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深淵の墓守令嬢  作者: Bell
序章
5/13

辺境伯家の追放事情・5

 シュドラ迷宮での調査から六日。


「お久しぶりです母上。スヴィアも久しいね」


 実母イヴと共に親交のある貴族家での晩餐会へ出席し屋敷へと帰宅したスヴィアを出迎えたのは、ベレグ子爵家から呼び戻された実兄のロカルトだった。


「あらロカじゃない、しばらく会わないうちに随分と大きく…いや変わって無いわね。ラーズリちゃんに迷惑は掛けていない?誰彼構わず女性を口説いたりしてないでしょうね」


「母上、積もる話はまた後程。スヴィア、今から少し話せるかな?」


 ロカルトは母親からの怒涛の追及を誤魔化すと、そうスヴィアを呼びつける。

 

「お久しぶりです、兄様。これから父様に晩餐会の報告に上がらないといけないので、後にして頂けますか?」


「父上は迷宮へ出向いているから今は留守だよ」


「そうでしたか。どちらにせよ、酷く疲れているので後にして欲しいのですが」


 体力的な消耗は大したことないが、晩餐会は精神的な疲労が大きい。加えてロカルトの表情から察するに話の内容は十中八九面倒事だ。父が不在であるなら今すぐにベッドへ向かい仮眠を取りたいくらいなのだが、


「母との歓談をにべも無く断るとは、何か重要な話なのでしょう。聞いてあげなさい」


「…分かりました。ディーナ、母様を部屋までお連れしろ」


 母の援護射撃にスヴィアは眠気に諦めを付けディーナへ指示を出した。


「それで兄様、話というのは?」


「あまり大声で話すような内容でも無いし、応接間を使おうか」


 その返答だけである程度の察しが付く。わざわざ防音の魔道具が使われている応接間を使うのは、外に洩らせない話だということ。つまるところ兄が子爵家から呼び戻される原因となった例の件だ。


 屋敷一階の廊下を真っ直ぐ進んだ突き当りの応接間。


「うん、美味しい紅茶だ。ありがとう素敵なレディ。私が家を出た時にはいなかったよね。君の話も色々と聞いてみたいのだけれど、これから少し兄妹水入らずで話をする予定でね。非常に残念なのだけど一旦、席を外して貰えるかな?」


 ソファに腰掛けたロカルトは用意されていた紅茶を口にし、ウインクと共にキザったらしい言葉を放つ。控えていたメイドはそんな言動にも顔色一つ変えず一礼して部屋を後にした。


「ふむ、流石辺境伯家。やっぱり使用人も一流だね」


「戻って来て早々、家の使用人に色目を使わないで下さい兄様。ラーズリ義姉(ねぇ)様に言いつけますよ」


「嫌だなぁ。色目だなんて人聞きが悪い。ちょっとした挨拶だよ」


 呆れた眼差しでソファに腰を下ろしたスヴィアの言葉に、口角を引き攣らせてそんな言い訳を口にするルアン。


 尻に敷かれているようで何よりである。


「それで話とは?アモルア教の関連ですよね」


「相変わらずせっかちだねぇ。半年ぶりの再会なんだからもう少しこう、積もる話もあるだろう?」


「そうですか。義姉(ねぇ)様がどの部屋を使うのか教えて下さい。後で挨拶に行きますので」


「ラーズリはまだ来てないよ。残ってる仕事を片付けてからと言っていたから、早くても二ヶ月は掛かるんじゃないかな。って、何だいその表情は」


「何だよ期待させやがってという顔です。さっさと話を済ませて貰えますか」


「…その反応は流石の兄さんも少々傷付くんだが、いや分かったよ。話は予想している通り、アモルア教の件だ。私が全権を預かることになってね」


「兄様が流民街解体の総指揮を取る訳ですか。ふむ、確かに適任かもしれませんね」


 スヴィアは流民街の解体は領軍を主体とし、旗印の役割はまた自分に命が下るだろうと予想していた。だが次期当主が誰なのかをルステ二ア内に明確に示すという意味でもロカルトがその役割を担うのであれば理に適っている。と、そこまで考えたところで、


「いや、解体は無しだ」


 返ってきたその返答に、スヴィアは何を言っているんだと怪訝そうに眉を寄せる。


「…父上から問題の話は聞いているんですよね」


「聞いたうえで、さ。結局、部を弁えずにこの領の運営に首を突っ込もうとしているアモルア教の連中をどうにかしたいって話だろう?なら流民街そのものを無くす必要はないさ」


