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ヒモスキルで異世界無双 ~男も可愛げがあればだいたい生きていける~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
三章

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33/33

ただひとりの

「アキラ、大丈夫? ……アキラ?」


 明楽はメイアをかき抱くようにしながら、離そうとしなかった。


「……俺の」

「え?」

「俺の、もの」


 短く零された言葉に、メイアは僅かに息を呑むと、仕方なさそうに笑った。


「そうよ。あたしは全部、あなたのもの。代わりに、あなたも全部あたしのものよ。それは忘れないでね」


 返事の代わりに、明楽は抱きしめる腕に力を込めた。

 明楽は、ずっと誰かのものだった。それは明楽が、ヒモだから。

 主導権が自分にあったとしても、しょせんヒモとは飼われている立場だ。明楽は相手のものだが、相手は真に明楽のものにはならない。

 誰かを丸ごと手に入れたことはなかった。相手の人生に責任を負いたくもなかった。

 けれど、今は。

 彼女が自分だけのものであるということが、どうしようもなく嬉しい。


 メイアの頰に手を添えて、至近距離で見つめ合う。

 キスなんて数え切れないくらいしているのに、今更唇が震えた。


「はは、なんだこれ。ダサ」


 くしゃりと笑った明楽に、メイアは目を細めて腕を回すと、優しくキスをした。


「今日はあたしが全部してあげましょうか?」

「……冗談」


 何度か触れて、キスが次第に深くなっていく。

 そのままベッドへとなだれ込み、ふたりは疲れ切って眠ってしまうまで、ひたすらに愛し合った。



 ×××



 朝、先に目が覚めた明楽は、メイアの目が覚めるまでずっと寝顔を眺めていた。

 なんだか、実感がない。

 この先、もうこの体以外に触れることはない。惜しい気持ちがないといえば嘘になるが、この体に触れられるのが自分だけだという喜びもある。

 白い肌が眩しくて、昨晩さんざん愛し合ったのに、また触れたくて仕方ない。

 起こしてまでやろうとは思わないが、早く起きてくれないかと髪を弄ぶ。

 暫くそうしていると、メイアの瞳がうっすらと開いた。

 微笑んで、目元にキスをする。


「おはよ」

「おはよう。……元気ね」

「うん、元気。ついでにこっちも」


 下半身を指すと、メイアが呆れたような顔をした。


「…………元気ね」

「まあ、若いし。だからさ、ね」


 覆い被さると、メイアが溜息を吐く。


「朝から?」

「朝だからいいんじゃん」

「なんか浮かれてるわね」

「そう見える?」

「まあ……悪い気分じゃないわ」


 お許しが貰えたので、唇にキスをする。

 明るい中で見るメイアの体は、美しい。

 白い肌に朱が差していくのが楽しい。

 今までと変わらない行為なのに、いくらでも欲しくて仕方ない。

 認めよう、浮かれている。

 初めて、想いの通じ合った恋人ができたのだから。



 ×××



「そういうわけで、メイアと正式に恋人になりました」

「そうなんですね……」


 寂しげに言って、夜の厨房で、ナターシャは視線を落とした。

 別にわざわざ報告する義理はないのだが、ナターシャとは、定期的に関係を持っていた。今後すっぱり断つのなら、事情は説明せねばなるまい。


「メイア様と、お似合いでしたもんね。おめでとうございます」


 苦しさを隠して微笑む健気な姿に、胸が痛む。


「なら、夜のメニュー開発も、もうやめないとですね」

「いや、これは俺の仕事でもあるし。今まで通り続けたって」

「ダメですよ。私が恋人だったら……夜に他の女性とふたりきりなんて、嫌ですもん」


 たしかに、ナターシャの言う通りではある。

 この時間は、明楽にとっても楽しいひと時だった。セックスを抜きにしたって、ナターシャとの関係は続けていきたいところだが。

 ぐっと堪えて、明楽も物わかりのいい顔で頷いた。


「わかった。今までありがと。ナターシャには、すごく癒やしてもらった。関係は変わるけど、これからも、同じ城で働く仲間としてよろしくね」

「はい。――メイア様と、お幸せに」

「ありがと」


 笑顔で別れを告げて、この件はすっきり終わった。

 はずだった。



 ×××

 


