第三波
非常線
「……終わったか」
遠くから聞こえるのは砲声、爆撃とエンジンの轟音。それがぱったりと止んだ。さっきもそうだったので恐らく撃退に成功したと思われる。無線のやり取りが聞こえたので状況は把握出来た。第二波の迎撃は無事に終了したようである。
「あの音は腹に響きますね…」
「手近な機動隊掻き集めたって捌けるのは精々10匹ぐらいなもんだ。狙撃して特型警備車でもぶつけた後に寄って集ってたこ殴りにしてやっとって感じか。ここは踏ん張って貰わないと困るしな。」
山口巡査部長率いる巡回班はここで道警の殿と本部への現状報告の任務を帯びていた。周りは陸自の車輌と小銃をぶら下げた普通科隊員でごった返している。仲間はもう1台のパトカーだけだ。ここもそろそろ管轄が警察から陸自に変わり、非常線から第2次阻止線になろうとしていた。一応、敵本隊と思しき集団が現れた際は報告後に撤退するよう言われている。後ろ髪を引かれる思いはあるがロクな抵抗手段も持たない我々は居ても邪魔なので直ぐ逃げるべきだろう。
「……市内の状況はどうだ」
「SATと銃対が共同で監視態勢を構築、市内は各所に1個小隊規模の機動隊員が待機、警備隊主力は本部で出動待機です。パトカー数台が巡回中で避難はほぼ完了。」
「流石に正面から戦いを挑むのは諦めたか。逆に好都合だな、これ以上身内に犠牲出るのは御免だ。」
ため息交じりに吐き出してパトカーに乗り込んだ。今日はこのぐらいで勘弁して欲しいものである。
芽登取水ダム付近上空
鷹の目が新たな熱源を感知。熱源は一気に広がった後に無数の土煙を噴き上げ、その中から再び小型種の群れが出現した。中にはチラホラと中型も見えるが全体の数はさっきよりかなり少ない。
「鷹の目から警戒本部、敵第三波出現、数は小型が100以上、中型を8体確認」
「警戒本部了解、一時退避せよ、帯広1は直ちに進出し特科への観測支援を行え」
「帯広1了解、これより観測任務を開始する」
千歳のF-2は時間的に少々厳しい。こいつ等は警戒本部後方に布陣する特科陣地と山の向こうに陣取る第1特科団にやって貰う。退避する鷹の目と帯広1が入れ替わり、各部隊へ座標データが送信され始めた。15榴、20榴がデータを基に生物の群れへ打撃を与えるべく砲身に仰角を掛ける。他の地上部隊も次の行動に備えるために小規模な移動を開始した。
「こちら特科陣地、各射撃部隊準備よし」
「102特科大隊から警戒本部、射撃準備よし」
「129特科大隊、準備よし」
「警戒本部から各特科部隊へ、砲撃はピンポイントで行う、尚敵本隊出現に備え129特科大隊は同座標地域一帯に照準のまま待機、以後は帯広1の着弾修正指示に従え、以上」
「こちら帯広1、効力射要請を始める」
その後、各特科部隊は帯広1指揮の下で砲撃を開始した。各種榴弾が生物の群れに降り注いで爆発し小型種を炎と破片で薙ぎ払う。だが3斉射目を終えた辺りで変化が現れた。
「…………撃ち方待て、敵生物群に変化あり」
小型種の群れが引き返し始めた。そして後方でのそのそ動いていた中型の下へ向かい、数体ずつに別れて1体の中型に従い始めたのである。8つの小集団に別れた生物群はジグザグに南下を開始。
「帯広1から警戒本部、敵集団が分裂、中型に取り付いて8つの小集団を形成し南下を始めた」
警戒本部指令所
「………くそ」
学習しているとでも言うのだろうか。そこまでの知能があるようには思えないが、今まで幾度となく退けて来ただけあって何かしらの知恵を身に付けていてもおかしくはない。だがそう言った事態も考慮して出現した生物の殲滅は心掛けて来た。しかし相手は正体のよく分からない生物だ。何より連中の居場所は地中、振動はかなり遠くまで伝わる。パターンのような何かを悟ったのか…
「AHは直ちに離陸、ロケット弾と機関砲で嫌がらせしろ、102特科大隊は射撃中止、特科陣地の各隊は後方の集団に対して射撃を続行せよ、地上部隊は前進して迎撃用意、射程に入り次第各部隊指揮官の判断で攻撃を許可する」
