復讐
「すみません、急に呼び出してしまって」
「いえ、それは別にいいの。それより…」
「はい、先輩のことですね」
「どうだったの?」
「まだ確証はありませんけど、先輩、浮気しているように思います」
「そう」
目を伏せて、ほんの少しだけ震えていた。今の一言だって口にするのはやっとのことだったろう。
いや、もっと前から。俺からメールを受け取った時からもしかしたら彼女はとても怖かったのかもしれない。
「やっぱりそうなんだ」
「確証はありませんが」
「いいの、わかった」
先輩を取り払うようにフーっといきを吐き出すとニコっと微笑んだ。「それじゃあちょっと付き合ってくれない?」
俺はその時、篠田さんにドキッとしてしまった。
どうして女の人はこんなにも強いんだろう。
俺はもちろんいいですよと伝えて、注文していたコーヒーの最後の1杯を飲み干した。
店を出てしばらくき、篠田さんが俺を連れてきたのはそれぞれの席に仕切りがあってほかの席からは見えないようになってる居酒屋だった。
「お酒は飲める?」
「飲めますよ」
ビール3本を篠田さんは注文すると浮気されちゃってるか、とつぶやいて後ろに伸びをした。
「まだ確証はありませんよ?」
「幸太君そればっかり」彼女は笑った。
「そればっかりったって、だってそうですし」
篠田さんは手の甲をこっちに向けて払うように前後に振った。「はいはい、わかったわかった」
ビールが届くと、俺と彼女は互いにお酌し合った。
やっぱり酒は苦い、何度飲んでも慣れないな。
「ここはさ、私のお気に入りの居酒屋なんだ、まだ彼にも教えてない」
「いいんですか?そんなところ俺に教えて」
「いいのいいの、あいつだって浮気してんだもん、私だって浮気しないと。これは私の復讐なの」
気がつけば彼女はもう2本目の瓶にかかっていた。
「浮気の復讐が浮気ですか」
「うん、私がそうしたいの」
それを聞くと、なんだか虚しい気がした。
「こんな話知ってる?」
彼女はテーブルにコップを置いて1息おいた。
「小学校で苛めを先導していた子供が中学生に上がったとき、苛めを受けた子供たちが勢力を付けて中学の3年間その子をいじめたって話」
「いえ、知りません。なんですか?その話」
「苛めっ子の取り巻きはさ、自分でいじめをしている時に次は自分かもしれないって、恐れてるから周りに合わせるために苛めをするけど、苛めるために苛めをする苛めっ子の先導はまさか自分が苛められるとは考えてないのよ」
「はぁ」
「つまり、自分がしていることを自分がされるとは思わないってこと」
「まさに今の先輩のことですね」
篠田さんは楽しそうに笑った。「でしょ、まさに枚方君」
篠田さんは2本目のビールを飲み干すと俺にも飲めと促してきた。
本当は酒は苦手だけど、彼女に付き合っていっきに飲み干した。やっぱり酒は苦い。
「おお、いい飲みっぷりじゃん」
彼女はとくとくと俺のコップにビールを注ぐともっと飲めと、また促した。
「やめてくらはいよ、もうろめあへんて」
「ちょっとちょっと、何言ってんの、全然わからない」
もしかしてもう酔ったの?と彼女は言ってビールを飲む。「だらしないな」
篠田さんのその言葉を聞くと、気がついたらそこは居酒屋ではなくなっていた。