に遠くから流れてきたのかと思った。
音は、入り乱れていた。
「始まった」と辰夫は、身体が熱くなるのを覚えた。その身体が平家の矢の飛び立つ形に美しさを見たのである。その美しさは、悲哀を伴う美しさであることは辰夫にも分かっていた。辰夫は憐憫の情を抱いて見ているわけにはいかない。合戦が始まってしまったのである。春一の船はまだ見つけられていない。
水平線の向こう側に船の帆先が見える。遠目ではあるが、その上部を平家の船団と同じように矢を打ち上げられている。無造作に打ち上げられた矢は、源氏の船戦の粗暴さが見て取れた。辰夫の目でも源氏の船の多さが分かるが平家のそれとは異なり、ただ矢合わせの儀式をやっただけである。源氏にはそのような儀式は必要ないと言いたげな矢の放物線であった。
辰夫の目には美しい平家と荒々しい源氏が映り、その美しさがこれから飲み込まれていくのが想像できた。「船の数がこれほど違うとは、」と辰夫は見た。倍ほどの差であるが、実質平家の二つかはらの船の幾つかは公家や女官といった非戦闘員が乗り込んでおり、戦力になるどころか足手まといになるぐらいである。まして、その中に安徳天皇の御座舟があることはそれを守るためだけに幾つかの船を用意しなければならない。そのように考えれば、平家の船数は源氏の三分の一と考えられるほどである。
辰夫は、興奮を覚えながら何か異様な雰囲気を感じた。何か波の様子が違うのである。今までの穏やかな流れとは違う波の色を感じた。
「速くなる。一月前の時とは確かに浮かんでいる位置が違うが、確かに前の時も急に潮流が早くなったように感じたが、今見たいに感じていない。」何かが起きるように感じた。
平家の船団は上げ潮に乗って源氏に向かって少し右側へと回りながら攻め始めた。背後をつかれないように気をつけながら上げ潮に乗って平家が攻める形である。
辰夫が海の色で感じた「何か起きる」は、潮の流れである。急激に潮流が早くなったのである。それは、平家の船団は気がついていた。
辰夫は早い潮に乗りいつの間にか源氏の後方を流れている。春一が乗っている船がどれか特定できていないまま、流されている。
「平家の船団の中のどれか」と源氏の船団の後方から目を細めて探すが、逆光のため平家の船団が見難い。
「流石に船戦を得意とする平家、船団の位置を太陽背にする位置に移動しながら戦っている。」と辰夫は、思わず呟いた。
辰夫から見て源平合戦は、旗印ではっきり分けられており、白が源氏、赤が平家と一目見て区別が出来る。潮の流れを上手く利用しながら戦っている平家が明らかに攻めているが、源氏も不利な潮の流れであることから自重した戦いぶりであるのが見て取れた。
源氏も人海戦術に頼らず辛抱した戦いをしていた。恐らく潮の流れが変わるのを待って攻勢に出るつもりなのであろう。互いに戦の駆け引きは、持ち合わせており、今までの戦いは互いに想定の中にあるようであった。
辰夫は違った。辰夫のボードは、そうはいかなかったのである。辰夫が予定していた潮の速さより相当速い流れである。さっき合戦が始まる時嫌な雰囲気を感じ海の色の違いを感じた。辰夫にとってその嫌の予想が当たったのである。
辰夫の計算以上の速さで源氏の船団の横を流れていく。海の上を流木の塊のようになりながら源氏の船団の直ぐ側をすり抜けていくのである。平家、源氏の両陣営は、戦に夢中になっているため些細な事象など気にしていられない。普通なら「何か浮いている」と手を出されるだろうがそれも無く助かっている。源氏の船団の横を隠れて流れていることに見つからないか注意を払っているが、それより流れすぎると平家の船団が見えなくなる。そのことが心配で辰夫は、気が気でなかった。
辰夫のボードが合戦から離された位置にまで来た時、急に潮の流れが収まった。辰夫は「何とか離されずにすんだ」と思いながらも、平家の船からは思っていた以上に離されてしまっていた。辰夫自身海に入りボードを押すように泳ぎ風を探して位置取りを考えていた。
平家の船団は、東へと急激に流れる潮の時を待って一斉に攻勢に出たのである。その一時期を除いてほとんど互いに矢を放ち合う戦であった。時間だけを費やしているのである。矢合わせからほぼ三時間は経っているだろう。太陽は天頂を通り過ぎ潮の流れがなくなったことから、昼を過ぎていることが分かる。
辰夫を今一番不安に陥れているのは、風の強さである。まだ、一度も風らしい風が吹いていない。海の上では珍しいことである。辰夫が牛窓や長門の海に来てから一度たりとも風が一日中吹かなかったことはなかった。
辰夫は、琵琶湖でウィンドサーフィンをする時いつも夕方頃に着くようにしていた。無風の日でも夕方頃には一度風が強く吹いてくれるからで、裏切られることは少ない。ここに来てからも夕方頃にはよく風が吹いたが、「それを待つ。」今は平家が有利に戦を進めている。恐らくこれから源氏が攻め平家が崩れゆくはずである。そしてその時に風が吹けば、春一が乗っている平家の船にこのボートで近づき「春一に合う。」
それからは、辰夫に考えはなかった。取合えず春一を助け出しさえすれば、源氏に捕われても「何とかなるのでは、」との期待があった。
全て、辰夫の「希望的観測」であるが、辰夫にとって精一杯のことで、楽観的ではあるが勝算はあった。
潮の流れが収まり、源氏の後方から眺めていても分かるように源氏の船団が法螺貝の音とともに活気づいているのが分かった。慌ただしく船団全体が動き出したのである。
潮の流れは次第に西へと変わり、辰夫のボードも西へと少しずつ流されはじめた。
源氏は、船の横に広く並べ、数で上回る船で平家の船団を攻めようとしているのが、後方から見てとれた。横に広く広がっている源氏の船団は辰夫にとって少し困るのである。いくら、流木のように流れていると言っても源氏の船団の真っ只中を横切れば嫌でも見つかるからである。辰夫は、東西に対じしている源平の南側へと回り込むようにボードをパドリング(ボードの上に伏せて寝て手で漕ぐ)で進めた。
もし源氏の誰かがこの流木を見つけていれば不自然な動きから怪しいものとして捕われてしまうであろうが、今のところ戦に目を向けているため辰夫は見つからずに動くことができた。
辰夫が南側へと回り込んだのは、彦島へ向かって強く吹く南風泊りの風を期待したからでその風を斜め後ろから受けられるように考えたのである。
辰夫は「運を天に任すわけにはいかない。もし風が吹かなければ泳いででも春一の船にたどり着かなければならない」と考えていた。そのためにも源氏が攻勢にで、平家が負け出す前に春一の船を探し出し、いつでも近づけるようにしなければと焦り出した。
潮の流れが源氏に有利な西へとはっきり分かるように流れ出したとき、一斉に源氏の船が平家の船団を飲み込むように押出した。日は西へと傾き出し源氏としてはこの時を待っていたかのように攻め出した。
辰夫は、「春一の船」を口で唱えるように呟きながらボードを動かしていた。危険を承知で近づいて行ったのである。
平家は、船団中央に位置する平知盛の船から期待に満ちた声が発せられていた。
「源氏は、潮の流れに乗ってこちらに進めて来る。この時を待っていたぞ。みなのもの、この好機を逃すでないぞ。相手は潮の流れが有利とみて油断しておる。決められたとおり船を操るのじゃ。舵取頼むぞ、水夫は舵取の声を聞くのじゃ」
武勇で名をはせている清盛の弟、教経の声がした。
「相手も海の上、同じじゃ。船を漕がずとも源氏が寄ってきてくれるは、潮の流れなど関係ないことを思い知らせてやろうぞ。」
平家は、海の上での戦を知っていたのである。潮の流れは、見せ掛けでしかない。同じ潮の流れの上にいる船は漕がなければ同じ間隔である。この場合、源氏が潮の流れに乗って船を漕ぐことは、一見高いところから攻め降りてくるように思い有利に思われるが、船に推進力がつき舵取がしにくくなる。
逆に平家は、じっと待っていればよいので、舵取の声に合わせて水夫が漕ぐだけで疲労度も小さく船を操作しやすくなる。
じっとしていても源氏は寄ってくる。平家にとって前へ進んでいるのと同じことで、平知盛は、朝の戦で源氏が引いて守った戦い方をしたことで確信したのである。
知盛は、始め潮の流れに乗って船を進め、鍔迫り合いをしただけであったが、源氏が引いて守ったため、思っていた以上の戦功があった。源氏は、海の上での大戦を知らない。熊野別当湛増などがいる外海と違いここは瀬戸内である。三浦など瀬戸の海は知っていても戦は知らぬ。そのことを確信したのである。
源氏が潮の流れに乗って攻めてくるのをずっと待っていた。そして知盛の筋書き通りに攻めてきた。だから、知盛の期待に満ちた声が平家全軍に響き渡ったのである。平家の船から船へと喜びにも似た声で知盛の掛け声は伝えられた。当然平家全軍の士気は上がる。
義経は、知盛の思惑を全く知らず、勢いよく船を進めた。
「皆の者、今じゃ。平家の船を飲み込むのじゃ。」
義経は右手に刀を翳し、「勝った。」と思った。今まで負けたことを知らない男から見て平家の船団は、煌びやかではあるが、ひ弱く、小鳥の群れのように脅えて見えたのである。
「一隻たりとも取り逃がすでないぞ。帝の船を捜すのじゃ。必ず生け捕りに」と何度も叫びながら、船を進めた。
先鋒の熊野別当湛増の船団が平家の船団と交わった。横一線に広がった源氏の船は平家の船団と交戦し出したが、後方から続く義経の船から見て源氏の船団の様子がおかしく見えたのである。
源氏の船は平家の船に後方へ入り込まれ三方から矢を受けている。戦闘力を亡くした源氏の船は、進んできた勢いで潮に流されてしまっているのである。
義経は、船団の速度が速過ぎ舵取が出来ずに平家の矢の雨の中に入っていっていることに気づき、船団の速度を落とすように指示したが、潮の流れと相俟って速度が落とせない状態になったのである。義経が乗る船も同様で平家の船団に逆に飲み込まれていく形になった。
