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玄龍国の拡大


序章 時代の転換点


玄龍暦10年、春。

長楽の宮殿は、建国から10年の歳月を経て、より荘厳さを増していた。


玉座の間で、楊天虎は窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。かつての小さな都市は、今や巨大な首都へと成長し、その姿は玄龍国の繁栄を如実に物語っていた。


「陛下」


背後から聞こえた声に、楊天虎は振り返った。

そこには、10年の歳月を刻んだ李玄策の姿があった。


「李玄策か。どうだ、各地の様子は?」


李玄策は一歩前に進み、恭しく答えた。


「はい。北方では遊牧民族との同盟が順調に進んでおります。西方の山岳地帯も、ようやく安定を取り戻しました」


楊天虎は満足げに頷いた。


「そうか。だが」


彼の表情が曇る。


「南方はどうだ?」


李玄策の表情も厳しくなった。


「南方の五大都市のうち、三つはまだ我々の支配下に入っていません。特に、南海の要港・珠江は、依然として碧波国の影響下にあります」


楊天虎は深いため息をついた。


「10年か...我々は多くを成し遂げた。だが、まだまだ道半ばというわけだな」


李玄策は静かに答えた。


「はい。しかし、陛下のご英断により、玄龍国は着実に発展しております。科挙制度の確立、税制改革、そして新たな交易路の開拓。これらは全て、陛下の...」


「いや」


楊天虎は李玄策の言葉を遮った。


「これは、お前の功績でもある」


李玄策は驚いた表情を見せた。


「陛下...」


楊天虎は、ゆっくりと李玄策に近づいた。


「李玄策よ。お前なくして、玄龍国は今日の繁栄はなかった。だからこそ」


彼は一瞬言葉を切った。


「お前に、新たな役目を与えたい」


李玄策の目が見開かれた。


「新たな...役目、ですか?」


楊天虎は頷いた。


「そうだ。玄龍国は今、新たな時代を迎えようとしている。我々は、もはや単なる一国家ではない。この大陸を統べる帝国となるのだ」


李玄策は息を呑んだ。


「陛下、それは...」


「李玄策。お前を、玄龍帝国の宰相に任命する」


部屋に静寂が流れた。


李玄策は、深々と頭を下げた。


「この李玄策、身に余る光栄でございます」


楊天虎は微笑んだ。


「さあ、李玄策。共に、新たな時代を切り開こう」


その時、突如として扉が開き、一人の伝令が飛び込んできた。


「陛下!大変です!」


楊天虎と李玄策は、驚いて振り返った。


「何事だ?」


伝令は息を切らせながら答えた。


「碧波国が...碧波国が南海の珠江を完全占領しました!」


楊天虎と李玄策の表情が一変する。


「なに...」


楊天虎の声が低く響いた。


李玄策が即座に言葉を継いだ。


「詳しい状況は?」


「はい。碧波国の大艦隊が突如として現れ、珠江を制圧したとのことです。現地の守備隊は壊滅し、多くの民が捕虜となっているそうです」


楊天虎の拳が震えた。


「李玄策」


「はい」


「すぐに枢密院を召集せよ。我々は、即座に対応せねばならん」


李玄策は深々と頭を下げた。


「御意。すぐに手配いたします」


李玄策が退室する中、楊天虎は再び窓の外を見やった。

春の陽光が長楽の街を照らしている。

だが、その光は今や、不吉な影を落としているように見えた。


玄龍帝国の、そして楊天虎と李玄策の新たな戦いが、今まさに始まろうとしていた。


## 第一章 暗雲の予兆


枢密院の会議室は、重苦しい空気に包まれていた。


楊天虎は厳しい表情で、円卓を囲む重臣たちを見渡した。李玄策、孫風雷、趙明月、王守財。玄龍国の屋台骨を支える面々が揃っていた。


「諸卿、状況は把握したな」楊天虎の声が低く響く。


孫風雷が一歩前に出た。


「はい。碧波国の艦隊、約200隻が珠江を占領しています。我が国の守備隊は壊滅し、港湾施設のほとんどが彼らの手に落ちました」


楊天虎の眉間に深い皺が刻まれる。


「民の被害は?」


今度は趙明月が答えた。


「現地からの報告によると、多くの民が捕虜となっているようです。碧波国は彼らを人質に取り、我が国の出方を窺っているのでしょう」


部屋に重い沈黙が落ちる。


「李玄策」楊天虎が静かに呼びかけた。「お前の見立ては?」


新たに宰相となった李玄策は、慎重に言葉を選んだ。


「陛下、碧波国のこの行動には二つの目的があると思われます。一つは、南海貿易の要衝である珠江を押さえることで、我が国の経済活動を制限すること。もう一つは」


彼は一瞬言葉を切った。


「我が国の軍事力を試すことです」


楊天虎は静かに頷いた。


「なるほど。では、我々はどう対応すべきだ?」


王守財が慌てて口を開いた。


「陛下、我が国の国力はまだ碧波国と全面戦争を行うほどではありません。外交交渉で解決を図るべきかと」


しかし、孫風雷が反論した。


「いや、それでは我が国の弱みを見せることになる。速やかに反撃し、珠江を奪還すべきだ」


議論が白熱する中、楊天虎は静かに李玄策を見つめた。


「李玄策、お前の考えは?」


李玄策は深く息を吐いた。


「陛下、確かに全面戦争は避けるべきです。しかし、何も対応しないわけにもいきません」


「では?」


「まず、外交ルートを通じて碧波国に抗議し、珠江からの撤退を要求します。同時に」


李玄策の目が鋭く光る。


「我が国の艦隊を南海に展開させ、威嚇行動を取るのです」


楊天虎は李玄策の提案に深く頷いた。


「なるほど。外交と軍事、両面からのアプローチか」


「はい。そして」


李玄策は地図を指さした。


「珠江の北、襄陽の軍を増強します。もし碧波国が内陸への侵攻を試みれば、即座に対応できる態勢を整えるのです」


楊天虎は満足げに笑みを浮かべた。


「さすがだな、李玄策。ではその案で進めよう」


しかし、その時だった。


「陛下!」


扉が開き、一人の伝令が駆け込んできた。


「碧波国から使者が到着しました。緊急に陛下との謁見を求めています」


室内の緊張感が高まった。


楊天虎は静かに立ち上がった。


「わかった。謁見の間に案内せよ」


彼は李玄策に向き直った。


「李玄策、お前もついてこい」


「御意」


二人が部屋を出ようとしたとき、孫風雷が声をかけた。


「陛下、お気をつけて。碧波国の奸計かもしれません」


楊天虎は微笑んだ。


「心配するな。我々には、李玄策という切り札がある」


そう言って、楊天虎と李玄策は謁見の間へと向かった。


碧波国使者との対面。それは、玄龍国の運命を大きく左右する瞬間となるのだった。


## 第二章 外交の綱渡り


謁見の間は、重苦しい静寂に包まれていた。


楊天虎は玉座に腰を下ろし、李玄策を右手に従えていた。彼らの前に、碧波国の使者・陸遠が跪いている。


「陸遠卿」楊天虎の声が低く響く。「よくぞ来られた。どのような用件か」


陸遠は頭を上げ、楊天虎を見上げた。その目には、挑戦的な光が宿っている。


「玄龍皇帝陛下。私めは、我が碧波国王の親書を携えて参りました」


そう言って、陸遠は巻物を取り出した。李玄策が受け取り、楊天虎に渡す。


楊天虎は静かに巻物を開き、目を通した。その表情が、徐々に厳しくなっていく。


