辺境伯家の追放事情・10
兵士達が孤児院の調査を開始すると共に、中にいた関係者達は邪魔にならないよう外の広場へ集められていた。
人数は延べ二十人弱、そのほとんどが子供であり、大人は仕立ての良い修道服を纏った老年の神父と、年若いシスターの二人だけ。
その中には先程誓名での魔法行使を見せた少女の姿もあった。
炎槍で貫かれた左目には包帯が巻かれ両の手は後ろで拘束、憔悴した様子だが意識ははっきりとしているらしい。
スヴィアはそちらをチラリと一瞥。
少女が何処かで魔法を身に付けてから流民街へ辿り着いた、とは考えづらい。
あの年齢で多少なりとも魔法が使える時点で、流民街になど流れずともいくらでも食い扶持はあるはずだ。
であれば、この孤児院内に少女へ魔法を教えた人物がいる。
それはおそらくフテン神教国から送り込まれた人材だろう。
そう考え警戒心を強めると、孤児院の長であろう老神父へ向き直り口を開く。
「突然の訪問失礼。私はスヴィア・エラム・グラヴアクト。先日迷宮で発生した事件の調査の一環として、少々こちらの孤児院の中を調査させて貰う運びとなった」
「孤児院の院長を務めさせて頂いているフノブと申します。一体どのような事件が起きたのかは存じ上げませんが、私共には関わりの無い話です。どうかこのようなご無体はお辞め頂きたい」
胆が据わっているのか虚勢を張っているのか、もしくは本当に後ろ暗いところが何もないのか、複数人の兵士に囲まれながらも臆する様子は見られない。
「なに、孤児院内を一通り調べて何もなければすぐに帰る。うちの愚弟やそこの少女のように余計な真似をしなければ害を加える気はない」
そして今回派遣された小隊が孤児院へ踏み入り、調査を開始してから寸刻。
扉の壊れた玄関から小隊の隊長であるダリスが姿を見せた。
「スヴィア様、ご報告が」
「何か見つかったか?」
「一階広間の壁裏に不可解な空間が存在したため確認したところ、地下へ続く階段を発見致しました。しかし階段はかなり深いようで底が確認出来ず、一旦調査を中断しています」
その報告にスヴィアはスッと目を細める。
「壁の裏に隠し階段とは、また随分と面白い構造の孤児院だな。フノブ神父」
「何のお話だか、私には全く」
フノブ神父は平静を保った様子でそう答えるが、その表情には僅かな焦慮が隠しきれていない。
「ふむ、当たりか。私が直接確認しよう」
そう言って立ち上がり、孤児院へ歩を向けたスヴィア。
直後、その背に神父が一歩踏み出した。
まるでそれが当たり前かのように誰も違和感を抱かないような極自然な動きで。
修道服の袖からナイフを抜き放ったその左腕を、ディーナの戦斧が斬り飛ばした。
「っ、不覚!」
神父は老体とは思えない動きでその場から飛び退き、一拍遅れで子供達から悲鳴が上がる。
「ヴィー様、お下がりを」
ディーナがスヴィアを守るため前へ出るのと同時に、
「イワン、オウカ、ギュリは私に合わせろ。ブランとルビーは周囲の警戒」
ダリスがその場の部下達へ指示飛ばしながら、対象の無力化と確保のため迅速に動き出した。
「尻尾を見せたな。これで拘束して尋問する口実も出来た。貴重な情報源だ、殺すなよ」
「は、承知いたしました」
体勢低く踏み込み一瞬で神父の懐へ潜り込んだダリスは、まず残った右腕を落とそうと抜剣と共に斬り上げる。
その一閃を神父は右手に握った二本目のナイフで何とか凌ぐと、体を反転させるようにして横合いから迫っていた兵士の一太刀もギリギリのところで躱した。
しかし多少奮闘したところで状況は多勢に無勢。
陰となっていた死角から飛び出した三人目の兵士に虚を付かれ、腿を斬り裂かれる。
地面を転がるようにして何とか連携の檻から抜け出す神父だが、そこへダリスが剣を投擲。
剣を弾くために意識の逸れた一瞬の隙を突いて肉薄し、空いた両の手でその両目を潰す。
