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ジャグル! ~凪浜学院ジャグリング部の活動記録~  作者: 風名拾
第1話「ようこそ、ジャグリング部へ」
8/9

1-7 初めての3ボール

「ジャグリング……って、あたしが!?」

 架暖(かのん)は耳を疑って、思わず訊き返した。


 ――ジャグリングを、やってみませんか?

 深山(みやま)月紫(つくし)と名乗る同級生からの、突然の提案。

 それは架暖にとって、まるで未知の領域への招待状だった。


「ムリムリムリ! あたしにジャグリングなんて、無理ゲーだよ!」

 とっさに両の手のひらを前に出して、ふるふると首を振る架暖。

 つい先ほど部活体験会で、イヤというほどセンスのなさを実感させられたばかりなのだ。

「ボールを5つも落とさずに投げ続けるなんて、神業だよ! あんなことできちゃう深山さん、ほんとにスゴすぎだから!」

 架暖が尊敬の眼差しを向けると、月紫は顔を赤らめて俯いた。

「そんなこと、ないですよ。私もまだ練習中で、見せられるような状態では……」

 恥ずかしいところを見られてしまった、と言わんばかりに月紫はもじもじする。

 架暖は勢いを緩めることなく、素直な気持ちを言葉にした。

「それでも、ほんとにスゴいと思ったの! あたしには、できるイメージがまったく湧いてこないっていうか――」

「それはこちらのセリフです!」

 月紫が負けじと声を張り上げたので、架暖は目をパチクリした。


「私でもリカバリーできないようなボールを、すべてキャッチしてしまうなんて。スゴいのは、本城さんの方ですよ!」

「ふへへ……。お褒めにあずかり光栄でござい」

 照れ隠しなのか、口調が古めかしくなる架暖。

 このチャンスを逃すまいと、月紫はすかさず畳み掛けた。

「その驚異的な反射神経があれば、きっとジャグリングにも活きると思うんです」

「うーん、でも……」

「最初から5つで、なんて無茶ぶりはしないですから。まずは、ボール2つで試してみませんか?」

 月紫の瞳は、期待に満ちてキラキラと輝いている。

 その曇りなき純粋な眼差しに押されて、架暖はおもむろに手を差し出した。


「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ、やってみようかな」

「――ありがとうございます! はい、どうぞ」

 月紫から手渡されたボールは白く、かすかに光沢を放っている。

 ツルツルとした手触りが、ソフトボールに慣れ親しんだ架暖にとっては新鮮に感じられた。


 架暖は左右の手に1つずつボールを握ると、頭の中で投げる手順をイメージした。

 ――ボール2つであれば、なんとなくお手玉の要領でやれそうな気がする。

「よしっ」

 架暖は覚悟を固めると、右手のボールをひょいと宙に投げ上げた。

 その直後、左手のボールを素早く右手に持ち替える。

 そうして空いた左手で、落ちてくるボールをキャッチ。これで1サイクルだ。

 意外といけそう――と思いながら、架暖は基本のサイクルを繰り返してみせた。


 ボールをキャッチするたびに、その内側からシャカシャカと砂の音がする。

 内部の砂が移動することで、重心を低く保ち安定感を実現しているのだ。

 このような特徴を持つボールは、ロシアンボールと呼ばれている。

 布製のボール「ビーンバッグ」と並び、トスジャグリングでは一般的な道具だ。


 架暖の2ボールジャグリングを、月紫は嬉しそうに見守っていた。

「こんな感じで合ってる……?」

「はい、バッチリですよ」

 月紫の言葉には、確かな温かさと力強さがあった。

 ――お世辞などではなく、素直な感想を伝えてくれている。

 その誠実さは、渇いていた架暖の心を優しく潤し、傷を癒す力を備えていた。


 本城架暖という少女が本来、魂に秘めていたチャレンジャー精神。

 その片鱗に、今再び、火が(とも)ろうとしていた。

  

