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ジャグル! ~凪浜学院ジャグリング部の活動記録~  作者: 風名拾
第1話「ようこそ、ジャグリング部へ」
7/9

1-6 伸ばした手が繋ぐもの

 ――知らない子に、ボールの練習を見られている。


 月紫がその視線に気付いた途端、集中力がゆらりと乱れた。

 直後、校舎裏を春風が吹き抜けて、ボールの軌道が大きく逸れる。


「ひゃ…………っ!」


 月紫はリカバリーをしようと一歩踏み出したものの、手元が狂ってボールを前方へ投げ上げてしまった。

 キャッチできないほど遠くの位置へ、飛んでいく5つのボール。

「あぁ……」

 よりによって、みっともないところを見られてしまうなんて。

 月紫が不甲斐なさを噛み締めた、その時。


 こちらを窺っていた少女が、勢いよく物陰から飛び出した。


 くりくりとした大きな眼。

 可愛らしさと格好良さを兼ね備えた容姿。

 小柄ながらも、オレンジがかった茶髪のボブヘアが強く目を惹く。

 彼女は猫のような素早さで、ボールの落下地点を目掛けて地を蹴って、手を伸ばした。


「…………うそ……」


 ロシアンボールが地面に落ちる、その直前。

 少女の救いの手が、優しく差し伸べられたのだ。

 それも、ひとつも取りこぼすことなく。


 ――あの位置から一瞬で距離を詰めて、そのうえバラバラに落ちるボールを5つ、全て回収してみせるなんて。

 それはボール歴4年目の月紫にとっても、信じられない早業だった。

 驚きと感銘を込めて、パチパチパチと手を叩く。

 大技が成功したら拍手を贈るのは、月紫の習慣になっていた。ステージ鑑賞時のお作法である。


「えへ、へへへ……」

 少女は照れくさそうに笑うと、スススと進み出て月紫にボールを差し出した。

「お邪魔しちゃってすみません! 練習、頑張ってください〜!」

 月紫がボールを受け取るや否や、少女は早足に練習場所を去ろうとする。


 ……その瞬間。

 月紫の中で、得体の知れない何かが弾けて、全神経を駆け巡った。


 ――このまま彼女の背中を見送ったら、私はきっと、一生後悔する。

 それは予感か、あるいは直感か。

 まるで最初から、巡り逢うことが定められていたかのように。

 隣り合うパズルのピースが、パチリと繋がる、あの感覚。

 人はそれを、運命と呼ぶのかもしれない。


「…………あの!」


 初対面の相手を呼び止めるという行為は、普段の月紫では考えられないことだった。

 その覚悟のこもった声を聞き、足を止めて振り返る少女。

 月紫は己の大胆さに驚きながらも、ありったけの勇気を振り絞って、喉の奥から言葉を紡ぎ上げた。

 

「ジャグリングに、興味ありませんか……?」



「え…………」


 少女は突然の勧誘に、きょとんとした表情を浮かべている。

 つかの間の沈黙が、ふたりの間を吹き抜けた。


「あわわ……す、すみません! 私、その、えーと……怪しい者ではなくてですね……」

 月紫は記憶の糸を辿りながら、話すべき事柄を思い起こす。

 呼吸を整えると、穏やかな口調でこう言った。

「私は深山月紫(みやまつくし)。ジャグリング部所属の高校1年生です」

 月紫の自己紹介を聞いて、少女は丸い目をいっそう丸くする。

「同級生!? オトナな印象だったから、てっきり先輩かと……」

「そ、そうですか……?」

 月紫は眉をハの字にしながら、まんざらでもなさそうに微笑んだ。


「あの……お名前、伺ってもよろしいですか」

「あたし? あたしは本城(ほんじょう)架暖(かのん)。よろしくね!」

 小動物のような笑顔を咲かせる架暖。

 月紫は頭の中で、彼女の名前を繰り返し発音した。

 ――ほんじょう、かのん。

 その響きには、不思議と記憶の奥深くに融けるような心地良さがあった。


「もしかして深山さんって、同い年にも丁寧口調で話すタイプの人?」

「は、はい……。この話し方が染み付いてしまって。なんか、すみません……」

「謝らないでよ! 育ちの良さをお裾分けしてもらってる感じがして、ちょっとテンション上がっちゃった」

 そのままでいてね、と念を押す架暖。


 緊張がほぐれたところで、月紫は早速、気になっていたことを架暖に質問した。

「本城さんは、高校入学組ですよね?」

「そうだよ! 入学したばかりで、迷子になっちゃって……」

「やっぱり……!」

 月紫がそう推測した理由は2つある。

 中学3年間で一度も、本城架暖という名前を耳にしたことがなかった――というのが1つ目の理由だ。

 しかし凪浜学院中等部では、1学年の生徒数は約160人にもなる。そのため、同じクラスになったことのない同級生も多い。


 そこで2つ目の根拠が、月紫の判断を後押しした。

 架暖の制服が、新品同然の輝きを放っているという事実。

 同学年かつ入学したばかりなのだから、高校入学組であると考えるのが自然な流れである。

 だからこそ、月紫は望みをかけて勧誘に踏み切ったのだ。


「部活って、もう決めましたか?」

「ううん。まだ、決まってなくて……」

「そうなんですね――」

 これはチャンスだ、と月紫は制服のタイを引き締める。

「先ほどボールをキャッチした際の、軽やかな身のこなし……。何かスポーツの経験が?」

「ソフトボールをやってたんだ、中学で」

「なるほど……」

 ボールの軌道を予測し、即座に反応してキャッチする瞬発力。

 ソフトボールで鍛えられた反射神経は、ジャグリングという分野でも強力な武器となる。

 特にボールというトスジャグリングであれば、なおさらだ。


 月紫の中で、ひとつの仮説が組み上がっていく。

 「捕る方」の腕前が抜群なら、もしかすると「投げる方」も――。

 

 月紫は手元のボールを3つ選ぶと、架暖の前に差し出して、こう言った。


「もし良かったらなんですが……ジャグリング、やってみませんか?」

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