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喪失

ごめんなさい、ここもまあまあ長かった

喪失 田島圭吾


 体が揺れている。ゆっくりと。まるでロッキングチェアのように。心地よく揺さぶられる体は意識をはじき出そうとしたが、圭吾さん、という声とともに意識はまた戻ってきた。仕方がなく起きると、そこには愛理がいて、その背後には、もう一人女性がいた。全裸だった。やっぱり夢か。そう思い目を閉じかけたところで、頬をつねられ、目が覚めた。

「もう十時ですよ。早く起きてください」

そういう彼女は女子生徒には気づいていないようだ。私は彼女の後ろを指さし、彼女が振り向くと彼女は驚き、しりもちをついた。

「朝から情熱的だね。軽いから全然痛くはないんだけど」

彼女は「ごめんなさい」と恥ずかしそうに言いながら私の腹部から離れる。そして思い出したように女子生徒と向かい合い、無の時間が流れた。あの女子生徒は昨日私たちが看取った生徒のはずだ。どうやら顔がわからなくなるほど燃やしてもまた再生するらしい。そうして一分ほどたったあたりで女子生徒が口を開いた。

「久しぶり」

「ああ、本当に。でも驚いた。どうして昨日は自殺なんかしたんだい?」

「自殺?何言ってんの。昨日自殺したならなんで私はここにいるの?」

「いや…なんでもない。というか君はこの学校をやめたはずだ。なんでここにいるんだ?こんな世界になってなお、君はまだ環境を恨んでいるのかい?」

「恨んでるよ、当然。この学校も、あんたも。」

「けど…ここに来た理由はわからない。朝起きたらここのグラウンドにこの状態で放置されてた。ひとまず服が欲しかったから、楽屋に来た」

「そしたら俺たちがいたってわけか」

「そう。その子は新しい女?」

「いや、違う。世界がツタに覆われた日、初めて遭遇した生存者だ」

「そう…虚言癖も大概にしたら?ツタに覆われた日って。今日じゃん。昨日までは全部普通だったはずなのに」

「お前は何か勘違いをしている」

つい口調が強くなってしまった。愛理を一瞥すると彼女は状況についていけず、ただぽかんとしている。今はそれでいい。

「は?間違ってるのは全部あんただから。もういい。話にならない」

そういって女子生徒は臀部をこちらに向け階段を下りていく。

「どこ高か知らないけど、その男を信用しないようにね」

階段の途中から負け犬の遠吠えが聞こえる。哀れなものだ。結局負け犬は本来の目的を達成せず全裸のまま楽屋を出て行った。今時犬でも服ぐらい着るのだが。

「…説明した方がいい?」

愛理に声をかけると、彼女は頷いた。

 階段を降りて歯を磨きながら先ほどの女子生徒について説明をした。

「簡単に言うと浮気した元カノ」

「え?された側なんですか?」

「みんなそういうけどね。こう見えて純情派だから、俺」

「意外です。てっきりもう何人も捨ててきたのかと…」

「君も含め周りから俺ってどういう風に見えてるのさ…まあ、いいや。とにかく、俺のこと散々束縛した挙句浮気して全責任俺に擦り付けてみんなで俺のこと悪く言ってた」

「そのくせまだ未練たっぷりと思える。昨日のキーホルダープレゼントしたの俺だしね。生徒手帳持ってた理由は…聞きたい?」

彼女は少し戸惑いながらも頷いた。

「生徒手帳の中ぎっしりに俺の名前が書いてあった。それはもう、狂気を感じるほどに。あの厚さとはいえ時間も手間もかかるはずだ。正直あれを君に見られたくなかったから、こっそり捨てようと思ったけど、なんか焦っちゃって。それで目の前で燃やしちゃった」

「財布を持ってた理由は?」

「使えるものないかなって。あと、燃やし忘れてた」

「本当に、それだけなんですか?」

「というと?」

「例えば、未練とかないんですか?その…」

彼女は頬を赤らめながら続けた。

「体を重ねたりとか、してますよね?今さっき裸見せられてたし、その…しりもち着いたときに」

「何も言わないで、それ以上。それと、興奮したらそうなるとかじゃなくて、数学の授業とか受けてても突然そうなるものだから。あれ全然脳みそと意思疎通諮れてない部位だから!わかった?」