平家の教経は、義経の船を捜していた。他の船には見向きもせず義経の船を捜していた。これは、知盛からの指図でもあった。義経の首を取る事で源氏の戦力は半減することは分かっている。知盛から見て、源範頼は以前から九州に留まって戦っているが負ける気がしないほどであり、実際に義経が来るまで決戦が伸ばされてきた。
その義経が平教経の船の目の前に突っ込んできたのである。教経にとって願ってもないこと。教経は、思わず「やーやー我こそは、」と律儀にも名乗り出した。その声で義経の船を意識した他の船が一斉に義経の船に向け矢を放つようになった。それには義経もたまらず、他の船へと乗り移り逃げ出したのである。教経は「逃さない」と義経を追う。
知盛の声が飛んだ「能登殿、陣形が乱れる。」
教経は、義経が河野四郎の助け舟を飛び移る姿を眺め、言葉を呑みこんだ。
義経に降伏し今度の戦に従事した伊予の国の国司、河野四郎通信が義経に救いの船を並べるようにして出した。その船を飛びながら、義経は逃げたのである。
平家を裏切った河野はここで源氏が負けると国へ変えることが出来なくなるかもしれない。義経を大将として仰ぐ以上義経とともに勝利が必要なのである。
義経を船に迎えた河野は、義経に片膝を付き「御無事で何より、下知を、」と義経の指示を仰いだ。
「この惨状どう言うことだ。何故、潮流を味方に出来ぬ。伊予殿(河野四郎通信)何故じゃ」
「平家の船は止まったままで、舵取と水夫で常に有利な位置へと移動しているだけ、当方は、潮流に乗り過ぎて舵取りが出来ず平家の的となっております。潮に押され引くにも引けず。それでもまだ船の数は互角、一旦長門へと引上げては如何かと。」
義経と言う男、兵法とは縁のない者である。
この時代、孫子や呉氏の兵法は、平家や源氏の教養人には武士道の基礎となる考え方である「儒教・仏教・道教の教え」と共に伝わっていた。
しかし、鞍馬の山奥から出てきた義経には残念ながらそういったものは備わっていなかった。
よく言えば「天性の戦上手」で、悪く言えば「勝つためには手段を選ばす」である。
義経は、ただ単純に勝てる手段を選択する。そのために、ためらいもせず命じた。
「ばか者、逃げるのであれば始めからお主に聞かぬは、平家の舵取と水夫が邪魔であるならば殺せ、」
教養人である河野四郎通信は、当然ためらうが、義経の形相に圧倒されている。
「舵取、水夫を射るのは、如何なものかと」
「全軍に指示せよ。平家の舵取、水夫に矢を向けよ。舵取、水夫を射よ狙うのじゃ」
河野の助言は、無視である。
源氏の射手は、戸惑った。武器を持たぬ者を的にすることは、禁じ手であるから。
先鋒のはずであった梶原景時は、いつの間にか後方に位置していた。
そして、後方からその光景を見て「狂ったか、御曹司は末代までも、悪名を残すぞ」
梶原景時は、苦虫を噛み潰したような顔で、船を少し後退させ、静観する構えであった。
「坂東武者として、刀も矢も持たぬ者を殺せるか。末代までの恥じ。この戦何れ勝つことが出来る。何を焦る。ばか者が」と呟きながら船を船団から少し後退させた。
平家の船団は、まさか非戦闘員の舵取や水夫を狙ってくるとは思いも寄らないことであった。
この時代、戦には、いくつかの約束事があった。互いに使者を交わし戦の日を決める。戦を始める前には、矢合わせをする。非戦闘員は殺さないという約束事である。
そのため、合戦が行われる日には百姓・町人などが「合戦見物」をしたものであった。
その約束事を義経は破って、舵取、水夫を射始めたのである。
知盛の船戦は舵取、水夫が有っての戦である。舵取、水夫は、基本的には無防備の状態である。「自分達は狙われない」という事が大前提で戦に出ている。それなのに急に矢が飛んできて舵取、水夫が次々と殺されていく。
舵取、水夫は矢から逃げることになり、平家の船の操舵が出来なくなってしまった。
次第に平家の船団の隊列が乱れ出した。
知盛は、水夫や舵取りが矢で射られるのを見て、射手の者に水夫や舵取りを盾で防ぐように命じた。
平家の船陣形が乱れるのを見て、義経の檄は激しく、徹底していた。
知盛は、平家の船が漂い始めた光景を目にして、義経の乗る平家を裏切った河野四郎通信の船を眺め「そこまでして勝ちを望むのか。戦人で無き水夫や舵取をも殺戮するとは、慈悲なきことよ」と呟いたが、だからと言って源氏の舵取、水夫を矢で射るようには指示を出さなかった。
知盛は、何時までも策に拘っていなかった。
「ここからは、個の力じゃ、能登の守(平 教経)目指すは義経じゃ、目に物見せてやれ」
もともと教経は、知盛の策には、乗り気でなかった。というより戦に策を弄することそのものを好まなかったのである。
一人で戦場を暴れるタイプで、今まで知盛が持っていた暴れ馬の手綱が放されたようなものである。
平 教経は、義経の乗っている船は、分かっていた。やたらと甲高い声で激を飛ばしているから直ぐに分かる。
教経は、平家衆には珍しく、命知らずの戦い方をする。
義経の漕ぎ手である水夫への攻撃のため、狭い場所に源平の船が入り乱れ、船同士が重なり合いひとつの筏のようになった。
教経は、単身義経を目指し船から船へと渡りはじめた。
義経自身、迫りくる鬼の形相の教経に対して正面から受けて立つことはなかった。筏のように源平の船は一塊になっていた船を離し知らぬ顔を装った。
義経は、戦上手ではあるが、武将ではない。人目を全く気にせずに戦うのである。
平家の者とは違う。
だからといって、源氏である、頼朝が率いる坂東武者がそうかと云えば、そうではない。
坂東武者は、木曽義仲のように、京の街で乱暴狼藉を嫌い、統制を好む。卑怯を嫌う。梶原がそうであるように。
教経は、海の上だけに追いかけることも出来ず、まさに地団太を踏む思いで自分の船に戻った。
教経の気迫に対して源氏だけでなく、平家も手が出せない。
知盛は、平家の背後に潮で流されていった源氏が背後から仕掛けてくるのを防ぐために安部民部重能の船団を後方に控えさせていたが一向に動かない。平家の船団を立て直すため、安部民部重能に源氏を迎え撃つよう指示を出した。
しかし安部重能は動こうとしない。訝しげに再度旗を振り指示を出した。ところが、安部民部重能の船から知盛に返って来たのは、矢であった。
矢が平家の船に向かって放たれたのである。
前方の源氏は一気に盛返し、後方からは裏切りが始まり平家に退却の道が閉ざされた形になった。
「勝てなくとも、撤退が出来るもので有れば気力を出し死力で逃げるが、それも叶わない」と思った瞬間、平家の船団は一気に消沈、知盛は、船団そのものに戦う気力が消えていくのが目に見えた。そして自分自身の心にも同じものが宿ったことが分かった。
「戦いとは、心持ちよ。今この状況で何を言おうとも詮無いこと。せめて平家の美しさだけは残し得たであろう。」と知盛は呟いた。
知盛は、安徳天皇の御座船を探した。帝を死なす訳にはいかない。天皇だからではない。子供を道連れにすることはあまりに悲しかったのである。悲しい思いは我が子で十分である。生きる事が叶わぬのであればせめてでも建礼門院の手元に置いてやりたいとも思ったのである。それは彦島を発つ安徳天皇の船に縋るように見ていた建礼門院の姿を見てからである。
兄、平宗盛との約束もある。帝の御座船は後方にいるはずだが、それも危険である。
知盛は、帝の御座船を探し始めた。
辰夫は、源氏と平家との船が入り乱れた状況を目にして平家の終わりが分かった。今まで、確かに平家が勝っていた。不思議に思いながらも心で平家を応援していて、ひょっとして平家が勝つのではと思うほどであった。
平家の船は常に数隻が連携をとり、船団が一つの生き物のように動いていた。
自分勝手に動き回って、ばらついている源氏の船団とは異なり、戦は数ではないと辰夫に思わせた。
源氏の船は、舵が思うようにいかないのか、後ろ向けに流され分散し、右往左往しているのが見て取れた。平家が勝っている間、春一は無事であると安心するのであるが、状況が急転している。辰夫の目では何故平家が負け出したかわからないが、明らかに平家の赤旗が波に流されているのである。
辰夫は焦り出した。「春一の乗る船を見つけなければ、御座船は数隻しかない。しかし多くが平家の兵船に囲まれていてどれがどれか見分けがつかない。」
春一が安徳天皇の影武者である以上ほぼ中央に座しているはずと思うが、船が入り乱れ特定しにくい。日も傾き出し少しではあるが風の匂いもしだした。
辰夫は、必ず風は吹く、その時までに春一の船を見つけなければと焦りだした。
辰夫は春一の乗る船を見つけることに夢中になり、自分の置かれている状況を忘れていた。要するに回りを見ずに浮いていたのである。
源氏の雑兵が気づいた。
「おい、あの船がひっくり返ったようなのが浮いているが、なんか様子が変だぞ」
「あれか、さっきからずっと浮いていたぞ。」
「いつから」
「朝から浮いていたような気がするな」
「矢でも射てみようか」
「止せ、止せ。矢が無駄だ」
「お前達何を話しておる。梶原様がもう一度平家の船団の中へ船を進められる。弓の用意じゃ」
源氏の雑兵の一人が「あの、浮いているものが気になりまして」
「捨て置け」
辰夫は源氏の兵の会話が聞こえるほどの距離に自分がいたことに気が付いていなかった。声が聞こえ、その矛先が自分の事だとわかりびくついたのである。
矢でも撃たれセールに穴が空いたら大変である。
辰夫は、梶原の船がこの辺りまで下がってきていたのかと思い、他にいないか注意したが、平家が弱り出したために一斉に平家の船団へと船を進め出したのである。
「何時までも離れて春一の船を探しているわけにはいかない。」
少し風が吹き出した。ウォータースタートが出来るほどの風ではないが十分ボードを走らすことが出来る風である。ただ南風ではない。若干西に寄っている。この位置では、平家の船団へ突っ込むためには、少し風上へ上ることになる。
辰夫は「怪しまれても構わない、」と大きくパドリングを始め移動しだした。
じっと眺めると間違いなく怪しい船に見て取れた。
