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大運河

第一章 新たな道の先に


玄龍暦20年、初春。

長楽の宮殿、大会議室。


楊天虎は、李玄策をはじめとする重臣たちと向かい合っていた。壁には大陸の詳細な地図が掲げられ、新たに建設された道路網が赤い線で示されている。


「報告せよ」楊天虎の声が響く。


王守財が一歩前に出た。


「はい。玄龍大道の第一期工事が完了いたしました。長楽から北方の玄武関まで、そして西方の落霞山脈の麓まで、舗装された道路が繋がりました」


楊天虎は満足げに頷いた。


「物資の輸送状況は?」


「驚くべき変化です」王守財の目が輝く。「馬車による輸送速度が約2倍に向上し、輸送量も大幅に増加しています。特に、北方からの鉱物資源の輸送が」


李玄策が口を挟んだ。


「そして、人の往来も活発になっています。各地の文化交流が進み、玄龍国の一体感が高まっているようです」


楊天虎は深く考え込んだ。


「だが、課題もあるのではないか?」


陳民声が答えた。


「はい。道路建設により立ち退きを余儀なくされた農民たちからの不満の声が上がっています。また、一部の地方豪族たちは、中央の影響力が強まることを警戒しています」


楊天虎は眉をひそめた。


「他には?」


孫風雷が報告を続けた。


「辺境警備の問題です。新しい道路により、外敵の侵入も容易になる可能性があります」


楊天虎は李玄策を見た。


「李玄策、お前の見解は?」


李玄策は静かに答えた。


「陛下、これらの課題は確かに重要です。しかし、交通網の発展がもたらす利益は、はるかに大きいと考えます」


彼は地図を指さした。


「次の段階として、水運の整備を提案します。大河を利用した運河網を構築すれば、さらなる経済発展と」


その時、一人の伝令が慌ただしく入ってきた。


「陛下!緊急報告です!」


「何事だ?」


「碧波国が、南海沿岸に大規模な港湾都市の建設を始めたとの報が!」


部屋の空気が一変する。


楊天虎は即座に立ち上がった。


「詳細は?」


李玄策が素早く答えた。


「おそらく、海上交易の主導権を握ろうとしているのでしょう。我々の道路網整備に対抗する動きかもしれません」


楊天虎の表情が引き締まる。


「李玄策、碧波国の真意を探れ。そして」


彼は再び地図を見つめた。


「我々も、南方での港湾整備を急がねばならん。孫風雷、その準備に取り掛かれ」


「御意!」


重臣たちが退室する中、楊天虎は窓の外を見やった。

春の陽光が、新たに舗装された道路に降り注いでいる。


李玄策が静かに近づいてきた。


「陛下、一つ提案があります」


「何だ?」


「碧波国と協力して、大陸全体の交通網を整備する構想を持ちかけてはどうでしょうか。対立ではなく、協調の道を」


楊天虎は李玄策をじっと見つめた。


「危険な賭けだな。だが、面白い」


彼は深く息を吐いた。


「よし、その案を詰めよ。玄龍国の、いや、この大陸の未来がかかっているぞ」


李玄策は深々と頭を下げた。


「御意に従います」


二人の視線が交わる。

そこには、未来への期待と、新たな挑戦への決意が宿っていた。


玄龍国は今、交通革命という新たな波に乗り、大きく変わろうとしていた。

そして、その変化が大陸全体の姿を塗り替えることになるのだ。


## 第二章 大河を越えて


玄龍暦20年、盛夏。

玄龍国南部、大江の岸辺。


楊天虎は、李玄策と共に巨大な工事現場を見下ろしていた。数千の労働者が、大江に架かる橋の建設に励んでいる。


「李玄策」楊天虎が静かに言った。「我々の夢が、ついに形になろうとしているな」


李玄策は頷いた。


「はい。この橋が完成すれば、南北の往来が飛躍的に」


その時、工事責任者が駆け寄ってきた。


「陛下!」彼は息を切らせながら報告する。「大雨で川の水位が急上昇しています。このままでは工事の続行が」


楊天虎の表情が引き締まる。


「被害が出る前に、作業員を避難させろ」


「しかし、工期が」


李玄策が静かに口を挟んだ。


「安全第一です。新たな工法を考案する必要があるでしょう」


数日後、長楽の宮殿。


楊天虎は、緊急招集された会議を主宰していた。


「報告せよ」


王守財が答えた。


「はい。大江の橋の工事遅延により、南方との物流に支障が出始めています。特に、南方の穀倉地帯からの食糧輸送が」


陳民声が続けた。


「また、工事の長期化で予算が膨らみ、他の地域での道路整備にも影響が」


楊天虎は深くため息をついた。


「李玄策、打開策は?」


李玄策は慎重に言葉を選んだ。


「陛下、ここは一度立ち止まって再考する必要があるかもしれません。橋の建設と並行して、大型の渡し船を」


その時、孫風雷が入室してきた。


「陛下、碧波国からの使者が到着しました」


楊天虎と李玄策は顔を見合わせた。


「通せ」


碧波国の使者・陸遠が入室し、深々と頭を下げた。


「玄龍皇帝陛下。我が国王からの親書をお持ちしました」


楊天虎は静かに巻物を受け取り、目を通した。

