緑色ドロップ 料理教室に通う女
私は本棚の片隅にある、黄金色のドロップ缶を手にした。フタを開け、右手でひと振り。
左の手の平、【想い出ドロップ】が1つ転がり落ちてくる。
【緑色ドロップ】だ。それを口に含むと……
あの想い出がよみがえってきた。
そう。【料理教室に通う女】の想い出が。
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緑色ドロップ 料理教室に通う女
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以前付き合っていた、年上女性の話を。
つきあい始めの頃、彼女のウリは【料理教室に通っている事】だった。
「この前、三枚おろしのテストがあってさ~」
とか
「ビーフストロガノフを作る時のコツはね……」
とか、まだ彼女の手料理は食べ事はなかったのだが
「今度、何か作ってあげるね」
の言葉。期待に胸を膨らませていたが、付き合って数ヶ月経っても彼女の手料理を食べることはなかった。
そんなある日、彼女が風邪をひいた。私は【お見舞い】を口実に、初めて彼女の家に行く事にした。
「何か欲しいのある?」
「じゃぁ、メロン」
彼女のリクエストに応え、スーパーで小さめのメロン1玉を購入。鮮やかな【緑】色のメロンだ。
それを片手に、初めて彼女の家にあがった。アパート住まい、割と大きな部屋に一人暮らしだ。
普段は雑然としている部屋らしいが、慌てて掃除したらしい。
まぁ、彼女的には【初めて彼氏を家にあげる】という大きなイベントだから、掃除をするのも当然か。
風邪とはいえ、割と元気そうだった。気遣いの言葉をかけた後、メロンを持ってキッチンへ行った私。
衝撃の事実を知るのはすぐだった。
そう。
彼女の家には……
包丁がなかった。
(おしまい)
一応、料理教室に通っているのは事実。ただ
「自宅では料理しないだけ」
との事。色々ツッコミたい所を抑えた私は、自分の家から包丁を持ってきてメロンを切ってあげた。
後に【料理界のファンタジスタ】の異名をとる彼女の、最初のエピソードだ。