慌しくなって来たのを肌で感じる。こういう事態を予想してなかった訳ではないが敵の行動パターンが何時も通りで且つ何時も通りの感覚で撃退していた事から気持ちが疎かになっていたようだ。だがこの程度の数はさっきの比ではない。速やかに一匹残らず消し炭にしてやろうと気合を入れ直す。
「千歳基地から入電、F-2編隊離陸、1時間以内の到着予定」
「情報本部からウラジオストク周辺の無線量増大を確認したとの情報が入りました」
「付き合ってる暇はない、頭に留めて置け」
「JADGEが所属不明機を探知、十中八九ロシアですね」
「……そっちは空自に任せる、我々は今目の前にある脅威を退ける事が最優先任務だ。ロシアさんが加勢してくれるって言うなら話は別だがな。」
落ち着きを取り戻して来た。焦らずに、動かせる駒を最大限に生かして臨む。今までやって来た事だ。
その頃、地上部隊は軽い配置転換と移動を完了していた。特に戦車部隊と自走高射機関砲の部隊に関しては1個小隊規模で合流編成し増強小隊として配置。戦車は中型をメインに、自走高射機関砲は小型をメインに狙う方針で編成がされた。これで女王がしゃしゃり出て来ない限りはバランス良く対応出来ると思われる。各小隊は敵集団を斜めに迎え撃つ形で展開。その一角に松田一曹の小隊が居た。
「……諸職種混成にも限度があんだろって言いたくなるな」
「いいじゃないですか、自分らが中型に集中してる隙に近付いて来る小型を薙ぎ払ってくれるんですから」
90式と87式の混成小隊なんてそうそう見られる物ではないのは確かだ。と言うより普通なら有り得ない編成である。
「それはまぁ有り難いか。よし、各車射撃準備のまま待機。射程に入り次第攻撃を許可する。早い者勝ちだぞ。」
2・3・4号車長からそれぞれ返事が返って来ると同時に各車が砲身を少し上下させた。気が早いのは良くないがそれぐらいの気概で臨んで貰えるのは嬉しい事である。キューポラを締めて車長席に座った。
「さて……準備は?」
「出来てます、後はこっちの射程に入ってくれればいいだけです」
「よし、女王が出て来る前にとっとと片付けたい所だな」
上空をAH-1Sの編隊が飛び去って行った。先頭を行く小集団にロケット弾を撃ち込んで前進を阻害させて出血を強要している。特科の砲撃も移動する目標へ正確に撃ち込まれていた。砲撃を受けた小集団は小型種が全滅か瀕死の状態になり、中型も足が何本が千切れ甲殻にもヒビが入った状態で血を流しながら前進を続けている。あれでは長く持たないだろう。焦らずにやれば上手く押し込める。
観測ヘリOH-1 コールサイン「鷹の目」
その異変に真っ先に気付いたのは無論、後席観測員の河村二尉だった。
「……ん?」
「どうした」
「女王と思しき熱源に動きあり……遂に来そうだな」
「警戒本部、こちら鷹の目、女王出現の兆候あり」
熱源は女王だけではない。各所から新たな熱源が現れ女王の居る場所へ集まって来た。
「熱源更に増大……出現時の数は推定で800以上」
「近衛って訳か」
「地上部隊へ警戒を促せ、それと対戦車ヘリのれん」
次の瞬間、噴火の煙のような土煙が立ち上がった。後の話によると非常線からでも見えるぐらいの大きさだったらしい。実際この光景を写真に収めた隊員もその大きさに驚愕したそうだ。
「………鷹の目から警戒本部、女王出現、800以上の中・小型種を従えている」
次第に土煙が晴れていく。そこには、基本的に中・小型種と同じ形だがもっと禍々しく凶悪なフォルムの女王が居た。両腕の鎌を振り上げて形容し難い声で雄叫びを挙げる。これで核心出来た。何所までのレベルかは分からないが、この女王は確実に何か明確な意思を持って出現したのだろう。
「警戒本部了解、そのまま監視を続行せよ」
「了解」
簡単に蹂躙される戦力でないのは明らかだ。だが連中も恐らくこの時のために増やした戦力だろう。何しろ小型種の中には赤味が掛かった個体や通常より足が多い個体が目立つ。中型も普通のより甲殻が厚そうな感じがした。これが連中の精鋭部隊なのだろう。相手にとって不足はない。正面から迎え撃つ。




