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BUBBLES  作者: つらなありき
4/6

〈4、名前〉

「いいか悠人。今日は勝手にどっか行ったら駄目だからな! どこ行くんでもオレと一緒だからな!」


 1週間ほど後のこと。


 あの後、親にこっぴどく叱られた絢斗は、同じ児童公園で悠人にそう言った。


「えぇ~!」

「えぇ~じゃない。怒られるのはオレなんだから……勘弁しろよ」


 自分が悠人を放っておいて電話していたことは棚に上げ、厳しい顔をする絢斗。


 悠人はぶーっとむくれた。むくれたからどうなるという訳でもなかったが。




 しかし。悠人が絢斗の隙をつく機会は、意外とすぐにできた。というのも、その公園を、絢斗の同級生が何人か通りかかったのだ。


「おー、桂木! 何やってんだよそんなとこで!」

「あっ、杉沢! よー! 弟の世話してやってんだよ、お前らはどうした?」


 絢斗が、同級生たちの方に駆け寄る。


 普段なら大人しく待っているか、絢斗について行く悠人だったが、今日は違った。


 兄を含めた少年たちが他所を向いている間に、とてとてと走って行ったのだ。向かう先はもちろん、あの林である。


 数分後、少年の一人が気付き、絢斗の方に向き直った。


「あれ、桂木。弟は?」

「え? あ……あー! しまった逃げられた! 悪い、探してくる! またな!」


 絢斗は慌てて少年たちに手を振ると、公園の中の方に駆け出した。


「おー! また明日な!」


 杉沢と呼ばれた少年が叫び返した。



「おねえさんっ」

「……! 君は……」


 木の下で本を読んでいたあの少女は、幼く甲高い悠人の声に顔を上げた。


「こんにちはっ」


 悠人はにこにこと笑いながら、楽しそうに走って来る。


「あ、あああ、そんなに急ぐと転んじゃうよ」


 その危なっかしい様子に、少女は慌てて立ち上がる。


 しかし、悠人は転ぶことなく少女の傍まで辿りついた。


「ねぇねぇ、おねえさん。きょうはシャボンだまもってる?」

「えっ、あぁ……ごめんね、今日は持ってないの」


 そう答える少女の顔は、笑ってはいたが、どこか寂しげだった。

まだ幼い悠人は、そんなことには気付かない。


「なによんでるの? おもしろい?」


 少女が手に持っている本を見て、悠人はそちらに興味津々になっていた。


「お話だよ。でも、君にはまだちょっと難しいかな。……それより、今日も一人? いいの?」

「いいの。にいちゃんはまたぼくをほっといて、おともだちとしゃべってるから」

「心配するんじゃない? お兄さん」

「へーき、へーき」

「いいのかなぁ……」

「いいの!」


 悠人は強い語調で大きくうなずく。少女はそれ以上何も言えず、苦笑した。




「……でも、さ。もうここに来ちゃ駄目だよ」


 しばらく、黙ったまま木の下に座っていた少女が、いきなりそう告げた。


「え……? なんで?」

「来ても意味ないから。もう、私はいないから」

「…………?」


 訳がわからず、悠人はただ遥香を見上げる。


 少女は、「5歳の君に言っても難しいかな」と前置きしてから、ぽつりぽつりと話し出した。


「……私のお父さんとお母さん、とっても仲が悪いの。いつもケンカしてるの。……それでね、お母さん、もうお父さんと一緒に暮らしたくないんだって。だから……私はお母さんと一緒に、『東京』って所に行かないといけないの」

「……とーきょーって、とおいの?」

「遠いよ。電車に乗って行くの。簡単には行けないの」

「そんなぁ……」

「……もう、明日行くんだ。明日は土曜日だから、丁度いいんだって。もうここには来られなくなっちゃう。ここ、私の大好きな場所だから、最後に来ておきたかったの。君が来るってわかってたら、シャボン玉持ってきたのになぁ」


 少女は残念そうに呟き、それを最後に話を止めた。


 悠人は、少女の言葉の全てを理解した訳では、もちろんなかった。だがそれでも、そこはかとない悲しみが胸に広がっていった。


 そんな悠人の思いに気付いてか、少女が申し訳なさそうに笑う。


「ごめんね、こんな嫌な話しちゃって」

「むぅ……」


 悠人はむくれているのか何なのかわからない声を出した。


 突然、少女の鞄から音がした。携帯電話の着信音だ。

 少女は携帯電話を操作し、画面に目を通してから、荷物をまとめて立ち上がった。


「引っ越しの準備があるから帰って来いって、お母さんが。2回しか会えなかったけど、楽しかったよ。ありがとう。バイバイ」

「あ……」


 悠人は何か言おうとした。しかし、5歳児の頭に、こんなときに何をどう言えばいいのか、考えは全く浮かばなかった。だから、彼は、


「――おねえさんっ!」


 少女を追いかけ、その手を握った。


「!」

「あの……あのね。ぼく、ゆうと。かつらぎゆうと。おねえさんのおなまえは?」

「え?」


 予想外な質問を必死でする悠人に、少女は訝し気に首を傾げるが、悠人があまりにも真剣な目をしていたので、その意思をくみ取れることなく、返事をする。


「私は……はるか。楠木遥香って言うの」

「ありがと」

「どうして?」

「だって、おなまえしってたら、またあえたときにわかるでしょ?」

「……!」


 少女――遥香は、悠人の意図を知り驚いた。


 『また会える』……なんて、考えてもいなかった。


 そんなことが起こりうるとも思わなかったが、それでも遥香は悠人に向けて微笑みかけた。


「そうだね。じゃあ、覚えておくね、ゆうと君」

「うんっ!」


 遥香はまた歩き出す。


 悠人は、その背中に向かって、力いっぱい手を振った。


「ばいばいっ! はるかおねえさんっ!」




 絢斗が悠人を探し始めて、10分が経過した頃。


 彼は、公園のそばにある林の前に、悠人が一人で突っ立っていることに気付いた。


「悠人っ! バカっ、勝手にどっか行くなって行っただろっ!」


 絢斗が怒鳴りながら悠人に近付く。


 すると、悠人がいきなり大声で泣きじゃくり始めた。


「うわっ!? な、泣くことないだろ!? 泣きたいのはむしろこっち……って、悠人! 泣くなってば! ごめん! ごめんな!」


 ぎょっとして、わたわたと焦りながら悠人をなだめ出す絢斗。


 悠人は、絢斗のせいではないというように首を振りはしたが、ずっと涙を流しながらしゃくり上げていた。




 公園のベンチの上に、絢斗と悠人が座っている。


 しばらくして落ち着いた悠人に、絢斗が水筒のお茶を飲ませてやりながら、


「……ごめん。目離したオレが悪いんだもんな。――ケガ、してないか?」


 と尋ねた。うなずく悠人。


「あのさ。お互い、母さんと父さんには内緒ってことでいいか? 代わりに欲しいもん何でも買ってやるからさ。悠人、何が欲しい?」


 かと思いきや、絢斗はいきなり悠人を買収にかかる。


 2回も悠人を行方不明にしてしまったと親にバレたら、叱られるだけではすまないと思ったのだ。


 悠人はそんなことは気にせず、水筒から口を放し、それから小さな声で答えた。


「……シャボンだま。シャボンだまがいい」


 と。

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