その表情が、徐々に和らいでいく。


「ほう...大陸横断運河の共同建設か」


李玄策の目が輝いた。


「陛下、これは」


楊天虎は頷いた。


「そうだ。お前が提案していた協調路線だ」


陸遠が説明を続けた。


「我が国の港湾と貴国の道路網を結ぶ大運河です。これにより、大陸全体の物流が」


楊天虎は深く考え込んだ。


「だが、課題も多いだろう」


李玄策が答えた。


「はい。資金調達、技術的な問題、そして何より、沿線諸国との調整が」


楊天虎は静かに立ち上がった。


「諸卿、意見を聞こう」


議論は夜遅くまで続いた。


翌朝、楊天虎は李玄策と二人きりで向き合っていた。


「李玄策」楊天虎が静かに言った。「この計画には、大きなリスクがある」


李玄策は頷いた。


「はい。しかし、成功すれば大陸の姿を一変させる可能性も」


楊天虎は窓の外を見やった。

夏の陽光が、遠くに広がる大江を照らしている。


「よし、決めた」


彼は李玄策をじっと見つめた。


「碧波国との交渉を進めよう。だが」


「はい」


「玄龍国の利益を損なうようなことがあってはならん。慎重に、しかし大胆に」


李玄策は深々と頭を下げた。


「御意に従います」


楊天虎は再び窓の外を見やった。


「李玄策よ。我々は今、歴史の大きな転換点にいるのかもしれん」


李玄策も窓の外を見つめた。


「はい。この大運河が完成すれば、玄龍国も、碧波国も、そして大陸全体も、大きく変わるでしょう」


楊天虎は静かに頷いた。


「だからこそ、我々の責任は重大だ。民の幸せを第一に考え、平和な発展を」


二人の視線が交わる。

そこには、未来への不安と期待、そして固い決意が宿っていた。


玄龍国は今、新たな挑戦に向けて大きく踏み出そうとしていた。

そして、その一歩が大陸全体の運命を変えることになるのだ。


## 第三章 大地を刻む水脈


玄龍暦21年、初秋。

玄龍国と碧波国の国境地帯。


楊天虎は、李玄策と碧波国王・陸海龍と共に、大陸横断運河の起工式に臨んでいた。両国の要人たち、そして各国の使節が見守る中、三人は象徴的に鍬を入れた。


「陸海龍陛下」楊天虎が静かに語りかける。「本日、我々は大陸の歴史に新たな一頁を刻むことになりました」


陸海龍は微笑んで答えた。


「そうですね、楊天虎陛下。この運河が、我々の友好と繁栄の象徴となることを」


歓声が沸き起こる中、李玄策は少し離れた場所から、この光景を見つめていた。


式典の後、楊天虎は李玄策を呼び寄せた。


「李玄策、ようやくここまで来たな」


李玄策は深々と頭を下げる。


「はい。しかし、これはまだ始まりに過ぎません」


楊天虎は頷いた。


「そうだ。さて、国内の様子はどうだ?」


李玄策の表情が曇る。


「運河建設に伴う立ち退き問題で、一部地域で反発が強まっています。また、環境への影響を懸念する声も」


楊天虎は眉をひそめた。


「具体的には?」


「特に、大江の水量減少を危惧する声が大きいです。漁業や農業への影響を」


その時、碧波国の宰相・周海棠が近づいてきた。


「楊天虎陛下、一つご相談があります」


「何かな?」


「運河の管理権について、我が国としては」


楊天虎は李玄策と目を合わせた。李玄策が小さく頷く。


「周宰相」楊天虎が答える。「運河の管理は、両国の合同委員会で行うのが望ましいのではないか」


周海棠の表情が微妙に変化する。


「しかし、我が国の領内では」


李玄策が静かに口を開いた。


「周宰相、この運河は両国のものであると同時に、大陸全体の財産です。公平な管理こそが、互いの信頼を」


議論は続いたが、最終的に合意に至った。


数ヶ月後、長楽の宮殿。


楊天虎は、運河建設の進捗報告を聞いていた。


「陛下」王守財が報告する。「予想以上のペースで工事が進んでいます。しかし」


「しかし?」


「工事に伴う土地の収用で、各地で小規模な暴動が」


楊天虎は深くため息をついた。


「李玄策、どう対応すべきだ?」


李玄策は慎重に答えた。


「まず、十分な補償を。そして、運河がもたらす利益を具体的に示す必要があります。新たな雇用の創出、地域の発展計画など」


楊天虎は頷いた。


「わかった。その線で進めよう」


その時、孫風雷が慌ただしく入室してきた。


「陛下!緊急報告です」


「何事だ?」


「西方の落霞国が、運河建設に難色を示し始めました。自国の利益が損なわれると」


楊天虎と李玄策は顔を見合わせた。


「李玄策」


「はい」


「落霞国との交渉を頼む。運河がもたらす利益を説き、参加を促せ」


李玄策は深々と頭を下げた。


「承知いたしました。必ずや、良い報告を」


李玄策が退室した後、楊天虎は窓の外を見やった。

秋の陽光が、遠くに広がる工事現場を照らしている。


「この運河が完成すれば」楊天虎は独り言を呟いた。「玄龍国も、大陸も、大きく変わるだろう」


彼の脳裏に、未来の光景が浮かぶ。

運河を行き交う船、活気づく港町、文化の交流...


しかし同時に、新たな課題も見えてくる。

水の管理、環境問題、貧富の差の拡大...


