リロール
リロール 意味:再び転がる weblio様より
リロール 田島圭吾
ピピピピ…ピピピピ…
煩わしい着信音で目が覚める。公衆の面前で電話が掛けられても問題ないように設定した無機質的かつ無難な着信音は愛理からだった。
「おはよう、昨日はよく眠れた?」眠い目をこすりながら間抜けな声を出して彼女に話しかける。
「ええと、睡眠は問題ないのですが…時計、見ました?」
「いや、見てないけど…」
部屋に掛けてある時計を確認したが時刻は七時四〇分。そこまで遅い時間ではないはずだ。
「今日は何日かわかります?」
「記念日みたいな聞き方をするね。今日は十二月四日のはずだけど、どうかしたかい?」
「いえ、今日は十二月三日です」
妙なことを言うものだ。昨日は二日ではなく三日のはずだが。そう思いながらも、このフィクションのような世界ではそのようなことも起こりうると思い、スマホの画面を下から上にスワイプし、ホームボタンを押す。顔認証が行われないようにスマホを傾けながら画面を確認すると、確かに一二月三日だった。
「驚いた。本当に一二月三日なんだね。寝ぼけてるわけじゃないよね」
「そんなはずはありません。しっかりとシャワーまで浴びてきましたから。それともう一つ問題が」
一瞬の間が開き、彼女は少し恥ずかしそうに言った。
「この部屋から出られないんです。その…精算を行うための機械らしきものは見つけたのですが、この筒、どうすればいいんですかね…」
そう言われて彼女がまだ純粋な心の持ち主であることを悟った。高校生のうちからラブホテルの内部構造を把握している方が珍しいのだろう。自分も精算を行いながら同時に説明しようと思いエアシューターの方に向かったが、自分がいる部屋は自動精算機が付いていた。恐らく彼女の部屋はまだ改装前だったのだろう。
「俺も朝の支度を済ませたいから、またあとで連絡するよ。申し訳ないけど、あと一時間ぐらいゆっくりしてもらってもいいかな?」
わかりました、と彼女から応答が返ってきたのを確認して電話を切った。
洗顔と歯磨きを行い、彼女がシャワーを浴びていたのでなんとなく自分も浴びてみた。確かに、朝からシャワーを浴びるのは気持ちがいい。バスローブを脱ぎ私服に着替える。髪を乾かし、櫛でとき、精算をすませ忘れ物がないか確認する。問題なさそうだ。
一回のロビーに降りて、スタッフルームに侵入する。奥の壁にはエアシューターの受け取り口がずらりと並んでおり、手前には事務机とコンピュータが配置されおり、お金を並べるトレーもある。その横にはなぜかバールが壁にかけて置いてあった。彼女がいる部屋は、203号室だったはずだ。本来はエアシューターで現金を受け取り目の前にあるコンピュータで開錠するのだろうが、パソコンはスリープ状態になっていた。パスワードの入力を求められたが、付近にはパスワードのヒントになりそうなものはない。どうやらこの旧式のラブホテルの支配人の頭は旧式ではないようだ。事務机の引き出しは五つあり、机の底面に沿うように並んだ二つの引き出しの左側と、一番下にあるどの引き出しよりもサイズが大きい引き出しにはカギが設置されている。カギがかかってない引き出しには、ペンなどの筆記用具や車のキーなどの私物が入っており、一番下の引き出しは開錠されていたので中をのぞいたが棒金などしか入っておらず、部屋の鍵はどこにも見当たらなかった。仕方がないので埃をかぶったバールをカギがかかった引き出しの上部の隙間に突っ込み、ぐっと力を込めた。事務机の上部がぐにゃりと曲がり、レールから外れたのか、いともたやすく引き出しは落下した。天井の蛍光灯に反射した光が地面で跳ね、それがマスターキーであることを確認したら階段で二階まで上がり、203号室のカギを開けた。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「もう出られないのかと思いましたよ」
そう言った彼女は少し涙目になっていた。それでも健気に笑ってくれる表情はアスファルトに咲くタンポポのようだった。