恐らく平家や源氏の兵の中には不思議に眺めている者もいただろうが、源氏の船の者は、ここに来て、手柄を逃したくないとの思いから平家の船団へと気がいき、海の上をうろつく得体のしれないものにまで構っていられない。
ましてや、平家の者は源氏のがむしゃらな攻撃から身を守るのが精一杯となってきた。
辰夫から平家の御座船の甲板に女官などが姿を現し出したのが見えた。
「甲板に姿を出せば春一を見つけることが出来る。例え遠く離れていても姿形だけで必ず見つけ出すことが出来る。」
辰夫はパドリングを止め、完全に上半身を持上げ、春一を探し出したのである。辰夫はふっと古城山を見た。土地のじいさんが言っていた「風が見える。」山を。俯瞰台から上がっている煙が吹き飛ばされているのである。風が来るのではと辰夫は感じた。あれがじいさんの言う「風が見えるか」と思ったが何か気持ち的に引っかかった。でも確かに上空では風が強く吹き出していることは辰夫の経験から確かである。
いつ風が吹き出してもいいように春一の船を見つけなければならない辰夫はほとんど身を隠すことなく春一の乗っていそうな船を捜し、甲板を睨み見つめた。
鎧兜を身に着けず高貴な女性と並んで甲板に立っている男の子が目に入った。
「居た。」
全身に鳥肌が立ち、身体が震え出すのを覚えた。そして、辰夫の視線の先には見覚えのある人影、秦嘉平が甲板に立っているのが分かった。
「もしや、安徳天皇の影武者として立っているのか、ならば、囮として」。
本当の御座船には、二位の尼の手を引っぱるようにして安徳天皇が甲板に上がってきた。その二人を警護するように、安芸守平経盛と中納言平教盛の老将が立っていた。
二位の尼の傍に女官が二人付いていた。
女官も落ち着いたものであった。
経盛と教盛の二人の老武将は、ずっと甲板の上である。戦況は分かっている。
「これも運命と思えばよかろう。」と経盛が言えば
教盛も「何処までも帝の警護が出来ると思えば我々は、良しとしようぞ」
二人の会話は、さばさばしたもので平家の衰亡を感じさせないほどであった。二人の老武将の様子は、船全体に漂うはずの悲壮感をなくし、落ち着きをもたらしていた。
落ち着きと言っても、皆が死を覚悟したことによるところである。
女官たちは、二位の尼が選びそろえたもので、ここに来て生き長らえようとするものなど一人もいない。
皆が死を覚悟した中での立ち居、振る舞いである。
「母は、春一はどの船に乗って居るのじゃ」
二位の尼は、幼帝を説得さすことなど考えていない。この期に及んで何をためらうことがあるか、生き恥だけは、さらすことなく、潔く終わることのみを考えていた。
「お気に止めなさるな、」
「一緒に居たいのじゃ、母の船へ案内してくれ。春一も一緒に居るのであろう」
「海の底にも京が御座います。そこで母君が待っておられます。」
「二位、何でも言う事を聞く。だから今すぐ母の処へ、」
「落ち着きなされ、男の子でござりましょう」
「何故私だけが一人なのじゃ。母と春一は一緒の船に乗って居るのか、清宗や能宗も一緒に居るのであろう。私も母の船へ行きたい。」
「我侭をおっしゃるな。帝が春一など端童と同じ船に乗ることなど。帝にはこの天叢雲剣が天子として揺ぎ無い証、男子たるもの覚悟をお決めください。」
「身分などどうでもよい。母のところへ行きたいだけじゃ」
帝にとって二位の尼は、怖い存在でもあった。建礼門院など母が相手なら我侭も言うが二位の尼相手では、帝は口答えをせずいつも素直である。しかし今回は異なった。始めてといってもよいぐらい二位の尼に逆らおうとするのである。
今まで、口答えをすることがなかった幼帝が最後の最後で自分に逆らう態度であった事は、二位の尼にとってショックでもあり、苛つきもあった。
二位の尼は、自分を抑えることと帝とともに海に入り本懐を遂げることが全てで、「死ぬ」という結果があることを忘れてしまったのである。
帝の一番の保護者は自分であると信じていた。それを幼帝自らが否定するような態度は許せなかった。
誰が見ても「心静かに、美しく死なれた」と認められる死に方をすることを理想とし今まさにそれを実行しようとしているときに幼帝が自分の思うとおりに動かない。
それは、「今まで人形のように言うことを聞いていた幼帝が。」
二位の尼の思考を狂わすことになった。
二位の尼は、恐れていた。栄華を極めた平家一族の哀れな最後を目の前で見ることを恐れていたのである。
恐れている自分を誰にも見せたくない、狼狽する姿をさらすことは二位の尼にとって死以上に屈辱に感じている。
自分に逆らおうとする幼帝、栄華の夢となった平家の世、そのことが二位の尼を死へ一途に急がした。
「船を早く清めよ。経盛、教盛もはやこれまで、帝は私がつれ逝く。清めはもうよい。この剣が清めてくれよう。我らを見れば後へと続きやすかろう。先にいきまする。」
二位の尼は、安徳天皇の両肩を後ろからつかみ船縁へと足を急がした。安徳天皇は、それを拒むように背に力を入れ後ずさりしようとするが二位の尼の手に恐ろしさを感じた。何か魔物に取りつかれた女人に感じたのである。
安徳天皇は、二位の尼に力いっぱい逆らうことが出来なかった。二位の尼が何か優しく声を掛けるが、聞き取れない。
魔物が自分を落とし入れるために優しく掛けてくる声のようで、ただ恐ろしさが先にたって二位の尼の押す手に負けてしまう。
船縁が目前に達する。安徳天皇は、力いっぱい押し返そうと試み力を入れようとした瞬間、二位の尼が置いている両肩の手に力が入り、安徳天皇はそれ以上の力が入らない。
その瞬間、この老婆にこれほどの力があったのかと思うほど安徳天皇の両脇から手を差伸べ持上げ身を海へ投じたのである。
同船している女官達も次々と二位の尼に続いて身を投じていった。
異様な空気の中で始まったその光景は、始まった。
周囲の平家の船へと感染していった。経盛、教盛は互いに顔を見合い「お供いたします。」と一言だけ言葉を発した。
平家の敗戦の空気は帝の船の上だけではない。
一方、帝の船を捜している知盛は、源氏の船を払い退けながら後退しなければならなかった。平家総崩れの中、その場で戦うことすら困難であるが、兄平宗盛との約束もある。船数が減っていく中、知盛の船だけでなく、次第に平家の二つかはらの船が孤立していくのである。
偽御座船も後方に浮かんでいる御座船を捜していた。偽御座船に春一と一緒に乗っている建礼門院は、せめて最後は我が子と共に居たいのが心気である。建礼門院は帝と共に運命を一緒にしたい。生きるにしても死ぬにしても共に一緒でありたい。その願いだけであった。
建礼門院の兄平宗盛は、その気持ちが痛いほど感じていた。彼の心は「自分は何を言われてもよい。どのように歴史に残ろうとも建礼門院や帝そして我が子達を助けたい」と思っていた。
そのため彼の偽御座船は、影武者の役目を放棄し、真の御座船へと向かって進んだのである。
建礼門院と知盛の船が御座船に近づきだした。
建礼門院は、じっと御座船を恨むように見つめている。視線の先は、二位の尼と安徳天皇である。届かぬことは分かっていても声をだす。「私が行くまで安徳を」建礼門院から御座船まではまだ距離がある。戦の最中であり、建礼門院の方を振向く者もいない。もどかしさの中、御座船の上では、建礼門院の願いとは相反し事が進んでいるのが見えるのである。
届かぬ先で我が子が海へと入っていく姿を見ることになった建礼門院は、言葉を失い嗚咽を付きその場で泣き崩れてしまった。そして直ぐに海を見つめ、すくっと立ちあがり一人海へと足を進めた。それを見ていた宗盛が、建礼門院に掛けより「死ぬでない。」と抱き止めた。
建礼門院は訝しげに兄宗盛の顔を見て「何故止める。今となっては仕方のないこと。平家の末路は決まっているではありませんか。見てくだされ、帝の船から今一人、今一人と海へ入っていくではありませんか。母である私が後を追わずしてどうしましょう。」
春一の側には秦嘉平が居た。秦は春一の視界からその光景を遮り春一は何も見ることがなかった。何故か建礼門院が目の前で泣き崩れていることに嫌な想像をしてしまっていた。当然といえば当然である。
春一の目で見ても平家の現状は分かる。ただ自分はどうなるのかの不安を強く持っていた。今の状況では、清宗や能宗も自分と変わらないだろうと思っていた。
清宗と能宗は違った。平家の武将であることの意味は春一の立場とは違う。二人は源氏からすれば的なのである。手柄首なのである。この海の上、どこも逃げ隠れが出来ない。十や十三歳の子供である。生きてきた過程も春一と変わりない。平家の栄耀栄華の中で生きてきたのである。それは、春一よりも安全で優雅の生活の中にいたと考えてよい。
二人は怯えきっていた。帝が入水した後は、二つかはらの船から女官達が次々と入水する姿が見られたのである。覚悟を決めようと思っても足が竦み動けない。
今までこんなに凛々しい所業を見せたことがなかった。宗盛は、精一杯だった。
「この船の者は皆死ぬことは許さん」と大きな声で建礼門院を抱きながら言った。
宗盛は、急に大きな声を出し短く皆に伝えた。総大将である右大将平宗盛の声は他の船には伝わらないのはわかっていたが、それでも宗盛は大きな声で叫んだ。「死ぬことはない。皆生きよ」
建礼門院は宗盛の声を聞いても「自分は生きてはいられない」と心の中で思っていた。
春一が「よかった。」とあまりにも快活な声で言った言葉は、清宗と能宗の震えを止めた。
その春一の一言で建礼門院は春一の方を見た。
春一の姿は安徳天皇と同じ烏帽子直衣姿である。
建礼門院は、我が子安徳が心を許す友としていつも寄添って遊んでいたこの子が不思議に安徳に見えた。「この子を助けたい」。宗盛の言葉でこの子を生かすのではない。自分の生にはなんの執着もないがこの子だけは助けたいと思った。
そしてそれは、安徳の願いのように思ったのである。
「宗盛殿、春一の直衣を脱がせ狩衣姿に変えなされ。そのような姿でいれば狙われるではないか」
