あなたのためにできること
×××
「アキラが戻ってないの。何か知らない?」
城の廊下でメイアに捉まったミルカが、気まずそうに顔を逸らした。
「えーと……町で遊んでるんじゃ?」
「確かに、町にはいるけど……居る場所が、なんか変なのよ」
「場所?」
「明楽に持たせてるネックレス。居場所がわかる魔術がかけてあるの」
メイアの言葉に、ミルカは目を丸くした。
「なによ」
「ううん……別に……」
「仕方ないでしょ、あいつふらふらしてるんだもの!」
「まだ何も言ってないじゃない」
苦笑して、ミルカが考え込む。
ややあって、真面目な顔でメイアを見据えた。
「わかった。女王陛下に伺ってみよう」
明楽が任務を受けた小部屋で、メイアとミルカはヴィクトリアに謁見していた。
「陛下。アキラに何をさせているのですか?」
「彼には、ある任務を与えています。戻っていないのなら、まだ任務の最中なのでしょう。待つのも女の務めですよ」
「待つ気はありません。教えてくださらないのなら、私が直接乗り込みます」
語気を強めたメイアに、ミルカが助け船を出す。
「陛下。メイアにはアキラさんの現在地がわかるのですが、どうも旧ランバー邸に居るようです。あの場所は現在使われていないはずで、アキラさんが自主的に行ったとは思えません。その位置から暫く動いていないとなると、彼に何かあったのではないかと」
ミルカの説明に、ヴィクトリアは思案するように目を伏せた。
「アキラには、現在城下で出回っている薬に関する調査を頼んでいます。薬を手に入れるだけなら、と思いましたが……失敗したのかもしれませんね」
ヴィクトリアの冷静な言葉に、メイアが声を荒げる。
「一般人にそんな無茶な任務をさせたんですか!? アキラがそんな話を受けるなんて……考えられない」
「貴方と共にいるのなら、いつまでも一般人でいてもらっては困るのですよ。それに、彼は貴方が思うより、案外甲斐性がありそうですよ」
怪訝な顔をして、メイアはぐっと拳を握りしめた。
「事情はわかりました。私はこれからアキラの元に向かいます」
返事も聞かずに飛び出そうとしたメイアを、ヴィクトリアが呼び止める。
「待ちなさい、メイア」
「待ちません」
「少し冷静になって、話を聞きなさい」
振り返ったメイアは、きっと眉を吊り上げて、大声で怒鳴った。
「惚れた男が危ない目に遭ってるかもしれないのに、冷静でいられるはずないでしょう!」
メイアの宣言に、ヴィクトリアも、ミルカも目を丸くした。
それを見て、メイアが長く息を吐く。
「女王陛下に失礼なことを……申し訳ありません」
「良いのですよ。この小部屋では、本音で話しても」
そう言ったヴィクトリアの顏は、柔らかく微笑んでいた。
「メイア、何も助けに行くのを止めようと言うのではありません」
「では、どうして」
「もう少し待ちなさい。そろそろ、彼女が帰ってきますから」
「それって……」
メイアが言いかけた時、部屋の扉がノックされる。
「失礼します、陛下」
聞きなれた声に、メイアが目を瞠る。
ヴィクトリアが、ゆったりとその名を呼ぶ。
「入りなさい。リリス」
×××
ゴン、という鈍い音が響いて、アルビダが目を瞠る。
クスリのせいで意識が朦朧としていた明楽は、そのままアルビダに服従を誓うかと思われた。
しかし、明楽は持ち上げた頭を、強く床に叩きつけた。
「ってぇ〜……」
打ち付けた箇所から血が流れる。
アルビダは不愉快そうに、形の良い眉を歪めた。
「気でも違ったの? クスリが変に作用したかしら」
「あいにく、正気……とは言い難いけど、錯乱したわけじゃねぇよ」
顔を上げて、明楽がにっと笑みを作る。
「これで、ちょっとは頭スッキリしたわ」
「……生意気な子ね」
アルビダがしなやかな足を振るって、明楽の顔を蹴り飛ばす。
まともにくらった明楽は、そのまま倒れこんだ。
「可愛い顔してるから、顔に傷はつけたくなかったんだけど。少しくらい調教してからの方が、楽しめるかしら」
アルビダは明楽の前に屈み込むと、小さな錠剤を見せつけた。
「追加のおクスリはいかが? あなたは耐性がないみたいだから、飲ませたら死んじゃうかもしれないけど。大人しくしてくれないなら、仕方ないわね」
アルビダが明楽の顎を持ち上げる。
絶対に飲むものか、と明楽が歯を食いしばると。
ドゴン、という大きな音に続いて、天井が崩れ落ちた。
「なにごと!?」
アルビダが振り返ると同時、粉塵の中から飛び出した人影が、目にも留まらぬスピードでアルビダを取り押さえた。
「っきゃあ!?」
「対象確保」
アイスブルーの髪を靡かせて、冷静な声で告げたのは。
「リリス!?」
突然の女剣士に、明楽が目を白黒させていると。
「あたしもいるわよ」
「メイア!」
リリスに遅れて、杖を構えて姿を現したのは、メイアだった。
「なんで……」
「陛下から事情は聞いたわ。ヘマしてそうだったから、助けに来たわよ」
メイアが杖で叩くと、明楽を拘束していた鎖が砕け散る。
「はは……なんだ、そっか。情けないな」
「アキラが情けないのなんて、今に始まったことじゃないでしょ」
「うん、そうだった。ありがと、メイア」
弱々しく微笑んだ明楽に、メイアは溜息混じりに微笑んだ。
「それにしても、派手な登場」
「地下への入口がわからなかったから、リリスが床をぶち抜いた方が早いって」
「あれリリスがひとりでやったの? さすがだな」
