篠田さん
夕飯は篠田さんが作ってくれた。
いつもコンビニ弁当でたまにしか料理を作らない俺にはなんだか新鮮な味がしてとても美味しかった。
「食べ終わったら流しに置いといて。後で洗うから」
「あ、俺洗いますよ」
篠田さんはそれでもいいからというから流しに置いて、せめて水で浸しておいた。
テーブルの位置まで戻り、茶を啜る。そうするとほっと落ち着いた。篠田さんの家に来てからは心臓が暴れっぱなしで逆流してるような気さえした。その勢いでお茶って神様ですかねと言うとあんまりアホなこと言わないどきな、アホになるよと言われてしまった。
しばらく茶を啜って和んでいると篠田さんがねぇ、と言ってきた。
「彼の話なんだけどさ」
そう発した声にさっきの面影はなく、とても沈んでいた。
「浮気のしっぽつかめた?」
刑事みたいな表現をするなとからかってこの空気をどうにかしようと考えたが、やめた。
「いえ、まだです」
「そう」、と彼女は立ち上がり、後ろを向く。「ごめんなさい、本当に、こんなこと」
明るく振舞っていたけど、辛かったんだ、悲しかったんだ、寂しかったんだ。
俺は彼女の肩から前に手を回し、彼女を強く、抱きしめた。動けないように。逃がさないために。
彼女のすすり泣く声が聞こえる。さらに強く、抱きしめた。
「幸太君。お願い」
抱いてと言われると、もう止まれなくなっていた。
どうやら途中で眠ってしまったようで、目が覚めたのは午前2時だった。
近くに篠田さんの温もりがなかったので辺りを見ると、窓越しに何もつけず裸で立っていた。
俺も寝ぼけてなにか着るのを忘れたことに気がついたのは窓ガラスに映る自分を見た時だったがそんなことはどうでも良かった。
「どうしたんですか」
「やっちゃったなーと思って」
「いいじゃないですか。先輩だってきっとやってますよ」
「そうだけどさ……」
篠田さんはまた泣きだしてしまった。
すっかり弱々しくなってしまった篠田さんの手を引き、ベッドに座らせて、今度は前から抱きついた。
篠田さんはとても暖かくて、柔らかく気持ちいい。俺はこの気持ちよさをもっと味わいたかった。今はお互いを隔てている薄い肌ですら邪魔だった。
「篠田さん。そのままでいいから聞いてください」
彼女は泣き続けた。
「俺、篠田さんの事が好きになったみたいです」
一瞬ビクッと彼女が震えたのを見てちゃんと聞こえていたことに安心した。
「篠田さん、先輩と別れてくれませんか?俺、本当に篠田さんの事が好きなんです」
しばらく彼女は泣き続け、そして気がつけば寝息を立てていた。
俺の方も彼女が寝るまでずっと離さないようにしがみついていた。
翌朝、篠田さんは先に起きて朝ごはんを作ってくれていた。
「幸太君、今日講義あるんだよね?何時から?」
「んー、あ、昼からです」
「そっか、私午前からだから早く起きて準備して。鍵閉めなきゃ」
「はい、すいません」
その後篠田さんと一緒に部屋をでて、駅まで2人でとりとめのない会話をしながら歩くと、駅に着くのがあっという間な気がした。
「幸太君、私あれ乗るから、先いくね」
「はい。ご飯、ありがとうございました」
「はいはい」と言って後ろ手に手を振った。その時あ、そうだと言って振り返った。
「私の家あそこだから覚えておいてね」
そう言って彼女は電車のほうに走っていった。




