小競り合い-3
前回から数日後…
現在地:北海道上士幌町周辺
時刻:14時21分
「こちら帯広202、異常なし」
「本部了解、十分に警戒し巡回を続行せよ」
「帯広202、了解」
田園の道を1台のパトカーが巡回中だ。車体に「北海道警察」の文字が入っている帯広署交通課のパトカーである。日中の巡回警備は警察も共同で行っており、生物群の早期発見や非常線を掻い潜って特ダネを狙おうと忍び込む肝の据わったカメラマンや記者を見つけ出して丁重に非常線の外へ送り届けるのも仕事の1つだ。あまり態度が悪いと署まで連行して2~3日お灸をすえる事もあるが最近はない。
「こんだけ見通しが良くても見逃すんだから不思議だよなぁ…」
助手席に座る山口巡査部長が呟いた。無線機を戻して双眼鏡を手に取り一帯を見回す。このパトカー1台で巡回1個班の構成だ。班長は階級が最も上の人間と相場が決まっているので必然的に山口が仕切っている。帯広署に勤務し勤続10年と少しになるがこんな事態は初めてだった。
「班長、足寄湖の手前まで足を伸ばして見ますか?」
運転手の巡査が尋ねた。今日のコースは主に国道241号線沿いである。警戒本部のある上士幌町から道なりに進むと芽登本町を抜けて足寄湖へ通ずる道だ。その周辺は陸自が張ってるので特に問題はないだろう。無駄に気を利かせて出向いて仕事を奪われるとでも思われたら面倒だ。現場レベルでの軋轢は極力避けるのが無難である。生物が初めて出現した時に対応に当たった警官や自衛官はいいが、その後でここに出向いて来た人間の中には少なからず面子を気にする連中が居るのでどちらもなるべくなら不可侵的な空気をかもし出していた。お陰で巡回監視任務でさえ気苦労が耐えない。
「あっちは陸自さんが見張ってるから問題はないだろ。まぁ芽登本町の手前までならいいか。こっちの姿はなるべく見せない所まで行ってそのまま引き返そう。」
「了解」
サイレンは鳴らさず赤色灯を点灯させた状態で走る。これは生物より忍び込んでその辺に潜伏しているかもしれない人間への抑止力的な意味合いの方が大きいだろう。後席に座る2人の巡査がそれぞれの方向を注視しているので何か見つければ報告がある。
そろそろ芽登本町の近くだ。町には近付かず途中でUターンする。町は陸自の偵察1個小隊が常駐しているので警戒監視は任せていた。こちらは決められたコースをパトロールすればいい。
「巡査部長、森の中に何か」
後席の巡査が何かを見つけた。車内に緊張が走る。
「停めろ、全周囲を警戒」
パトカーから降りて森の中を双眼鏡で注視した。小型種の群だ。7体前後居る。特に何所かを目指しているような感じはしない。迷子なのかそれとも斥候か何かなのか…
いや、連中にそこまでの知能があってはたまらない。取りあえず本部に報告だ。
「本部に報告、小型種の群を発見」
「至急至急、帯広202から本部どうぞ」
あの数を相手に出来るような火力も防御力も無い。ここはとっとと陸自に任せるのが妥当だ。警戒線一帯に展開している警察官は全員防刃防弾ベストを着ているがこれはないよりあった方がマシなレベルである。
銃は基本的に拳銃一丁だが車内にはMP5も置いてあった。銃器対策部隊の予備火器を回して貰っており、巡回するパトカーには一丁積む事になっている。だがかなりの至近距離から関節部にでも撃ち込まない限りダメージは与えられないので遭遇した際は基本的に逃げるのが原則だった。
「こんな所に出るなんて珍しいな」
「巡査部長、芽登本町の部隊が出張って来るそうです。それと1分もしない内にヘリが支援に来ます。ヘリが上空支援に就き次第、南下して部隊と合流しろとの事です。」