楊天虎は静かに拳を握った。


「どんな困難があろうとも、乗り越えねばならない。民のために、そしてこの大陸の未来のために」


彼の瞳に、強い決意の光が宿った。


玄龍国は今、未曾有の大事業に挑もうとしていた。

そして、その挑戦が国の、そして大陸全体の運命を左右することになるのだ。


## 第四章 水路が繋ぐ未来


玄龍暦23年、盛夏。

大陸横断運河の中間地点、新興都市・中江。


楊天虎は、李玄策と共に運河沿いの高台に立ち、眼下に広がる活気ある都市を見下ろしていた。巨大な船が運河を行き交い、港には様々な国の商人たちが集まっている。


「李玄策」楊天虎が静かに言った。「わずか2年でこれほどの変化があるとは」


李玄策は頷いた。


「はい。運河の完成はまだ先ですが、既に大きな影響が」


その時、王守財が近づいてきた。


「陛下、最新の報告です」


「聞こう」


「運河沿いの都市の人口が急増しています。特に中江は、2年で人口が3倍に」


楊天虎は驚いた様子で尋ねた。


「そんなに急激に?問題は起きていないのか?」


李玄策が答えた。


「住宅不足や物価上昇など、いくつかの課題が出ています。また、急速な都市化による伝統的なコミュニティの崩壊を懸念する声も」


楊天虎は眉をひそめた。


「対策は?」


「都市計画の見直しと、社会保障制度の拡充を進めています。また、伝統文化保護のための施策も」


その時、一人の若い役人が駆け寄ってきた。


「陛下!碧波国からの急報です」


「何事だ?」


「運河の水量が予想以上に減少し、南部での農業用水が不足しているとの訴えが」


楊天虎と李玄策は顔を見合わせた。


「李玄策、すぐに碧波国との協議の場を」


「承知いたしました」


数日後、長楽の宮殿。


楊天虎は、各地からの報告を聞いていた。


陳民声が報告する。


「陛下、運河の恩恵を受ける地域と、そうでない地域の格差が広がっています。特に、内陸部での不満が」


孫風雷が続けた。


「また、運河を利用した密輸や犯罪が増加しています。国境警備の強化が必要かと」


楊天虎は深くため息をついた。


「李玄策、全体としてはどうだ?」


李玄策は慎重に言葉を選んだ。


「課題は多いですが、運河がもたらす利益は計り知れません。経済の活性化、文化交流の促進、そして」


彼は一瞬言葉を切った。


「何より、大陸全体の結びつきが強まっています。かつては対立していた国々が、今では協力して問題解決に当たっています」


楊天虎はゆっくりと立ち上がった。


「諸卿、確かに課題は山積みだ。だが、我々はこの大事業を成し遂げねばならない」


彼は窓の外を見やった。

夏の陽光が、遠くに広がる運河を照らしている。


「この運河は、単なる水路ではない。民の夢と希望を繋ぐ道なのだ」


楊天虎は再び重臣たちを見渡した。


「水不足の問題は、碧波国と協力して解決策を見出す。格差の問題は、新たな産業育成と教育の充実で対応する。そして、犯罪には法の厳正な適用で臨む」


李玄策が静かに付け加えた。


「そして何より、民の声に耳を傾け続けることが重要かと」


楊天虎は深く頷いた。


「そうだ。我々の目的は、民の幸福にある。それを忘れてはならない」


会議の後、楊天虎は李玄策と二人きりになった。


「李玄策」楊天虎が静かに言った。「お前は、この先どんな未来が待っていると思う?」


李玄策は窓の外を見やりながら答えた。


「陛下、この運河は単に物資を運ぶだけではありません。思想や文化、そして人々の夢をも運んでいくのです」


彼は楊天虎を見つめた。


「やがて、この大陸は一つになるでしょう。国境の意味が薄れ、人々が自由に行き来する。そんな世界が」


