激突
現在地:警戒本部指令所
時刻:13時19分
既に前線から女王とその精鋭の映像が届いていた。女王の全高は約30m程で、それを取り巻く中型も平均より少し大き目に見える。小型種も形状が若干違う物や色の違う種類が確認出来た。さながら女王直属の騎士団である。集団の構成としては、全周囲を小型種が取り囲んでおりその中に点々と中型種が陣取っていた。そして女王はやや後方よりの中央に居る。上手く集団を統率するには十分な構成だ。既に関係各所へ女王出現の報告は終えている。現時刻を持って後方の非常線は第2次阻止線となり、部隊の展開と指揮系統の構築が急がれていた。道警の殿も後退を始めている。
「敵本隊、ゆっくりと南下を開始」
指揮官の工藤一佐は頭をフル回転させていた。ここで下手に食い止めるよりは連中に出血を強要させる方がいいだろう。投入出来る火力を可能な限り動員させる。
「普通科部隊と各種支援部隊は後退準備、非常線から上げた部隊の展開状況はどうか」
「2個戦車中隊が展開中です、移動させますか?」
「もう少し待つ、状況次第だ」
第7師団から派遣されて来た部隊だ。錬度はお墨付きである。柔軟に運用したい所だ。
「F-2の第2陣が対地装備で爆装し離陸準備中」
「102・129特科大隊は直ちに大隊総力射準備、各地上部隊は現在南下中の敵小集団殲滅に全力を尽くせ、後ろの本隊は手隙で何とかする。」
「了解」
「第2護衛隊群が領海付近へ向け警戒監視に出動」
「JADGEが再び所属不明機を探知、中国軍機と思われます、小松がスクランブルしました」
「暇人どもが……それとも火事場泥棒か?」
次第に国外も慌しくなりつつあった。相手をするような暇はないので他の連中に任せる。こっちは手一杯だ。各国へは再三説明をしているし映像も見せた。それでも文句を言うような奴にはこの際警告射撃も有りだろう。どさくさに紛れて何かされては堪らない。
「F-2第1陣が接近中、編隊長より入電」
「こっちへ繋げ」
女王と戦うための準備が着々と進む。最悪ここで阻止出来なくても第2次阻止線で決着がつけばそれで御の字だ。帯広市への侵入は出来れば避けたい。女王と中型だけならまだしも小型種を市街地で殲滅するのは骨が折れそうだ。可能な限り平野部で群れを食い止めたいのが本心である。
「こちらクロウリーダー、現在接近中、詳しい状況を知りたい」
「女王とその近衛が出現しゆっくりと南下中だ、間もなく2個特科大隊による総力射が始まる。敵集団の前面に集中投下を願いたい。」
「了解、進路を修正、北上して爆撃を実施する」
「102・129特科大隊、総力射開始」
山の向こうの特科陣地から一斉に砲火が撃ち出された。前進を続ける生物群目掛けて飛び去って行く。
その光景は、さながら重装歩兵が連なるファランクスだった。降り注ぐ20榴とMLRSによって何十体もの小型種が空中に舞うが進撃スピードは一向に落ちていない。連中の目的は何なのか分からないが、一心不乱に南下している事から恐らく帯広市への到達が主目標ではないかと思われる。街を破壊されるにしろ蹂躙してそこに卵を産まれるにしろ、何れも阻止しなければならない事だ。その為にも先行して来ている8つの小集団を迅速に撃破しなくてはならない。松田一曹の小隊はその最前線にあった。
「目標2時方向中型種、距離2700、弾種徹甲、小隊集中射」
自分らの横に展開する87式の小隊が35mm機関砲による弾幕で小型種を蹴散らす。縫うように砲弾を浴びた小型種はその運動エネルギーによって踊るように引き千切られ絶命していった。お陰でこっちは中型への攻撃に集中が出来る。時々混じる曳光弾の光がそこに飛び交う砲弾の存在を示していた。
「弾種徹甲、照準よし」
「2号車よし」 「3号車準備よし」 「4号車照準よし」
「秒読み開始……4・3・2・1、撃っ」
4つ砲口がほぼ同時に火を噴いた。安定殻が弾け、中の弾体が飛び去って行く。そして中型の体に食らい付いた。甲殻を突き破って中の肉と臓器を焼きながら突き進み、向こう側へ貫通して地面に突き刺さる。体に穴を4つも開けられては無事で済むはずがない。着弾の衝撃で一瞬浮き上がった中型は鎌を地面に刺して少しだけ抗ったが、自らの重さでそのまま力なく崩れ落ちていった。
「中型を撃破、小型も殲滅完了」
