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ヒモスキルで異世界無双 ~男も可愛げがあればだいたい生きていける~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
三章

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あなたのためにできること

 ×××


 

「アキラが戻ってないの。何か知らない?」


 城の廊下でメイアに捉まったミルカが、気まずそうに顔を逸らした。


「えーと……町で遊んでるんじゃ?」

「確かに、町にはいるけど……居る場所が、なんか変なのよ」

「場所?」

「明楽に持たせてるネックレス。居場所がわかる魔術がかけてあるの」


 メイアの言葉に、ミルカは目を丸くした。


「なによ」

「ううん……別に……」

「仕方ないでしょ、あいつふらふらしてるんだもの!」

「まだ何も言ってないじゃない」


 苦笑して、ミルカが考え込む。

 ややあって、真面目な顔でメイアを見据えた。


「わかった。女王陛下に伺ってみよう」




 明楽が任務を受けた小部屋で、メイアとミルカはヴィクトリアに謁見していた。


「陛下。アキラに何をさせているのですか?」

「彼には、ある任務を与えています。戻っていないのなら、まだ任務の最中なのでしょう。待つのも女の務めですよ」

「待つ気はありません。教えてくださらないのなら、私が直接乗り込みます」


 語気を強めたメイアに、ミルカが助け船を出す。


「陛下。メイアにはアキラさんの現在地がわかるのですが、どうも旧ランバー邸に居るようです。あの場所は現在使われていないはずで、アキラさんが自主的に行ったとは思えません。その位置から暫く動いていないとなると、彼に何かあったのではないかと」


 ミルカの説明に、ヴィクトリアは思案するように目を伏せた。


「アキラには、現在城下で出回っている薬に関する調査を頼んでいます。薬を手に入れるだけなら、と思いましたが……失敗したのかもしれませんね」


 ヴィクトリアの冷静な言葉に、メイアが声を荒げる。


「一般人にそんな無茶な任務をさせたんですか!? アキラがそんな話を受けるなんて……考えられない」

「貴方と共にいるのなら、いつまでも一般人でいてもらっては困るのですよ。それに、彼は貴方が思うより、案外甲斐性がありそうですよ」


 怪訝な顔をして、メイアはぐっと拳を握りしめた。


「事情はわかりました。私はこれからアキラの元に向かいます」


 返事も聞かずに飛び出そうとしたメイアを、ヴィクトリアが呼び止める。

 