楊天虎は微笑んだ。


「夢のような話だな。だが、その夢を現実にするのが我々の役目だ」


二人の視線が交わる。

そこには、未来への希望と、新たな挑戦への決意が宿っていた。


玄龍国は今、大きな変革の波の中にあった。

そして、その波が大陸全体の姿を塗り替え、新たな時代を切り開いていくのだ。


## 第五章 激流の中の舵取り


玄龍暦25年、初春。

長楽の宮殿、緊急会議室。


楊天虎は、厳しい表情で重臣たちを見渡していた。李玄策が彼の右手に立ち、静かに状況を見守っている。


「報告せよ」楊天虎の声が低く響く。


孫風雷が一歩前に出た。


「はい。西方の落霞国が、突如として運河の自国領内部分の工事を中断しました。理由は、環境への影響を懸念してのことだそうです」


楊天虎の眉間に深い皺が刻まれる。


「本当の理由は?」


李玄策が静かに答えた。


「おそらく、玄龍国と碧波国の影響力拡大を警戒してのことでしょう。運河完成後の勢力図の変化を恐れているのだと」


楊天虎は深くため息をついた。


「他国の反応は?」


趙明月が報告を続けた。


「南方の翠浪国が落霞国を支持する姿勢を示しています。一方、北方の諸国は様子見の態度です」


楊天虎は李玄策を見た。


「対応策は?」


李玄策は慎重に言葉を選んだ。


「まず、落霞国との直接対話を試みるべきです。同時に、運河がもたらす利益を具体的に示し、参加のメリットを再認識させる。そして」


彼は一瞬言葉を切った。


「必要であれば、利益の再配分も検討する必要があるかもしれません」


楊天虎は眉をひそめた。


「それは譲歩が過ぎるのではないか?」


李玄策は静かに答えた。


「陛下、この運河計画の真の価値は、大陸全体の繁栄にあります。一時的な譲歩は、長期的な利益につながるはずです」


楊天虎は深く考え込んだ。


その時、王守財が慌ただしく入室してきた。


「陛下!国内からの緊急報告です」


「何事だ?」


「運河沿いの都市で、大規模なデモが発生しています。急速な発展による格差拡大や、伝統文化の喪失を訴える声が」


部屋の空気が一変する。


楊天虎は即座に立ち上がった。


「原因は?」


陳民声が答えた。


「運河の恩恵を受ける者と、そうでない者の間の格差が急速に広がっています。また、新しい文化の流入に戸惑う声も」


楊天虎は拳を握りしめた。


「我々の改革が、民を苦しめているというのか」


李玄策が静かに口を開いた。


「陛下、これは避けられない過渡期の混乱かもしれません。しかし、今こそ民の声に耳を傾け、柔軟に対応する時です」


楊天虎は李玄策をじっと見つめた。


「具体的には?」


「まず、デモ参加者たちとの直接対話の場を設けましょう。そして、格差是正のための新たな政策、例えば教育の機会均等や、伝統文化保護のための基金設立など」


楊天虎はゆっくりと頷いた。


「わかった。その線で進めよう。だが」


彼の目に強い決意の色が宿る。


「運河計画は止めない。これは、玄龍国の、いや大陸全体の未来がかかっているのだ」


李玄策は深々と頭を下げた。


「御意。私から落霞国との交渉に」


「頼む」


重臣たちが退室した後、楊天虎は窓辺に立った。

外では、春の嵐が吹き荒れている。


「李玄策」


「はい」


「我々は正しいことをしているのだろうか?」


李玄策は真剣な表情で答えた。


「陛下、変革には常に痛みが伴います。しかし、その先にある未来のために、我々は進み続けねばなりません」


楊天虎は静かに頷いた。