私の剣幕に驚きつつも、彼女は私の必死さが面白かったのか、すぐに笑ってくれた。

「安心しました。なんか…元気そうで」

「そりゃね、元気だよ。朝からこんな美少女の顔が見れるんだから」

「…そうやって冗談ばっかり言ってると怒りますよ?」

彼女はまた頬を膨らませた。笑いながら謝ると彼女に何度も背中を叩かれた。手加減してくれているのだろうか。本当に痛くない。


 階段を昇り荷物を準備していると、ふと彼女から昨日のことを聞かれた。

「私昨日どうなってました?」

「どうって…一つずつ説明されたい?」

「…お願いします。その、できるだけゆっくりで」

「了解。まず、俺が髪乾かした後に、お酒飲もうと思ってテーブルの上に置いたんだ。そしたら愛理ちゃん、一口飲んだ後にすごい勢いで全部飲み干して。そのままバタンって倒れちゃったんだけど、この辺は覚えてる?」

「すごい、全部知らない記憶です。ていうかなんで私の前にお酒置いたんですか」

「いや、あのテーブル狭いからさ、俺が座るところに置いたと思ったんだけど。お互い勘違いしちゃったみたいだね。んでそのあと愛理ちゃんが寒いーとかいいながら服脱ぎ始めたから、さっさとシャワー室まで行ってスクールバッグ取ってきて、その中から適当なパジャマ取って着せたんだけど…思い当たりないよね…」

一瞬の沈黙が起きる。彼女の頬が面白いぐらい赤くなり、そして、口を開く。

「見たんですか?」

「見てないです。暗かったから何も見えなくて」

「ほんとうに、見てないんですね?」

「ほんとのほんとに。俺神様とか信じてないけど、今回ばかりは神に誓ってもいいよ」

「ならいいんですけど…」と彼女はまた荷物を準備し始めた。私もすべての荷物を用意した後、校門の近くに停めた車のもとに向かった。


 校門の近くにあいつはいた。待ち伏せだろうか。それとも、たまたまなのだろうか。

「これ、落ちてたけど」

そういってピンクの忌まわしい財布を投げつけた。気持ち、ゆっくりめで。彼女は難なくキャッチし、私を一瞥すると、また臀部をこちらに向けた。いい加減服を着てほしいものだ。愛理を助手席に乗せ、運転席に乗り込み、シートベルトを装着する。エンジンをかけ車を発進させたときに、あいつはこっちを見ていた。遠くなっていたのでその目がどういう感情を孕んでいたかはわからない。


 車の中で愛理はある可能性を聞かせてくれた。

「元カノさんとの話聞いてたんですけど、もしかして死んじゃったら記憶がリセットされるんですかね」

「そういえば、そんなこと言ってたような気もするね。なんだっけ、昨日までは普通とか自殺してないとか」

「あと虚言癖とか」

「いやそれは全然関係ないから。それにしても、愛理ちゃんが冗談言えるぐらい回復してよかったよ」

「お酒ってすごいですね」

「それも全然関係ないから。急にボケ始めるじゃん」

彼女ははにかみ、笑顔をこちらに向けてくる。この笑顔があればこの世界でもなんとか生きていけるだろう。そんなことを思いながら懐かしい道を走っていると、実家にたどり着いた。


 実家は少し駐車がしにくいので、手前の道路に車を停め、車を降りた。二年ぶりに帰った実家は昔のままとは言えず、自然に飲まれていた。特に、隣の家には杉の木が植えてあったのだが、杉の木が成長し、実家の玄関の上の部屋、自室だった場所を枝が貫いている。


 玄関の手前には黄色いボックスカーがある。車に詳しくないので車種はわからないのだが、人気がある車のようで、引っ越した先でも何度か見たことがある。その横を通ると、玄関が見えた。その手前にスーツ姿の抜け殻も…

「父さん、ただいま」

絞り出した言葉は次第に嗚咽に代わり、ショックで吐いてしまった。四つん這いになり、庭にある手洗い場に吐瀉物を流し込む。彼女は優しく背中をさすってくれた。何回でも、ずっと、ずっと。


 ひとしきり吐き、泣き終わった後彼女にお礼を言って口をゆすいだ。そのあとにタブレット菓子をコートの内側から取り出し、三粒噛み砕いた。抜け殻に向かって屈み、父がいつもつけていた腕時計と車のカギを拾った。スーツは玄関に置き、家に帰る。

