〈6、俺の自己満足と彼女の答え〉
次の日の朝。
俺は、まだもやもやした気持ちのまま、でも落ち着いていられなくて、いつもより早く出勤した。
オフィスの扉を開くと、いつも通り清原さんがいた。
今日も、既にデスクに着いている。
「……おはようございます」
「あ、おはよう桂木君。今日は早いね。私もいつもより早く来たの」
俺の声に清原さんが顔を上げ、微笑んだ。
俺はそれにうなずき、自分のデスクに着いた。
一旦パソコンを立ち上げる。が、作業に入れない。
清原さんをちらっと見る。清原さんの方は相変わらず真面目に仕事に取り組んでいる。毎日毎日、変わらずにすごいな。尊敬する。
……それにしても、気になる。本当は、直接聞いて確かめてみたい。
何を?
答えは決まっているのに、わざと自分に尋ねてみた。
それは、本当に聞くのか、という意味の自問でもあった。
遠慮と、身勝手な好奇心に似た衝動が、俺の中でせめぎ合った。
そして、そのせめぎ合いの決着がつかないまま、俺は清原さんに話しかけてしまっていた。
「あの……清原さん」
「ん、何?」
パソコンから目を離さずに、清原さんが答える。
俺は焦った。話しかけてしまった。いや、それはいいが、この先何をどう聞けばいいっていうんだ。
清原さんが、なかなか先を続けない俺を見た。訝しげに首を傾げる。
俺は余計焦った。何か言わないと。言わないと。
そうして出て来たのは、
「清原さんは……ずっと東京に住んでるんですか?」
第三者からするといきなりで、俺からすると遠まわしすぎる謎の質問だった。
実際、清原さんは少し訝しげな顔をしてから、それでも一応答えてくれた。
「うん? いや、違うけど? 私は10歳の頃に東京に引っ越してきて、それからはずっとここ。でも、何で?」
「いえっ、あの、す、すみません、何でもないです」
俺は慌てて清原さんから目をそらした。
……言えない。こんなアホな質問した理由なんか、相手が清原さんじゃなくても言えない。相手が清原さんだからもっと言えない。でも、質問の答えは俺の望んでいたそれだった。
すると、少しして、今度は清原さんがキーボードを操作しながら聞いてきた。
「桂木君は? ずっと東京に住んでる?」
「いえ。大学を卒業してから上京しました。大都会が憧れだったので」
「田舎に住んでたの?」
「田舎ってほどじゃないですけど……普通の小さな町でした」
「そっか。私もそんな感じの所に住んでた。懐かしいなぁ。よく家の近くの公園に行ったっけ」
清原さんは作業を中断し、遠くを見るような目をした。
「……シャボン玉で遊ぶためですか?」
「そうそう……って、ちょっと。昨日のことは忘れてって言ったのに」
俺がちょっと意地悪く質問すると、清原さんは少し怒ったように答えてから、恥ずかしそうに笑った。俺も小さく笑う。笑いながら、あんなに気にしていた思い出のことが、だんだんとどうでもよくなってきた。
清原さんが『はるかおねえさん』だろうがそうじゃなかろうが、関係ない。俺は今の清原さんが好きなんだ。それは過去がどうだろうが変わらない。俺はただ、こんな何気ない幸せな時間が少しでも増えるように頑張ればいい。
そう思ったのに、次の瞬間、俺はまた気持ちを揺るがされてしまった。
「……シャボン玉といえば、こっちに引っ越す直前に、シャボン玉が好きな男の子に会った気がするなぁ。小さな子供って苦手だったけど、あの子は平気だった。もう顔も思い出せないけど……」
突然、清原さんがそう呟いたのだ。
……それって。
それってさぁ。
マジかよ。あり得ないだろ。自分で考えてたことだけど、実際にそれっぽくなると信じられなくなってくる。
だけど……やっぱり、何だか嬉しかった。
それが本当なら、俺と清原さんは20年前に……。
すごい。まさに運命的じゃないか。
まさか。まさかそんなことが、なんて思うけど。
ただの偶然だろ、さっきはどうでもいいって思ったじゃないか、とも思うけど。
もう少し。もう少しだけ、この子供っぽい夢物語を信じて、喜びに浸っていてもいいだろうか。……うん。いいよな。
「……清原さん」
「ん? 何?」
「今日は。……シャボン玉、持ってますか?」
20年、経っている。
違う場所。違う状況。違う立場。違う服装。違う口調。
だけど、同じ人が、恐らくは同じ相手に、時を越えて、同じ質問をしてみた。
なんてことはないことに見えるだろう。傍から見ればおかしな質問だろう。
だからこれは……ただの、俺の自己満足だ。
それなのに。
清原さんは、何とも言えない、不思議な表情になった。
懐かしげなような、待ちわびていた何かが来たような……少し、寂しげなような。
もしかして……わかっているのだろうか。俺のこの質問の意味を。わかっていると……いいなぁ。
そうして、清原さんは答えた。俺の望んでいた答えを。俺が望んでいた……声で。
それに込められた意味は、本当なら読み取れないはずだ。ただ質問に答えただけなのか……はたまた、俺と同じことを、考えてくれているのか。
それでも、俺はこの時、俺と清原さんが……20年ごしに繋がったような、そんな気がした。
「ごめんね。……今日は、持ってないの」
外から足音が聞こえる。また、いつもの一日が始まる。
今までとは少しだけ違う色を持つ、そんな予感を、この瞬間に込めて。
――終わり――
この話は、試験的に以前書いた話をここに投稿してみたものです。
拙い文章ですが、読んでくれてありがとうございました。
恋愛小説を書きたいと思った結果、よくわからないグダグダなものになってしまいました。すみません。
次からは得意分野(?)のファンタジーでいきたいと思います。