「そうだな。民のため、この大陸のため、我々は立ち止まるわけにはいかないのだ」


二人は、嵐の中にある都を見下ろした。


玄龍国は今、内外の激流の中で、新たな時代への航海を続けようとしていた。

その航路が、国の、そして大陸全体の運命を決することになるのだ。


## 第六章 大河の試練


玄龍暦26年、晩夏。

大陸横断運河の最終接続地点、玄龍国と落霞国の国境。


楊天虎は、李玄策と落霞国の宰相・岳雲天と共に、運河の最後の堰を開く式典に臨んでいた。周囲には、各国の要人たちが緊張した面持ちで見守っている。


「岳宰相」楊天虎が静かに語りかける。「本日、我々は遂に大事業を完遂しようとしています」


岳雲天は微かに頷いた。


「はい、楊天虎陛下。紆余曲折はありましたが、ここまで来られたのは互いの協力の賜物です」


李玄策が付け加えた。


「そして、この運河が大陸全体の繁栄と平和をもたらすことを」


三人は、厳かに最後の堰に手をかけた。


しかし、その瞬間だった。


「陛下!緊急事態です!」


一人の伝令が駆け込んでくる。


「何事だ?」楊天虎の声が鋭く響く。


「上流で大規模な土砂崩れが発生。運河に大量の土砂が...」


場内が騒然となる。


楊天虎は即座に李玄策を見た。


「李玄策!」


「はい」


「直ちに対策を」


李玄策は冷静に指示を出し始めた。


「上流への緊急派遣隊を組織せよ。同時に、下流の都市に警報を」


岳雲天が口を挟んだ。


「我が国も協力いたします。緊急救援隊を」


楊天虎は深く頷いた。


「感謝する。今こそ、大陸全体で力を合わせるときだ」


数日後、長楽の宮殿。


楊天虎は、疲れた表情で報告を聞いていた。


王守財が説明する。


「土砂崩れの影響で、運河の一部が寸断されました。復旧には数ヶ月を要すると」


陳民声が続けた。


「また、この事態で運河建設に反対する声が再び高まっています。環境への影響を懸念する声や」


楊天虎は深くため息をついた。


「李玄策、お前の見解は?」


李玄策は静かに答えた。


「陛下、この危機は、むしろ好機かもしれません」


「どういうことだ?」


「各国が協力して災害に対処する姿は、運河がもたらす連帯の象徴となり得ます。また、この経験を元に、より強靭な運河システムを構築できるはずです」


楊天虎の目が輝いた。


「なるほど。では、具体的にどう動く?」


李玄策は提案を始めた。


「まず、大陸規模の災害対策会議を招集しましょう。そして、運河の設計を見直し、より環境に配慮したものに」


楊天虎は頷いた。


「よし、その線で進めよう。だが」


彼は窓の外を見やった。

晩夏の陽光が、遠くに広がる運河の一部を照らしている。


「民の声にも耳を傾けねばならん。彼らの不安や懸念に、しっかりと応えていく必要がある」


李玄策は深々と頭を下げた。


「はい。各地で公聴会を開き、直接対話の機会を設けましょう」


その時、一人の若い役人が駆け込んできた。


「陛下!民衆からの請願です」


「何だ?」


「運河復旧作業への志願者が、各地で続々と...」


楊天虎と李玄策は顔を見合わせた。


「行ってみよう」楊天虎が言った。


二人は急ぎ、運河沿いの被災地へと向かった。


そこで彼らが目にしたのは、老若男女問わず、多くの民衆が力を合わせて復旧作業に取り組む姿だった。


楊天虎は、ある老人に声をかけた。


「なぜ、ここまでして」


老人は穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「この運河は、もはや我々の生活の一部なのです。そして、大陸の未来そのものでもある」