「もう1個、増やしてみてもいい?」


「もちろんです!」

 月紫は待っていましたと言わんばかりに頷くと、3つ目のボールを架暖に手渡した。

「ありがと。じゃあ、やってみるね」

「あ……」

 月紫が3ボールの手順を教えようと、口を開くその前に。

 架暖は右手に持っていたボールを1つ、また1つと続けて投げ上げた。


 同じ軌道を描いて舞う2つのボール。

 その隙に、左手のボールを空いた右手へ受け渡す。

 架暖はボール2つの時と同様の操作を、より素早いテンポで繰り返した。

 左回りに循環する3つのボール。

 ルーラーの三角形のような軌跡を宙に描いてゆく。


「うそ…………!?」

 月紫は目を瞠り、信じられないというように口許を押さえた。

 初めての3ボールとは思えない、正確なコントロール。

 だが、月紫が驚いた理由はそれだけではない。


「あ…………っ」

 10回目のキャッチの後、軌道が逸れて架暖はボールを取り落とした。

 急いでボールを拾い上げ、土汚れを指で払いながら息を吹きかける。

 それから架暖は、目の前で固まっている月紫に声をかけた。

「どう、かな……? 上手くできてた?」


 月紫は我に返って瞬きをすると、噎せるように言葉を洩らした。

「あのっ! 本当に、初めてなんですよね……!?」

「う、うん。こんな感じかな〜って、ノリと勢いでやってみたんだけど……。あってたかな?」

「あっているも何も……できすぎていて、怖いくらいですよ! カスケードではなく、いきなりシャワーを形にしてしまうなんて!」

 興奮気味の月紫に対して、小首を傾げる架暖。

「かすけぇど……シャワー……?」

「つまりですね、本城さんは今、10級の基本技をスキップして、いきなり5級の技に挑戦してしまったんです! それでいてその安定感、もう、激ヤバですよ!」

 3ボールでシャワーを、20キャッチ。

 ジャグリング検定5級の合格条件のひとつである。

 10キャッチだと合格には届かないが、正しく技の感覚を掴めている状態と言えるだろう。

 ――練習すれば、すぐに習得できる。月紫の目には、そう映った。


「激ヤバって……えっへへ。よく分かんないけど、飛び級レベルってことなら自信わいてきちゃうね!」

 月紫にベタ褒めされ、架暖は多幸感に包まれてホクホクし始めた。

「本城さん。あなたには、ジャグリングの才能がある。私が保証します」

「そ、そんな大袈裟なぁ。でも――」

 才能があるかどうかは、まだ架暖には分からない。

 しかし確かに、ある変化が生じた兆しを、架暖は感じ取っていた。


 ――たとえ、足が動かなくとも。

 この手は、まだボールを投げ続けていたい。

 そんな身体の叫びが、架暖の内でこだましていた。


 ……ああ、そうだ。

 初めてなのに、無性に懐かしい。

 情熱の炎に全身が()き動かされるような。

 ――忘れかけていた、この感覚は。


「楽しい、かも」


 架暖の口から、不意にこぼれた言葉。

 それは、月紫が待ち望んでいたものだった。


「本当……ですか?」

「うん。心臓(ここ)にビビっときたっていうか。なんだか、熱くなってきちゃった」

「そう思ってもらえて、嬉しいです! とっても楽しいんですよ、ジャグリングって」

 月紫は背を伸ばして、空を見上げる。

「できそうになかった技が、練習を重ねるたびに、少しずつできるようになっていく。成長が目に見えて体感できるので、頑張り甲斐があるんです」

「そう聞くと、意外とスポ根だなぁ……」

「そうなんです。一応、文化部なんですけどね」


 汗を流せる文化部。

 それは、まさに架暖が求めていたものだ。


 ああ――この熱を、まだ絶やしたくない。

 全身に血が巡るこの高揚を、もっと感じていたい。


 架暖はボールを再び構えると、月紫に問いかけた。


「もう1回、やってみていい?」

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