甘えたい
篠田さんの住む街の駅まで来ると何となくそこで降りたくなった。別に約束をしたわけではない。ただ、さっき悲惨な光景を見たせいか彼女に甘えたくなっていた。
篠田さんと前に歩いた通りをまっすぐ歩いていると、なんだか朝と夜とで印象が全然違うように思えた。夜は影になる場所が多いせいかなんだか薄気味悪かったが、今見ると薄汚れていて悲しい景色に見えた。と思ったら、いや、ここは自分の心を映す場所なんじゃないかとも思えてきた。昨日の朝も篠田さんと歩いたはずだがこんな印象は全くなかった。
今ショックを受けているから、俺にはこの景色がどこか悲しく映るんだ。そこまで考えて気がついた。くどくどと何を考えていても結局今の自分は篠田さんに甘えたいだけなんだということに。根拠はあった。何を考えていても次には篠田さんと浮かんでくるのだ。そしてそこでいい具合に頭が整理される。そこで俺は、早く篠田さんに会いたくなってきていた。
インターフォンを鳴らすとドタドタと音が聞こえてドアが開けられた。
「幸太君」
「こんにちは。篠田さん」
「とりあえず上がって」
ドアをくぐると、もうそこからいい匂いが漂ってきた。そして何もしないうちから俺の生殖器の方も反応していた。
とりあえずテーブルのところに腰を下ろす。
「どうしたの?急に来て」
「ごめんなさい、メールするべきでしたね」
「まあいいけどさ。私いなかったら困るのそっちだし」
「ですね。それで今日は先輩のことで話があるんです」
「待って、今お茶ついであげるから」
そう言って彼女は沸かしたお湯をティーポットと急須に注いだ。テーブルにそれを持ってくると話を促された。
「先輩、浮気してました」
前は少しためらいがあったけれど、今はもうなかった。
今日あった出来事を篠田さんに話すと、意外と彼女は落ち着き払ってそっかとそれだけの言葉を置いた。そしてこっちも話があるのと言う。
「この話聞いた後に言うの嫌だけど、彼と別れる事にした」
すごくいけないことだが篠田さんが先輩と別れると聞いてテンションが上がってしまった。心臓もあそこもすっかり興奮している。
「それじゃあ、俺と付き合ってくれるんですか?」
彼女に笑ってそんなにがっつかないでよといわれ、自分がテーブルを乗り出していたことに気が付き、恥ずかしくなった。
「いいよ」
「え?」
「付き合ってあげる」
手が震えて、湯呑をぐっと握ってしまい、少しやけどをした。
「ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯で、今日はずっと幸せな気持ちに浸っていた。
昨日のように夕飯は彼女の部屋で食べた。
2人で肩を並べてベッドを背に座って、何をするでもなく話していると、彼女の方から甘えてきた。
あぐらをかいている俺の足の上にコテンと寝っ転がると両手を首の後ろに回してきた。
そして彼と別れるまでは付き合うの待っててくれないかと提案してきた。俺はそのことよりも彼女のとろんとした言い方にうっとりしてしまっていた。
今はもう、篠田さん意外見えなくなっていることにすら気がついていなかった。
夜が更けると、何度も体を重ねた。俺も篠田さんも都合よく、明日は講義がないからと調子に乗って何度も。篠田さんはとても甘くて柔らかく、癖になってしまいそうだった。
先輩にメールを打ち忘れていることに気がついたのは、朝になってからだった。