「ほう」楊天虎が呟いた。「珠江の占領を認め、そこからの撤退と引き換えに、我が国の南海における権益の放棄を要求するか」


陸遠は薄く笑みを浮かべた。


「その通りでございます。我が国王は、玄龍国との平和的解決を望んでおります」


楊天虎は巻物を李玄策に返した。


「平和的解決とな。だが、それは我が国の権益を一方的に奪うことではないのか」


陸遠の表情が強張る。


「陛下、珠江は元々我が国の影響下にありました。今回の行動は、単に正当な権利を主張したに過ぎません」


楊天虎の目が鋭く光った。


「正当な権利? 民を人質に取り、武力で占領することが、どこに正当性があるというのだ」


陸遠は言葉に詰まった。


その時、李玄策が静かに口を開いた。


「陸遠殿。我が国も平和的解決を望んでいます。しかし、それは公平で正当なものでなければなりません」


陸遠は李玄策を見つめた。


「では、玄龍国はどのような解決策を提案なさるのでしょうか」


李玄策は楊天虎を一瞬見つめ、頷きを受けると答えた。


「まず、碧波国軍の即時撤退を要求します。そして、珠江の共同管理を提案します」


陸遠の目が見開かれた。


「共同管理?」


「そうです。珠江を中立地帯とし、両国が共同で管理する。貿易の利益も公平に分配する。そうすれば、両国にとって利益となるはずです」


楊天虎は静かに頷いた。


「これが我が国の提案だ。貴国の返答を待とう」


陸遠は深く考え込んだ。


「わかりました。この提案を我が国王に伝えます。しかし」


彼は一瞬言葉を切った。


「もし我が国がこの提案を拒否した場合、玄龍国はどのような行動を取るおつもりでしょうか」


楊天虎は冷ややかに答えた。


「それは、貴国の対応次第だ。だが、覚えておいてほしい。玄龍国は、決して理不尽な要求には屈しない」


陸遠は深々と頭を下げた。


「かしこまりました。必ずや我が国王に伝えます」


陸遠が退出した後、楊天虎は深いため息をついた。


「李玄策、どう思う?」


李玄策は静かに答えた。


「陛下、彼らは必ず我々の提案を拒否するでしょう」


「そうか。では、なぜそのような提案をした?」


李玄策の目が鋭く光る。


「時間を稼ぐためです。そして、我々の正当性を示すためです」


楊天虎は微笑んだ。


「なるほど。外交とは、まさに時間との戦いだな」


「はい。そして」


李玄策は窓の外を見やった。


「我々には、準備の時間が必要なのです」


楊天虎は静かに立ち上がった。


「よし。では、その準備に取り掛かろう。玄龍国の、そしてこの大陸の未来がかかっているのだからな」


二人は、重い責任を胸に抱きながら、謁見の間を後にした。


外では、夕暮れの空が赤く染まっていた。

それは、やがて訪れる激動の日々を予感させるかのようだった。

## 第三章 嵐の前の静けさ


玄龍暦10年、夏。

長楽の宮殿は、異様な緊張感に包まれていた。


楊天虎は、新設された設置された作戦室で、李玄策や孫風雷たちと向き合っていた。壁には大陸の詳細な地図が掲げられ、珠江を中心に多くの駒が配置されている。


「では、準備の状況を聞こう」楊天虎が静かに言った。


孫風雷が一歩前に出た。


「はい。南海艦隊の増強は予定通り進んでおります。現在、珠江の北50里の海域に200隻を展開済みです」


楊天虎は頷いた。


「襄陽の陸軍は?」


「陸軍も増強を完了しました。いつでも南下できる態勢です」


李玄策が続けた。


「補給路の確保も完了しています。長期戦になっても対応できるはずです」


楊天虎は満足げに頷いた。


「よくやってくれた。だが」


彼の表情が曇る。


「碧波国からの返答はまだか?」


趙明月が答えた。


「はい。まだ返答はありません。しかし、我々の諜報によると、碧波国も着々と軍備を整えているようです」


部屋に重い沈黙が落ちる。


楊天虎は地図を見つめながら、静かに言った。


「彼らは必ず我々の提案を拒否するだろう。そして、それが開戦の口実となる」


李玄策が慎重に口を開いた。


「陛下、開戦となれば、多くの民が犠牲になります。何か他の方法は...」


楊天虎は李玄策をじっと見つめた。


「李玄策、お前ならどうする?」


李玄策は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「まず、国際世論を味方につける必要があります。碧波国の不当な要求と、我々の正当性を広く訴える。そして」


彼の目が鋭く光る。


「珠江の民衆を動かすのです」


楊天虎の眉が上がった。


「民衆を?」


「はい。碧波国の占領に不満を持つ民衆は多いはずです。彼らの力を借りれば、内部から碧波国の支配を揺るがすことができます」


楊天虎は深く考え込んだ。


「危険な賭けだな。民衆を巻き込めば、さらなる犠牲が出る可能性もある」


李玄策は静かに頷いた。


「はい。しかし、それでも全面戦争よりは犠牲は少ないはずです」


楊天虎は長い沈黙の後、決断を下した。


「わかった。その方針で進めよう」


彼は趙明月に向き直った。


「趙明月、すぐに各国の使節に我々の立場を説明せよ。そして」


楊天虎は李玄策を見た。


「李玄策、お前は珠江の民衆との連絡を図れ。だが、慎重に行動するように」


「御意に従います」


その時、突如として扉が開き、一人の伝令が飛び込んできた。


「陛下!碧波国からの使者が再び到着しました!」


雰囲気が急に変わった。


楊天虎は静かに立ち上がった。


「わかった。謁見の間に案内せよ」


彼は李玄策に目を向けた。


「李玄策、お前もついてこい」


二人が部屋を出ようとしたとき、孫風雷が声をかけた。


「陛下、くれぐれもお気をつけて」


楊天虎は微笑んだ。


「心配するな。我々には、玄龍の民の力がある」


そう言って、楊天虎と李玄策は謁見の間へと向かった。


碧波国使者との再会。それは、玄龍国の、そして大陸全体の運命を決する瞬間となるのだった。


外では、夏の陽光が眩しく輝いていた。

しかし、その光は今や、迫り来る嵐の前の一瞬の静けさのようにも見えた。




## 第四章 外交の舞台裏


謁見の間の空気は、まるで凍りついたかのようだった。


楊天虎は玉座に座し、李玄策を従えて、碧波国の使者・陸遠を見下ろしていた。陸遠の表情には、前回の会見時には見られなかった緊張感が漂っている。


「陸遠卿」楊天虎の声が静かに響く。「再びの来訪、歓迎する。碧波国王の返答を聞こう」


陸遠は深々と頭を下げた。


「玄龍皇帝陛下、申し上げます。我が国王は、玄龍国の提案を慎重に検討いたしました」


彼は一瞬言葉を切った。


「そして...」


楊天虎の目が鋭く光る。


「そして?」


「申し訳ございません。我が国王は、玄龍国の提案を受け入れることはできないと...」


部屋に重い沈黙が落ちる。


楊天虎は静かに立ち上がった。


「そうか。では、碧波国は珠江からの撤退を拒否するということだな」


陸遠は慌てて言葉を継いだ。


「いえ、そうではございません。我が国王は、新たな提案を用意しております」


楊天虎の眉が上がる。


「ほう、新たな提案とは」


陸遠は巻物を取り出した。


「はい。珠江の共同管理ではなく、分割統治を提案いたします。港の南側を碧波国が、北側を玄龍国が管理する。そして、貿易収益は6対4で碧波国が多く取る。これが我が国王の提案でございます」