ホテルを出て、横にあるコンビニでおにぎりを食べたころには時刻は九時を過ぎ、冬の海に反射する太陽光はきらきらと輝き始めていた。車に乗り込んでキーを差し込み、シートベルトを装着し、本州へ向かうために関門トンネルに向けて走り出した。とりあえず、山口に出たら実家に帰りたいと言うと、彼女は承諾してくれた。冬の海は静かにさざ波を起こし、小さな音をたてていた。私も彼女も都会の喧騒から離れ、自然に身をゆだねるように、何も話さなかった。そうこうしているうちに小さな市街地に入り、関門トンネルに侵入する。中は明るいがランプをつけると、彼女が小さな口を開いた。
「そういえば私、昨日ケガをしたんです。左の腕。だけど、今朝起きたらその傷はもう治っていました。普段なら跡が残るはずなんです」
「若いっていいね。けど、若さとは関係なく傷が治ったってことだよね?」
「はい。もしかしたら、私たちの体も時間が戻っているのかもしれません」
「なるほどね。そういえばさっき食べたおにぎり、賞味期限は問題なかったね」
「食糧問題は解決しましたね」
「何かそれで不都合が起こったりしないのかな」
「この世界の何が、どの程度、時間の巻き戻しに影響あるかですね。例えばこの車は昨日学校からお借りしている車ですよね?この世界の時間が巻き戻ったのなら、本来は学校に放置されているはずです」
「俺たちの体だってそうだよ。本来ならお互い自宅のベッドの上で目覚めるはずだ。もしかしたら…」
「私たちがこの世界の異物として、なにかよくない影響を及ぼしているかもしれない、と言いたいのでしょうか?」
「半分はそう。もう半分は…」
言いかけたところでトンネルから出た。明順応が起き目がくらむ。
「危ない!」
彼女がそう言った瞬間にブレーキを蹴りつけ、そのまま力をこめる。ABSが発動し、足にガガガガっと小刻みに振動が伝わるのを感じながら、振動の息の根が止まるまで足に力を入れ続けた。目が慣れたころには目の前に横転したダンプカーがあり、改めて交通整備されていない道路の恐ろしさを思い知らされた。
「ありがとう、愛理ちゃんがいなかったら俺たち死んでたね」
「いえ…ふう…」
彼女は息をととのえ額の汗をぬぐった。
「それで、もう半分って何です?」
「もしかしたら、俺たちは何かこの世界に期待されているのかもしれない。このツタに覆われたこの世界をどうにかしてもとの姿に戻す必要があったりしたら、ロマンチックだよね」
「だとしたら、もっと知識を蓄えた人間が必要でしょうね。私も、圭吾さんも物理学者でもありません」
「今はまだ何もわからないね」
そういって、一度緊張した体をほぐすために、車から出た。車を降りた彼女は少し不安げな表情を浮かべていた。そういえば、彼女が不安げな表情を浮かべるのはこれでまだ二回目だ。世界から人間が消えて、緑に覆われても、彼女は自然に振舞っていた。
「愛理ちゃんは強いね」
ふいに出た言葉が彼女に届いたとき、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。一滴、また一滴と涙が零れ、ついには泣き出してしまった。困り果てた私はどうすればいいかわからず、ただ横に屈み、小さな肩を抱くことしかできなかった。
リロール 中西愛理
命の危険にさらされ、心が少し不安定になっていたのかもしれない。急にかけられた優しい言葉は涙腺を優しくほぐし、私は人の前で泣いてしまった。彼はそんな私にも優しく背中をさすってくれた。こんな人ともっと早く出会えなかったことをただただ悔いていた。
「ずっと、誰かにやさしくしてほしいと思っていたんです」
嗚咽に交じり、なんとか口に出した言葉は自分でも驚くほど幼稚で単純なものだった。
「そっか。愛理ちゃんはずっと抱え込んでたんだね」
彼の言葉は的を射ていた。彼は私に、求めてた言葉を与えてくれた。自分にはない優しさ、おいしい料理、未来への希望、行動力、そして少し崩れた所。彼は私にはないものをすべて持っているような気がした。
しばらく泣き続けた後、泣き止んだ私は車に乗った。彼も車に乗り運転席から私を一瞥する。安堵した表情を浮かべ、シートベルトを着ける彼の姿は、父親のような優しい雰囲気を感じた。
車が発進し、道路の凹凸に揺られ、泣き疲れた私の意識は薄れ、深淵へと落ちていった。
なんでリロールなの?リスタートとかループとかでよくないって思ったそこのあなた。私もそう思います。恨むのは1年半前の自分