「その方達、はよう着替えさせ」と女官に指示を出し、建礼門院が春一の心配をしたことで建礼門院の入水は、止められたと思いもう一度叫んだ。「この船は、このまま漂う。平家は死んだが、皆が死ぬことはなかろう。源氏に捕まり、生きるという証はないが死ぬとも決まっておらぬ。女・子供が死に急ぐことはない。」
春一は、女官に狩衣に着替えさせてもらい、着ていた直衣を建礼門院に渡した。
「これ、昨日まで安ちゃんが着ていたもの、安ちゃんが貸してくれたから返しておいて下さい。」
「安ちゃんとは安徳のことか、お前はそのように安徳を呼んでいたのか。仲のよいことよの」と最後は言葉が涙で崩れて春一には聞き取れなかったが、安徳天皇が着ていた直衣と春一を同時に抱きしめた。
急に一陣の風が吹き一瞬飛ばされそうになった直衣を建礼門院は、宝物のように抱きしめ懐にしまった。
「春一、この勾玉をお主の首に掛けて置く、お主の命が助かるのであればこの勾玉を使ってよい。そのために使うのじゃ。」そう言って春一の首にそっと勾玉を掛けたのである。
辰夫は、秦嘉平をじっと見つめた。秦の側に子供がいる。「春一ではないか、」
その子供は、急に服を脱がされた。
「見つけた。春一だ。」と一人辰夫は叫んだ。「風よ、もっと強く吹け、何もいらない、他にどんな願いもない。風よ、」。
辰夫は、海に身体を入れ、片足をボードに、両手でブーム(セールを操るバー)を持ちウォータースタートの体制を整えた。後は自分を持上げてくれるだけの風を入れるだけだ。風は十分とは言えないが、辰夫一人を走らすだけの風は吹いている。が春一を乗せて走るにはまだ弱い。それでも辰夫はセールを上げた。頭の中はロックの音楽を流す。ウィンドサーフィンの時のくせである。その頭の中の音楽はセーリングを落着かすのである。
流石に海の中から帆が立ちあがったのを見て周囲の源氏の船は驚いた。急に何が起きたのかと思い、矢を射ってよいのか戸惑ったのである。
近くにいた梶原の船は、直ぐに梶原景時に報告された。その帆だけの船に乗っている人物を見て、梶原は、見たこともない舟を珍しげにじっと見つめ「あの者あんな所にいたのか。矢も刀も持たぬ者、捨て置け」といった。梶原の口元は何か面白い光景を見たもののように笑みを持っていた。この時代、矢や刀、槍といった武器以外は、想像出来なかった。手に何も持たない者は、戦う者ではないと簡単に判断されていたのである。また、そのような者を討つことは卑怯と考える。
梶原は生粋の坂東武者、そのような者に矢を向けることは恥じと考えていたのである。
梶原の行動は回りの源氏の船の見本となった。「梶原殿が何もせぬと言うことは敵ではないのかも」との思考が周囲の武将に働き、辰夫は矢を射られることはなかった。
辰夫はボードがあまり流されないようにと、重石をボートにぶら下げていて、その重石を捨てて走り出そうとしたが、止めた、春一が乗ったときのために身体に巻きつけておいたのである。そのためボートの速度はあまり出ない。俯瞰台の煙は確かに強く靡いている。
辰夫は、「もっと強く吹け」と願っていた。しかし、辰夫の願いとは裏腹に俯瞰台の煙は強く靡くどころか風が弱まってきているようである。辰夫の視線は春一の見える船と俯瞰台を交互に見つめ、それは二つの願いを同時に叶えてと叫んでいるのであった。
その時であった。辰夫は一瞬、手に持っているブームが押されるように感じた。俯瞰台から目を逸らし押された方向に目をやると、波の色が変わり海面に白い波しぶきが立っているのが目に入った。
その瞬間セールがもっていかれそうになるのを堪えた辰夫は、ブームを持つ手に何かが宿ったように無意識のうちにセールに風を一杯入れ、腰を落とした。
南泊の風が南から強く吹いているのは、彦島の南側で、彦島の東側のこの辺りでは西側から入ってくるのである。なんにしても「風さえ強く吹けばなんとでもなる」との思いがあった。
辰夫は、どんどん速度を増していった。
辰夫は、一旦風上の方向へ回り込むように位置取りをしてから高速で春一の船を目指した。
宗盛の船では、誰も入水していない。船艫(ふなとも・船尾)に多くの女官達が集まってはいるが平宗盛の命で誰も海へ入水していない。舳先では秦嘉平が陣取り兵を指揮している。周囲では辛うじて戦が続いている形で、平家の船団は勝とうとして戦っているのではなく、逃げ場がなく戦っていた。
後方の大納言平時忠の船はいつのまにか戦闘から離れてしまっていた。
知盛はそれを見て、「器用なことよ。いつのまに武門の者から公家へとなられたのやら」と時忠の子平時実を揶揄して笑った。
知盛にすれば、この戦は、完全に平家の勝ち戦であった。義経が武器も持たぬ非戦闘員の舵取、水夫までも射ったことは知盛にとって誤算ではあったが、後方で安部重能が裏切り、平時実は逃げるといったことは、理解に苦しむことであった。知盛にすれば何故こうも勝ち戦を放棄するのか分からなかった。動けば勝てたはずである。一人嘆きながら、今までの平家の栄枯盛衰をたどり、答えを出した。
「平家はいつのまにか武門の道から外れ、公家へと成り下がってしまっていた。平時実だけではない。武将の格好はしているが多くの平家の者の心根は公家である。私が浅はかであった。己のことばかりで回りを見れていなかった。負けたのはそれか、」と一人で自問自答していた。
兄の船は直ぐそこである。互いに帝の船を目指したが間に合わなかった。兄の船からはいまだ誰も入水が見られない。知盛は、この船上から兄右大将平宗盛の船に向かって一礼し、船を清め出したのである。
宗盛の船では、宗盛の子清宗、能宗が父宗盛にしっかり寄添っている。春一には二人が感じている怖さは分からない。ただ自分は、一人であることの寂しさだけを感じている。
建礼門院はいつのまにか舳先へと一人向かっている。
春一は、それを見て建礼門院は優しいおばさんだけど母ではない。この時代にいるのは父辰夫だけであるがこの海の上で合える筈がないことぐらい分かっている。でも清宗や能宗を見ていると絶えられなくなってくる。戦の中の恐怖より、自分が一人になっていくことの方が春一にはやりきれない思いであった。
春一は、居場所がない船の上で建礼門院が向かった舳先へ歩いた。そこに秦嘉平がいるし、建礼門院もいる。悲しい人がいる所へ行く事の方が自分の悲しさを少しだけ癒せるように思ったのである。
春一は建礼門院の後を付いて行くようにして舳先へ向かって歩いた。
建礼門院の歩きかたが何か変であるように春一は、感じた。舳先で止まる気配を感じないのである。そのまま歩き続けるようで、まるで舳先の先に何か続いているような、海の上を歩いていくように進むのである。当然海に落ちてしまう。思わず春一は声を出した。「建礼門院様、落ちるよ」
その声に気づいたのは秦嘉平で、直ぐに建礼門院が入水しようとしていることに気づいたのである。
「右大将平宗盛様が生きよと仰せで御座います。」
「お前はどうじゃ」
「私は武士で御座います。」
「同じじゃ。私は、安徳天皇の母であるぞ、」
秦は黙ってしまった。それを言われると秦自身胸が痛くなる。目の前で我が子の入水を見ているのである。建礼門院が抱きしめるように抱えている帝の直衣が物語っている。そして、建礼門院が船の縁へ足を進めたときである。
「お父さんだ」ととてつもなく春一の大きな声が聞こえた。
春一は、船の縁に立っている建礼門院より縁へ勢いよく近づき手を大きく振ったのである。
「あそこに僕のお父さんが、ウィンドに乗ってこっちへ来る。お父さんだ。あんなのに乗っているのは、お父さんしかいない」
「あの帆だけで進んでくる。船にお前の父が乗っているのか」
「絶対乗っている。僕を迎に来た。」
春一は大きく手を振り続けた。建礼門院や秦嘉平は、春一のあの飛びあがるような喜びかたを見てどうすればよいかわからないがあの「男に春一を預けてやろう」と考えた。
秦は特に自分の死と引き換えにしてでも春一をあの男に預けたいと考えた。
今戦う目的をなくしている自分の最後のよりどころになったのである。
辰夫の影が次第に近づき大きくなって来る。顔もはっきり分かる。懐かしい思いと同時に春一自身この時代に来て始めての危険な冒険である。
春一の声に清宗と能宗が走り近づいてきた。
「春一、お前の父だと。どこじゃ」
「ほら、あのウィンドサーフィンに乗ってこっちへ来る。」
「あの、帆だけで走っているやつか」
「そうだ。あんなのに乗れるのって、お父さんだけだ。うまいんだから。」
「春一、お前あれに乗って帰るのだ。」
清宗は、春一との別れが突然来たことに戸惑ってしまった。
春一と云う少年は、いつの間にか自分達の近くに当然のごとく居るものだと思っていた。そして、心から兄弟のように思っていた。
しかし、目の前に春一の父が現れたことで春一と出会った時のことを思い出していた。
宗盛が半泣きになっている能宗のそばにより、「お前達にはこの父が居る。六位蔵人にも父は居るのじゃ。六位蔵人はお前達のかけがえのない友であろう。どうするのじゃ」
「春一、無事にこの源氏の海の中を逃げられるか。」
「大丈夫、風強いし、お父さん旨いよ。何度か二人で乗ったことあるから」
「さよなら」
「うれしそうだな。さらばじゃ」
辰夫のボードはどんどん近づいてきた。そして春一のいる舳先へ向かうのではなく船艫へ向かって進んでいるのである。
「春一、船艫じゃ。船艫へ回れ。」
「大丈夫。こっちへ回ってくるから。」
宗盛は、辰夫の乗る変わった船を攻撃せぬよう周囲の船へ指示を出した。そのおかげで辰夫は気持ちよくウィンドサーフィンを操ることが出来た。
辰夫は、源氏の船を縫うように進んできたが、源氏船団からはなんら攻撃を受けることはなかった。梶原の知るところの船と思われたところが大であるが、その代わり途中、平家の船からの攻撃を受けたのである。幸いなことに風が強くなれば強くなるほど矢は当たらず、ボートは早くなる。当然辰夫も考えなしに進んでいるのではなく、平家の船からは距離を置くように進んでいたが何度か矢が辰夫の傍を通り過ぎた。