楊天虎は李玄策を一瞬見つめた。李玄策の表情は、微動だにしない。


「なるほど」楊天虎が静かに言った。「だが、なぜ碧波国がより多くの利益を得るのだ?」


陸遠は答えた。


「我が国には、より多くの商船と貿易網があります。それゆえ、より大きな責任を負うべきだと...」


楊天虎は陸遠の言葉を遮った。


「責任か。だが、その『責任』とやらは、武力で奪い取ったものではないのか」


陸遠の表情が強張る。


「陛下、それは...」


その時、李玄策が静かに一歩前に出た。


「陸遠殿、一つ質問よろしいでしょうか」


陸遠は李玄策を見つめた。


「どうぞ」


「碧波国は、珠江の民の意思をどのように考慮されたのでしょうか」


陸遠の目が見開かれた。


「民の...意思?」


李玄策は静かに続けた。


「はい。珠江の民は、この分割統治をどう思っているのでしょうか。彼らの生活、彼らの願いは、この提案にどう反映されているのでしょうか」


陸遠は言葉に詰まった。


楊天虎は微笑んだ。


「よい質問だ、李玄策。陸遠卿、この質問にお答えいただきたい」


陸遠は冷や汗を浮かべながら答えた。


「申し訳ございません。その点については...検討が不十分でした」


楊天虎は静かに頷いた。


「わかった。では、我々の回答はこうだ」


彼は陸遠をじっと見つめた。


「我々は、碧波国の新たな提案を検討する。だが、それには条件がある」


「条件、でしょうか」


「そうだ。珠江の民の意思を確認するのだ。彼らが望む統治の形を、我々は尊重する」


陸遠は驚きの表情を隠せなかった。


「し、しかし、それは...」


楊天虎は毅然とした態度で言った。


「これが我々の条件だ。碧波国がこれを受け入れないのであれば、我々は独自の行動を取る」


陸遠は深々と頭を下げた。


「かしこまりました。必ずや我が国王に伝えます」


陸遠が退出した後、李玄策が楊天虎に近づいた。


「陛下、見事でした」


楊天虎は微笑んだ。


「いや、お前の一言があったからこそだ。だが」


彼の表情が厳しくなる。


「これで終わりではない。むしろ、本当の戦いはこれからだ」


李玄策は静かに頷いた。


「はい。珠江の民の心を掴むこと、そして碧波国の次の一手に備えること」


楊天虎は窓の外を見やった。

夕暮れの空が、赤く染まっていた。


「李玄策、我々には時間がない。すぐに行動に移るぞ」


「御意に従います」


二人は、重い責任と新たな希望を胸に、謁見の間を後にした。


玄龍国と碧波国の攻防は、新たな段階に入ろうとしていた。

そして、その結末は誰にも予測できなかった。


## 第五章 民の声


玄龍暦10年、晩夏。

珠江の町は、蒸し暑さと緊張感に包まれていた。


楊天虎と李玄策は、変装して町の中を歩いていた。二人の周りには、十数名の精鋭部隊が、商人や旅人を装って散らばっている。


「どうだ、李玄策。民の様子は」楊天虎が小声で尋ねた。


李玄策は慎重に周囲を見回しながら答えた。


「思った以上に複雑です。碧波国の占領に不満を持つ者も多いですが、現状維持を望む声もあります」


楊天虎は眉をひそめた。


「現状維持だと?なぜだ」


「商人たちの中には、碧波国の広大な交易網を利用したい者もいるようです。また、急激な変化を恐れる声もあります」


二人は市場に足を踏み入れた。そこでは、様々な商品が取引され、活気に満ちていた。


突如、一人の老人が楊天虎に近づいてきた。


「お客さん、上等な茶葉はいかがですか?」


楊天虎は微笑んで答えた。


「ありがとう。ところで、最近の町の様子はどうかね」


老人は周囲を見回してから、小声で答えた。


「碧波の連中は、表面上は穏やかですがね。裏では、あらゆるものに税金をかけようとしている。このままじゃ、我々の生活が...」


その時、一人の碧波国の兵士が近づいてきた。老人は慌てて立ち去った。


楊天虎と李玄策は、さらに町を歩き回った。彼らは漁師、職人、学者など、様々な階層の人々と接触し、その声を聞いた。


日が暮れる頃、二人は町はずれの隠れ家に戻った。


「どうだ、李玄策。民の声をどう読む」


李玄策は深く考え込んだ表情で答えた。


「陛下、民の心は揺れています。碧波国の支配に不満を持つ者は確かに多い。しかし、玄龍国を全面的に支持しているわけでもありません」


楊天虎は頷いた。


「つまり、我々はまだ民の心を完全には掴めていないということか」


「はい。しかし」


李玄策の目が鋭く光った。


「これは、むしろチャンスかもしれません」


「どういうことだ?」


「民が玄龍国と碧波国の間で揺れているからこそ、我々の真の姿を示す機会があるのです」


楊天虎は深く考え込んだ。


「なるほど。では、どのような行動を取るべきだと」


その時、突如として扉が開き、一人の伝令が飛び込んできた。


「陛下!大変です!」


楊天虎と李玄策は驚いて振り返った。


「何事だ?」


「碧波国が、珠江の民に対して新たな税制を布告しました。これにより、多くの商人や職人が破産の危機に...」


楊天虎の表情が一変した。


「李玄策!」


「はい」


「これは我々のチャンスだ。すぐに行動を起こそう」


李玄策は深々と頭を下げた。


「御意。では、こういたしましょう」


彼は楊天虎に近づき、耳打ちした。楊天虎の目が輝きを増していく。


「素晴らしい。すぐに実行に移せ」


その夜、珠江の町に、一枚の布告が貼り出された。


「玄龍国は、碧波国の不当な課税に抗議し、珠江の民のために立ち上がることをここに宣言する」


布告の内容は、瞬く間に町中に広まった。


翌朝、珠江の広場には、大勢の民衆が集まっていた。


そこに、一人の男が現れた。変装を解いた楊天虎だ。


「諸君」


彼の声が、広場に響き渡る。


「我は玄龍皇帝・楊天虎である。諸君の苦しみを、この目で見、この耳で聞いた」


民衆からどよめきが起こる。


「我々は、諸君の自由と繁栄のために戦う。碧波国の圧政から、諸君を解放する。だが」


楊天虎は一瞬言葉を切った。


「それには、諸君の協力が必要だ。共に、新たな珠江を作り上げようではないか」


広場に、静寂が訪れた。


そして、一人、また一人と、民衆から拍手が起こり始めた。