「待ちなさい、メイア」

「待ちません」

「少し冷静になって、話を聞きなさい」


 振り返ったメイアは、きっと眉を吊り上げて、大声で怒鳴った。


「惚れた男が危ない目に遭ってるかもしれないのに、冷静でいられるはずないでしょう!」


 メイアの宣言に、ヴィクトリアも、ミルカも目を丸くした。

 それを見て、メイアが長く息を吐く。


「女王陛下に失礼なことを……申し訳ありません」

「良いのですよ。この小部屋では、本音で話しても」


 そう言ったヴィクトリアの顏は、柔らかく微笑んでいた。


「メイア、何も助けに行くのを止めようと言うのではありません」

「では、どうして」

「もう少し待ちなさい。そろそろ、彼女が帰ってきますから」

「それって……」


 メイアが言いかけた時、部屋の扉がノックされる。


「失礼します、陛下」


 聞きなれた声に、メイアが目を瞠る。

 ヴィクトリアが、ゆったりとその名を呼ぶ。


「入りなさい。リリス」



 ×××



 ゴン、という鈍い音が響いて、アルビダが目を瞠る。

 クスリのせいで意識が朦朧としていた明楽は、そのままアルビダに服従を誓うかと思われた。

 しかし、明楽は持ち上げた頭を、強く床に叩きつけた。


「ってぇ〜……」


 打ち付けた箇所から血が流れる。

 アルビダは不愉快そうに、形の良い眉を歪めた。


「気でも違ったの? クスリが変に作用したかしら」

「あいにく、正気……とは言い難いけど、錯乱したわけじゃねぇよ」


 顔を上げて、明楽がにっと笑みを作る。


「これで、ちょっとは頭スッキリしたわ」

「……生意気な子ね」


 アルビダがしなやかな足を振るって、明楽の顔を蹴り飛ばす。

 まともにくらった明楽は、そのまま倒れこんだ。


「可愛い顔してるから、顔に傷はつけたくなかったんだけど。少しくらい調教してからの方が、楽しめるかしら」


 アルビダは明楽の前に屈み込むと、小さな錠剤を見せつけた。


「追加のおクスリはいかが? あなたは耐性がないみたいだから、飲ませたら死んじゃうかもしれないけど。大人しくしてくれないなら、仕方ないわね」


 アルビダが明楽の顎を持ち上げる。

 絶対に飲むものか、と明楽が歯を食いしばると。


 ドゴン、という大きな音に続いて、天井が崩れ落ちた。


「なにごと!?」


 アルビダが振り返ると同時、粉塵の中から飛び出した人影が、目にも留まらぬスピードでアルビダを取り押さえた。


「っきゃあ!?」

「対象確保」


 アイスブルーの髪を靡かせて、冷静な声で告げたのは。


「リリス!?」


 突然の女剣士に、明楽が目を白黒させていると。


「あたしもいるわよ」

「メイア!」


 リリスに遅れて、杖を構えて姿を現したのは、メイアだった。


「なんで……」

「陛下から事情は聞いたわ。ヘマしてそうだったから、助けに来たわよ」


 メイアが杖で叩くと、明楽を拘束していた鎖が砕け散る。

  

「はは……なんだ、そっか。情けないな」

「アキラが情けないのなんて、今に始まったことじゃないでしょ」

「うん、そうだった。ありがと、メイア」


 弱々しく微笑んだ明楽に、メイアは溜息混じりに微笑んだ。


「それにしても、派手な登場」

「地下への入口がわからなかったから、リリスが床をぶち抜いた方が早いって」

「あれリリスがひとりでやったの? さすがだな」


 軽く笑った明楽の顔に血が流れているのを見て、メイアが手を伸ばす。

 

「血が出てるわね。怪我の具合を見せて――」


 明楽の顔にメイアの手が触れた瞬間。

 明楽は、その手を打ち払った。

 メイアは驚愕に目を見開き、明楽は一瞬だけ顔を歪めた後、目を逸らした。

 メイアが何かを言う前に、慌てて取り繕うように、明楽が口を開く。


「大丈夫、たいしたことないから」

「でも」

「それより、早く城に戻ろう。リリス!」


 明楽はリリスに声をかけると、立ち上がり話をしに行った。

 メイアは、明楽を注意深く見ていた。



 ×××


 

「以上が、今回の事の顛末です」


 女王の小部屋にて。メイアとリリス、ミルカも同席した状態で、明楽はヴィクトリアに任務の報告を行った。

 

