卑怯者
篠田さんの呼び出しを受けて、彼女と初めて出会った店に向かった。
講義を終えてから向かったから指定された時間に間に合うかは微妙だった。
大学のある駅から3つ、乗り換えて7つ。
目的の駅に着いた時には既に時間が過ぎていた。俺は謝罪メールを手早く打って走った。
駅の近くに店があるからそんなに走る距離はなかったけれど、ここのところあまり運動していなかった体にはさすがに堪える。
店の前で呼吸を整えドアを開けるとすぐに篠田さんが目に付いた。
「すみません。遅れてしまって」
「別にいいよ。座って」
「はい」
席についてベルを鳴らし、ドリンクバーを注文する。
「ちょっとついできますね」
そう言い残して機械の前に行きチラリと彼女の方を見ると、さっきは気の所為かと思ったがやはりうかない顔をしていた。
とりあえずカルピスをついで席に戻ると彼女にさっきの顔は無く、前に会った時と同じような笑顔を浮かべていた。
「昨日メールでね、枚方君と話してたんだけど……」
……。
「それで枚方君さ……」
……。
「枚方君のね……」
枚方君枚方君と何度も先輩の名前を呼んで話す彼女の笑顔はだんだんと崩れてきていた。そのことが俺はなんだか耐えられなくなって、先輩と何かあったんですか?と聞いてしまった。
彼女は突然黙り込んでしたを向いてしまう。
「先輩のことで、なにかあるんですね?」
彼女は黙って頷いた。
「話してくれませんか?」
大きく息を吸って、長く吐く。篠田さんの深呼吸はブルブルと震え、何度か途切れてしまっていた。
「幸太君にお願いしたいことがあるの」
「なんですか」
「枚方君の浮気調査」
……。
なんとなく予想はついていたけど、それでも聞かされるとドキッとしてしまうものがある。
篠田さんはもう行き着いていたんだ。
「なにか先輩の行動がおかしいんですか?」
「はい。おかしいといってもほんの些細なことで、彼が浮気しているというのもただの感なんだけど。それでも、1回気になりだすといろんなところに考えがいっちゃって……それで……」
「いつからですか」
「もう3ヶ月以上前くらいかな」
俺はこういう時どうするべきなんだろう。
篠田さんを取って先輩の浮気を喋るか、先輩を取って黙るか。
ただ、今にも崩れてしまいそうな彼女を見ていると、俺に話すのにも相当勇気が必要だった筈だと思うと、俺はここで彼女を傷つける勇気は持てなかった。
「いえ、俺はあまり変に感じませんでしたけど、わかりました。先輩のことはよく観察してみます。今度はこっちから連絡入れますね」
「よろしくお願いします」
俺は今日、臆病者で卑怯者になってしまった。