やがて、その拍手は大きなうねりとなり、珠江の町全体を包み込んだ。


楊天虎は、李玄策を見つめた。李玄策の目には、勝利の光が宿っていた。


しかし、二人は知っていた。これはまだ始まりに過ぎないことを。

真の戦いは、これからなのだ。


## 第七章 内政と外交の岐路


玄龍暦2年、秋。

長楽の宮殿は、落ち着きを取り戻しつつあった。


玉座の間で、楊天虎は新たに設けられた枢密院の面々と向き合っていた。李玄策を筆頭に、軍事を担当する孫風雷、外交を担う趙明月、そして財政を預かる王守財が揃っていた。


「では、各省の報告を聞こう」楊天虎が口を開いた。


李玄策が最初に立ち上がる。


「はい。内政については、科挙制度の導入により、有能な人材が続々と登用されています。また、税制改革により、国庫の収入も安定してきました」


楊天虎は満足げに頷いた。


次に孫風雷が報告する。


「軍の再編成は順調です。ただ、西方の山岳地帯で、まだ小規模な抵抗が続いています」


「そうか。注意深く見守っていてくれ」


趙明月が一歩前に出た。


「陛下、東の海の向こう、碧波国からの使者が到着しています。我が国との通商条約の締結を望んでいるようです」


楊天虎の眉が寄る。


「碧波国か...李玄策、お前はどう思う?」


李玄策は慎重に言葉を選んだ。


「碧波国は海洋国家として知られています。彼らとの通商は我が国の発展に寄与するでしょう。しかし」


「しかし?」


「彼らの真の狙いは、我が国の内情を探ることかもしれません」


楊天虎は深く考え込んだ。


「趙明月、使者との会談を設定してくれ。だが、慎重に対応するように」


「御意に従います」


最後に王守財が報告を始めた。


「陛下、財政については」


その時、突如として扉が開き、一人の伝令が飛び込んできた。


「陛下!大変です!西方の檀石山で大規模な山賊の襲撃が!」


部屋の空気が一変する。


楊天虎は即座に立ち上がった。


「詳しい状況は?」


「檀石山の麓にある鉱山町が襲撃を受け、多くの民が人質に取られているとのことです」


楊天虎は孫風雷に向き直る。


「すぐに救援部隊を」


「御意」


孫風雷が退室する中、李玄策が口を開いた。


「陛下、この襲撃、単なる山賊の仕業とは思えません」


「どういうことだ?」


「檀石山の鉱山は、我が国の重要な鉄の供給源です。これを狙ったということは」


楊天虎の目が鋭く光る。


「背後に何者かがいるということか」


李玄策は静かに頷いた。


「調査が必要です」


「わかった。お前が直接行ってくれ」


李玄策は深々と頭を下げ、部屋を後にした。


その夜、楊天虎は一人、書斎で思索にふけっていた。

玄龍国は、ようやく安定の兆しを見せ始めたところだった。しかし、新たな脅威が次々と現れる。


内政を固めるべきか、それとも外に目を向けるべきか。

楊天虎の心は、揺れていた。


そのとき、扉がそっと開く音がした。


「陛下」


声の主は、趙明月だった。


「碧波国の使者との会談の件ですが」


楊天虎は、趙明月をじっと見つめた。


「聞こう」


「はい。使者の態度に、どこか焦りのようなものを感じました」


「焦り?」


趙明月は慎重に言葉を選びながら続けた。


「はい。まるで、我が国と早急に関係を結ばなければならない理由でもあるかのように」


楊天虎は、窓の外の夜空を見つめた。


「なるほど。李玄策の言う通り、彼らには何か隠された意図がありそうだな」


「ではどうされますか?」


楊天虎は、しばしの沈黙の後、静かに答えた。


「当面は、友好的な態度を示しつつ、警戒を怠らないようにしよう。そして」


彼は趙明月に向き直った。


「碧波国の内情について、できる限りの情報を集めてくれ」


「御意に従います」


趙明月が退室した後、楊天虎は再び夜空を見上げた。


玄龍国は今、内政と外交の岐路に立っていた。

そして、その選択が国の運命を大きく左右することになるだろう。


楊天虎は、静かに決意を固めた。

どんな困難が待ち受けていようとも、この国を、民のための国として築き上げる。

それが、自らに課せられた使命なのだと。


夜更けの宮殿に、新たな時代の幕開けを告げる鐘の音が鳴り響いた。




## 第七章 北方の嵐


玄龍暦10年、晩秋。

長楽の宮殿は、緊迫した空気に包まれていた。


楊天虎は玉座に座し、李玄策をはじめとする重臣たちを前に、厳しい表情で状況報告を聞いていた。


「報告せよ」楊天虎の声が低く響く。


孫風雷が一歩前に出た。


「はい。北方の遊牧民連合、『蒼狼軍』が大規模に蜂起しました。その数、およそ二十万。すでに北方三州を制圧し、南下を続けています」


楊天虎の眉間に深い皺が刻まれる。


「なぜ今になって...」


李玄策が静かに口を開いた。


「おそらく、珠江での我々の勝利を見て、玄龍国の力が南方に集中していると判断したのでしょう」


楊天虎は深くため息をついた。


「油断があったな。北方の懐柔が不十分だった」


趙明月が進み出る。


「陛下、蒼狼軍の首領、テムゲ・ハンからの書状が届いております」


楊天虎は顔を上げた。


「読め」


趙明月は巻物を広げ、声高らかに読み上げた。


「玄龍皇帝へ。我らは長年、玄龍国の圧政に耐えてきた。今こそ、草原の民の自由を取り戻す時が来た。我らに平原を返せ。さもなくば、長楽を蹂躙する」


部屋に重い沈黙が落ちる。


楊天虎はゆっくりと立ち上がった。


「諸卿、意見を聞こう」


王守財が慌てて口を開いた。


「陛下、我が国の国力は珠江での戦いで消耗しています。蒼狼軍の要求を一部受け入れ、和平交渉を...」


しかし、孫風雷が遮った。


「いや、それでは玄龍国の威信が地に落ちる。即座に大軍を送り、蒼狼軍を撃滅すべきです」


議論が白熱する中、楊天虎は静かに李玄策を見つめた。


「李玄策、お前の考えは?」


李玄策は深く息を吐いた。


「陛下、全面戦争も、全面譲歩も得策ではありません。まず、時間を稼ぐ必要があります」


「どういうことだ?」


「蒼狼軍は二十万とはいえ、烏合の衆です。冬を越せば、彼らの団結は緩むでしょう。その間に我々は態勢を整え、内部から彼らを分断する」


楊天虎は深く考え込んだ。


「具体的には?」


