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ジャグル! ~凪浜学院ジャグリング部の活動記録~  作者: 風名拾
第1話「ようこそ、ジャグリング部へ」
2/9

1-1 眠れる子猫

「おーい、架暖(かのん)。架暖ってば!」


 不意に、架暖の耳元で大きな声がする。

「ほら、起きなさい。もう授業終わったわよ」

「う、うにゅ…………?」

 本城(ほんじょう)架暖(かのん)がノソノソと腕枕から顔を上げると、目の前には藤沼(ふじぬま)友香里(ゆかり)の呆れ顔があった。

「いま、何時……?」

「時計くらい自分で見なさいって」

 架暖は寝ぼけ眼を擦り、教室の壁に掛けられた時計を見遣る。

 時刻は15時を回っていた。6時間目の授業は、知らぬ間に終わってしまっていたらしい。


 ――でも下校するには、まだ早いな。

 架暖はそう判断すると、再び腕枕の上に顔を沈めた。

「もうちょっとだけ……ムニャムニャ」

「ちょっと! 二度寝する気!?」

 友香里は力いっぱい架暖の肩を揺さぶった。

「入学式から1週間。見て見ぬふりをしてたけど、もう我慢の限界だわ!」

「寝る子は育つんだよぉ。成長のジャマしないでよ〜」

「いいえ、今の架暖は成長どころか停滞の真っ最中よ」

「停滞期……? あたしダイエットはしてないよ?」

「それは羨ましい……じゃなくて! 私のよく知る本城架暖は、どんなことにも全身全霊、全力投球の挑戦者(チャレンジャー)だったじゃない!」

「うーん、そんな時期もあったかもしれない、ような気がする……」

「それが今は何? 野生を忘れた猫みたいにフニャフニャして……。本当にどうしちゃったのよ?」

「燃え尽き症候群ってやつ? 受験で全エネルギーを使い果たしたから、今は充電期間なの」


 架暖と友香里はこの春、同じ中学から私立凪浜女子学院の高等部に入学した。

 凪浜学院は都内で名の通った進学校で、その歴史は創立24年と比較的新しい。

 昔ながらのお嬢様学校という雰囲気ではなく、生徒の自主性を重んじる自由な校風で知られている。


 中学時代にクラスメイトだったふたりが、高校のクラスまで一緒になったのは、実はそう驚くことではない。

 高校1年の全6クラスのうち、4組までが内部進学組、残りの2クラスが高校入学組と別れているからだ。

 内部進学組は中学の間に先取り学習をしているため、高校入学組は1年間かけて別カリキュラムで追いつく必要がある。

 そのため高校入学組のふたりが同じ1年5組になれたのは、ちょうどコインで表が出るくらいに自然な結果なのだ。

 それよりも、狭き門である高校受験の枠に、ふたり揃って合格したことの方が何倍も運命的といえる。


「まあ……受験は確かに大変だったわね。特にあんたはC判定からのスタートで、よくやったと思うわ」

「ふへへ…………。もっと褒めていいよ」

「でもね! あれだけ頑張って掴み取った夢の高校生活を、どうして満喫しないワケ?」

 信じられない、とでもいうようにヒンヤリとした眼差しを向ける友香里。

「高校でやろうと思ってたこと、何かないの?」

「うーん、特には……」

「なら、どうして凪浜受けたのよ。架暖の家からだと電車で結構かかるでしょうに」

「それは……友香里の第一志望だったから。一緒の高校、行きたかったんだもん」

「は!? 何それ、初耳なんですけど!?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「……ほんと、妙なところで思い切りいいんだから」

 友香里は溜息を吐きながら、右頬を指先で掻いた。


「とにかく! このままではマズいって、危機感を持ったほうがいいわ。勧誘期間を寝て過ごしていたら、帰宅部まっしぐらよ!」

「うーん。部活、かぁ…………」

 歯切れの悪い返事をする架暖に対して、申し訳なさそうに俯く友香里。

 そんな友香里の姿を見て、慌てて架暖は質問を返す。

「友香里はハンドボール、続けるんだよね」

「え、えぇ。このあと体験入部に行ってくるわ」

「友香里の豪速球なら、高校でも活躍すること間違いなしだよ! あたしが保証する」

「……あ、ありがとう」

 急に褒められたので、友香里は目をパチクリさせて頬を赤らめた。


「じゃあ私、もう行くわよ。二度寝はダメだからね!」

「は〜い」

 小走りに教室を後にする友香里。

 足音が遠くなり、残響も聞こえなくなった頃。


 架暖はひとり、寂しげに微笑んだ。


「……あたしの分まで、頑張って」

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