「ただいまー」

「おじゃまします」

二つの声が空き家に響いた。見慣れた家は自然に侵され、歩くのも少し手間取るほどだ。リビングに向かい、やわらかいソファーに座る。リビングにも二つの抜け殻があった。義母と義祖母のものだ。取るに足らない二つの抜け殻を踏まないように歩き、グラスと飲み物を取った。彼女にはお茶を、私は赤ワインを。

「さっき吐いたばっかりじゃないですか。お酒飲んで大丈夫なんですか?」

「構わないよ。どうせ今日はここでゆっくりしたいから」

「お酒で吐く分は介抱しませんからね」

「心配しないで。初めて飲んだお酒、鬼ころしだから」

「未成年からするとその感覚は全くわからないんですけど、まあ自信があるなら大丈夫です」

そんな話をしながらしばらくリビングでゆっくりした。実家に住んでた頃には食事の際以外は全くリビングにいなかったから、少し新鮮な気分だった。それに、実家は厳しくて友人を入れることもできなかったからそれもまた新鮮だった。

「そういえば、昨日報告し忘れてたんですけどまた美香から連絡が来てました」

「そうなんだ、内容は?」

「全く同じです。今日も送られてきてました。多分、向こうでも時間が進んでないんでしょうね」

「なるほどね…じゃあこの世界はパラレルワールドものでもあり、ループものでもあると」

「はい。でもよくあるループものと違って場所はリセットされません」

「そういえばあいつ死んだ場所でリスポーンしてたもんね」

「リスポーン…?復活ってことですか?」

「ああ、まあ、そんなとこかな」

ゲーム用語には少し疎いようだ。試しにガーキャンだとかリスキルだとかいろいろなゲーム用語を出してみたがどれも通じなかった。


喪失 中西愛理


 リビングから差し込むサフラン色の光が目を眩ます。横を見ると彼はまた赤ワインをグラスに注いでいた。これで五杯目だ。彼は何度もトイレに行き、その度にワインを注いでいた。

「そろそろご飯時ですし。よかったら夜ご飯何か作りましょうか?」

「じゃあ、お願いします。何か足りないものがあれば近くのスーパー行ってくるよ」

今作りたいものは何か自分でもわからなかったので、適当に大きめの冷蔵庫を物色する。カレールーが目に入り、今夜はカレーにしようと思った。

「じゃがいもと…人参と…あ、お米炊いてもらってもいいですか?」

「うん、わかった。今夜はカレーかな?」

「よくわかりましたね。あと鶏肉もお願いします」

「オッケー。サラダはある?この家カレーの日はなんか絶対サラダ出てくるんだよね」

「サラダですか…なさそうですね。ドレッシングはありますよ」

「よしわかった。じゃあ…じゃがいもと人参と鶏肉とサラダかな?」

「たぶんそうだと思います。お米炊いたら一緒に出ましょう」


 彼が炊飯器に米をセットし、電源を入れたことを確認して家を出た。彼は一人暮らしのはずだが米の洗い方が雑だったので、追加で教える必要があった。

彼が言うには近くのスーパーまで歩いて十五分ほどらしい。それなりに歩くので彼が取ってきた服のなかで厚手の物を用意した。彼はいつも通りのリュックに、実家に放置してあった学ランを着ている。


 他愛もない話をしながら歩いていると、木の陰から急にスーパーが現れた。自然が元から多い山口ではツタの量も福岡に比べたらかなり多い。スーパーに入り、彼はお菓子コーナーに、私は生鮮食品コーナーに足を運んだ。状態のよさそうな肉を選び、じゃがいもと人参を取った。ついでに玉ねぎを選んでいると、不意に体が地面に打ち付けられた。背中から体温を感じる。しかし、その体温は確実に圭吾のものではない。毛むくじゃらの腕が私の両腕をつかみ、背中にはおぞましいものが当たる。

「動くな」

荒い呼吸音の隙間から聞こえた言葉は今までの何よりも恐ろしく感じた。全体重で押し付けられた私は抗こともできず、ただ叫ぶことしかできなかった。原始的な霊長類のような腕が背中を押さえつけ、もう片方の手はスカートのベルトをつかんでいた。このまま流れ通りに進むなら、死んだほうがましだ。そう思い、舌に歯を押し当てた瞬間、脳裏に圭吾の顔が思い浮かんだ。ああ、私は彼のことが好きになっていたんだ。そんなありふれた思いを最悪の状況で思い出しているとき、不意に轟音が鳴った。男の力が抜け、私に覆いかぶさる。這いずった状態で何とか脱出すると、圭吾が膝をついていた。


改めて、お疲れ様です

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