「まず、テムゲ・ハンとの交渉の場を設けます。同時に、蒼狼軍を構成する各部族の首長たちに密使を送り、個別に取り引きを持ちかけるのです」


楊天虎の目が輝いた。


「なるほど。だが、それには時間がかかる。その間、民を守るには?」


李玄策は地図を指さした。


「襄陽に大軍を配置し、防衛線を構築します。同時に、各地に小規模な部隊を展開させ、ゲリラ戦で蒼狼軍の進軍を遅らせるのです」


楊天虎は満足げに頷いた。


「よし、その策で行こう」


しかし、その時だった。


「陛下!」


扉が開き、一人の伝令が駆け込んできた。


「碧波国が...碧波国が蒼狼軍に援軍を送ったとの報が!」


部屋の空気が凍りつく。


楊天虎の表情が一変した。


「李玄策!」


「はい」


「碧波国の意図は?」


李玄策の目が鋭く光る。


「珠江での敗北の報復...いや、それだけではありません。玄龍国を南北から挟み撃ちにする狙いがあるのでしょう」


楊天虎は拳を握りしめた。


「くっ...我々は袋のねずみにされかけているのか」


李玄策は静かに言った。


「いいえ、陛下。これはピンチであると同時に、チャンスでもあります」


楊天虎は李玄策をじっと見つめた。


「どういうことだ?」


「碧波国の動きにより、国際社会の目が我々に向けられます。この機に乗じて、玄龍国の正当性を世界に示せるのです」


楊天虎の目が輝きを増した。


「なるほど...」


彼は決然とした様子で立ち上がった。


「よし、すぐに行動を起こそう。李玄策、外交工作を頼む。孫風雷、軍の編成だ。趙明月、各国への使者の派遣を」


重臣たちが一斉に頭を下げる。


「御意!」


楊天虎は窓の外を見やった。

冷たい北風が、宮殿の庭の木々を揺らしている。


玄龍国は今、建国以来最大の危機に直面していた。

しかし、その危機こそが、新たな飛躍の機会となるかもしれない。


楊天虎の胸に、不安と期待が交錯した。



## 第八章 外交の舞台


玄龍暦10年、初冬。

長楽の宮殿には、各国の使節が集められていた。


楊天虎は、玉座に座して厳かな表情で列席者を見渡した。李玄策が彼の右手に立ち、静かに状況を観察している。


「諸国の使節たちよ」楊天虎の声が響く。「本日、諸君を招いたのは、重大な事態を報告するためだ」


彼は一瞬言葉を切り、緊張感を高めた。


「北方の遊牧民連合『蒼狼軍』が我が国を侵略し、さらに碧波国がこれに加担している。これは単なる地域紛争ではない。大陸全体の秩序を脅かす事態なのだ」


使節たちの間でざわめきが起こる。


楊天虎は続けた。


「我が玄龍国は、平和的な解決を望んでいる。しかし、理不尽な要求には屈しない。諸国の公平な判断と協力を求める」


西方の山岳国家・落霞国の使節が立ち上がった。


「玄龍皇帝陛下、我が国は貴国の立場を理解します。しかし、これは玄龍国と碧波国、そして遊牧民の問題ではないでしょうか。他国が介入する理由は?」


李玄策が一歩前に出て答えた。


「尊敬する落霞国の使節殿。この問題が拡大すれば、必ず諸国にも影響が及びます。貿易路の混乱、難民の発生...これらは全ての国の問題となるのです」


南方の島国連合・翠浪国の使節が口を開いた。


「では、玄龍国は具体的に何を望むのでしょう?」


楊天虎が答える。


「我々は、国際的な調停を求める。中立国による仲介の下、全ての当事国が対等な立場で話し合いの場を持つことだ」


使節たちの間で、静かな議論が始まった。


その時、突如として扉が開き、一人の伝令が駆け込んできた。


「陛下!緊急報告です!」


楊天虎は眉をひそめた。


「何事だ?ここで話せ」


伝令は息を切らせながら報告した。


「碧波国の艦隊が、南海で我が国の貿易船団を襲撃しました!多くの民間人が犠牲に...」


会場が騒然となる。


楊天虎は李玄策と目を合わせた。李玄策の目が鋭く光る。


楊天虎は静かに立ち上がった。


「諸君、今の報告を聞いた通りだ。碧波国は、戦争のルールさえも無視し始めた。これは、もはや玄龍国だけの問題ではない。国際社会全体の危機なのだ」


落霞国の使節が再び立ち上がった。


「玄龍皇帝陛下、我が国は貴国の立場を支持します。国際的な調停に、我々も参加する用意があります」


次々と、他の使節たちも賛同の意を示し始めた。


会議の後、楊天虎と李玄策は密談の間に戻った。


「見事だったぞ、李玄策」楊天虎が笑みを浮かべる。


李玄策は静かに頭を下げた。


「いえ、全ては陛下のお導きのおかげです」


楊天虎は首を振った。


「いや、碧波国の襲撃...あれは本当に偶然だったのか?」


李玄策の目が僅かに細まる。


「...陛下の慧眼には敵いません。あれは、我が国の工作員の仕業です」


楊天虎は深くため息をついた。


「そうか。民を危険に晒すことになったが...」


「はい。しかし、これにより国際社会の支持を得られました。長い目で見れば、より多くの命を救うことになるでしょう」


楊天虎は窓の外を見やった。雪が静かに降り始めていた。


「李玄策よ。我々は、正しいことをしているのだろうか」


李玄策は真剣な表情で答えた。


「陛下、正義とは時に残酷なものです。しかし、我々には民を守る責任がある。その責任を果たすためなら...」


楊天虎は静かに頷いた。


「そうだな。我々に課せられた使命を、全うせねばならない」


二人は、降り積もる雪を見つめながら、しばしの沈黙を共有した。


玄龍国の運命は、新たな局面を迎えようとしていた。

国際的な支持を得た今、彼らは次なる一手を打つ準備を始めなければならない。


そして、その先には、予期せぬ展開が待ち受けているのだった。



## 第九章 暗流


玄龍暦11年、厳冬。

長楽の宮殿は、厳しい寒さと緊張感に包まれていた。


楊天虎は、作戦室で李玄策や孫風雷たちと向き合っていた。壁には大陸の詳細な地図が掲げられ、様々な場所に駒が配置されている。


「報告せよ」楊天虎の声が低く響く。


孫風雷が一歩前に出た。


「はい。国際調停団の仲介の下、蒼狼軍との和平交渉が始まりました。しかし、テムゲ・ハンは依然として強硬な姿勢を崩していません」


楊天虎は眉をひそめた。


「碧波国の動きは?」


今度は趙明月が答えた。


