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ヒモスキルで異世界無双 ~男も可愛げがあればだいたい生きていける~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
三章

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囮捜査(1)

 大きな溜息を吐きながら、明楽は自室の鏡を眺めていた。謁見のための服は脱ぎ捨てて、今は城下町に馴染むためのラフな格好をしている。

 だるい。めんどい。二度寝したい。

 でも引き受けてしまったものは仕方ない。


「やりますかぁ」


 ぐっと髪をかき上げて、鏡の中の男は不敵に笑った。


 

 

 城の外へ向かう通路を歩いていると、前方にメイアの姿が見えた。気づいたメイアが、明楽に駆け寄る。


「アキラ。どこか行くの?」

「ちょっと町まで。暫く帰らないかも」

「……そう。遊ぶのもいいけど、変な女には気をつけなさいよ。最近、城下で妙なクスリが出回ってるって」

「うん、気をつけるよ」


 それの調査に行くんだよ、とは言えずに、明楽はへらりと笑った。

 呆れ顔にしっかりと心配の色が滲んでいるメイアの表情に、思わず目を細める。


「ね、出かける前のハグしていい?」

「は!? い、今?」

「うん」


 日もすっかり昇った午前、城の通路には人が行き交っている。周囲を気にするメイアに、明楽はにこにこと手を広げた。

 人目が気になるのか、メイアはとまどったように周りを見回して、逡巡した後、少し赤い顔で明楽の胸に体を預けた。

 それに明楽は微笑んで、ぎゅうと抱き締めながら、首筋に顔を埋める。


「いい匂い」

「変態くさいわよ」

「はは、男はみんな変態だよ」

「開き直らないでよ」


 大丈夫。

 危険がないわけではないが、自分に任せるくらいなのだから、そこまで重要ということもないだろう。

 無理しない。できるとこまで。


「行ってきます」


 明楽が軽いキスを落とすと、メイアが柔らかく微笑んだ。


「行ってらっしゃい」



 ×××

 


「さーてと」

 

 城下町に降りた明楽はポケットから地図を取り出し、目を落とす。まずは町の下見から。

 これはミルカから受け取った城下町の地図だ。裏道や、城への抜け道などが記されている。緊急避難経路の確認は大事だ。

 普段通らないような道を歩くと、なんだか新鮮な気分になれた。


「あら、アキラじゃない! 昼前からいるなんて珍しいわね」

「サラ、こんにちは。その後彼氏とはどう?」

「アキラのアドバイス通りにしたら、謝ってきたわよ! 仕方ないから許してあげたわ」

「さすが、いい女」

「また喧嘩したら、相談聞いてね」

「もちろん」


「アキラだー! ねね、ちょっと寄ってって!」

「リン。嬉しそうだね」

「この前試食してもらったプレッツェル、改良してみたの! 食べてみて食べてみて!」

「ありがと、ちょうどお腹空いてたんだよね」

「アキラに食べてほしくて頑張ったんだよ!」

「えー、光栄だなぁ」


「アキラ、ちょっと聞いとくれよ。うちのバカ息子がねぇ」

「ロゼッタさん。息子さんまた何かやらかしたの?」

「将来は店を継がずに旅に出るって! なんとか言ってやっておくれよ!」

「俺から仕事の話されたくないんじゃないかなぁ」

「それもそうだね! あっはっは」

「ひどいなぁ」


 あちらこちらで、明楽に声がかかる。主に女性から。

 明楽の性格上、城にこもって生活はできない。城下町へ降りる頻度は高かった。まだラトルアへ来て日は浅いが、既に顔馴染みが何人かできていた。

 地図を確認しながら町を歩いて、知り合いと会えば挨拶をし、たまに腹ごしらえをして、一日はあっという間に過ぎていった。




「こんばんはー」

「おう、アキラ。いらっしゃい」


 夜。馴染みの酒場に顔を出すと、壮年のマスターが明楽を出迎えた。注文をする前に酒を用意し、明楽の前に置く。


「ほら」

「ども。あのさ、マスター。ちょっと聞きたいんだけど」


 前置きをして、明楽が姿絵を見せる。


「こんな感じの(ひと)、最近来た?」

「うん? ……ああ、来たよ」

「ひとり?」

「そうだな。来る時はひとりだ」

「なるほどね」


 来る時は。つまり、帰る頃には男連れでふたり、ないしそれ以上、ということだろう。

 この酒場は上に部屋があるので、帰らずに泊まっているかもしれないが。


「この女、なんか変わった行動とかしてた?」

「なんだ? 急に。探偵みたいなこと言い出して」

「うーん、当たらずとも遠からずってトコかな」

「何やってんだか知らないが、俺も一応マスターだからな。いくらアキラでも、客の情報をほいほいと売れん。ましてや相手が女じゃな」

「うわ、俺信用ない」

「あると思うのか?」

「はは」


 空笑いで躱して、酒を舐める。

 マスターの言うことはもっともだ。明楽は軍人でも自警団でもない。客のことを聞かれても、マスターに話す義理はない。

 しかし明楽が城にいることはマスターも知っている。標的が目に余る行動をしていたなら、明楽に愚痴のひとつも零して、兵の派遣を要請するだろう。つまり、それほど妙な行動をしているようには見えないということだ。