矢は辰夫に当たらなければいいのではない。セールに穴を開けることも許されないのである。そのためセールのバテン(セールに張りを持たすための横桟)は、竹の細いのを多く使い軽さと浮力、それと矢などにも強いように考えた。それでも実際に矢が当たれば穴は開くのであるが布だけよりましである。
偽御座船に近づくにつれ当然危険は増す。平家の船が密集しているからである。それでも突っ込まなければならない。勇気というより勢いといった方がよい。「ここまで来れば後は運を天に任せるしかない」との思いである。そのつもりで平家の船団の塊の中に入っていったが始め二三の矢は飛んできたが直ぐにぴたりと矢が止まった。辰夫が平家の船団に入っていったとき宗盛の指示が飛んだのである。「あのものは敵ではない。」の意味か、宗盛の船から旗が振られていた。
辰夫は春一の手を振る姿をはっきり目にした。その周りに平家の武将も居る。危険な雰囲気ではないのが見て取れた。辰夫は、春一の立っている舳先へ向かうため船艫に回り込み高速でターンするようにした。そうすれば春一の居る舳先に着けやすく、春一を乗せて直ぐに逃げやすくなるのである。
辰夫は、セールに風をはらませ高速で宗盛の乗る偽御座舟の船艫側を通り過ぎセールを海面ぎりぎりまで倒しレイルを水に噛ませ後足に過重を掛けボードを内側に傾けてジャイブターンをして春一の待つ舳先へと寄せた。
源氏の船も平家の船も一瞬辰夫のウィンドサーフィンの動きに目を取られ矢を射る事も、太鼓や奇声を上げることも忘れ見入ってしまった。皆、異口同音に「なんという動き、そしてその速さ、面白い、凄い、もう一度見てみたいものじゃ」の言葉を発した。
「なんと、器用なことよ。あの速さ、あの機敏さ、ただ戦には向かんのう。両手で操れど矢も刀も扱えんからな。」と宗盛が一人関心しながら呟く声に兵士の間から笑いがこぼれた。宗盛から戦講釈を聞くとは思わなかったのであろう。
「春一、迎えに来た。」と辰夫が春一に声をかけると、春一は、声が出ない。目に涙いっぱい溜めて「待てた。」と一言言ったが誰にも聞き取れなかった。何を言っているのか分からないが辰夫には気持ちで春一の言葉が分かった。
「一緒に行こう。秦様お世話になりました。春一を連れて行ってもいいですね。」
「もちろんじゃ。お主に返したぞ。しかし、良く泣くがいい子じゃ」
そばにもう一人春一を見つめる女人が居た。建礼門院である。
「お前は、安徳の分まで生きるのじゃ」
「安ちゃん、どうかしたの」
「そうか、お前は知らぬのか。それでよい。」と言いながら、もう何も思い残すことはないというような、すがすがしい顔で涙を流していた。
能宗、清宗も居た。
「春一、京で会おう」
「また、蹴鞠をやろう。今度は絶対負けないから」と言って、清宗は自分の言葉に不安と絶望を隠し、どこか自信がなく、こんな言葉しか見つからなかった寂しさを思った。
せめて、少し残っていた強がりと春一への励ましとが混ざったような笑みをもって、春一に言葉を渡した。
「早く行くのじゃ。源氏が迫ったきておる。」
「春一、早く乗れ。」と言ったとたん、矢が飛んできた。
春一が慌てて乗ったため、バランスが崩れボードの上に立たず辰夫の背中にすがるような形で乗ってしまった。
辰夫はバランスを崩しながら辛うじてボードの上に立っていた。
ボードは、辛うじて浮いている状況である。
周囲は平家の船ばかりで、全くではないが矢などが飛んでくることは少ない。
知盛の船も宗盛の船同様に入水してしまった幼帝の船に近づいてきていた。
「春一、お父さんの腰に巻いている錘を外して捨ててくれ。手を振っている場合じゃないぞ」
春一の重さと錘の重さが加わってセールが耐えられなくなってきていた。さっきまでの高速でのセーリングどころか沈没しそうになった。
そのとき、一瞬風が止まった。当然辰夫と春一は、バランスを崩した。
辰夫の腰に巻いている袋を外そうとしている春一が海に落ちてしまったのである。
辰夫も一瞬風を失い後ろに倒れた。そして、マストが二つかはらの大型船の縁に当り、ボートを支えるような形になった。
知盛の船である。
マストは縁の出っ張りに引っかかっているのかセールに風が入っても持ち上がらない。
辰夫は、ブームに鉄棒のようにぶら下がり懸垂状態でその船を見上げた。
知盛は、甲板から覗き込むように辰夫を見た。
知盛は自分の船から平宗盛の偽御座船の様子を眺めていた。
儀式のように甲板を清めていたが何やら不思議な船が偽御座船に近づいて来る。宗盛からは「敵ではない」との旗が振られたためしばらく様子を見ていたのでる。
光景を見て大方の想像はついた。変わった舟が、春一を乗せて動き出した。
そして、そのままふらふらと自分の船に近づいてきて沈没というより、倒れてしまった。その船の真中に立っている棒が自分の船の縁に引っかかった。マストを引っ掛けられても黙っていたのである。
普通なら怒りをもって対処されているものであるが、「こんな小さな舟で一人春一を助けに来た」この男、恐らく身内の者、幼げ(いたいげ)な春一を乗せ必死で逃げようとする姿、春一を助けることは、絶望の中、全てが無になっていくのを感じながら船を清めている自分への最後の仕事のように思った。
顔を見せた知盛は、「どうしたのじゃ」と一言ブームにぶら下がっている辰夫に声をかけた。
「春一です。助けてください。」
海から顔を出した春一が知盛を見つけあどけない声で言った。
「お前が春一の父か、武器も持たずに春一を助けに着たとは殊勝なことよ。」
と話している。
平家からの攻撃を受けないと言ううことは、必然的に源氏から攻撃を受ける羽目になるのは当然のこと。
知盛の船に引っかかっている辰夫のボードを襲うように源氏の船が寄せてきたのである。
知盛は足元に合った船の錨を持ち上げその船に投げつけた。錨を投げつけられた船はたまったものではなく、船底に穴を開け沈んでいった。
知盛は何もなかったかのごとく「どのようにすればよいのじゃ」
「棒の先が引っかかっています。外してもらえませんか」と、知盛の怪力に驚きながら、なんとも言えない情けない顔で辰夫は頼んだ。
人ごみの中で溝に足をはめ、抜けなくなって誰かに助けを求めているような顔で、ブームにぶら下がり見上げた。
知盛は、一瞬気が抜けるように思ったが、海から這い上がりこの小さな舟にのった春一の顔は生き生きとした表情で、福原での蹴鞠で一喜一憂していた時と変わらぬ無邪気な春一を見た。
「わかった。外してやろう」
春一と辰夫は同時に「有難う御座います。」
「おかしな、礼じゃ」
傾いたボードはマストを知盛の船の縁から外され、軽々と二人を持上げるように置きあがった。風は十分、重りも外した。サーフボードは動き出した。
春一は辰夫の胸の前に立ち辰夫と同じようにブームを握った。春一は何度か辰夫と一緒に乗った時の事を思いだしていた。
源氏の船団はと言うと、辰夫のボードが梶原氏の船団から平家へ向かっていったことから恐らく見方だろうとの思いで見ていたが、平家とのやり取りを遠目で見ていてもどうも平家と通じているようであることが分かった。
それに、子供が逃げようとしている。
義経はもしや帝ではと思った。先ほど二位の尼と入水したのは偽者で今、逃げようとしているのが安徳天皇かもしれないと判断したのである。
源氏の船団は、義経の命で一斉に辰夫のウィンドサーフィンへの攻勢に転じた。それを見た秦嘉平と知盛は、辰夫の舟を援護したのである。
「あの舟を守るのじゃ、みなのもの矢を持って援護せよ」と知盛が言うと負けじと秦が「船を進めよ。あの船に寄せて春一を守れ。」と辰夫の進む方向を塞いでいた源氏の船団に向かって船を進めた。
風を受けセール一杯の風を入れた辰夫のウィンドサーフィンのボードは秦嘉平が開けてくれた海の道を除々に速度を上げ進んだ。知盛の応戦と秦嘉平の船の操作がなければこの源氏の海を抜け出すことは出来ない。特に速度が上がるまでの間は無防備なウィンドサーフィンにとって危険であった。
宗盛の船の後方をボードが横切る時、春一が「あっ、」という声を上げその後に「安ちゃんのお母さんが海に落ちた。」と声を上げた。
辰夫が「安ちゃんのお母さんて」
「建礼門院様」
「その方なら大丈夫。助かられるから、京都へ行けばまた会える。」
「ほんと、ほんとにほんと」
「本当だ」
辰夫は、必死であった。「もっと早く」と考え風下45度へと進んだ。風速は問題ない。後は自分の技術だけである。春一を乗せながらスラロームで源氏の船を交わしこの壇ノ浦から抜け出さなければならない。
風をはらんだセールは、速度を上げる。源氏の船からはその速度に矢がついていかないことに驚きを見せていた。
辰夫は無我夢中で、ウインドサーフィンを操る。
ターンは絶対出来ない。少しでも速度を落とせば源氏の船からの矢が一斉に当たる。この速度とこの風のお陰で矢が当たらずに済んでいる。速度を落としたり、ましてや沈したりすることは、絶対出来ないのである。
源氏も行く手を阻むように辰夫の進む方向へ船を集め出した。義経の甲高い大きな声が辰夫の耳にも届いた。
辰夫のウィンドサーフィンのセールは勿論ビニール製でないため透明の部分がなくセール側の景色が見えない。自分が立っている側しか視界がないのである。そのため出来るだけ直線的に進むようにしていたが、船団が行く手を塞ぐため少しずつ風上へとコースを取らざるを得なくなった。
辰夫は、速度を落とすのを嫌い、見えない風上側へとボードを方向付けた。すると目の前に大きな二つかはらの船が目の前に現われたのである。
辰夫は、その二つかはらの船を避けるため、セールを前に倒し左へ弧を描くようにセールを倒した。
当然、ボードは曲がることによって失速する。
ボードはその二つかはらの正面で速度を落とすことになった。
矢が一本セールを突き抜けた。辰夫はこれまでかと考えもう一本当たれば、止まって手を上げ降参しようとした。が、急に矢の飛んでくる音が「ピタッ」と止まった。
辰夫は、もう一度セールに風を入れ速度を上げて早く抜け出そうとした。
「スピードは全く出ていないはずだ。なぜ矢が止まった。」不思議に思いその二つかはらの船の方を見た。すると舳先で腕組をして、梶原景時が笑っていた。