これで残る小集団は3つほどだ。他の小隊が相手をしているので間もなく撃破されるだろう。
「各地上部隊へ、F-2編隊が北上して爆撃を行う、位置取りに注意せよ」
「中隊長から各小隊、そのまま50mほど後退、ただし攻撃は怠るな」
また無茶な事を等と心の中で毒を吐きながら後退を命令。先に87式の小隊から下がらせた。
「後方警戒、砲塔6時方向、射撃の判断は任せる」
「了解」
石岡にそう下命し砲塔が旋回する中キューポラを開けて外に顔を出した。M2重機関銃のグリップを握り、安全装置を解除して警戒を行う。ヘッドセットを被ってないと耳がいかれそうな状況だ。各小隊がゆっくりと後退を開始しながら攻撃を継続している。生物の群れの各所に砲弾が炸裂してその度に吹っ飛ぶ小型種が見えた。その爆炎の中には巨大で禍々しい女王も見える。こちらの技術が何所まで通用するか少し不安になったがそうも言ってられない。大体50mほど後退した頃に通信が入った。
「警戒本部から各地上部隊、間もなくF-2が爆撃航程に入る、注意せよ」
「各車に告ぐ、着弾の確認まで車内から出るな、次の行動に備えろ」
再び車内に戻った。誤爆等考えたくもないアクシデントだが、何があってもいいようにはして置く。そして着弾を待っている間に残りの小集団撃破を確認出来た。これで当面は敵の本隊を相手にする事だけを考えればいい。
「弾着…………今」
敵本隊の正面に多数の爆炎が立ち上った。無数の小型種が吹き飛んで群れの前面に穴が開き、2~3体の中型種もダメージを受けたようである。進行速度も一時的に落ちた。
「帯広1から警戒本部、弾着効果大なり、進行速度が一時的に低下するも依然として南下中」
「各地上部隊へ告ぐ、正面からではなく左右に展開して攻撃し数を減らせ、第1次阻止線に置いては敵勢力の減退を主任務とする」
「中隊長から各小隊長へ、1・2小隊は左翼、3・4小隊は右翼へ展開せよ」
「F-2第2陣接近中、ロケット弾による近接航空支援を実施する」
慌しくなって来た。各増強小隊が間隔を開けて両翼に展開し攻撃。同時に警戒本部では普通科と補給・後方支援等の各部隊が後退を始めていた。特科陣地でも迫撃砲と牽引砲が移動準備を始め、一時的に低下した間接火力を埋めるべく自走榴弾砲の中隊が猛烈な砲火を撃ち上げている。山の向こうに展開する2個特科大隊も火力を延伸させ敵本隊の頭上に砲弾の雨を降らせていた。だがそれでも前進を止めようとはしない。そこへF-2の第2陣が殺到する。
「ヘイローリーダーから各機、マスターアームオン、ファイア!」
8機のF-2から無数のロケット弾が撃ち出された。群れの縦横に炸裂して爆発する。何発か女王に流れ弾が着弾したがダメージにはなっていないようだ。攻撃を終えた編隊は戦域を離脱して上空で再集結し待機に入る。そんな一連の光景を松田は車内から見ていた。
「悔しいがこの数じゃ焼け石に水だな」
「敵集団先頭との距離3110、中型に攻撃を集中します」
「任せる、小隊長から各車へ、必要なら火力を順次近距離に転換しろ、少しでも数を減らす」
「了解」
戦車は中型、自走高射機関砲は小型の基本方針を守って攻撃を続行。小隊集中射によって中型は着弾の衝撃で殴り倒されるように吹っ飛び、35mm砲弾の弾幕が群の中に飛び込んで小型を引き裂いていった。だが間もなく弾切れが近付きつつある。既に砲火を開いて約1時間が経過していた。無駄撃ちは殆どしていないがそれでもこれ以上攻撃が続けば自ずと弾切れが訪れる。そして次第に相互の距離も狭まっていた。
「距離2850、前面の中型種駆逐は成功」
「小隊長から各車、小型の群に榴弾をぶち込め」
「こちら高射特科小隊長、残弾が残り僅かだ、後退したい」
「了解、殿はこっちで持つ」
各小隊共に残弾が見え出した。警戒本部では今の内に少しでも数を減らそうと先ほど攻撃を終えたF-2編隊にバルカン砲での制圧射撃を命じようと考えていたが、ここで鷹の目が新たな異変に気付いた。
警戒本部指令所
「鷹の目から警戒本部、女王出現地点に新たな熱源を確認、第五波の兆候を認む」
「本部了解、そのまま監視を続行せよ」
