略奪
私が一番嫌いなエピソードです。でも作品は自分の一部ですからそんなところも含めて私はビルツタを愛しています。
略奪 田島圭吾
殺したんだ。人間を。命を奪ったんだ。世界が緑に覆われても不安を感じず好奇心すら感じていたあきれるほどの能天気な一人の人間は、人を殺すことができたのだ。ほんとうに反吐が出る。気まぐれで警察の抜け殻から奪い、捨てる機会もなかったリボルバー拳銃はついに役目を果たしてしまった。人を殺した気分は、とても虚しかった。手のひらやひじ、肩に伝わるあの反動一つで人間の頭部はいとも簡単にはじけ飛んだ。何よりも認めたくなかったのは、この自分自身が一人の人間を殺めた事実だった。しかし、少しでも救いがあるのならば、殺した人間が元カノの父親だということだ。何度も屑だということは聞いていた。実の娘にも手を出したケダモノだということも、知っていた。だからこそ、多少罪悪感は軽減された。―俺が殺したのは人間じゃない、ケダモノだ。
―俺は社会に取って実がある行動をしただけだ。
―これは殺人じゃない。俺は殺したんじゃない。
―どうせ屑だ。死んで当然だった。そもそも生まれるべきではなかったのだから。
―…俺は本当に、良いことをしたのだろうか?
「圭吾さん、圭吾さん」
不意に自分を呼ぶ声が聞こえる。背中を優しい手が何度も往復する。愛理だ。彼女はこんな殺人鬼にも優しくしてくれている。彼女も恐ろしかっただろう。暴漢に襲われ、体を重ねられ掛けたと思えば、信頼していた人物が殺人鬼になってしまったのだから。
「助けてくれたんですよね、ありがとうございます」
「…困ったときは、お互い様だからね」
なんとか返事をする。感謝をされた際にいつも言っていた言葉を使い、平常を装う。しかし、さすがに無理があったのだろう。愛理からはもう帰ろうと言われた。
「そうだね。あ、ちゃんと材料持ってる?」
異常事態ほどどうでもいいことが気になるものだ。彼女は頷き、私の腕を肩にかけスーパーを後にした。その肩は少し、今までよりも大きく感じた。
「ちょっと、サラダにドレッシングかけすぎですよ。聞いてます?ワインも飲みすぎです。二十じゃないんですから少しは控えてください」
「あれ、本当は十九歳なの言ってたっけ?」
「免許証見せてもらったときに生年月日見えたんです。」
「そっか。でも昨日愛理ちゃんもすごい勢いで飲んでたし同罪だよ、どーざい」
「あれは飲みたくて飲んだわけじゃ…もう」
彼女はああ言えばこう言う私に少し嫌気がさしてきたようだ。制止することをとうとう諦め始めてしまった。今日の愛理はいつもより一層にぎやかだ。いや、あえてにぎやかにしてくれているのだろう。私と、彼女自身の平常を保つために。
「でも本当においしいよ。料理もできて美貌もある。あとは学力だけだね」
「いい加減に冗談をやめないと怒りますよ」
「冗談じゃなくて本気なんだけど。まあいいや。それより体どこか痛むところはない?」
「そうですね…心が痛みます」
「どうしたの急にボケの道に走っちゃって。イメチェン?高校デビュー?」
「もう高校二年生です。それにデビューできてたらいじめられてませんから」
「え、いじめられてたの?初耳なんだけど」
「そういえば言ってなかったですね。この性格のおかげで何度女子にいじめられたか…男子にいじめられたことがなかったのは不幸中の幸いですけどね」
「同性にか…発育がいいからじゃない?」
「禁酒してください」
セクハラまがいの発言をしたらグラスを取られてしまった。今日のことはさっさと飲んで忘れたいのだが。
「にしても愛理ちゃんは本当に強いよね」
「なんでです?」
「俺、父親の抜け殻見たときショックで吐いちゃったもん。抜け殻になってるだろうなとは思ってたけどさ」
「私、抜け殻見たわけじゃないので。でも、自分の親が抜け殻になってても私は何とも思わないんでしょうね」
訳を聞くと彼女は俯いてこちらからは目が見えなくなった。少ししてから顔をほんの少し上げ、こちらを見た。