「アキラ、メイア様と結婚するってホント!?」


 昼時の食堂で、駆け込んでくるなりそう言ったマリーに、明楽はコーヒーを吹いた。

 既に席についていたミルカに視線をやると、彼女は首を振った。ミルカではないらしい。

 

「何それ。どこ情報?」

「なんかメイドの間で噂になってた!」

「はぁ……?」


 情報源が不確定すぎる。

 しかし、軍関係者ではなくメイドとなると、メイアと一緒にいるところを見られての憶測か、あるいはナターシャと話していたのを聞いて、一部の言葉から連想したのかもしれない。


「ずいぶん愉快な話になっているな」

「リリス」


 マリーに遅れて食堂に入ってきたリリスが、からかうように言った。ということは、リリスの耳には噂は届いていないらしい。そこまで広まっていないことにほっとした。

 しかしこの拡声器を放っておくと、食堂から広まってしまう。明楽は、とりあえず興奮状態のマリーを座らせた。隣に、リリスも腰掛ける。


「あのさ、結婚とか、しないから。すると思う? 俺が」

「えー! しないの?」

「しない」


 聞き耳を立てている周囲にも聞こえるように、きっぱりと否定する。

 ところが、伏兵は意外なところにいた。


「あら。しないんですか?」

「……ミルカ」


 話を終わらせようとしたのに、まぜかえされて明楽はジト目でミルカを見た。


「話が飛躍しすぎでしょ。やっと恋人になったところなのに、結婚とか早いって」

「そうでもないんじゃないですか? ふたりとも、それなりの年齢ですし」


 そういえば、二十五で行き遅れ扱いされる国だったか、とリリスの件を思い返す。


「メイアはエルフだし、年齢は気にしてないでしょ」

「どうですかねぇ。でも、アキラさんはもうよそで遊ぶようなことはしないんでしょう? 身を固めても問題ないんじゃないですか」


 たしかに、セックスはできないけれども。

 遊ばないかと言われると。

 口には出せないので、明楽は黙った。


「結婚て、メリット感じないんだよな。子どもがいるならまだしも」

「養子でも迎えればいいじゃないですか」

「いや、子どもができないって話じゃなくて……あれ、俺ミルカに子どもができないって話した?」


 ミルカとは一度も関係を持っていないので、明楽が種無しであることは説明していない。

 そのことに、ミルカはきょとんとして返した。


「異種族間では、子どもはできませんよ」

「……マジか」


 この世界でも、パイプカットの再建はできるのだろうかと考えてはいたが。種があったところで、エルフであるメイアとの間に子供はできない。

 つまりメイアは、一生子どもが持てないことを承知で、明楽を選んだ。

 頭が下がる思いで、明楽は息を吐いた。


「そういえば、当事者のメイアは?」

「結婚の件で捕まってたから、遅くなりそう」

「おわ……御愁傷様……」


 マリーの言葉に、明楽は手を合わせた。


「ま、今ここで色々言っても仕方ないし。メイアの意思を聞かないことにはね」

「それもそうですね」


 結局、昼食の時間にメイアは食堂には来なかった。



 ×××


 