軽く笑った明楽の顔に血が流れているのを見て、メイアが手を伸ばす。
「血が出てるわね。怪我の具合を見せて――」
明楽の顔にメイアの手が触れた瞬間。
明楽は、その手を打ち払った。
メイアは驚愕に目を見開き、明楽は一瞬だけ顔を歪めた後、目を逸らした。
メイアが何かを言う前に、慌てて取り繕うように、明楽が口を開く。
「大丈夫、たいしたことないから」
「でも」
「それより、早く城に戻ろう。リリス!」
明楽はリリスに声をかけると、立ち上がり話をしに行った。
メイアは、明楽を注意深く見ていた。
×××
「以上が、今回の事の顛末です」
女王の小部屋にて。メイアとリリス、ミルカも同席した状態で、明楽はヴィクトリアに任務の報告を行った。
「お疲れ様でした。助けが入ったとはいえ、目的は果たしました。薬の現物の入手、そしてアルビダから、いずれ元締めも聞き出せるでしょう」
いずれ、ということは、これから拷問でもするのだろうかと考えて、明楽は頭を振った。自分の考えることではない。
「解毒薬の作成って、すぐできるんですか?」
「すぐ、とはいきませんね。これから医療班が解析にあたり、それからになりますから。早くても二日程度はかかるでしょう」
明楽が小さく舌打ちをし、そのまま席を立つ。
「では、俺はこれで」
「もう戻るのですか? 武勇伝でも語っていったらどうですか。酒の用意もありますよ」
「疲れているので、休ませてもらいます。俺が自室を出るまで、誰も部屋にはこさせないでください」
淡々と告げて、明楽はそのまま部屋を出ていった。
「……なにか、様子がおかしかったな」
「そうだね……」
心配そうに扉を見つめるリリスとミルカに、ヴィクトリアが息を吐く。
「まあ、任務の内容を考えれば、想像はつきますが」
黙っていたメイアが、意を決したように席を立つ。
「陛下、私も失礼します」
「良いのですか? アキラは、誰も部屋に来るなと」
行き先は告げていないのに、ヴィクトリアは見透かしたようにそう言った。
「ろくなことにはなりませんよ」
「いいんです。アキラがロクデナシなのは、今に始まったことじゃないんで!」
言い捨てて、メイアは早足で小部屋を出ていった。
「まったく……仕方のない子ですね」
「あれがメイアのいいところですよ」
「そうだな」
×××
自室のベッドに倒れ込むと、明楽は深く息を吐いた。
このまま泥のように眠ってしまいたい。けれど、自身の中で渦巻く熱がそれを許してくれない。
アルビダに盛られたクスリは、しっかり効果を発揮していた。
痛みで一時的に自我を取り戻したものの、根本的な原因が取り除けていない。
(……抜いたらおさまるかな)
抱かせてくれる女は山ほどいるのに、右手と仲良くしなければならないとは。涙が出そう。
仕方なしに処理をしようとしたところで、部屋の扉がノックされた。
「アキラ、あたし。メイアよ。いるでしょ?」
扉の向こうの声に舌打ちする。
――来るなと言ったのに。
無視していると、再度扉が乱暴にノックされた。
「ちょっと。開けないなら、壊すわよ」
メイアなら本気でやりかねない。
大きく溜息を吐いて、明楽は渋々部屋の扉を開けた。
「メイア。俺疲れてるんだけど」
「話はすぐ済むわ。入れてちょうだい」
「いや、寝るから。明日にして。それじゃ」
明楽は扉を閉めようとしたが、させまいとメイアが手をかける。
挟むわけにはいかないので、そのまま止める。
「――なに」
答えずに、メイアは明楽の顏に手を伸ばした。
明楽が思わず避けると、メイアが眉を寄せる。
「あなた、クスリを飲んだのね」
「……だったらなに」
「ひとりでどうする気なの」
「ほっとけばおさまるよ」
「そんなに辛そうなのに?」
心配そうなメイアの声に、苛立ちが募る。
こっちがせっかく触らないようにしてるのに。
「あのさ、わかってるならほっといてくんない? 居られると困るんだよ」
「なんで困るの。協力するわよ」
「は? 協力? 言ってる意味わかってる?」
「わかってるわよ。そっちこそ、今更なによ。今までさんざんしておいて」
――わかってない。
普段なら呆れるくらいで済むだろう言葉に、激しい怒りが湧く。
普段の明楽なら女相手に出さないであろう、恫喝するような声で、メイアに畳みかける。
「クスリのこと、どんだけ聞いたのか知らないけど。人を無理やりヤりたい気分にさせるわけ。相手が誰だろうと、見境なく襲うような衝動に駆られるわけ。その状態でさ、まさか普段みたいに優しくしてもらえると思ってる? 無理でしょ。今俺には、女は全員ただのモノに見えてんの。壊したくてしょうがないの。こうしてる今も頭ン中では、とても口に出せないようなエッグい想像でいっぱいなわけ。メイアも一生の傷を残されたくなかったら、さっさと消えて。俺に殺される覚悟ある?」
冗談抜きに、今の自分では、相手を抱き殺してしまう可能性があると思った。
それほどにコントロールがきかない。いざ事が始まってしまえば、自分がどうなるのかわからない。
手が震えた。これは、恐怖だ。
彼女を壊したくない。大事にしたい。だから、このまま引いてほしい。
自分がただの獣に成り下がる前に。
「――バカね」
驚くほどの優しい声で言って、メイアは明楽の服を強く引くと、迷わずキスをした。
「そんな覚悟、とっくにできてる」
明楽の意識は、そこでぶつりと途切れた。