「碧波国は表向き、和平交渉を支持すると表明しています。しかし、裏では依然として蒼狼軍に武器や物資を供給しているようです」


楊天虎は深くため息をついた。


「李玄策、お前の見立ては?」


李玄策は静かに口を開いた。


「陛下、現状では交渉による解決は難しいでしょう。我々は、より積極的な行動を取る必要があります」


「具体的には?」


李玄策の目が鋭く光る。


「蒼狼軍の内部分断工作をさらに推し進めます。同時に、碧波国の裏切りの証拠を国際社会に暴露し、彼らの立場を弱めるのです」


楊天虎は深く考え込んだ。


「危険な賭けだな。失敗すれば、我々の信用を失うことにもなりかねない」


「はい。しかし、今がチャンスです。冬の間、蒼狼軍の団結は緩んでいます。今こそ一気に」


その時、突如として扉が開き、一人の伝令が駆け込んできた。


「陛下!緊急報告です!」


楊天虎は顔を上げた。


「何事だ?」


「北方の玄武関が陥落しました!蒼狼軍の一部が、我が国の領内に侵入してきています!」


部屋の空気が凍りついた。


楊天虎は即座に立ち上がった。


「孫風雷!すぐに北方防衛軍を」


「御意!」


孫風雷が部屋を飛び出していく。


楊天虎は李玄策を見つめた。


「李玄策、どうしてこうなった?我々の防衛線は...」


李玄策の表情が曇る。


「申し訳ありません。情報が...」


その時、もう一人の伝令が駆け込んできた。


「陛下!さらなる緊急報告です!」


「何だ?」


「玄武関を守備していた将軍・馮雲山が、蒼狼軍に寝返ったとの報が!」


楊天虎の顔が青ざめる。


「馮雲山が...裏切った?」


李玄策の表情が一瞬、強張った。


楊天虎は李玄策をじっと見つめた。


「李玄策、お前は知っていたのか?」


李玄策は深く頭を下げた。


「...申し訳ありません、陛下。馮雲山の不穏な動きは把握していましたが、まさかここまでとは」


楊天虎の目に、怒りの色が宿る。


「なぜ報告しなかった」


「私の判断ミスです。馮雲山を利用して蒼狼軍の内部情報を...」


「黙れ!」


楊天虎の怒声が部屋に響き渡る。


しばしの沈黙の後、楊天虎は低い声で言った。


「李玄策、お前はしばらく政務から外れろ。この事態の収拾は、私が直接指揮を執る」


李玄策は深々と頭を下げた。


「御意に従います」


李玄策が部屋を出ていく姿を、楊天虎は冷ややかな目で見送った。


部屋に残された楊天虎は、窓の外を見やった。

吹雪が、激しく窓を叩いている。


玄龍国は今、建国以来最大の危機に直面していた。

そして、その危機は外敵からだけでなく、内部からも迫っていたのだ。


楊天虎の胸に、怒りと不安、そして決意が交錯した。



## 第十章 孤独な決断


玄龍暦11年、厳冬の最中。

長楽の宮殿は、これまでにない緊張感に包まれていた。


楊天虎は、李玄策不在の作戦室で、残された重臣たちと向き合っていた。壁の地図には、蒼狼軍の侵攻を示す赤い駒が、脅威的な速さで南下している。


「現状を報告せよ」楊天虎の声が、いつになく厳しく響く。


孫風雷が一歩前に出た。


「はい。蒼狼軍の先鋒が既に玄武関を越え、襄陽への進軍を開始しています。我が軍は各地で応戦していますが、馮雲山の裏切りにより、防衛線に大きな穴が空いてしまいました」


楊天虎は拳を握りしめた。


「襄陽の守備は?」


「急遽、増強を図っていますが、時間が足りません。このままでは...」


楊天虎は深くため息をついた。


「碧波国の動きは?」


趙明月が答える。


「依然として表向きは中立を保っています。しかし、蒼狼軍への物資供給は続いているようです」


楊天虎は地図をじっと見つめた。

そこには、玄龍国の危機的状況が如実に表れている。


「諸卿」楊天虎がゆっくりと口を開いた。「率直な意見を聞かせてくれ。この状況をどう打開すべきか」


重臣たちの間に、不安げな視線が行き交う。


王守財が恐る恐る口を開いた。


「陛下、現状では...蒼狼軍の要求を一部受け入れ、和平交渉を」


しかし、孫風雷が遮った。


「いや、それでは玄龍国の威信が地に落ちる。ここは一か八か、全軍を動員して反撃に」


議論が白熱する中、楊天虎は静かに目を閉じた。

李玄策がいれば、どんな策を講じただろうか。


しかし今、決断を下すのは楊天虎自身だ。


「よし、決めた」


楊天虎の声に、部屋が静まり返る。


「我々は、襄陽での決戦を避ける。代わりに、首都・長楽への退却戦を展開する」


重臣たちから驚きの声が上がる。


「しかし陛下、それでは国土の大半を...」


楊天虎は手を上げて、意見を遮った。


「わかっている。だが、今は時間を稼ぐことが最も重要だ。長楽は堅固な城壁に守られている。ここで持ちこたえれば、必ず反撃の機会は訪れる」


彼は地図を指さした。


「各地の軍に撤退の指示を出せ。同時に、長楽の防衛を最大限に強化する。食糧、武器、すべてをここに集中させろ」


楊天虎の目に、強い決意の色が宿っていた。


「そして、私自身がこの作戦の指揮を執る」


重臣たちは、驚きと敬意の入り混じった目で楊天虎を見つめた。


「御意!」


重臣たちが退室した後、楊天虎は一人、窓辺に立った。

外では、雪が激しく降り続いている。


彼の脳裏に、李玄策の姿が浮かんだ。

その知略と冷静さが、今ほど恋しく思えたことはない。


しかし、今は自らの力で這い上がるしかない。

玄龍国の、そして民の未来がかかっているのだから。


楊天虎は静かに呟いた。


「李玄策...お前がいなくても、この国を守ってみせる」


彼の瞳に、強い決意の光が宿った。


玄龍国の運命を賭けた戦いが、今まさに始まろうとしていた。



## 第十章 孤独な決断


玄龍暦11年、厳冬の最中。

長楽の宮殿は、これまでにない緊張感に包まれていた。


楊天虎は、李玄策不在の作戦室で、残された重臣たちと向き合っていた。壁の地図には、蒼狼軍の侵攻を示す赤い駒が、脅威的な速さで南下している。


「現状を報告せよ」楊天虎の声が、いつになく厳しく響く。


孫風雷が一歩前に出た。


「はい。蒼狼軍の先鋒が既に玄武関を越え、襄陽への進軍を開始しています。我が軍は各地で応戦していますが、馮雲山の裏切りにより、防衛線に大きな穴が空いてしまいました」