「親が好きじゃないんです」
「そうだろうと思った」
「なんでわかったんですか?」
「なんとなく。言いずらいってことはそういうことなのかなって」
「なるほど…でも、なんで嫌いかはわからないですよね?」
「わからない。けれど、考えうるのは邪険にされてたから、とかかな。虐待とかね」
「…全部お見通しってわけですか。あとは…」
「父親が嫌いな理由はあんまり聞きたくないかもなー…」
嫌な予感がしたので被せるようにそういうと彼女は不思議そうな表情を浮かべて、嫌いじゃないですよ、と言った。
「私が幼いころに亡くなったんです。多分、四歳頃かな。たしか交通事故って聞きました」
「なるほどね、てっきり…いや、なんでもないや」
そうですか、と答えが返ってくる。そうして少し静寂が流れる。秒針がチクタクと音をたてながら仕事をしている。
「ちょうどその時期に宝くじが当たったみたいなんです。私たちの生活は少し豊かになりました」
静寂を彼女の声が切り裂く。彼女の声にはただの思い出話をするには不要な感情が込められているような気がした。それは恐らく、憎しみだ。なぜ母親を憎しむ必要がここにあるのだろう。
「もしかして、保険金のこと?」
考えるよりも先に出た解はどうやら正解だったようだ。彼女は驚いたように目を丸くし、頷いた。
「よくわかりましたね。それともう一つ」
「もう少しで“宝くじ”のお金が無くなりそうだったんです」
「お母様は、何かお仕事を?」
「夜の仕事を。でも、お金遣いも荒いし、歳のせいか前よりも給料が減ったみたいで」
「もしかして、このツタまみれの世界になってよかったって、本気でそう思ってる?」
私のちょっとした詰めに彼女は少したじろいだ。当然だ。今まで穏やかに話しかけてきた年上の男性が急に語気を強くしたならば、私だって恐れる。
「…私は、悪い子なのでしょうか」
彼女の問いに頷く。
「もちろん、悪い子だよ。だけどそれは、俺も同じ」
「俺もこの世界の方がマシだって、本気で思ってる」
そういうと、彼女はこちらを向いた。忘れられないほどの、眩い笑顔でこちらを見つめてくる。淡いピンク色の唇が開く。
「二人で、適当に暮らしましょう。この世界がもし滅びるとしたら、その瞬間まで」
略奪 中西愛理
夕ご飯を終えて、食器を片付けていると、彼は風呂場でお湯を貯め始めた。そうしてリビングに戻ったら床に落ちている抜け殻を拾い集め袋に詰めた。燃えるゴミ用の青い袋だ。
「勝手に捨てていいんですか?」
「いない人間のこと考えたって仕方ないじゃん?そりゃご先祖様とかは大事だけどさ、こればっかりは話が違うしね」
そういわれ納得していると台所の横にある裏口から彼は外に出た。少ししてから戻った彼の手には大きめの園芸用ハサミが握られていた。そうして風呂が貯まるまでの十五分ほどの時間で彼はテキパキと家の中にあるツタを取り除いていった。家の中に青臭い臭いが広がったが、それも仕方ないことだろう。
タイマーが鳴ったので私が風呂場の蛇口を閉めると、二階から降りてきた彼はツタが入ったゴミ袋を肘から揺らしながら降りてきた。
「先入ってていいよ、着替え持ってくるから」
「わがまま言っていいですか?」
「どうぞ、お姫様のわがままならなんでも聞きますよ」
彼は冗談めかしながら笑うと、続く言葉に表情を固まらせた。
「一緒に入ってください」
よく見ると、全身固まっている。左肩を押すと彼は我に返り、バランスを取り戻した。
「色々言いたいことはあるけど、後々後悔することになると思うよ?」
「お姫様のわがままが聞けないんですか?とんだダメ執事じゃないですか」
「世の中の執事だいたいお姫様押さえつけ係だと思うんだけど…」
「ぐちぐち言わないでください。でしたら、これは命令です」
それでもなお、彼は考え込んでいる。この異常事態をどうすれば円満に、穏便に治めることができるかと、うつむいている。そうして両者引かぬ戦いが続き、もう疲れてきたころに彼はようやく折れてくれた。
「…後悔しないって約束してね」
