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ジャグル! ~凪浜学院ジャグリング部の活動記録~  作者: 風名拾
第1話「ようこそ、ジャグリング部へ」
9/9

1-8 輝きを、もう一度

「ふ〜! コツ、掴めてきたかも」


 夢中になると、あっという間に時間が過ぎていく。

 気づくと陽は西に傾いて、下校の時刻まであと少しとなっていた。

 架暖が3ボールシャワーに挑戦してから、15分が経過していた。

 最初の時よりも安定した軌道で、リズム良く投げることができている。

 惜しくも20キャッチには届かなかったが、短時間での成長を実感するには申し分ない収穫だった。


「ありがとね、ボール貸してくれて。めちゃ楽しかったよ!」

「私も楽しかったです! 初めてジャグリングをした時のこと、思い出して……」

 月紫は架暖からボールを受け取ると、大きく息を吸って、ゆっくり吐いて。

 それから真っすぐ前を向いて、口を開いた。


「……本城さん。私、あなたとジャグリングがしたい。クラブパッシングのステージに、一緒に立ってほしいんです……!」

「くらぶ、ぱっしんぐ?」

 架暖には聞き馴染みのない単語だ。

 横歩きのカニさんが通り過ぎていく、そんな光景が架暖の脳裏をよぎった。

「複数人でクラブを投げ渡し合う、トスジャグリングの一種です」

「それを……あたしと?」

「はい。私、本城さんのボールを見て確信しました。あなたとなら、きっと、息が合う。だから……」


 ――それはまるで、運命の告白のように。

 月紫は顔を紅く染めながら、震える唇を動かした。


「是非、ジャグリング部に、入っていただけないでしょうか……?」


 架暖の顔を直視できずに、月紫は深々と頭を下げる。

 それは月紫にとって、紛れもなく、一世一代の勇気を振り絞った勧誘だった。


 その覚悟を、架暖は真摯に受け止めてから、こう言った。


「ごめんなさい! ちょっと、考えさせて」


 それを聞いて、ヘニャヘニャと肩を落とす月紫。

 緊張の糸が切れた様子はまるで、水分を失って(しお)れた草花のようだ。

 ――しかし、そんな落胆も束の間。


「明日には、必ず返事をするからさ。待っててもらえる……かな?」

「え…………」

 月紫の瞳に、再び希望の光が射し込んだ。

 架暖は続けてこう言った。

「この選択はあたしにとっても、深山さんにとっても、大切なことだと思うから。ちゃんと考えて答えを出したいんだ」

「ごめんなさい、私としたことが早とちりを……。もちろん、お返事は明日で構いません!」

「ありがと!」

 架暖は柔らかく笑って、ぴょんと跳ねる。

「では、明日の放課後。中学校舎の中庭で、お待ちしていますね」

 月紫は年相応の少女らしい表情で、はにかんだ。



 その日の夜のこと。

 架暖は目を瞑って、今日の出来事を思い返していた。

 絶え間なく降り注ぐシャワーの飛沫を、顔面で受け止めながら。


 ――弾ける水音は、ホワイトノイズによく似ている。

 その音に包まれている間の、意識が世界から切り離されるような感覚が、架暖は好きだった。


 月紫との出逢い。ボールの感触。初めてのジャグリング。再び感じた熱い拍動。

 ……そして、彼女がかけてくれた言葉の数々。

 雑念が洗い流されてゆくにつれて、心に浮かぶ(もや)の輪郭が明らかになっていく。


「あたしに、できるのかな…………」

 不安がないかと言えば、嘘になる。

 架暖にとって、ジャグリングはまるで未知の世界だ。

 反射神経が活かせるとはいえ、全てが上手くいくとは到底思えなかった。

 不運が重なれば、ソフトボールの二の舞いになる恐れだってある。

 新たに選んだ夢の途中で、さらなる挫折を味わうことになるかもしれない。


 ――だとしても。

 きっと大切なのは、できるかどうかじゃない。

 あたしが心から、やりたいと思えるかどうかだ。


 架暖はシャワーの水を止めると、片脚ずつゆっくりと湯船の水に浸した。

 そのまま肩まで体を沈めて、大きく息を吐く。


 ――もう自分の気持ちを騙すのは、これで終いにしよう。

 血潮に宿る、内なる熱が教えてくれるから。

 本城架暖(あたし)はこの道を、進みたいと願っているのだと。