楊天虎は拳を握りしめた。


「襄陽の守備は?」


「急遽、増強を図っていますが、時間が足りません。このままでは...」


楊天虎は深くため息をついた。


「碧波国の動きは?」


趙明月が答える。


「依然として表向きは中立を保っています。しかし、蒼狼軍への物資供給は続いているようです」


楊天虎は地図をじっと見つめた。

そこには、玄龍国の危機的状況が如実に表れている。


「諸卿」楊天虎がゆっくりと口を開いた。「率直な意見を聞かせてくれ。この状況をどう打開すべきか」


重臣たちの間に、不安げな視線が行き交う。


王守財が恐る恐る口を開いた。


「陛下、現状では...蒼狼軍の要求を一部受け入れ、和平交渉を」


しかし、孫風雷が遮った。


「いや、それでは玄龍国の威信が地に落ちる。ここは一か八か、全軍を動員して反撃に」


議論が白熱する中、楊天虎は静かに目を閉じた。

李玄策がいれば、どんな策を講じただろうか。


しかし今、決断を下すのは楊天虎自身だ。


「よし、決めた」


楊天虎の声に、部屋が静まり返る。


「我々は、襄陽での決戦を避ける。代わりに、首都・長楽への退却戦を展開する」


重臣たちから驚きの声が上がる。


「しかし陛下、それでは国土の大半を...」


楊天虎は手を上げて、意見を遮った。


「わかっている。だが、今は時間を稼ぐことが最も重要だ。長楽は堅固な城壁に守られている。ここで持ちこたえれば、必ず反撃の機会は訪れる」


彼は地図を指さした。


「各地の軍に撤退の指示を出せ。同時に、長楽の防衛を最大限に強化する。食糧、武器、すべてをここに集中させろ」


楊天虎の目に、強い決意の色が宿っていた。


「そして、私自身がこの作戦の指揮を執る」


重臣たちは、驚きと敬意の入り混じった目で楊天虎を見つめた。


「御意!」


重臣たちが退室した後、楊天虎は一人、窓辺に立った。

外では、雪が激しく降り続いている。


彼の脳裏に、李玄策の姿が浮かんだ。

その知略と冷静さが、今ほど恋しく思えたことはない。


しかし、今は自らの力で這い上がるしかない。

玄龍国の、そして民の未来がかかっているのだから。


楊天虎は静かに呟いた。


「李玄策...お前がいなくても、この国を守ってみせる」


彼の瞳に、強い決意の光が宿った。


玄龍国の運命を賭けた戦いが、今まさに始まろうとしていた。


## 第十一章 嵐の中の退却


玄龍暦11年、厳冬の終わり。

玄龍国の各地で、大規模な撤退が始まっていた。


楊天虎は、長楽の城壁の上に立ち、北方から続々と到着する難民と兵士たちを見下ろしていた。厳しい寒さの中、人々の息は白く凍りついている。


「陛下」


孫風雷が近づいてきた。その顔には疲労の色が濃い。


「襄陽からの最後の部隊が到着しました。これで予定していた全ての部隊と民の退避が完了します」


楊天虎は静かに頷いた。


「よくやってくれた。犠牲は?」


孫風雷の表情が曇る。


「襄陽での後衛戦で、約三千の兵が...」


楊天虎は目を閉じ、深く息を吐いた。


「そうか...彼らの犠牲を無駄にはしない」


その時、一人の伝令が駆け寄ってきた。


「陛下!蒼狼軍の先鋒が、長楽の百里圏内に入りました!」


楊天虎の目が鋭く光る。


「予想より早いな。防衛の準備は?」


孫風雷が答える。


「城壁の補強は完了し、食糧と武器の備蓄も十分です。しかし...」


「しかし?」


「民の不安が高まっています。街中で暴動の兆しが」


楊天虎は眉をひそめた。


「わかった。すぐに民衆に向けて演説をする。場所を用意せよ」


「御意」


一時間後、長楽の中央広場。

数万の民衆が不安げな表情で集まっていた。


楊天虎は高台に立ち、群衆を見渡した。


「我が玄龍国の民よ」


その声に、広場が静まり返る。


「我々は今、建国以来最大の危機に直面している。しかし、恐れることはない」


楊天虎の声に力強さが増していく。


「長楽は、我々の祖先が築いた不落の城だ。ここで我々は踏みとどまり、そして必ず反撃に転じる」


彼は拳を握りしめた。


「私は、諸君と共にここで戦う。苦難は必ず訪れるだろう。だが、我々が一つになれば、どんな敵も恐れることはない」


群衆から、小さな拍手が起こり始めた。


「玄龍国の未来は、諸君の手の中にある。共に、この国を守り抜こうではないか!」


大きな歓声が沸き起こった。


演説の後、楊天虎は作戦室に戻った。

そこには、趙明月が待っていた。


「陛下、碧波国からの使者が到着しています」


楊天虎の表情が引き締まる。


「よし、会おう」


碧波国の使者・陸遠は、深々と頭を下げた。


「玄龍皇帝陛下。我が国王からの親書をお持ちしました」


楊天虎は静かに巻物を受け取り、目を通した。

その表情が、徐々に厳しくなっていく。


「ほう...我が国が降伏すれば、蒼狼軍を撤退させる。そのかわり、北方と西方の領土を割譲せよ、と」


陸遠は答えない。


楊天虎は巻物を閉じ、陸遠をじっと見つめた。


「陸遠卿。貴国は、我が国がそれほど簡単に屈すると思っているのか」


陸遠の表情が強張る。


「いえ、そのような...」


「帰るがいい。我が国の答えはノーだ。最後の一兵まで戦う」


陸遠が退出した後、楊天虎は窓の外を見やった。

雪は止み、薄日が差し始めていた。


その時、突然の騒ぎが聞こえてきた。


「陛下!」


孫風雷が慌てて駆け込んでくる。


「何事だ?」


「李玄策が...李玄策が戻ってきました!」


楊天虎の目が見開かれた。


「何だと?」


部屋の扉が開き、そこに李玄策の姿があった。

痩せ衰え、風塵にまみれているが、その目は以前にも増して鋭い光を宿している。


「陛下...ただいま戻りました」


楊天虎は、複雑な表情で李玄策を見つめた。


玄龍国の運命を左右する新たな展開が、今まさに始まろうとしていた。



## 第十二章 再会と決意


玄龍暦11年、早春。

長楽の宮殿内、楊天虎の私室。


楊天虎と李玄策が向かい合っていた。部屋には重い沈黙が流れている。


「李玄策」楊天虎がようやく口を開いた。「どこで何をしていた」


李玄策は深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、陛下。私は北方へ向かい、蒼狼軍の内情を探っておりました」