辰夫は後ろから聞こえる声がした。
「また、面白いものに乗っておるの」、梶原の声である。
辰夫は、その船の横を悠々と通り過ぎることが出来たが何故この場でも梶原景時は自分を見逃してくれたのか不思議に思ったがここで考えることではない。
梶原景時の船は源氏の船団の後方に位置した。この船を越えると辰夫の行く手を遮るものはない。辰夫は無我夢中で風を受け、飛ばし壇ノ浦を後にした。
歴史では梶原景時が義経のことを頼朝へ讒言することで悪者とされているようであるが、よくよく考えてみれば、頼朝を助けたのも弱者への労りのようなものであったのかもしれない。
義経への言い掛かりも当然のことかもしれないのである。屋島の奇襲は嵐に船を出すなど無謀なだけで、成功したことで梶原景時が悪者扱いされたのではないかと辰夫は思った。
壇ノ浦が遠ざかり周囲の景色が変わり日和山も遥か遠くになった。ここまで相当な速さで進んできた辰夫は、安全な所まで来たと思った。春一が目の前にいることを確かめた。
今まで夢中でセールを操りここまで来て気が緩んだのか、涙が溢れ出した。
「春一、大丈夫か。怪我はないか。元気だったか。なんだかドリフターズ見たいな事を言ったな。」一人で完結した言葉を発して苦笑いをした。
「ドリフターズ。知らないよ。でも何処も何ともないし、大丈夫」
春一の声も涙で緩んでいた。
春一は背中を辰夫の胸に押しつけ肌と肌の触れ合っていることを確かめそのことに心地良さと安心を感じていた。父の胸の鼓動と暖かさが春一に伝わって、もっと強く確かめたくなりグット後ろへ力が入る。
辰夫は、それを受け止めるように胸を押し返し、少し緩み出した風を心地良く受けた。
辰夫は夢のような出来事の中を抜け出したことで、もとの世界へと何か近づいているように感じた。
そして、ゆっくりと陸へと向かった。日が落ちるまでは陸へは近づかないつもりであったが、あまり距離を置くと風が止まったとき何処へ流されるか分からなくなるので適度に距離を取って陸とほぼ平行線をたどった。
辰夫と春一は黙ったままであった。何を話して言いか、何から話して言いか戸惑っていた。今、二人がこうして肌を合わせて一緒にいられることがなんだか不思議で、二人でセールのバーを握って静かにセイリングしていることが、心が不思議な距離感を二人に感じさせた。
辰夫にとっても春一にとっても永かった。特に春一にとっては、先のない旅であったことはゴールが分からないまま走り続けているようで、屋島ではずっと諦めたように生きていたのである。
二人の心は、今感じている心の距離感とは別に、一緒にいられることはもとの世界へ近づいているように思った。
春一にとってゴールがあるように感じた。今までと違い父辰夫と一緒に入るゴールを感じたのである。二人は同時に早苗のことを思い出したが口には出さなかった。
日も海沿いにそそり立った山の影に隠れ、太陽のダンウライトの光が海の波しぶきを黄色く輝かしていた。このままずっと煌く波しぶきを進んで行くことで「あの場所」にたどり着けるようであった。だから日が暮れ出しても辰夫は岸につけようとしなかった。
そんなとき、遥か遠くを眺めウィンドサーフィンを続ける二人の目に海に浮く小舟が目に入った。その小舟は明らかに自分達に向かって手を振っている。辰夫はまさかと思ったが恐らくとも思った。
管六である。辰夫の想像したとおり管六が来ていた。管六の手の振りようは振られている辰夫も浮かれてしまうほどの大げさなもので、春一もその小舟の主が自分達に危害を加えることはないと思った。
「どうしてここにたどり着くと分かったのですか」
「赤間の関で源氏と平家の戦が始まったと聞いて、辰朝さんがもし無事にお子さんを助けて来るのなら風や潮の向きを考えてこっちへ向かって来るだろうと昼頃からずっと待っていたのさ。どうだ、ドンピシャだろう。」
辰夫はあまりの感動でその言葉に返す言葉がなかった。それでも言葉しかないのがもどかしく、それも決まり文句のように「ありがとう」の言葉であった。
「私の息子です。いつも、いつもありがとうございます。」言葉のもどかしさの中で喘ぐように出した言葉はつまっていた。
管六は、その言葉の詰まっている意味を受け止めて、少し噛み締めて見ると自分の中で大きく膨らんだ。
辰夫の「ありがとう」は伝わっていた。自分自身それほど大層に考えていなかったのが、何故か感動が自分の中から出てきて、目頭が熱くなって辰夫に目を向けずに、「何でもないさ」と言葉を返した。
「あの岸に着けるか」
「はい、あそこの浜へ向かえばいいんですね。」
涙の量で感動を計るわけではないが、お互いに感じていた。
管六は、とりあえず話を切り替えた。
「三郎が屋敷で待っている。」
三人は、ほんの少し砂を蓄えただけの小さな浜へ向かった。
いくら、梶原景時が見逃したとしても、今日の今日である。辰夫たちが二人して堂々と街道を歩くわけにはいかない。
三人は完全に日が落ちるまでその砂浜で時を過ごした。
辰夫は浜に上げたウィンドサーフィンの全てを黙って燃やし始めた。
「最後の仕事は身体を温めてくれることだな」
春一は何故せっかく作ったウィンドサーフィンを燃やすのか、もったいないような気がした。買えば高価なものなのにと燃え盛る炎を見ながら同時に父の横顔を見た。その顔を見たら春一は何も聞けなかった。始めて見るようであった。「こんな男らしい父の顔を」
特段おしゃべりでもなく、かと言って寡黙なわけでもなく。春一は、父の事は大好きではあるが、「尊敬」という言葉を父に重ね合わせて見たことはなかった。今、春一は父に男としての尊敬を持って父の横顔を見ている。そんな父を見ているとウィンドサーフィンのことなどどうでもよいように思った。父があの戦の海から自分を助け出すためにどれだけのことをしてきたのか少し分かった。
三人は、あまり目立たぬように周防の源氏の屋敷に向かった。源氏の屋敷といっても城壁や壁があるわけではない。他に入り口が幾つかあり、廃寺跡のような建物である。
小夏は女ということで出入りには目立ち過ぎるため、町の一角の小さな小屋に居てそこで三郎と連絡を取っていた。
三郎は、壇ノ浦の戦いには参加していない。元は猟師の三郎にとって陸の戦いならいざ知らず、海の上の戦いは無理であった。全く泳げない三郎にとって船に乗ること自体恐怖なのに、そのうえ船上で戦をするなど持ってのほかである。
三郎は義経に我侭を言い、陸での待機を願い出たのである。義経は、源氏としても全軍、船に乗れるわけでもなく、九州には源範頼の軍が平家の後方を押さえている事からこの周防の国に自軍の一部を置くことも考えその任として三郎を置いたのである。
管六達は、一旦小夏が居る小屋に立ち寄り、管六だけが三郎を呼びに行った。暫くして三郎と管六がやってきた。
「辰朝さん、よく無事にあの赤間の関から抜け出せましたね。こちらにも辰朝さんの話しが届いていますよ。始めは安徳天皇が逃げたとの話しが飛んだらしいが、建礼門院が捕まり、安徳天皇は二位の尼と共に入水されたことが分かり今は、海に沈んだ三種の神器を探すことに夢中らしい。そのお陰で辰朝さんの話しはうやむやになっているようですけど、それでも話しは消えていませんから出来るだけ早く何処か山奥でも逃げた方がよいのでは、」
三郎は、辰夫親子のことが心配らしく久しぶりに会ったのもかかわらず、無事に逃げる話しから始めた。
「三郎さん、心配有難う。久しぶりに会ったのにこんな迷惑ばかり掛けて申し訳ありません。私達親子は京へ行かなければならないのです。無理を言いますがこの周防の国を抜け出せれば後は何とか考えたいと思います。何とかなりませんか」
辰夫が話している横で春一がなにやら首にかかっているものをもぞもぞと取り出してきた。
「お父さん、僕こんなの建礼門院様から貰った。「逃げる時に必要なら使いなさい」と言って僕にくれた。」
そう言って、春一は首にかかっている勾玉を辰夫に見せた。三郎と管六はそれが何かはわからなかったが、辰夫は、直ぐに分かった。と同時に「驚いた。」
勿論、勾玉がどのような形で、どんな大きさでどんな色かは、想像がつく。
出処が天皇の母、建礼門院で、そこから考えると本物の三種の神器の一つ「八尺瓊勾玉」と思うのが当たりまえだろう。
そんな大事なものを無造作に、何の予告もなく春一から出されたことにである。
「三種の神器の一つ、勾玉だ。」と言って、直ぐに声を落とし、暫く考え「春一、この勾玉、使っていいか」と言った。
「そう言って、建礼門院様が僕にくれた。」
「三郎さん、これは、今、源義経様が必死になって探している三種の神器の一つ、勾玉だと思います。三郎さん、これを持って源義経様に話しをつけていただけませんか。理由は、そのままで良いと思います。自分達は平家となんの関係もなく、平家に捕われていた子供を自分が助けただけだ。といっていただければ、私は他に何も思いつきません。普通に旅が出来ればそれでいいのです。三郎さん、お願いします。」
三郎もこれといった作り話も思いつかないし、取引をするような話をすれば源義経のこと余計に怒るように思う。ここは、辰朝の言う通り正直に話しをすることで、後は自分の辰朝に対する気持ちを言うだけだと思った。
三郎は、辰朝と久方の話しもせず、直ぐに長門の赤間へ向かった。源義経は赤間で陣を引いていたのである。
辰夫達は、管六と小夏の二人と小屋でひっそりと過ごした。源氏の追手のリストから辰夫のことは全く忘れ去られたわけではない。今、何らかの形で追われていることは確かである。
平家の落武者狩りは、直ぐに始まっている。捕まればその場で殺されかねない。それに密告など噂だけでも怖いものがある。今、三郎も赤間の義経のところに行っていない。
この源氏の街周防では、息を潜めていなければならないのである。
潜んでいるといっても三日も四日もの話ではない、長門と周防では一日で往復できる。一両日中には三郎が帰ってくるだろうと思っていたが、三郎ではどうしようも出来ないこともある。そのことも考えて辰夫と春一は小夏に頼んで別の隠れ家に潜んだ。
