「3センチ」 ひぅ様
「--―っふんだ、ちびのくせに!」
まっすぐすぎる正論に何も言い返せなくなり、いってはいけないこと(・・・・・・・・・・)を口走る。
すぐにしまった、とは思うものの、時間はもう、戻らない。
「はぁ!?……それしか言うことねえのかよ、ほんとに能がないんだな!!!」
「ほんとのことを言っただけ!なんか文句ある?!」
こんなの八つ当たりじゃん。
自分が言ったこととはいえ、あんまりな言い草に涙が出てくる。
文句なんかあり過ぎるくらいあるに決まっている、だってこれは一方的な言いがかりで、一方的な好意からくる身勝手な嫉妬で、寺野からしたらいい迷惑なわけで。
いくらでも文句を言っていい立場なのに、寺野がそういうことを言ってくることはない。
強情張りで、ひねくれ者。
いつも柔軟に相手のこと思いやっている寺野とは、正反対だ。
相手のことを好きなら好きなほど素直になれない。
まるで小学生の男子みたいに相手をからかうようにでしか話しかけられなくて。
直そうと思うのに、天の邪鬼な性格が邪魔をする。
さっき口走ってしまった“ちび”もだ。
寺野の身長は170cm。男子の中でも大きい方で、決してちびなんかじゃない。
たった3cm。ほんの3cm、私が大きいだけだ。
言わないようにしようと思いながらついつい使ってしまうのは、負けず嫌いな寺野にこれを言えば必ず食いついてくると知っているから。
寺野はもてる。
背は高くて、顔だって悪くない。他の男子よりもどこか大人びたところがあって、そこもまた、魅力の一つ。
それに何より、私に対しての態度。
いきなりケンカ吹っかけたり、悪口を大声で言ったり、おおよそ中学生とは思えない幼稚なことばかり繰り返しているのに、寺野から私に向かってきたことは一度もない。
ケンカがひと段落すれば、無視したり、嫌そうな顔を向けることもなく、ケンカなんか初めからなかったみたいに、ひとりの女の子として接してくれる。
そんな素敵な男子を、他の可愛い女子が放っておくわけ無い。そんなことわかってる。
でも、他の娘と仲良さそうに話してるのは見たくない。
ケンカを仕掛けることしか出来なくても。
『ありがとう』も『ごめんね』もいえないわたしだけど。
他の女の子の100分の1も可愛いところはないけど。
それでもやっぱり君が好きなんだ。
だから、このままじゃ、嫌だ。
うつむいていた顔をあげると目線よりかなり下の位置で寺野と目があう。
どうやら覗きこまれていたらしい。
目を合わせたまま、重く、長い沈黙が続く。
初めに口を開いたのは君で、出てきたのは「だいじょうぶ?」という私を心配する言葉。
八つ当たりされた直後の、こんな時ですら君は。
ごめんね、はっきり憶えているのはそう思ったところまでなんだ。
たぶん、わたしが勢い余って『好きだ』って告白して、君は目をまん丸に見開いて、何か言おうとする君を私が遮って、それで、たしか、細かいことは分からないけど、返事はあとでにしてもらった様な気がするんだ。
毎日口げんかばっかりしてた頃からもうすぐ10年がたつんだね。
もうそろそろ、あの時の返事をくれてもいいとは思わない?
全く追いつかない精神年齢を3cm分、必死に背伸びして言った、あのときの告白の返事を。
20××年○月○日に、私たちの教室で待っています。
貴方に初恋をかっさらわれた一人の少女より。
「へ、返事は、私がいい女になった時に聞かせてっ……3cmの背伸び分ぐらいは成長しておくから」