楊天虎の眉が寄る。


「勝手な行動だったな」


「はい。ですが」李玄策の目が鋭く光る。「重要な情報を得ることができました」


楊天虎は身を乗り出した。


「話せ」


李玄策は静かに説明を始めた。


「蒼狼軍の内部に亀裂が生じています。テムゲ・ハンの強引な指導に不満を持つ部族が少なくありません。また」


彼は一瞬言葉を切った。


「馮雲山の裏切りも、実は我々に有利に働く可能性があります」


楊天虎の目が見開かれた。


「どういうことだ」


「馮雲山は、蒼狼軍の中で過度に優遇されています。これにより、元からいた将軍たちの不満が高まっているのです」


楊天虎は深く考え込んだ。


「つまり、内部分断の可能性があるということか」


「はい。そして、もう一つ」


李玄策の表情が引き締まる。


「碧波国の真の狙いがわかりました」


「何だ?」


「彼らは、玄龍国と蒼狼軍が互いに消耗し合うのを待っているのです。その後、漁夫の利を得ようとしています」


楊天虎は拳を握りしめた。


「くっ...やはりな」


しばしの沈黙の後、楊天虎は静かに言った。


「李玄策。お前の行動は軽率だった。だが」


彼は李玄策をまっすぐ見つめた。


「その情報は、我々にとって極めて重要だ。よくやってくれた」


李玄策の目に、安堵の色が浮かぶ。


「ありがとうございます、陛下」


楊天虎は立ち上がった。


「さあ、新たな作戦を立てよう。蒼狼軍も、碧波国も、彼らの思惑通りにはいかせん」


二人は作戦室へと向かった。


作戦室には、孫風雷や趙明月たちが待機していた。


「諸卿」楊天虎が声を上げる。「李玄策が重要な情報をもたらした。我々の反撃の時が来たのだ」


重臣たちの目が、期待に満ちて輝く。


李玄策が地図を指さしながら説明を始めた。


「まず、蒼狼軍の内部分断を促進します。特定の部族の首長たちに密使を送り、独立を約束して寝返らせるのです」


孫風雷が口を挟む。


「しかし、我々にその余力が?」


楊天虎が答えた。


「ある。我々には、民の力がある」


彼は趙明月に向き直った。


「趙明月、碧波国の二枚舌外交の証拠を集めよ。そして、各国の使節に公開するのだ」


「御意」


楊天虎は再び全員を見渡した。


「我々は、三つの戦線で戦う。蒼狼軍との直接対決、彼らの内部分断、そして国際社会での外交戦だ」


李玄策が付け加えた。


「そして最後に、碧波国への反撃です」


楊天虎は頷いた。


「そうだ。彼らの思惑を打ち砕き、この大陸に真の平和をもたらすのだ」


部屋に、力強い空気が満ちる。


その時、一人の伝令が駆け込んできた。


「陛下!蒼狼軍の本隊が、城壁の五十里まで接近しました!」


楊天虎は全員を見渡した。


「いよいよだ。全軍に戦闘準備を命じよ。そして」


彼は李玄策を見つめた。


「李玄策、お前は再び宰相として、我が右腕となれ」


李玄策は深々と頭を下げた。


「この命、玄龍のためにございます」


窓の外では、春の陽光が輝いていた。

それは、玄龍国の新たな章の幕開けを告げているかのようだった。


玄龍国の運命を賭けた最後の戦いが、今まさに始まろうとしていた。


## 第十三章 決戦の刻


玄龍暦11年、春真っ盛り。

長楽の城壁は、緊張感に包まれていた。


楊天虎は、最前線の城壁の上に立ち、遥か北方に広がる蒼狼軍の陣営を見つめていた。李玄策が彼の右に、孫風雷が左に控えている。


「どうだ、敵の様子は」楊天虎が尋ねる。


孫風雷が答えた。


「総勢約15万。テムゲ・ハンの本陣は中央、両翼に馮雲山と蒼狼軍の古参将軍・狼牙が陣を構えています」


楊天虎は頷いた。


「李玄策、我々の策は?」


李玄策が静かに口を開いた。


「陛下、まず第一に、敵の内部分断工作の成果を待ちます。我々の密使が、狼牙の部隊に働きかけています」


「効果はあるのか?」


「狼牙は馮雲山への不満を募らせています。戦いが始まれば、彼は裏切る可能性が高い」


楊天虎の目が鋭く光る。


「よし。では、開戦の時は?」


その時、遠くから太鼓の音が響いてきた。

蒼狼軍の陣営が、騒がしくなる。


孫風雷が叫んだ。


「陛下!敵が動きます!」


楊天虎は拳を握りしめた。


「全軍、戦闘態勢!」


玄龍軍の兵士たちが、一斉に武器を構える。


蒼狼軍の先鋒が、猛烈な勢いで攻め寄せてきた。

城壁に矢が雨あられと降り注ぐ。


「応戦だ!」楊天虎の声が響く。


玄龍軍の弓兵たちが反撃を開始。激しい矢の応酬が始まった。


戦いは膠着状態に陥ったかに見えた。

しかし、その時だった。


「陛下!」李玄策が叫ぶ。「蒼狼軍の左翼が乱れています!」


楊天虎が目を凝らすと、確かに左翼の狼牙の部隊が混乱している。


「狼牙の裏切りか」


李玄策が頷く。


「はい。ここが好機です」


楊天虎は即座に命令を下した。


「孫風雷!左翼に突撃せよ!」


「御意!」


孫風雷が率いる騎兵隊が、城門から飛び出し、混乱する敵軍に襲いかかった。


戦況は一転する。

蒼狼軍の陣形が大きく崩れ始めた。


その時、一人の伝令が駆け寄ってきた。


「陛下!碧波国からの緊急報告です!」


楊天虎は顔を向けた。


「何だ?」


「碧波国が、我が国への援軍派遣を決定したとのことです!」


楊天虎と李玄策は顔を見合わせた。


「まさか...」楊天虎が呟く。


李玄策が静かに答えた。


「陛下、我々の外交工作が功を奏したのです。碧波国は、玄龍国の勝利を確信し、手のひらを返したのでしょう」


楊天虎は苦笑した。


「なんとも皮肉な展開だな」


彼は再び戦場に目を向けた。


蒼狼軍の敗走が始まっていた。

テムゲ・ハンの旗印が、慌ただしく後退していく。


「勝利は目前だ」孫風雷が興奮気味に言った。


しかし、楊天虎の表情は厳しいままだった。


「いや、これで終わりではない」


彼は李玄策を見つめた。


「次は碧波国との駆け引きだ。彼らの『援軍』を、どう扱うべきか」


李玄策は静かに答えた。


「はい。彼らの軍を無下に断るわけにもいきません。かといって、簡単に受け入れれば...」


「我が国の独立が脅かされる」楊天虎が言葉を継いだ。


二人は、複雑な表情で遠くを見つめた。


戦いの喧騒が次第に遠ざかっていく中、新たな挑戦が彼らを待ち受けていた。


玄龍国の真の試練は、むしろこれからなのかもしれない。


## 第十四章 勝利の代償


玄龍暦11年、晩春。

長楽の宮殿内、楊天虎は李玄策と共に、碧波国の使節・陸遠と向き合っていた。


「陸遠卿」楊天虎が静かに口を開いた。「貴国の援軍の申し出、誠にありがたく思う」


陸遠は深々と頭を下げた。


「玄龍皇帝陛下。我が国は常に、大陸の平和と安定を願っております。蒼狼軍の脅威が去った今、共に新たな時代を築いていければ」


楊天虎は李玄策と目を合わせた。李玄策が微かに頷く。


「陸遠卿」楊天虎が再び口を開いた。「貴国の好意は十分に理解した。しかし」


彼は一瞬言葉を切った。


「我が国は今、国内の再建に全力を注ぐ必要がある。よって、残念ながら貴国の軍の受け入れは、現時点では困難だ」


陸遠の表情が強張る。


「しかし、陛下。我が国の軍は既に出発の準備を...」


李玄策が静かに口を挟んだ。


「陸遠殿。我々は貴国の善意に感謝しています。そこで、一つ提案があります」


陸遠は李玄策を見つめた。


「どのような提案でしょうか」


「貴国の軍事力ではなく、経済的な支援をいただけないでしょうか。戦争で疲弊した北方の復興に、貴国の力をお借りできれば」


陸遠の目が光った。


「それは...興味深い提案です」


会談の後、楊天虎と李玄策は二人きりになった。


「見事だったぞ、李玄策」楊天虎が微笑んだ。


李玄策は静かに頭を下げた。


「陛下のご判断があってこそです」


楊天虎は窓の外を見やった。

春の陽光が、戦火で傷ついた街を照らしている。


「さて」楊天虎が言った。「これからが本当の戦いだ」


李玄策が頷く。


「はい。国内の再建、新たな国際秩序の構築...課題は山積みです」


その時、孫風雷が部屋に入ってきた。


「陛下、北方からの報告です」


「何だ?」


「テムゲ・ハンが捕らえられました。また、馮雲山も我々の軍に投降してきました」


楊天虎の表情が引き締まる。


「そうか。彼らの処遇は?」


李玄策が答えた。


「陛下、ここは寛大な処置を。特にテムゲ・ハンは、蒼狼の民にとって重要な存在です」


楊天虎は深く考え込んだ。


「わかった。テムゲ・ハンは、蒼狼の地に戻し、我が国の監視下で統治を続けさせよう。馮雲山は...」


「流刑が適当かと」李玄策が提案した。


楊天虎は頷いた。


「よかろう。では、次の課題だ」


彼は大きく息を吐いた。


「北方の復興、碧波国との新たな関係構築、そして...」


「玄龍国の新たな統治体制の確立ですね」李玄策が言葉を継いだ。


楊天虎は李玄策をじっと見つめた。


「そうだ。我々は、この勝利を無駄にしてはならない。真に民のための国を作り上げねばならないのだ」


李玄策の目が輝いた。


「陛下、私に一つ提案があります」


「何だ?」


「各地方の代表者を集めた議会を設立してはどうでしょうか。中央集権と地方分権のバランスを取り、より安定した統治を」


楊天虎は深く頷いた。


「面白い案だ。詳しく聞かせてくれ」


二人は、夜遅くまで新たな玄龍国の姿について語り合った。


窓の外では、満月が長楽の街を優しく照らしていた。

それは、玄龍国の新たな時代の幕開けを告げているかのようだった。


戦いは終わった。しかし、真の挑戦はこれからだ。

楊天虎と李玄策の、そして玄龍国の新たな物語が、今まさに始まろうとしていた。


(第二部 終)




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