 カメラのないこの国で証拠を押さえるには物的証拠しかない。それでも、目撃証言だけでも多少の成果にはなるのではないかと踏んでいた。情報を持ち帰れば、あとはプロがなんとかするだろうと。

 それにはわかりやすい行動がいる。元々望み薄ではあった。やはり、明楽が接触しないと、成果を得るのは難しそうだ。


「ちなみに、この女が来る日って決まってる?」

「さあな。会いたかったら通えよ。そんで金落とせ」

「えー。俺そんな金持ってないのに」

「女に奢らせればいいだろ。お前がいると客入りが良いから、こっちとしては居座ってくれても構わんぞ」

「客寄せパンダかよ」

「パンダ?」

「あ、こっちにはいないのか。見世物ってこと」

「何を今更。それで生活してんだろ」

「はっきり言うなぁ。マスターのそういうトコ好きだよ俺」

「アキラに好かれてもな。どうせなら女紹介してくれ」

「マスターいい男だけどね。女ウケはしないね」

「はっきり言いやがって」

「こういうトコ好きでしょ?」

「嫌いだね。女にモテる男は全員嫌いだ」

「っはは!」


 明楽とマスターの軽口は、別の客が入ってくるまで続いた。




 毎晩通っても良いが面倒なので、明楽は酒場の上にある部屋を借りて、酒場で寝泊まりしていた。

 日中は町を歩いて、遊びがてら軽い情報収集。夕方からは酒場に入り浸って、深夜まで飲んでいる。

 女に口説かれても部屋に連れ込まない明楽を、マスターは珍しそうに見ていた。

 そうして数日張り続けたある日。


「いらっしゃい」


 マスターの声に、ちらりと不自然でない程度に扉に視線をやる。そして思わず、グラスを持つ手に力が入った。

 ――きた。

 店に入ってきたのは、波打つブロンドの髪に切れ長の目、艶やかな深紅のルージュに、谷間を強調した露出の高いドレスの女だった。推定三十代後半から四十代前半、年齢を感じさせない美しさで、俗に言う美魔女の部類だろう。


(金持ってそー)


 ひと目見ての感想は、それだった。明楽の目には、ただの美人などそれほど珍しくない。それより、経済力を見抜く方が大事だった。

 若い頃は多少適当にしても、持って生まれた素質だけでそこそこいける。素の美人が一番勝率が高い。しかし、年齢が上がればそれは通用しなくなっていく。加齢には誰も勝てない。どんな美人も衰えていく。それに抗い美を保ち続けるには、まず金が要る。歳をとっても美人、は課金なしには成立しない。つまり美魔女は美容重課金勢。

 過去に明楽が相手にしたマダムも、美人が多かった。これは美人を選んだというより、金持ちを選ぶと、必然的に見た目のランクが上がるからである。


(さて、どうするか)


 今明楽の隣には、さっき声をかけてきたばかりの若い女がいる。

 標的が別の男と消えてしまう前に、接触しておきたいが。

 来るたび男と消える女。女としての自信がある身なり。気の強そうな顔つき。

 考えて、明楽は若い女との会話を続けた。


(こっちからは、声をかけない)

 

 普通の熟女なら、男から声をかけないと成立しない。年下の男へのアピールは成功率が低いし、不発に終わった時に羞恥が大きい。

 男から声をかけた場合でも、年の離れた女は詐欺などを警戒するので、すんなりはいかない。しかし、まだ自分に女としての魅力があることを確認できる喜びから、最終的には落ちる。

 今回の標的は、自分のステータスが高いことを自覚している。明楽から声をかけると、その時点で向こうに優位性が生まれる。その他大勢と同じになっては、弱味を引き出すのは無理だ。

 だから。


(向こうから声をかけてくるように仕向ける)


 人は他人から与えられたものより、自分で選び取ったものに執着する。

 標的に少しでも明楽が欲しいと思わせたら、あとは簡単だ。

 標的は自分に自信がある。欲しいと思えば、声をかけてくるだろう。

 あの手の女は、他人のものを奪うことに優越感を覚えるタイプだ。明楽の横に女がいるなら、尚更。

 事実、既に明楽は標的からの視線を感じていた。

 こんな時は、生まれ持った顔の良さに感謝する。

 黙っていても声をかけられる自信があるのは、明楽も同じ。顔の良さを最大限活かす表情をして、それでいて夜を感じさせる男の色気を振りまく。

 それに先にやられたのは、一緒に飲んでいた若い女だった。


「ねーアキラ、上行こ? あたし酔っちゃった」

「んー……どうしよっかな」

「いいじゃん。あたし自信あるよ?」


 若い女が、腕を絡めて耳元で囁く。

 ありがたくいただきたいところたが、ここは我慢。


「気分が乗らないから、また今度ね」


 にっこりと笑顔で断ると、若い女が不満げにむくれた。

 そこへ、ハスキーな声が割って入る。


「あら。だったら、どんな女が相手なら気分が乗るのかしら?」


 ――かかった。

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