「それが出来るなら苦労しませんよ。アモルア教がどのくらい流民街に根を張っているのかも、どれだけの戦力が潜んでいるのかも不明です。奇襲的なローラー作戦で流民街ごと一気に片付けてしまう方が、手間もリスクも少なく済みます」


 本当にフテン神教国が直接的に関与して武力による辺境伯家当主の交代を企んでいるのだとすれば、モタモタしていれば状況が悪化しかねない。迷宮内で聖守六剣(ラウンズ)を含む聖騎士達を失い、混乱しているであろう今が好機だ。


「確かに全て一気に消し去ってしまうのが、最も効率的なのかもしれない。けれど、流民街にはアモルア教とは関係なく必死に生きてる人達もいる。多少苦労してでも、残せるのであればその方が良いだろう?父上もスヴィアも、もう少し博愛精神というものを持った方が良い」


 博愛精神などとキールのようなことを言い出した兄に、スヴィアはジトリとした視線を向ける。兄は間違ってもそんなタイプの人間ではない。


「…本音は?」


「いずれ私が辺境伯領を継ぐのであれば、流民街という都合の良い存在が無くなっていると面倒だ」


「まぁそんなことだろうとは思いました。では解体をしないのであればどうするつもりで?」


「仕掛けは済ませてあるんだ。流民街で幅を利かせてるいくつかの組織に『アモルア教の余計な企みが原因で辺境伯家(私達)が流民街の解体を考えている』と情報を流しておいた。力こそ正義の世界で荒くれ者達を纏め上げ成り上がった彼らは、粗暴だが決して馬鹿じゃあない。自分達の居場所を守るため必死に働いてくれるさ」


 ロカルトは何でもないようにそう説明すると、再び紅茶を口にした。

 

 流民街では今頃、血眼になってアモルア教徒の吊るし上げが行われてるだろう。無法地帯で行われる私刑はきっと多くの惨劇を生んでいるに違いない。だがそれは同時に今後同じようなことを考える者が出ないようにというある種の戒めにもなる。

 辺境伯家としては、最低限のリスクとコストで最大限のリターンが得られる訳だ。


 本家に戻れと命が下ってから一週間足らずで流民街の内情を調べ上げて策を考え、仕掛けまで済ませたのだとすれば……


 我が兄ながら恐ろしい。


「よく博愛精神なんて言葉を口に出来ましたね」


「流民街の人々は居場所を失わずに済み、私達は面倒事を楽に片付けられる。多くの人が幸せになれる。最善の策さ」


「それで、私を呼び出したのは、何かやらせたいことがあるからでしょう?」


「このまま流民街からアモルア教徒達が一掃されるまでのんびりと待っていても良いんだけどね。実際のところ彼らがどこまで企んでいたのか、答え合わせもしておきたいだろう。ってことで、はい」


 そう言って差し出されたのは何やらメモの書き込まれた地図。


「これは?」


「流民街の地図さ。その赤丸で囲った孤児院がフテン神教国と直接繋がっている連中の根城、まぁつまるところ諸悪の根源の可能性が高い。ここから情報になりそうなものを探して来て欲しいんだ」


 そんなものは辺境伯家の人間が現場へ出向くべきような任務ではない。が、非常に腹立つことにロカルトは有能だ。直接スヴィアを動かそうとするのには、必ず何らかの理由があるのだろう。


「分かりました。では、いつ向かえば」


「今から」


「は?」


「流民街の連中は乱暴だ。いつ情報ごと燃やされるか分からないからね。護衛兼調査のために零一四(ゼロイチヨン)小隊を手配しておいたから、宿舎前で待っているはずだよ」


 まるで他人事のように言い放たれた言葉に、スヴィアは思考が追いつかず一瞬ピシリと固まる。それから理解が及ぶと共に一瞬で煮えくり返った苛立ちを笑顔で取り繕うと、


「ん、何だいスヴィア?もしや今になって久しぶりの再会の感動を…っ熱っ!?」


 スッと立ち上がり兄の薄笑い顔に飲みかけの紅茶をぶちまけて応接間を後にした。


「もう普段の職務に戻って良いぞ。兄上に何か言われたら、私の命令だと答えて構わない」


「畏まりました、お嬢様」


 ついでに扉の外に控えていたメイドに、そう指示を出して。


 メイドに粉を掛けようとしていた話、絶対ラーズリ義姉(ねぇ)様に言いつけてやる。

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