「了解、まだ気付かれてないから今の内だな」
ヘリの音が聞こえて来た。いつも上空から生物の動向を見張っている第5飛行隊のOH-6である。ほぼ頭上に到着すると同時に別回線で無線が入って来た。
「こちら帯広1、離脱どうぞ」
「感謝します」
乗り込んで芽登本町へサイレンを鳴らして急行。進出して来た偵察小隊の87式偵察警戒車とすれ違い、少し後方に陣取る82式指揮通信車の後ろに止まった。降りて小隊長にその旨を伝える。
「了解しました、後は任せて下さい」
「お願いします」
「各車発砲を許可、ヘリの支援を受けつつ蹴散らせ」
「「了解」」
2両の87式が森の中に屯する生物へ照準を定める。25mm機関砲の掃射音が響き渡った。木々と一緒に生物をぶち抜いて次々に粉砕していく。9体がそこに居たが仕留めれたのは4体だけだった。
「帯広1から偵察小隊、敵生物4体の掃討に成功、5体が北上し逃走を開始」
「警戒本部から帯広1へ、AHを2機向かわせた、そのまま観測支援を行え」
「帯広1了解」
間もなく2機のAH-1Sが飛来。OH-6を先頭に3機が生物の追撃に掛かった。
「帯広1からアタッカー1・2へ、森の外に出る前に仕留める、攻撃準備」
「アタッカー1ラジャー」 「2ラジャー」
2機がOH-6を追い越して前に出た。生物の頭上と進行方向に陣取る。
「こちらアタッカー2、追い込むぞ」
機首の20mm機関砲が首を振った。逃げる生物の最後尾に照準を合わせ制圧射撃を浴びせる。ほぼ一撃で粉々に吹っ飛ぶ仲間に振り返りもせず、ただ逃げる生物の群に今度は前方からアタッカー1が襲い掛かった。
「アタッカー1、ファイア」
進行方向から20mm砲弾の雨を食らった生物は一匹残らず死亡。肉片と血、甲殻を森の中に撒き散らして絶命した。後始末が面倒だが山中に散り散りになってから山狩りや空爆するよりは幾らかマシだろう。
「帯広1から警戒本部、敵生物集団の殲滅に成功、後処理を要請する」
「警戒本部から帯広1へ、了解した、アタッカー1・2も暫く監視を行ってくれ」
どうやら済んだようだ。我々に比べて圧倒的な火力である。軽装甲機動車の1台でも回して欲しいと思う事はよくあるが銃座に積める物がないので持っていても仕方がない。もし乗るにしてもそれは自分達ではなくSAT当たりになるだろう。
生物出現時の初動対応に出向いたSATや銃対は多大な損害を被っており、現在ではその活動も狙撃での支援等に限定されていた。道警本部としてはこれ以上の損害を避けたいのだろう。銃対から選抜した隊員に短期の強化訓練を施した臨時編成の緊急対応小隊や、警備隊から選抜され短期訓練を受けた隊員による準銃対のようなのが沢山出来ているのだ。死傷した人間の穴を埋めるのにどれだけの時間と金が掛かるかと考えると気が遠くなるが自分の仕事ではない。
「よし、じゃあ我々はそろそろ戻ります」
「分かりました、お気をつけて」
互いに敬礼して別れた。パトカーに乗り込み、偵察小隊を尻目に241号線を一路上士幌町へ向けて走る。本部への報告を済ませて後方の非常線巡回に移った。この辺は警察主導でやっている部分が多いのでパトカーや警備隊の車輌をよく見かける。警戒線の物々しさとここでは圧倒的な差があるが、もし生物が初めて出現した時のように大発生したらここも巻き込まれる恐れはあった。ここに居る全員も相応の覚悟はしているが有効な対抗手段が無いのも事実である。あの時のようにパトカーや警備車輌をぶつけて轢き殺したり、小型種1体に隊員数名が群がって大盾を振り翳すような光景はもう見たくなかった。