辰夫にしてみればここまで来て捕まる訳には行かない。三郎にしてみてもたかが新参の家臣である。源氏の中で力などあるはずがない。もし、不穏な感じになれば春一を連れて直ぐに逃げるつもりである。「若しか、」の用意だけは怠らないように考えていた。
三日経っても三郎が帰ってこない。何故か、一番に痺れを切らしたのは、小夏であった。
小夏は、誰にも黙って源氏の屋敷へと様子を見に行った。何度か三郎を訪ねて屋敷に赴いているため屋敷の回りをうろついてもあまり怪しまれない。門番の中にも顔見知りも出来、あわよくば三郎の話しが聞けるのではと思い、屋敷の回りをうろついた。
小夏が屋敷の回りをうろついていた時、中から見たことがある人相の悪い侍と目が合った。三浦高信である。辰夫が琴屋で世話になっていた時に言い掛かりをつけに来た侍である。向こうは知らないが小夏は牛転で見ていたので知っていた。
小夏は思わず目を逸らし逃げるように立去ったが、三浦はそれを見て不信に思い小夏をそっと付けたのである。付けられていることを知らずに小夏は辰夫の居るところに戻ってしまった。
小夏が入ると同時にこの三浦も一緒に押し込んできたのである。この三浦は、三浦義澄とは無関係であり、梶原景時が京で雇い入れた家臣の一人である。
辰夫は、小夏が小屋に入ってきて、直ぐに後から押し込んできた三浦高信を見て背筋が凍るような恐怖を覚えた。
「まさか、平家の落人が」と三浦の一言が耳に入った。
辰夫は、何の言葉も出なかった。全身が恐怖で固まり、思考が止まった。
辰夫は春一を救い出すまでのことは、一の谷の合戦からずっと考え、ほぼその通りになった。春一も救い出すことも出来た。そこで「作戦」は終わっていた。そのあとのことはあまり考えていなかったのである。辰夫にとって春一をあの壇ノ浦の合戦から救い出すことで目的が達成できたわけで、いつの間にかそのあとのことまで考える必要がないように思っていた。
二人は、平家の落ち武者として追われる身となっていた。
辰夫と春一の親子は全国のお尋ね者になっているのである。普通に考えれば当たり前のことで「何故、今まで気づかなかったのか」と考えたが遅い。
辰夫は、三浦高信が刀に手を掛けた動作を目に入れて、動けなくなった。壇ノ浦で見せた勇気は一つも湧いてこない。何故か、目的を達成してしまった辰夫には、気を張っていることはできなかったのである。
壇ノ浦までの辰夫は、「春一を助ける」というただ一点に集中して過ごしてきた。辰夫にとって壇ノ浦は勇気等といったもので乗り越えたものではない。ただひたすら春一を救いたいとの思いだけであった。
元々勇猛さや豪胆さなど持ち合わせていない辰夫は、春一と二人怯えた身体を三浦の前に曝け出してしまった。
三浦もその場の優劣がはっきり判ったようで笑みを浮かべながら二人に「屋敷まで来てもらおう。」と言うだけでよかった。
三浦の金縛りにあった辰夫と春一は、三浦の前を黙って歩いてしまうのである。
二人は感じていた。少しでも逆らえばその場で斬られる。ためらいなく刀を抜き子供であろうが無抵抗であろうが斬る準備をしている。むしろ、三浦は斬りたくてしかたがないのではと辰夫は、思い感じている。
辰夫は三浦一人の同行であれば、必死に逃げれば、斬られずに逃げられると思うが、恐怖が辰夫の足を源氏屋敷に向けた。
「そこの小娘、お前はよい。」と何故か小夏には興味を示さなかった。
源氏の兵は、鎌倉の頼朝直々の御触れが言いわたされていた。
木曽義仲のような乱暴狼藉を堅く禁じていた。
子供のような小夏を市井の中、引き連れて屋敷に連れ込むのは、要らぬ勘繰りを招くからである。
辰夫は、小夏に害が及ばなかったことだけが唯一の救いであった。小夏まで引っ張られてしまっては、管六に申し訳がない。
この周防の街は長門と異なり、街そのものが戦場から離れていることから冷静さがあり、武将も殺気だっていないぶん小夏が救われたのである。
辰夫は、道すがら考えようと頑張った。この窮地をどうすれば逃れられるのか。辰夫が考えても考えても何も浮かんでこない。屋敷が近づけば近づくほど焦るばかりでどうしようなく焦心してしまう。その顔を春一はじっと見ていた。
「お父さん。どうなるの」
春一が三浦と会ってから始めて声を出した。
「何とかする。」
その声には、流石に春一も期待できそうにないのが分かった。
春一は歩いているといつのまにか落着きを取戻し、焦っている父辰夫を尻目に街の風景を眺めながら歩いていた。殺気だっていない街はそれなりに春一に安心感を与えた。
それは辰夫にとって助かった。焦っている時、焦らされることは焦燥感が増幅するからで、次第に辰夫も春一につられ落着き出した。
小屋から源氏の屋敷まで歩くことで辰夫は少しだけ落ち着くことができた。
辰夫親子が源氏の屋敷まで何の抵抗もなく従ってしまい、そのまま屋敷に着くと辰夫と春一は、小屋のようなところに閉じ込められた。手も足も出ない状況である。
三郎が早く長門から帰って来てくれる事を願うのみである。このことは、小夏から管六の耳にも直ぐに入るだろうが管六には何も出来ない。恐らく長門へ向かい三郎に知らせるだろう。管六も三郎を頼りにしなければならないのである。
辰夫は、今この牢屋みたいな小屋で待つしかない。「春一と二人ゆっくり話しをして」と思ったが、心はそれどころでないようで開き直ることもできない。こんな暗く狭い部屋で何も出来ない焦りの中にいた。
三浦は、この者二人を捕らえることが、どれだけの手柄になるのか値踏みしているのである。「値打ちがなければあの男など直ぐに斬ってしまおう」と思っている。牛転での仕返しもある。三浦なりに楽しんでいたのである。
管六が、小屋に帰って来た。
事情は小夏から聞いて分かった。それに、相手が牛転で喧嘩した三浦であることも分かった。
複雑な思いである。小夏は、「自分のせい」と一人で落ち込んでいるがそれにかまっていられない。かといって侍相手に素手で戦うことができないことぐらい直ぐに分かる。
辰夫と同じ考えである。直ぐに長門に向かい三郎に知らせることにした。
管六は、その日の内に長門の赤間に着き三郎を探した。周防と違いこの長門は平家狩りも含めまだ戦が続いているような、殺伐とした雰囲気であった。肩でも当たろうならその場で斬り捨てられそうで、民の多くは何処かに隠れていた。その中を歩くだけでも勇気がいる。どちらかと言うとそんなものには縁遠い管六が精一杯の勇気を出して赤間の街で三郎を探したのである。
管六は、三郎が源義経の屋敷に居るだろうと屋敷を探し当て、門番に聞くが新参者の三郎の名を知る者が少ない。そのため、門番では要領が得ない。
所詮源氏の兵団は、雑多な軍である。戦が終わればさほど統一できておらず、好き勝手に兵が動いているのも一つの要因である。
何度か門番が変わるたびに聞いてゆくと三郎は彦島に向かったようである。流石に管六が彦島に行くことはできない。諦めるわけにはいかず、かといって彦島には行けない。管六は前にも後ろにも行けない状態になったのである。
仕方なく門の前で座り込んだ。
夜になっても管六は門の前に座り込んでいる。邪魔にはならないものの長い時間座り込んでいる管六を見て、源氏の兵が管六を怪しみ、座っている管六を取囲んだ。
「怪しい奴、こっちへ来い」
管六はびっくりした。まさかここで座っているだけで捕われるとは考えもしなかったのである。
「すみませ。直ぐに何処かに行きます。」と言ってその場を離れようとしたが、兵は余計に怪しみ「逃げるか。切るぞ」と言った。
背筋を凍らしたというよりも、全身凍った管六は兵に突つかれ屋敷に入った。入ると直ぐに、「自分は源義経様の家臣鷲尾三郎義久の友、管六と申します。是非お許しを」と叫んだ。必死だった管六は、少しでも知った名前があれば言おうと思い、「それに伊勢三郎様とも知合いです。」とも言った。
兵は、顔を見合わせ、一人が奥へと向かった。
軒下の陰から奥へ行った武将が出てきた。そして、もう一人、伊勢三郎である。
管六はその顔を見たとき、まさに地獄で仏であった。
「伊勢様、私の顔は覚えていただいていますでしょうか。福原で山道の案内に付いていた管六です。」
伊勢は、始め知らぬ存ぜぬの構えを見せたが、管六が顔色を変えて泣き出しそうな顔になったので、「許せ、知っているぞ。猟師仲間じゃ。怪しいものではない。鷲尾殿の友人も確かなことじゃ」そう言って兵を引上げさせた。
「どうしてこんなところにおる。もう一人のお前の連れのことか」
「何故、知っておるのじゃ」
「あの戦の中から子供を連れ去った者であろう。周防から捕われたとの話しがきておる。鷲尾殿が先に来て、土肥実平様に何やら大事なものを渡してあの男を許すように願い出ていた。」
「伊勢様、その男辰朝とその息子のこと。周防で三浦様に捕まり殺されそうになっています。」
「それは、大丈夫だ。土肥様がお構いなしと申されていた。それで鷲尾殿が安心して彦島の御曹司のところへ行かれたのじゃ。まあ御曹司に呼ばれたのじゃがな」
「本当にお構いなしと申されたのか」
「本当じゃ。御曹司ならだめだったかもしれんが、土肥様ともう一人、許すと言われた方がおったようじゃ」
「土肥実平様に会えるか」
「馬鹿を言うでない。わしでもむりじゃ。鷲尾殿も何か大事な物を持参されたゆえ会えたようなもの」
「分かった。有難う御座います。わしは直ぐに周防に戻り、このことを知らせる。」
伊勢三郎は、そのあと管六相手に自慢話でも長々と話そうと思っていたが、管六の顔を見て、「話し込むほど余裕はないようじゃな」と苦笑いをしながら管六を見送った。
「お構いなし」の話しは、管六が戻る前に周防の三浦の元に届いていた。
「何故じゃ。あの男平家の船から逃げた者ではないのか。何故お構いなしじゃ」と一人苛立っていた。
その知らせが来ても三浦は、辰夫と春一を解き放とうとはしなかったのである。
「それならば、私が斬り捨てようとお構いなし」ということでもよいのではと勝手な解釈をして、牛転の仕返しをしようと企んでいた。