「お疲れ様でした。助けが入ったとはいえ、目的は果たしました。薬の現物の入手、そしてアルビダから、いずれ元締めも聞き出せるでしょう」


 いずれ、ということは、これから拷問でもするのだろうかと考えて、明楽は頭を振った。自分の考えることではない。


「解毒薬の作成って、すぐできるんですか?」

「すぐ、とはいきませんね。これから医療班が解析にあたり、それからになりますから。早くても二日程度はかかるでしょう」


 明楽が小さく舌打ちをし、そのまま席を立つ。


「では、俺はこれで」

「もう戻るのですか? 武勇伝でも語っていったらどうですか。酒の用意もありますよ」

「疲れているので、休ませてもらいます。俺が自室を出るまで、誰も部屋にはこさせないでください」


 淡々と告げて、明楽はそのまま部屋を出ていった。


「……なにか、様子がおかしかったな」

「そうだね……」


 心配そうに扉を見つめるリリスとミルカに、ヴィクトリアが息を吐く。


「まあ、任務の内容を考えれば、想像はつきますが」


 黙っていたメイアが、意を決したように席を立つ。


「陛下、私も失礼します」

「良いのですか? アキラは、誰も部屋に来るなと」


 行き先は告げていないのに、ヴィクトリアは見透かしたようにそう言った。


「ろくなことにはなりませんよ」

「いいんです。アキラがロクデナシなのは、今に始まったことじゃないんで!」


 言い捨てて、メイアは早足で小部屋を出ていった。


「まったく……仕方のない子ですね」

「あれがメイアのいいところですよ」

「そうだな」



 ×××



 自室のベッドに倒れ込むと、明楽は深く息を吐いた。

 このまま泥のように眠ってしまいたい。けれど、自身の中で渦巻く熱がそれを許してくれない。

 アルビダに盛られたクスリは、しっかり効果を発揮していた。

 痛みで一時的に自我を取り戻したものの、根本的な原因が取り除けていない。


(……抜いたらおさまるかな)


 抱かせてくれる女は山ほどいるのに、右手と仲良くしなければならないとは。涙が出そう。

 仕方なしに処理をしようとしたところで、部屋の扉がノックされた。


「アキラ、あたし。メイアよ。いるでしょ?」


 扉の向こうの声に舌打ちする。

 ――来るなと言ったのに。

 無視していると、再度扉が乱暴にノックされた。


「ちょっと。開けないなら、壊すわよ」


 メイアなら本気でやりかねない。

 大きく溜息を吐いて、明楽は渋々部屋の扉を開けた。


「メイア。俺疲れてるんだけど」

「話はすぐ済むわ。入れてちょうだい」

「いや、寝るから。明日にして。それじゃ」


 明楽は扉を閉めようとしたが、させまいとメイアが手をかける。

 挟むわけにはいかないので、そのまま止める。


「――なに」


 答えずに、メイアは明楽の顏に手を伸ばした。

 明楽が思わず避けると、メイアが眉を寄せる。


「あなた、クスリを飲んだのね」

「……だったらなに」

「ひとりでどうする気なの」

「ほっとけばおさまるよ」

「そんなに辛そうなのに?」


 心配そうなメイアの声に、苛立ちが募る。

 こっちがせっかく触らないようにしてるのに。


「あのさ、わかってるならほっといてくんない? 居られると困るんだよ」

「なんで困るの。協力するわよ」

「は? 協力? 言ってる意味わかってる?」

「わかってるわよ。そっちこそ、今更なによ。今までさんざんしておいて」


 ――わかってない。

 普段なら呆れるくらいで済むだろう言葉に、激しい怒りが湧く。

 普段の明楽なら女相手に出さないであろう、恫喝するような声で、メイアに畳みかける。


「クスリのこと、どんだけ聞いたのか知らないけど。人を無理やりヤりたい気分にさせるわけ。相手が誰だろうと、見境なく襲うような衝動に駆られるわけ。その状態でさ、まさか普段みたいに優しくしてもらえると思ってる? 無理でしょ。今俺には、女は全員ただのモノに見えてんの。壊したくてしょうがないの。こうしてる今も頭ン中では、とても口に出せないようなエッグい想像でいっぱいなわけ。メイアも一生の傷を残されたくなかったら、さっさと消えて。俺に殺される覚悟ある?」


 冗談抜きに、今の自分では、相手を抱き殺してしまう可能性があると思った。

 それほどにコントロールがきかない。いざ事が始まってしまえば、自分がどうなるのかわからない。

 手が震えた。これは、恐怖だ。

 彼女を壊したくない。大事にしたい。だから、このまま引いてほしい。

 自分がただの獣に成り下がる前に。


「――バカね」


 驚くほどの優しい声で言って、メイアは明楽の服を強く引くと、迷わずキスをした。


「そんな覚悟、とっくにできてる」


 明楽の意識は、そこでぶつりと途切れた。

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