「後悔しませんし、させませんよ」
そういうと彼はリビングからスクールバッグを持ってきて、適当に着替えを出した。私も、自分の分の着替えを出す。
脱衣所ではお互い何もしゃべらなかった。彼は昨日のように固い動きで服を脱いでいる。彼は見た目とは裏腹にかなり純情派のようだ。互いに一糸まとわぬ姿になり、風呂場のドアを横にひく。私が椅子に座ると彼は足先からすこしずつ上に、何回にわたりお湯をかけていった。風呂桶を受け取り髪を流すと、前が見えなくなった。ふと右手にシャンプーボトルが触れる。恐らく、彼が取ってくれたのだろう。シャンプーで髪を洗い終わり、風呂桶を探していると、目のあたりに掌が押し付けられる。口を開こうとした矢先、頭上からお湯が降りかかる。この人、自分の髪を洗う暇はあったのだろうか。お湯の波が止まると今度は髪にやさしくブラッシングをしてくれた。コンディショナー用のコームだろう。例によって今回も右手にコンディショナー用のボトルが当たる。コンディショナーを済ませると、彼はもう体を洗い終えるらしく、風呂桶を高く持ち上げていた。
「背中ぐらい、流させてください」
「じゃあ、お願いしようかな」
彼は高く持ち上げた風呂桶を律儀にも私に渡してくる。椅子は一つしかなかったので、彼は床に片膝をついている。彼の背中は、よく見るとかなり小さかった。
「着太りするタイプなんですね。なんというか、女の子みたいです」
「全身に肉がないし、骨格も小さめだからね。普段も厚底ブーツで盛ってるよ」
「そういえばそうでしたね。身長と体重どのくらいなんですか?」
「一六四センチの四一キロ」
「ほぼ骨じゃないですか。そんな貧相な体でよく生きてこれましたね?」
「戦乱の世じゃないからね。若いうちはどうにでもなるよ。それに太ももはちゃんと太いよ?」
そういう彼の太ももは確かに筋肉質だった。確かに筋肉質だったのだが、どうしてか、私の太ももと大した太さの違いはなかった。
「今太いって言いました?私もほとんど同じ太さなんですけど」
「愛理ちゃんのは太くないって」
「いや、太いって言いましたよね。今見比べましたけどほとんど同じでしたよ?」
「…女の子のふとももはそのくらいでちょうどいいんじゃない?」
「暴れますよ」
彼はふふっと笑い、振り向いて口を開こうとしたがすぐにまた元の姿勢に戻ってしまった。いや、よく見ると少し前かがみになっているような気もする。
「やっぱり太かったんですか?どつきますよ」
「いやそうじゃなくて。今振り向くのはさすがにまずかったかなって」
「あの、急に冷静になるとこっちも恥ずかしくなるので。いつも通りでいてください」
「とんでもない無茶ぶりするね。理性にだって限界はあるんだよ?」
「じゃあいまここで襲ってくるんですか?私は圭吾さんを信頼しているのに?」
「理性ってそういう秤に乗せられたものじゃないからね。正直、何されても文句言われる筋合いはないと思うよ」
かれは舌を出してそういった。
「ベロ長いですね。鼻まで届くんじゃないですか?」
「長さは足りるけどベロそこまで器用に動かせないんだよね」
そういうと彼は私を座らせ湯舟に逃げ込んだ。
「そんなに早く動けたんですね。まさか女子高生に興奮してるんですか?信じられない」
「世の中の高校生カップル全否定するじゃん。ていうかそんなに普段俺ってどんくさいの?」
はい、とだけ返すと彼は不貞腐れて上唇まで湯舟に沈み、半ば海坊主のようになっていった。私が全身を洗うと海坊主は風呂桶からバシャバシャと水をかけてきた。
「ちょっと強くないですか?女子高生にはもう少し優しくしてくださいよ」
「報復にしては優しい方でしょ。もっと強くかけたっていいんだよ?」
「お姫様に復讐していいんですか?」
そういうと彼はお湯を顔にかけてきた。そうしてあたふたしている私を見て彼は笑いだした。
「もう怒っちゃいました。暴れます」
