1-4 奪われたユメ
同時刻。放課後の美術室では、美術部の部活体験会が開かれていた。
クロッキー用紙に、各々が自由なテーマで絵を描いている。
「とても個性的ね……芸術家魂を感じるわ」
美術部の部長は足を止めると、架暖が描き上げた作品を覗き込んで目を細めた。
「ほ、本当ですか!?」
架暖は期待に満ちた面持ちで、部長の顔を見上げる。
「キュビズムで描かれたスフィンクスの姿。荘厳な佇まいに神秘性が宿っているかのよう――」
「これ、近所のネコを描いた……つもり、なんですけど……」
「………………」
部長は大きく目を見開いて、眼鏡を鼻にかけ直した。
ポカンと開いた口から、二の句を継げずにいる。
「えへ、ふへへ…………」
架暖は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさと無力さを噛み締めていた。
――文化部は、他にも沢山ある。
何かひとつくらい、自分に合う部活動があるはずだ。
ハートにビビッとくるような、そんな部活が――。
そんな架暖の切なる願いは、その後2時間をかけて、儚くも緩やかに打ち砕かれていった。
「はぁ…………」
架暖は校庭のフェンスに手をついて、溜め息を吐いた。
文芸部。軽音部。生物部。俳句部。華道部。吹奏楽部。料理研究部、などなど。
様々な文化部を見学して回った架暖は、ひとつの結論に辿り着いたのだった。
――あたしに文化的活動は、やっぱハードルが高すぎるよ!
悲しいことに架暖のセンスは、運動神経を除くと軒並み壊滅的といえる状態だ。
喩えるなら、スキルポイントを筋力と素早さに割り振り続けて、ステータスが歪んでしまった物理特化タイプ。
そう。これまで架暖は、運動一筋でやってきたのだ。
――中学の、あの日までは。
校舎から逃げるようにして辿り着いたグラウンド。
中学校舎と高校校舎に面したその場所では、運動部員たちが大声を出しながら活動に励んでいる。
その中には、ソフトボールに勤しむ友香里の姿もあった。
掛け声に合わせて走り、球をキャッチしては投げ返している。すでに部に溶け込んでいる様子だ。
彼女の投げた速球が相手のグローブに沈み、パシンと小気味良い音が響く。
友香里の球の重みを、架暖は思い出していた。
中学時代、ふたりはソフトボール部内で一目置かれた存在だった。
誰よりも投げるのが上手な友香里と、誰よりも捕るのが上手な架暖。
それぞれピッチャーとショートとして、防御の要を担っていた。
ふたりの連携によって防がれた盗塁は数知れない。
架暖の研ぎ澄まされた反射神経は、重要な局面で幾度もダブルプレーを成功に導いた。
どんな軌道で飛んで来ようが関係ない。
守備範囲内の球は、必ず捕って、投げ返す。
――それが本城架暖にとって、青春の全てだったのだ。
その時、ガシャンと音がした。
架暖が顔を上げると、目の前にボールが転がっている。
誰かの打ったボールが、フェンスに当たって落ちたようだった。
架暖は反射的に、そのボールに手を伸ばそうとして、途中でハッと我に返る。
フェンスの硬く冷たい感触が、覆ることのない隔絶を物語っていた。
――こんなにも近いのに、あたしの手は届かない。
もう二度と、届くことはないのだ――と。
分かりきっていたはずなのに。
頭では理解したつもりでいたのに。
……どうして、こんなにも心がざわめくのだろう?
架暖の脳内で、フラッシュバックする記憶の欠片。
「右脛骨の骨膜炎、いわゆるシンスプリントですね」
病院の先生に告げられた、あの言葉。
「かなり重症化してしまっているようですね。これ以上足関節に負荷をかけると、最悪の場合、疲労骨折ということもあり得ます」
検査結果の報告は、架暖には外国語のように感じられた。
「慢性化を避けるためにも、激しい運動――特にランニングは控えてください」
「あの……先生、ソフトボール部の活動は……」
「今の症状で運動部を続けるのは、難しいでしょう。数ヶ月は安静にお願いします」
この時に架暖は初めて、目の前が真っ暗になるという感覚を体験した。
中学3年生の春。県大会への出場を諦めるほか、架暖に選択肢はなかった。
辛抱の末、右足の痛みが消えるまでに3ヶ月。
それからソフトボール部への復帰を果たし、1ヶ月後。
その痛みは、再び絶望をもたらした。
大学病院での精密検査の結果、難治性シンスプリントとの診断が下された。
「この影が異常血管、痛みの原因です」
異常に発達した血管が神経を刺激し、慢性的に足の痛みを引き起こしてしまうのだという。
「運動器カテーテル治療という新しい方法なら、根本治療が可能です。ただ、保険適用外の治療法になりますので……」
母親と医師の会話が続く中、架暖はひとつの恐れを飲み込めずにいた。
――もし治療が上手くいっても、再発しないという保証はない。
あたしが走り続ける限り、また痛みに襲われるかもしれないんだ。
……このまま、怯えながら走るくらいなら。
学生時代限定の短い夢を、終わりにしてしまった方が、きっと良い。
そう、それが、きっと賢い選択なんだ――。
それから程なくして、本城架暖はソフトボール部を辞めた。
中学生最後の夏が終わりを迎える、やけに蒸し暑い日のことだった。