「ぐぅっ」
痛みと視覚の消失にうめき声を上げよろめいた神父を兵士が瞬く間に取り押さえ、自死を防ぐため轡を噛ませた。
ここまでスヴィアが命を下してから僅か二十秒弱。
孤児院を取り仕切っていた人間を拘束出来た時点で、求めていた最低限の結果は達成されたも同然と言える。
隠し階段の露見が判明した直後に突然襲い掛かってきたことからも、後ろ暗い何かを知っているのは間違いない。
とりあえず現時点で無駄足という可能性は潰せたようだ、と頬を吊り上げるスヴィアの視界の端で、泣きじゃくる幼子達に寄り添っていたシスターがふっと立ち上がった。
「"聖祓の刃"」
そして呟くような誓名と共に、その手に顕現したのは白く光を放つ一振りの剣。
取り押さえに掛かった兵士二人を踊るような足取りで斬り伏せ、シスターは跳ねるように飛び出す。
詠唱を破棄した誓名のみでの魔法行使は、基本的に魔力制御が容易な下位の魔法に使われる技術だ。
しかしシスターが手にした光剣は、編み込まれた複雑な魔力の術式から見るに中位以上の魔法で構築されている。
それは彼女が卓越した魔法の使い手である証だ。
加えて近接戦の技量にも卓越している。
ダリスの率いる零一四小隊は特殊独立大隊の一角を担う精鋭部隊であり、末端の兵士ですら辺境伯軍の中では上澄み。
そんな兵士を一息のうちに、二人纏めて斬り伏せるなど並大抵のことではない。
実力から考えるにあのシスターこそがフテン神教国から直接送り込まれた諜者だろう。
であれば多くの情報を持っているはずだが、
情報源ならば既に神父を確保している。生け捕りに拘って負傷者を増やしては馬鹿馬鹿しいな。
「ディーナ、修道女は殺して構わない。ダリスは確保した神父の死守だ!」
「はっ」
一歩二歩三歩と瞬く間に迫り来るシスターを、ディーナが真正面から迎え撃つ。
そして薙ぎ払われた光剣を下から掬うように戦斧を振り上げたディーナだったが、刃を合わせた瞬間に即座の判断で柄から手を離し大きく体を仰け反らせた。
その頬と耳を、戦斧をすり抜けた光剣が浅く斬り裂く。
傷を受けながらもディーナの思考は極めて冷静だった。
魔法によって構築されたものである以上、光剣自体に何かしらの仕組みがあると警戒するのは当然。
予想外ではあったが想定内でもある。
その仕組みを非生物の透過あたりだろうと予測したディーナは、仰け反った体勢から手を突き、後方転回の要領で光剣を握るシスターの腕を蹴り上げ着地した。
一方で動揺したのはシスターの方。
その動揺は焦りを生み、焦りは判断を急かす。
一度引くか、即座に追撃を加えるか。そしてシスターは早計にも後者を選択した。
体勢を立て直したディーナは大振りに振り下ろされた光剣による追撃を悠々と躱すと、その右腹に拳を叩き込む。
「うぐっ」
シスターは十メートル近く後方へ殴り飛ばされ、着地点で力が抜けたようにガクリと膝を付いた。
「"三重唱・撃ち放つ焔”!」
そこへ同時に三本、スヴィアの撃ち放った炎槍が楕円を描くように飛来し、前方左右の三方向からシスターを穿つ。
全く同じ構成、術式の衝突により魔法は崩壊。
発生した爆発は痛みに揺らいだシスターの魔力強化を突き抜ける。
子供達から悲痛な声が上がる中、それでも爆炎と煙を振り払い飛び出すシスター。
しかし、その動きは先程までと比べ明らかに精細さを欠いていた。
追撃に踏み込んだディーナへの対応が遅れる程に。
慌てて振り切られた光剣を悠々と搔い潜ったディーナは彼女の腕を掴み叩き折ると、更にその首へと手を掛け締め上げる。
「つっ、あっ…ぁ」
そして数秒、頸椎を握り砕かれたシスターの体がブランと力を失い、意思のない人形のように地面へと落下した。
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