湯舟に飛び込み両手で彼の顔に大量のお湯をかける。息を継ぐ間もなくかけられるお湯に彼は抵抗できず、声にならない声をあげながら両腕で顔を防ぎだした。その様子をみてわき腹を両手でくすぐる。そうすると彼は人の声とは思えない奇声を上げ、湯舟から急いで逃げ、そうして私の首に手をかける。すかさず手を引き離そうとした瞬間すぐにくすぐられた。
「お、終わりです。終わりにしましょう」
笑いの合間に絞り出した声は彼に届いたらしく、彼はようやくくすぐりをやめてくれた。
「これに懲りたら年上をからかっちゃだめだよ?」
そういいながらドアに手をかけた彼を制止し、くすぐらないことを条件に湯舟に戻らせた。こちらに背中を向けて座る彼の薄い胴を抱きしめた。
「今日、嬉しかったんです。自分の手を汚してまで私を助けてくれて。おまけにわがまままで聞いてくれるし」
「気にしなくていいよ。手、汚すのは慣れてるし」
「嘘つき」
「慣れてる人はあんなに動揺しませんよ、たぶん。圭吾さんは演劇部だったのに嘘が下手なんですね」
「嘘言うの、好きじゃないんだよね。設定考えてそれを順守するのって俺には中々できなくてさ、ついボロが出ちゃう」
「そうだと思いました。それともう一つ」
そういってから少し間が開いた。自分の中で準備はできていたと思っていたのだけれど。どうかしたのかと、彼がこちらを振り向こうとする。そんな彼の肩に顎を置き、できるだけ、気持ちゆっくりと声を出した。
「好きです」
彼の腕が私の腕を優しく包む。そうしてゆっくりと離され、彼はこちらを振り向き、気づいたら唇を重ねていた。
先に髪を乾かしていた彼は私にドライヤーを手渡し、髪に櫛をあて、とかしはじめた
そうして髪のほつれを無くし、私からドライヤーを奪い、私の髪を乾かし始めた。彼は念入りに、丁寧に髪を乾かし、後ろと両サイドが終わり、前髪を残し私にドライヤーを手渡した。
「前髪は、自分でやってね」
「ここまでやったら前髪もお願いしたいんですけど」
「顔は敏感な部位だからね。やけどでも負わせたら俺は切腹しなきゃならない」
そういって彼はコップに追加で飲み物を注ぎに行った。そうして飲み物を二人分机に置き、リビングの大きい窓から外に出た。どうやら煙草を吸ってくるようだ。髪を乾かし、庭に向かうと、彼は煙草を吸い終わったらしく、星を眺めていた。
「本当に、きれいですね。小倉じゃこんな星見たことありませんよ」
…本当にそうなのだろうか?自分の発言に確証が持てず、記憶を探るが何か思い出せないものがある。だが、今はそんなことどうでもいいだろう。
「天然のプラネタリウムだね」
彼はポケットからタブレット菓子を取り出し噛み潰した。静寂の中でその音ははっきりと聞こえた。そうして音が聞こえなくなると彼はこちらに顔を向けた。目と目が合うその時に、彼はいつものように悪い顔をした。
「俺のこと、惚れさせたんだから最後まで責任取ってもらうよ」
「それは、私のセリフです。最初に惚れさせてきたのは圭吾さんですので」
「そうかい?じゃ、お互い頑張らなきゃね」
そうして彼はまた星空を眺める。暗黒に輝く星はさっきよりも輝いて見えた。
十二月三日火曜日(三回目)
今日は目覚めが少し悪く、九時三十分頃に目が覚めた。どうやら昨日酒を飲んでしまったらしい。出発するための準備をあらかた済ませ、圭吾さんを起こすと、後ろに圭吾さんの元カノさんが全裸で立っていた。どうやら、死んだら記憶が無くなるらしく、昨日自殺したことは忘れてしまっていた。学校を出て圭吾さんの実家に着いた。夕方までゆっくりと過ごし、スーパーで夜ご飯を調達していると、背後から暴漢に襲われた。圭吾さんが暴漢を銃殺し、事なきを得た後、家で夜ご飯を食べた。そのあと、圭吾さんと一緒にお風呂に入り、圭吾さんに気持ちを伝えた。お風呂上り、お互いに惚れさせた責任を取らせる交渉が始まり、互いに快諾した。
ごめんなさい、やっぱりここも長かったです。それでもここまで読んでくださったあなた。そう、そこのあなたです。読んでくれてありがとうございました。愛してます。あと次もあります。