いよいよ戦い難くなって来た。普通科と補給・後方支援部隊の後退は既に完了しつつあったが牽引砲の陣地転換がまだ済んでいない。そろそろ特科大隊の砲撃支援も地上部隊を危害範囲に捉えつつあった。これ以上砲撃を行えば確実に影響が出る。なのでここはMLRSで第五波に攻撃し、20榴は敵本隊の後方へ砲撃させる事にした。前線からの映像を見る限り戦車部隊の砲撃が控えめになりつつあるので残弾が残り少ないのだろう。同軸機銃や重機関銃で掃射している光景も見える。87式は既に後退を始めており、阻止火力が薄くなって来ていた。
「各地上部隊へ、残弾が少なくなったら無用な交戦は控えて退避せよ、特科部隊は一時射撃中止、F-2による制圧射撃を行う」
展開中の戦車部隊はこのまま両翼に広がり敵本隊がその中央を通る形で一時的に退避。射撃を中止させた特科中隊には移動準備の時間を与え、山の向こうの特科大隊は座標修正を開始した。そして今から2チームのF-2でバルカン砲による地上掃射を行う。後は第2次阻止線から上がって来た2個戦車中隊を警戒本部の前方に展開させたのでこれでもう少し時間稼ぎが出来そうだ。第2次阻止線は既に指揮系統と部隊展開が完了しているのでいつここを連中が突破出来てもいいようにはなっている。取りあえず今は火力を可能な限り叩き込んで数を減らす事に専念したい。
「クロウリーダー、進入を開始」
先にクロウチームが攻撃し、その後に後方からヘイローチームが進入して制圧射撃を実施する手筈だ。クロウチームのF-2が降下しつつ進入を開始。群れの先頭目掛けてバルカン砲の一斉掃射が行われた。30体以上の小型種が20mm砲弾の雨に引き裂かれて吹き飛ぶ。そこへ更にヘイローチームがバルカン砲を浴びせ掛けた。これも同じぐらいの数を仕留める。
「ヘイローリーダーから警戒本部、残弾僅か」
「クロウリーダー、同じく」
「本部了解、2チーム共一時帰投し補給を受けて再度出撃してくれ」
2チームが帰投していく。同時に20榴が砲撃を再開、前線に居た部隊は退避を完了。警戒態勢を維持しつつ車高を下げて田んぼに鎮座して鳴りを潜め群れの移動を見守っている。敵本隊はもう間もなくその中央に差し掛かろうとしていた。そこへ最後の補給を終えた対戦車ヘリが飛来しロケット弾で攻撃を開始。
「アタッカーリーダーから各機、撃ち尽くすぞ、ミサイルは女王にくれてやれ」
警戒本部後方の野戦飛行場はアタッカーチームに補給を終えた時点で撤退した。なので彼らも取りあえずこれが最後の攻撃になる。群れにロケット弾と機関砲を撃ち込んで嫌がらせを続けた。だが進行スピードは一向に落ちず、ミサイルを女王に全て叩き込んだがダメージはイマイチだった。傷はついているしHETA弾による成型炸薬効果も甲殻を幾分か抉ってはいるが殆ど意に介していない。全弾撃ち尽くしたアタッカーチームが撤退していく中、どれだけ厚い甲殻を纏っているのだろうかとその光景を見ていた戦車隊員達は不安になった。下手するとAPFSDSですら突き刺さるだけで余りダメージを与えられないのではないかと言う考えが頭をよぎる。そして群れはそんな彼らを尻目に中央を通り過ぎて第1次阻止線目掛け進んでいった。そこへ第7師団の部隊が立ちはだかる。
「警戒本部から各中隊長へ、火力を可能な限り女王に集中せよ、どれだけの効果があるかのデータが欲しい」
「「了解」」
32両の90式戦車が展開。全ての砲口が女王に照準を定め始めた。
「各車、照準はなるべく女王の体の中心を狙え、下手に頭部を狙って外すと両翼に居る味方が危ない」
「弾種徹甲、距離2800で集中射を行う、射撃のタイミングはこちらで指示するので照準を合わせ待機せよ」
全車が女王に照準を合わせる。全体的に鋭角な体だが大きさが大きさなので胴体の部分もそれに見合ったサイズだ。まず外す事はないだろう。距離がジリジリと詰まる。20榴も群れが射程外になりつつあったので砲撃が散漫になっていた。そして群れの先頭との距離が2800を切る。女王までもう少しだ。暫し待ち続けてその時を迎える。
「全車、射撃用意、秒読み開始………5・4・3・2・1、撃っ!」
32両が一斉に火を噴いた。鳴り響く轟音の中、撃ち出されたAPFSDSが女王目掛けて飛び去って行く。役目を終えた無数の安定殻が地面に落下。矢状の弾体は飛翔を続ける。そして32発はほぼ同時に女王の体に食らいつこうとしていた。




