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深淵の墓守令嬢  作者: Bell
序章
2/13

辺境伯家の追放事情・2

 鎧が完全に沈黙するのを見届け、肩の力を抜いてフッと息を吐くスヴィア。その隣で慙愧に堪えないといった表情のディーナが頭を垂れた。


「ヴィー様、御身を危険に晒してしまい申し訳ありません。この罰は如何ようにも」


「構わない。結果として私は傷一つ負っていないし、無事に討伐も完了した」


 実際、いち早くリメインの出現に気付いたディーナが即座に動かなければ、スヴィアが大きな負傷を受けていた可能性もある。その後の働きも含め、十分に護衛としての役割は果たした言って差し支えないのだが、


「ですがヴィ―様……」


 当の本人は納得がいっていない様子。


「納得がいかないのなら自主的に給与の返上でもしておけ。それよりも問題はこっちだ」


 スヴィアはそう言って強引に話を打ち切ると、槍の柄で物言わぬ鎧を突き転がす。


 リメインが現れたこと自体は大した問題ではない。元より死霊種(アンデッド)が多く出現するのは、シュドラ迷宮の深層における特徴の一つだ。

 問題は躯体としていた鎧の方。血と煤で汚れ元の色が分かりづらいとはいえそれは明らかに金属製であり、辺境伯軍で使用されている魔物の革から仕立てられた鎧とは似ても似つかない。加えて恐るべきはその頑丈さ。


「真正面からディーナの戦斧を受けながら付いた傷はこの程度。ただの鋼じゃないな」


 傷の断面の白銀色も加味すれば、自ずと素材となった金属は限られてくる。


「はい、おそらくミスリルかと。先程の突進も想定していた重さより軽いものでした」


 ミスリルは武器や防具の素材として最高峰と呼び声の高い鉱物の一つだ。その重量は一般的な鎧に使用される鋼の三分の二程度でありながら強度の面では大きく上回り、魔力の伝導性も非常に高い。しなやか、という表現が適切な金属だろうか。

 そしてミスリルは産出地が限られているうえ加工にも特殊な技術が必要とされるため、素材として仕立てられた武器や防具は非常に希少であり、値段的にも手段的にも貴族ですら簡単には入手が出来ない。勿論一般の冒険者などでは手が届くはずもなく、つまるところミスリルの鎧などという物は本来この迷宮内に存在はずが無い代物であるということ。


 例えば辺境伯家の与り知らぬところでお忍びの大貴族か何かが命を落とし、死霊種(アンデッド)化してここまで降りて来たというのであれば良い。いや、それも外交問題になりかねないので良くは無いのだが。少なくとももう一方、このリメインが例の番兵殺しの凶徒の末路であるという可能性に比べればずっとマシだ。

 もし後者であるのなら事件は気の触れた単独犯や愚かな小悪党によるものではなく、ミスリルの全身鎧を仕立てられるような財力と影響力を持った相手によるものということになる。


 厄介事の予感にスヴィアは大きく溜息を吐く。そんな時、兵士達の間からヌッと隻脚の男が一人姿を現した。左足の膝下から伸びる木製の義足と右手に持った杖をカツカツと鳴らしながらスヴィアの元まで歩いてくる。


「襲撃に遭ったと聞きましたが。ご無事そうで何よりです、スヴィア様」


 オールバックに纏めた白髪に同じく色の抜け落ちた白い顎鬚、何処か胡散臭い雰囲気を纏った男の名はジルグ、特殊独立大隊の隊長にして辺境伯軍でも最古参の老将校だ。


「お陰様でな。そっちでも何か騒ぎが起きていたようだが」


「いやなに、こちらにもリメインの集団が出現しましてな。生前は仲間か何かだったのでしょう。もう片は付いておりますのでお気になさらず」


「それはご苦労だった。ジルグ、この鎧について何か分かることは無いか?」


「ミスリルの全身鎧とはこれはまた、素体になった死者は随分と羽振りが良かったのか、羨ましい限りで」


 そんな軽口を叩きながら右足を曲げて膝をつき鎧に触れたジルグは、ニヤリと幼子が見たら泣き出しかねない不気味な笑みを浮かべる。その様子にスヴィアは思わず顔を顰めた。

 何せ、幼い頃からこの男がこのような顔をした時は碌なことにならない。

 

「鎧のデザインは極めてシンプルですが、随分と洗練された実用的な作り。そちらの剣もリメインが使用していたもので?」


「あぁ、そうだ」


「ふむ、剣の鞘にはアモルア教圏でよく見られる意匠が散見されますな」


「アモルア教圏だと?」


 アモルア教は大陸西方でも指折りの規模を誇る宗教組織であり、リオ王国南東に位置する諸国群の一つフテン神教国を総本山としている。

 元は聖神教と呼ばれる宗教団体から派生した一派であり、その教義は端的に言えば『眠りについた聖神の後を継いだのは愛の女神であり、その女神の寵愛を受けた儘人族(ヒューマン)は他の人族を導き理想郷を創らねばならない』といった類のもの。

 儘人族ヒューマン主体の国家が大半を占める大陸西方社会において影響力を強めたのも納得が出来よう。


「ときに、アモルア教に帰する聖騎士の中でも高位の者にはフテン神教国の聖教主よりミスリルの鎧が下賜される、なんて話も聞きますが」


 わざとらしい言い回しをするジルグだが、要は事件のバックにアモルア教及びフテン神教国が絡んでいる可能性が高いという訳だ。


「調査はここで中断だ。早急に父上へ報告する」

 

 やはり碌なことにならなかった。


 スヴィアは苦虫でも嚙み潰したように表情を歪め、踵を返した。

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