 明楽が夜にメイアの部屋を訪ねると、彼女はそこにいた。

 心なしかぐったりしていたので、顔を見るなり「お疲れ」と声をかけた。

 ベッドの上で、疲れを癒すマッサージをする。性的じゃないやつ。

 横になってくったりと力を抜きながら、メイアが溜息混じりに零す。


「結婚話なんて、どこから出たのかしらね」

「そこで俺を疑わないあたりがメイアだよ」

「あなたが結婚なんて考えてるとは思わないもの」


 当たっているが、これはこれで釈然としない。


「メイアは、結婚とかしたい?」


 明楽の問いかけに、メイアは意外そうに目を瞬かせた。


「したいって言ったら、してくれるの?」

「まー……考えは……する」

「煮え切らないわね」

「ちょっと俺の辞書にない単語なもんで。考えたこともなかったからさ。けど、メイアがしたいなら、ちゃんと考える」


 メイアの頬が、少しだけ染まる。

 結婚するとも言ってないのに。このくらいでそんな反応をされると、逆に不安になる。

 メイアは体を起こすと、明楽に向き直った。


「結婚は……今は、いいわ。しばらくは、城の仕事から離れられそうにないもの。ここにいる間に結婚となると、多分式は陛下が関わることになる。となると、とんでもなく大規模よ。あなた、耐えられないでしょ」

「……ごめん。それは無理」

「でしょ」


 結婚はよくても、結婚式はまた別の話だ。それも、身内だけのものならまだ耐えられても、国を挙げてとかなったら耐えられない。無理。メイアの地位をナメていた。そういえば勇者パーティーの魔術師様なのだった。それも、女王陛下と親しく話せるレベルの。


「だから、結婚とかそういう形には拘らないけど……。仕事が落ち着いたら、したいことはあるわ」

「なに?」

「あなたと、あの草原の家に帰りたい」


 明楽が目を丸くする。

 メイアは、少し寂しげに微笑んだ。


「わかってるわ。アキラには、あんな何もないところ、つまらないでしょう。王都の方が楽しいわよね。でも、あたしには……あなたとあそこで過ごした時間は、結構楽しかったのよ」


 目を閉じたメイアの瞼には、あの頃の思い出が蘇っているのだろう。

 たしかに、明楽にとっては繁華街の方が暮らしやすい。楽しいし、便利だし、慣れている。

 だけど、メイアにとって、あの時間が大切だったと言うのなら。


「いいよ、帰ろう」


 手を取った明楽の目を、メイアが不安そうに見上げる。


「……いいの?」

「もちろん。なんなら、休みの日にでも帰ろうよ。落ち着いたらとか言ってたら、いつになるかわかんないし。転移魔術があれば、帰れるんでしょ?」

「簡単に言うけどね……。遠距離は疲れるから、そう頻繁には無理よ」

「まあまあ。小旅行だと思ってさ。たまにでもいいから、一緒に帰ろう。あの家で、一緒にご飯作って、ハーブティー淹れて、のんびり過ごそうよ」


 明楽の言葉に、メイアは嬉しそうに微笑んだ。それから冗談めかして言う。

 

「女の子は、いないわよ」

「メイアがいれば、いいよ」


 お互い軽く笑って、唇を重ねた。


 

 ×××



「メイア! 裏のハーブ摘んできたよ」

「ありがと。お茶淹れるわね」


 草原のログハウス。自然の音だけが流れるそこで、ふたりはゆったりとした時間を過ごしていた。

 いつかはここに定住するかもしれないが、今はまだ、城を拠点とし、たまの休日に戻ってきている。

 それでも、メイアは嬉しそうだった。

 明楽は早々に退屈を感じていたが、彼女が笑ってくれるならいいか、などと。自分の思考に、苦笑する。

 

 たくさんの女を抱いてきた。たくさんの女に飼われてきた。たくさんの家を渡り歩いてきた。

 決して褒められる生き方ではなかった。

 最後はひとりだと思っていた。

 そんな自分を、丸ごと全部、すくい上げてくれた。


「ね、ハーブだいぶなってたからさ。今日はハーブ風呂にしようよ」

「いいわね。そうしましょうか」

「やった。一緒に入っていい?」

「なにもしないなら」

「それは約束できないなぁ」

「前にお風呂でしてのぼせたじゃない。上がったらね」

「えー」


 他愛ない会話が心地いい。

 探らなくていい。機嫌を取らなくていい。本音でぶつかっても、離れていかない。

 愛されている、許されている自信が、自分を強くする。

 何があっても帰ってこれる場所があるという、安心感。

 もう迷わない。


 ここが。メイアの隣が、自分の終の棲家だ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

この作品はコンテストに参加させるために長編化したので、もし気に入っていただけましたら、是非★評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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