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     田島圭吾


 声をかけた女性は、こちらを振り向き涙を浮かべていた。私も目から涙があふれ視界が朧げになった。手で涙をぬぐうと、彼女はもうそこにはいなかった。


 中西愛理。西園寺によると、彼女は私の上に落ちて、そのまま息を引き取ったらしい。息を引き取ったのは一二月三日、七時二一分あたりだと推測していた。

 

あのツタに覆われた世界で私たちは愛し合った。不思議な世界での出来事は私の中で薄れることはなく、あれから一〇年経過した今でも鮮明に覚えている。東京の六畳半の部屋で何度も彼女のことを思い出した。あれから何人かと交際をしたが、いつも彼女のことが脳裏にちらつく。私は彼女のことを親よりも、何より自分自身よりも愛していたのだろう。

そういえば明日は一二月三日だっけ。私たちの一〇年記念日になる。彼女に顔を見せてあげなければならないかな。そう思い、私は品川から小倉行の新幹線に乗った。

小倉の街は少しだけ姿を変えていた。火事が起きた商店街は復興し、新たな店ができていた。私が通っていた学校はすこし、寂れたようだ。AIが仕事の大半を担うこの世界ではプログラミングは人間の仕事ではなくなり、この学校で教えている科目はAIのメンテナンスなどになっていた。しばらく歩いていると、波止場にたどり着いた。時間は、深夜一二時。あの日と同じように月明かりが海に反射していてとても綺麗だった。

「会いに来たよ、愛理。きっと、寂しかったよね。一人にしてごめんね」

「でも、今日からはずっと一緒だよ。あの時約束したよね、結婚しようって」

ポケットから指輪を取り出した。一つを自分の左手の薬指にはめ、もう一つは固く握りしめた。

「ハンコは押せないだろうけど、これ。ここに置いておくね」

婚姻届けを地面に置いた。靴を脱ぎ、婚姻届けの上に置く。これで、風で飛んでいく心配はないだろう。


 冬の海は冷たく、すぐに私の体を冷やした。目を開くと、真っ黒な海は私のすべてを包み込み、そして。

 受け入れてくれた。

―ずっと、一緒だよ。

―もちろんです。圭吾さんならここに戻ってくるって、信じてました。大正解、ですね。

そんな声が、聞こえた気がした。


おわり


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 この小説はただ一人、私のために書いていたものになります。この小説を書いていた時だけは時間を忘れて、時には忘れすぎることもありましたが…活字の世界に、田島と中西の世界に溶け込み、自分を忘れることができました。

 この物語で誰かが救われる、なんてことはないかもしれませんしあるかもしれません。

 もしつらいなら、逃げ出したいなら、自分の創造の世界へ逃避行しましょう。木工でも、音楽でも、イラストでも、ビルツタのように活字でも。自分自身のために作り上げる作品は第一に自分自身を救ってくれるはずです。

 ビルツタを好きになってくれる人が一人でもいれば、私はそれだけで幸せです。

 最後に、ここまで読んでくださった皆様、途中で離脱しちゃったよ、という皆様…には届かないかもしれませんが貴方の時間を少しでも頂戴させていただいたこと、私の拙い自分自身のためだけの文章を読んでくださった優しさに、最大の感謝と愛をこめて、後書きとさせていただきます。

 皆様、よい夜をお過ごしください。

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