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ジャグル! ~凪浜学院ジャグリング部の活動記録~  作者: 風名拾
第1話「ようこそ、ジャグリング部へ」
3/9

1-2 先輩たちは注目の的

 凪浜学院ジャグリング部の活動は、授業日の放課後に行われる。朝練はない。

 平日ではなく授業日と表現したのは、土曜日の午前中にも授業があるためだ。

 活動場所は、中学校舎1階の中庭。

 部員たちは授業が終わるとそこへ集まって、各自練習に取り組む。

 そして17時頃になると、終わりの挨拶をして下校するというのが普段の流れだ。


 4月上旬、体験入部の期間は例外的に、準備と後片付けの時間を設けている。

 体験用に貸し出すジャグリング道具は部室棟で管理しており、活動のたびに運び出す必要があるのだ。

 部室棟から中庭までは片道3分程度だが、途中に階段があるので運搬の往復カロリーは高めである。


 中庭には人工芝が敷かれており、その広さはテニスコート1面分より少し狭いくらい。

 人工芝は道具を落としてもダメージが少ないため、ジャグリングの練習には向いている。

 唯一のマイナス要素を挙げるとすれば、雨の日に芝が水を吸ってしまう点だろう。

 そんな日は中庭の隅で雨を避けながら、こじんまりと練習をするのが恒例となっている。


 今日の天気は晴れ。

 芝もよく乾いており、絶好のジャグリング日和だ。



 「ジャグリング体験、ありがとうございました……!」


 深山月紫は返却されたディアボロを手に、笑顔で新入生を見送った。

 筒にハンドスティックを片付けるため、その先端から垂れる紐を揃えて巻き付けてゆく。

 紐を巻かずにそのまま仕舞うと、他のスティックの紐と絡まって大惨事になることを、月紫は身をもって知っていた。

 もう二度と、あの絶望的な結び目パズルを解かずに済みますように――。


「いつも綺麗に片付けてくれて、本当に感謝するわ」

 凛とした透き通るような声が、月紫の耳に染み渡る。

 振り向くと、そこにはスラリとした長躯の女子生徒が立っていた。

 姫カットの黒髪は肩より少し長く、切り揃えられた前髪から涼し気な目元が覗いている。


「お疲れ様です、茉姫(まき)先輩」


 竹野(たけの)茉姫(まき)は、月紫の1学年上の高校2年生だ。

 去年の冬、戸鞠つぐみが次の部長に任命したのが彼女だった。

 眉目秀麗にして文武両道。まさしく優等生の鑑である。

 そのあまりの完璧さに、近寄りがたい印象を感じている者も少ない。

 入部当初から関わりのある月紫でさえ、丸3年経った今でも、茉姫との会話には緊張してしまうほどだ。


「デビルスティックの方は……?」

 茉姫はデビルスティックを担当道具としており、部内で一番の腕前を持っている。

「さっきの子で最後だったわ」

 ――もっと教えたかったのに、と肩を落とす茉姫。

 残念ながら、入部を希望してもらうには至らなかったらしい。

 ジャグリングを観て興味を持ったとしても、実際に自分でやってみると、面白さより難しさを感じてしまう人は少なくない。

 その最初の数歩が、他の部活動と比べるとハードルが高いのは事実だ。


「それにしても、今日もディアボロは大盛況ね」

「本当に、ディアボロの人気には敵いませんね……」

「ボールより物珍しく、デビルスティックより基本技(アイドリング)が簡単だもの。初めてのジャグリングにうってつけなのは確かね」

 ディアボロは手順通りにスティックを操れば、ものの数分でコマ本体を回転させられるようになる。

 さわりだけ体験する場合には、他の道具よりも達成感を得やすいのが初心者に人気の理由だ。

 初心者が操っている様子を見て、自分にもできるかもと感じた人々がさらに集まってくるので、最終的に大所帯となるのだろう。


「とはいえ、ディアボロだけの人気ではないような気もするけれど」

 茉姫はそう言って、ディアボロ体験コーナーの方を見遣った。

 5名の新入生たちが、キャッキャと初めてのディアボロを楽しんでいる。

 その中心でディアボロを教えているのは、副部長の五十嵐(いがらし)璃玖(りく)だ。

「右から左に転がして……左手を固定しながら右スティックを小刻みに上げる! そうそう、上手じょーず!」

 文字通り手取り足取り、新入生の背後から両腕を支えるようにして、ハンドスティックの動かし方を伝えている。


「……ちょっと距離感が近すぎないかしら?」

「同感です」


 璃玖ほどにイケメンムーブが堂に入っている女子校生を、月紫は知らない。

 それでいて本人は無自覚というのだから、恐るべしだ。

 明るい色のミディアムヘアを、後頭部の低い位置で無造作に縛っている姿は、バスケ部に匹敵するスポーティな爽やかさがある。


 ファンクラブが存在するという噂も、あながち嘘ではないのかもしれないと、月紫は心の中で頷いた。

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