楊天虎は深く感動した。


「李玄策」


「はい」


「我々は、必ずやこの事業を成し遂げねばならない。民の思いに応えるためにも」


李玄策は静かに頷いた。


「はい。そして、この経験が大陸全体の絆を一層強めることでしょう」


二人は、夕陽に照らされる運河を見つめた。


玄龍国は今、かつてない試練に直面していた。

しかし、その試練を乗り越えた先に、新たな時代が待っているのだ。


楊天虎と李玄策の胸に、固い決意が宿った。


## 第七章 新たな潮流


玄龍暦30年、初春。

大陸横断運河の中心地、国際都市・中江。


楊天虎は、李玄策と共に運河を見下ろす高台に立っていた。彼らの周りには、大陸各国の代表者たちが集まっている。


「諸君」楊天虎の声が響く。「本日、我々は大陸の歴史に新たな一頁を刻むことになった」


碧波国王・陸海龍が続けた。


「この運河の完成により、我々はついに真の意味で一つになったのだ」


落霞国の岳雲天が付け加えた。


「そして、これは終わりではなく、新たな始まりなのだ」


拍手が沸き起こる中、李玄策は静かに楊天虎に近づいた。


「陛下、ついにここまで来ました」


楊天虎は微笑んだ。


「ああ、長い道のりだったな」


式典の後、楊天虎は各国代表との会談に臨んだ。


「この運河の恩恵を、大陸全体で公平に享受するためには」陸海龍が口を開いた。


「まず、統一的な通商規則の制定が必要でしょう」岳雲天が提案した。


議論が白熱する中、楊天虎は李玄策に目配せした。


李玄策が静かに口を開いた。


「諸君、一つ提案があります。大陸共同評議会の設立はいかがでしょうか」


場内が静まり返る。


「各国の代表が定期的に集まり、大陸全体の課題について話し合う。そして、共通の政策を立案する」


楊天虎が続けた。


「これにより、我々は競争ではなく、協調の時代へと進むことができる」


各国代表たちの間で、小さなざわめきが起こった。


数日後、長楽の宮殿。


楊天虎は、李玄策と共に今後の方針について話し合っていた。


「李玄策、大陸共同評議会の構想は順調か?」


「はい。多くの国が前向きな反応を示しています。しかし」


「しかし?」


「一部の国々が、主権の侵害を懸念しています」


楊天虎は深く考え込んだ。


「なるほど。だが、我々は後戻りはできん。この大陸を真に一つにするためには」


その時、一人の若い役人が駆け込んできた。


「陛下!緊急報告です」


「何事だ?」


「運河を利用した新たな交易ルートが、民間の商人たちによって次々と開拓されています。そして、それに伴い、各地で新しい文化や思想が」


楊天虎と李玄策は顔を見合わせた。


「これは予想外の展開だな」楊天虎が呟いた。


李玄策の目が輝いた。


「いえ、陛下。これこそが、我々が望んでいた変化なのです」


楊天虎は頷いた。


「そうだな。民の力が、この大陸を動かし始めている」


二人は窓の外を見やった。

春の陽光が、遠くに広がる運河を照らしている。


「李玄策」


「はい」


「我々の時代も、そろそろ終わりに近づいているのかもしれんな」


李玄策は静かに答えた。


「はい。しかし、我々が築いたものは、次の世代に受け継がれていくでしょう」


楊天虎は微笑んだ。


「そうだな。さて、最後の仕事に取り掛かろうか」


「最後の仕事、ですか?」


「ああ。次の世代を育てる時が来たのだ」


数ヶ月後、大陸共同評議会の設立式典。


楊天虎は、若い世代の代表たちを前に演説を行っていた。


「諸君。我々は大きな変革の時代を生きてきた。そして今、その成果を諸君に託す時が来た」


彼は一瞬言葉を切った。


「この大陸の未来は、もはや我々のものではない。諸君のものだ。我々が夢見た世界を、さらに前へ、さらに高みへと導いていってほしい」


拍手が沸き起こる中、楊天虎は李玄策と視線を交わした。


二人の目には、達成感と、新たな時代への期待が宿っていた。


玄龍国、そして大陸全体は、今まさに新たな章を開こうとしていた。

そして、その物語は永遠に続いていくのだ。


(第四部 終)








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