 浴室を漂う白い湯気が、風に揺られて薄くなってゆくのを、架暖はじっと見届けるのだった。



 翌日。

 雲ひとつない晴空に、放課後を告げるチャイムが鳴り響いた。


 藤沼友香里はこの1週間ずっとそうしてきたように、後ろの座席を振り返った。

 ――机に突っ伏しているお寝坊さんを、叩き起こしてあげないと。

 しかし、その憂慮は不要に終わった。

 本城架暖と目が合ったのである。


「……わっ!」

 友香里はオバケでも見たかのように、思わず椅子から飛び上がった。

「どしたの? あたしの顔、何かついてる?」

「大丈夫、気にしないで」

 友香里は肩をすくめると、安堵の息を吐きながら目を細めた。

「やっと目が覚めたのね、お寝坊さん」

「なに言ってるの。今日は寝てないし」

「――知ってるわよ」

 架暖に冗談や皮肉が通じないことも、友香里は織り込み済みである。


「そうだ、聞いてよ友香里! あたしね、入る部活決めたんだ」

「ふーん、良かったじゃない」

 架暖の表情を見れば聞くまでもない、という風に澄まし顔をする友香里。

 その口許(くちもと)からは、隠しきれない喜びが滲み出ていた。

「問題です! 本城架暖は、いったい何部に入るでしょ〜か?」

「もう。もったいぶらずに教えなさいよ」

「えへへ、それはね――」



 それから程なくして。

 中学校舎の中庭では、ジャグリング部の上級生たちが、体験用の道具を部室から運び終えたところだった。

 いよいよ今日から、本格的に部活動がスタートとなる。

 とはいえ新入部員が自分の担当道具を決め、自分用のものを購入するまでは、引き続き貸し出しが行われる。


「よいしょ……っと」

 副部長の璃玖(りく)が、体験用のディアボロが入ったカゴを降ろして一息つく。月紫と茉姫(まき)もそれに続いた。

 茉姫は中庭をグルリと見回すと、満足そうに頷き微笑した。

「――来てくれたみたいね、新入生」

 

 その声を聞いて、月紫も茉姫の視線を追いかける。

 中庭には中学生部員の他に、入部希望者と思しき新入生が2人集まっていた。

 初々しい雰囲気からして、どちらも中学1年生のようである。

 昨日勧誘をした架暖の姿は、まだ見えない。

 月紫は落ち着かない胸の内を悟らせないように、部活の準備を再開しようとした――その時。


「すみませ〜ん! 遅れました!!」


 元気いっぱいの声が中庭に響く。

 月紫が振り向くと、そこには手を振る彼女の姿があった。

「本城さん……!」

 月紫の頬が思わずほころぶ。

 架暖は競歩の如き早歩きで、月紫の所まで近寄った。

「中学校舎で迷子になっちゃって……。でも、もう大丈夫!」

 自信満々に胸を張る架暖。

 その表情からは、月紫が昨日感じていた迷いが、綺麗さっぱりと消え去っていた。


「あたし、決めたよ。高校から新しいことにチャレンジするって」


 本城架暖が再び情熱を生み出すための、新たな夢。

 それは受験のように、必要に迫られての目標ではなく。

 ましてや、他人の目を気にして選んだ未来でもない。

「心から自分がやりたいと思ったことに、全力で取り組みたいから」

 ――そうすることでしか、この心の渇きは、きっと癒せない。

 だからこそ架暖はこの選択に、青春を懸けると決めたのだ。


「深山さんと一緒に、ステージに立つ。それが今のあたしの、新しい夢」

「はい…………!」

 月紫は瞳を潤ませて、力強く頷いた。

 他の部員たちが見守る中、架暖は月紫の手を取ると、真剣な表情で告げるのだった。


「だから、あたしにジャグリングを教えて! あたしと、ジャグリングをしてください――!」


 そんな眩しい決意表明を、月紫は真正面から受け止めた。

「勿論です、本城さん! 分からないこと、何でも聞いてくださいね。私が全身全霊サポートしますから。これから、よろしくお願いいたします!」


 架暖は月紫に手を引かれるまま、中庭の中央へと(いざな)われる。

 春の陽光に照らされた2人の姿は、まるでキラメキを纏っているかのように、烈しく輝いていた。


「ようこそ、ジャグリング部へ」

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