三浦は、家臣に「あの男と子供、切り捨ててもお構いなしとのこと、明日の朝、切り捨てる。」と言った。
長門、周防辺りは、平家に拘わった者が囚われの身となっており、源氏による平家狩りから牢屋がいっぱいで、その処分も下級武士の委ねられていた。
辰夫は、食事も出されず水のみの支給で過ごしている。明らかに罪人扱いであることから、今だ良い知らせが届いていないのだと思った。「何とかせねば、」とここにきて逃げ出すことを考えた。
小屋と言っても塀を蹴り破って逃げられるほど柔な建物でもない。この小屋から出た時、一か八かに賭けなければ仕方ないことになってしまったのである。
辰夫は春一に言い聞かせた。足が速い春一であるので足手まといになるような事はない。逃げるタイミングである。
囚われ人が多く、牢屋や足枷などがないことが幸いしていた。
足枷はない。二人でばらばらに逃げて落ち合う場所だけを決めた。
辰夫は、作戦など立てようがないのである。屋敷の間取りも何も分からない。取合えず逃げるチャンスがあればただ走るだけと考えた。春一には逃げる合図だけを話した。合図は、「GO」である。
朝になっても三浦高信は、辰夫達の処刑を行えずにいた。三浦にとっても「お構いなし」と連絡を受けている者を自分の遺恨だけで処刑することに何処かためらいのようなものがある。辰夫に対する同情からではなく上司に対する謀反のように思われないかが気がかりであった。そのため家臣に今日、「処刑する」と言ったものの踏ん切りがつかずに屋敷に篭っているのである。
三浦は、昼頃になり辰夫達を引き出してくるように家臣に命じた。処刑するためではなく自分の気持ちを確かめるためのようで、家臣には連れ出してくるように命じただけである。
辰夫達は、小屋から外へ出された。手械はされているものの足枷まではされていない。ただ、紐を春一と二人腰に巻かれ二人脚状態になっていて、その一方の紐を看守のような兵が無造作に握っていた。
看守もこの子連れの男を見た目だけで絶対逃げないと判断しているようで、辰夫もそれに応えるような態度で兵に接した。むしろ春一の方がやきもきして辰夫がいつ「GO」の声を出すか今か今かと辰夫の顔を見ていた。
「お父さん、まだ」
「庭に出て、それから」と小声で話した。
兵は、一応「しゃべるな」と二人に言ったがさほど威圧的なものではなく、取合えず自分の役目であるので言ったまでのことのようであった。
辰夫達は、小屋から庭に出て屋敷内を引き連れられた。看守のような兵が油断している理由が外へ出て分かった。源氏の兵が庭のそこかしこに屯しており、辰夫達が逃げても一声掛ければ直ぐに捕まりそうである。恐らく手械をされている子連れの親子が逃げ出せる状況ではない。
辰夫はそれでも逃げなければならないと思っていた。庭先の中を引き連れられている途中で逃げなければお終いのように感じ取っていたのである。この屋敷の出口が少しでも見えれば春一に「GO」を言おうと神経を尖らせ、目を見開いて出口を探していた。
辰夫の視野に門が目に入った。この屋敷の正門であるようで、門番も立っていた。そのためかその門へと通ずる通路だけには兵が屯しておらず、辰夫はこれしかないと春一に向かって目配せをした。
春一は辰夫の顔を気にしながら歩いていたので直ぐに辰夫の目配せの意味がわかった。
辰夫は軽く兵が無造作に持っている縄を引っ張った。兵の手からその縄が放れたのを確認すると「GO」と大声を上げた。
春一は「GO」の声と同時に走り出した。
春一の走り出しがあまりに速かったことで、辰夫の方が付いて行くのに必死で、それでも転げずに走り出した二人は、互いに足をぶつけ合わないように横に並び、あたかも二人三脚で走っているような息の合った走りで門に向かった。
泡を食ったように慌てたのは、兵の方で、まさか逃げ出すとは思いも寄らなかったのか一瞬声も出ず二人の走る姿を眺めた。そして、直ぐに後ろを追いかけ、門番に向かって声を掛けた。
「逃げた。捕まえろ。」と大声を上げた。
辰夫達は門までにこれといって障害がないのを見て門までは行けると走った。あとは、門をどうして通り過ぎるかである。もし棒を振りまわす程度であれば体当たりでもして逃げようと考え、刀を振り回してきたならば、「どうしよう」辰夫は考えていなかった。
本当に一か八かの走りであった。
当然の如く、門番は兵の声に反応し門の内側へ向き棒を構えた。
辰夫は、棒を手にした門番に勝てるような錯覚を起し、安心して門に向かって走った。
辰夫は、門に向かって走りながら、「何か門の外の様子がおかしい」と感じた。
すると門番の後ろから、要するに、この屋敷の門の外側に数人の兵が立ち並んでいるのである。
それに一人、一人と兵の顔が増えていく。
こちらに涼しい顔を向け門の前に立ち並ぶのである。勿論刀を腰に差した侍が数人である。その後ろにも多くが控えているようで、その影を見ただけで辰夫と春一は絶望へと落とされていくようであった。
走る速さは次第に駆け足へと変わり、門の手前で立ち止まった。
そこへ屋敷中から三浦が走り寄ってきた。
殺すことをためらっていた三浦は逃げた辰夫達を見て無意識に刀を抜いていた。ためらいがなくなった。後は、切りつけるだけでよかった。
辰夫は、春一を抱きしめその場にひざまつ付き、「助けてください。この子だけでも助けてください後生です。私は諦めます。この子だけは助けてください。」と額から血が出るほど頭を地に付けた。
流石の三浦も刀の動きを止めたが、「その願い聞いてやろう。」と一言言い。刀を振り上げた。
辰夫は「春一、ごめんな」と一言言い。春一の全身を強く抱きしめた後、春一を放り出した。
「待たぬか」
門のところから大きな声が聞こえた。
刀を振り上げた三浦は、それでも、先に刀を振り下ろそうとしたが、もう一度「待てい」と強い口調で止められた。
刀の先を天に指したまま三浦は、全身固まったように、止まった。
止めた以上、刀を降ろさざるを得なくなった。
刀を降ろし振向いた三浦の目前に、梶原景時が立っていた。
「何時の間に」と心で呟いた。
「三浦、その親子お構いなしと申しつけたが、その親子に何か粗相でもあったか」
三浦は抜き身の刀を慌てて鞘に収め片膝を着いて答えた。
「いや、平家に繋がりがある者、長門から逃げた平家に繋がりのある者は殺すようにとの指示、始末した方が良いと」
「お前の考えなどどうでもよい。その者お構いなしと言えば構いなしじゃ、この梶原の命は聞けぬか」
「滅相も御座いません。私の考え違いで」
「その子は源氏にとって大事な物を届けてくれた者、その男はわしの乗った船を造った職人、何が平家に組した者か、心得違い致すな。早く縄を解いでやれ。」
「かしこまりました。それはそうと、この周防への起しは何いえ」
「京へ戻るのよ。お前の出番じゃ、それでこの周防へ立ち寄った。」
「有難きお言葉、期待にお応えたく存じます。」
梶原からみて、三浦がこの親子を斬ったとしても非があるわけではない。ある意味この親子がいなくても誰も困りはしないのである。そのことを考えるとこれ以上三浦高信に不愉快な思いをさせる必要はない。
梶原が、三浦高信を叱った後、直ぐに「頼りにしている」の一言を言ったのは、一軍の将としての器を持っていると考えられる。
梶原の一言で三浦自身この親子へ恨み自体薄れ、それは、辰夫親子にとってもこれからの道中、安心できる材料である。
そこまで梶原が考えていたかは辰夫には、わからない。
「お前達は下がれ。この者二人と少し話がある。」
梶原は家臣を下がらせ、通路の真中に座り込んでいる辰夫と春一の側に寄った。
「男よ、三度目であるか、」
「はあ」と何が三度目か分からなかった。
「お前に会ったのは、福原、長門の海の上、それに今、会う度に不思議に思うの。お前の長門の海での姿、何とも言えぬ面白きものよの。福原の戦といい、長門の戦といい面白い乗り物に乗る男よ。」
梶原は、心から不思議に思い、その不思議さに何か心地よさを感じていた。
戦いの中にありながら、何一つ武器を持たず颯爽と通り過ぎていく姿は、愉快に感じていたのである。
「そこの子か、お前が平家の船から助け出したのは、坊主、何処で手に入れた。あの勾玉」
春一は、正直に答えた。
「建礼門院様が僕に、「これと引換えに命を助けてもらえるかもしれない」と言って首に掛けてくれた。
「そうか、よくぞ、土肥実平に渡した。義経に渡しておれば厄介なことになったわ。その建礼門院様も命は助かっておる。安心せい」
梶原の機嫌のよさそうな顔を見て、辰夫は尋ねた。
「我々は、自由に歩けますか。」
「お前達のことは、もう誰も噂はしないはず。お前達もあの長門にはいなかったこと、他言するでない。それを守ればお前達は自由じゃ。」
「分かりました。誰にも」
「もう、何処へでも行くがよい」
辰夫は、平家物語に出てくる梶原景時との違いをかみ締めながら、心軽く、
「失礼致します。」と言って立ち上がった。
辰夫と春一は恐る恐る立ち上がり、門をゆっくり出ていった。門の外に出たとたんに自然に早足に変わり、行く当てなく進んだ。取合えずこの屋敷から遠くに離れたいとの気持ちが二人を急かし、足を速めた。
面白いことに走ることはしなかった二人は途中で顔を見合い笑った。
二人を迎えてくれたのは。勿論管六と小夏である。管六は、あまり役に立たなかったことを今度は悔やんで、申し訳なさそうに辰夫の前に現われた。
辰夫は管六が居ることで屋敷から逃げることを考え、生きることを考えている。どんな境遇であろうと管六が役に立っていないなど微塵も思わないし、自分の役に立つとか立たないといったものの尺度で管六を見たことはない。だから辰夫は、どんな時でも管六と小夏のお陰で助かったような気分になっている。
自分と春一が管六、小夏の顔を見たことで全ての歯車がまた動き出したような安心感を味わった。何故か管六も辰夫のそんな笑顔を見て、うれしそうに先頭を歩き出した。
三人は、黙って管六の後ろを心軽く歩き出した。そして、東へ旅だった。