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ヒモスキルで異世界無双 ~男も可愛げがあればだいたい生きていける~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
二章

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26/33

クリスマスケーキ

 ご主人様から許可が出たので、その後も明楽はナターシャと何度か関係を持った。ついでに城のメイドとも何人か。

 メイアには妬かれたり甘えたりしながら、そこそこ楽しく過ごしていると。


「アキラ、少し話があるんだが、今晩部屋に行ってもいいか」

「……へ?」


 昼食後、リリスからの予想外の言葉に、明楽は面食らった。

 間抜けな顔を取り繕うべく、すぐに笑顔を浮かべる。


「話は全然いいけど、俺の部屋でいいの? 談話室とかじゃなくて?」

「内密な話なんだ」

「そう、なんだ。あー……うん、俺は、いいけど」

「では、今晩」


 それだけ言って訓練場へ向かうリリスを、ぽかんとした顔で見送る。


(ええ~……?)


 いつぞやの会話を、リリスは覚えているのだろうか。

 明楽はリリスをきちんと女として見ていると、知っているはずなのだが。

 昼食を一緒にとるようになって、そこそこ話すようにはなったが、親密になった感覚はない。


(俺なんかには絶対負けないから平気、ってことかね)


 考えても仕方ないと溜息を吐いて、明楽は城下へ遊びに行った。




 夜。ノックの音に、明楽は自室の扉を開いた。


「いらっしゃい」

「邪魔をする」


 そこにいたのは、予想通りリリスだった。予想外だったのは、彼女が手にしていたものだった。


「あれ、それお酒?」

「ああ。アキラの分もある」


 グラスをふたつ掲げたリリスに、明楽は困ったように眉を下げた。


「えーと……内密な話、なんだよね? お酒飲んでいいの?」

「むしろ素面では話せない」

「いや……そうだとしても……」


 まさかマリーと同じ対応をするわけにもいかない。

 弱り切って、明楽は諭すように落ち着いた口調で語り掛ける。


「あー……あのさ? リリスにその気はないだろうけど、夜に男の部屋に来て、ふたりきりで酒盛りしようってのはさ。その気があるって思われても仕方ないよ」


 リリスは無言のままベッドに腰掛けると、手早く酒瓶を開け、グラスに注いだ。

 そしてそれを一気に呷る。


「ちょちょちょ!?」


 止める間もない一連の流れに、明楽が素で驚く。


「なにして」

「私は!」


 だん、と音がするほどの勢いでグラスをテーブルに叩きつけたリリスに、明楽が言葉を切る。


「貴殿に抱かれにきたんだ!」


 ヤケクソのように叫んだリリスに、明楽は完全に呆けた。


(……は?)


 それでもその一文字を口から零さなかったことは褒めてほしい。


(は~~~~!?)


 表情には出さないように努めながらも、内心は動揺していた。

 なんだどうしてそうなった。


 こういう言い方もなんだが、リリスとは全くフラグが立っていないと思っていた。

 だがそのことを焦ってはいなかった。リリスの性格上、親密度を上げるには時間がかかると思っていたからだ。まず警戒をといて内側に入り、人としての好感を得て、男として意識してもらい、アプローチはそこからだと思っていた。

 だからこの段階でのリリスからの誘いは、晴天の霹靂と言っていい。

 自分で言うのも悲しいが、現時点で性交渉ができるほどの好感度はない。これに無策で飛びつくと危ない、と明楽は判断した。

 ひとつ深呼吸をして、穏やかにリリスに尋ねる。


「リリス。急にどうしたの? 良ければ話を聞かせてくれないかな」

「貴殿は、来るものは拒まないと聞いた。さほど面識のないメイドとも寝たのだろう。なら、私がダメな理由はないだろう」

「ダメとかじゃなくてさ。お酒の力を借りないと頼めないってことは、リリスの本意じゃないんじゃないの? 何かあった?」


 酒のせいか羞恥のせいか、リリスは赤い顔で俯いた。


「……明日から、要人警護で留守にすることになった」

「そうなんだ」

「国外まで出る。長くかかるかもしれない」

「うん」

「それで……戻ってくる頃には、私は、年を重ねているだろう」

「うん……?」


 話が読めなくて、明楽は首を傾げた。


「以前、アキラには私の年齢を教えたことがあったな。二十五だと」

「そうだね。俺と同い年だって」

「私は、まだ独身なんだ。それと……交際経験もない」


 それはつまり、処女ということで。

 微塵も顔には出さずに、明楽は神妙な顔で話を聞き続けた。


「二十五など、もう売れ残りだ。この先、私は政治的に有利な立場の人間と結婚することになるだろう。この年齢では、条件の良い相手は望めない。かなり年上の、地方の領主かもしれないな」


 諦めたように笑ったリリスに、明楽は顔を歪めた。

 二十五など、現代日本ではまだまだ遊びたい盛りだと言ってもいい。しかし、この国では十六で成人なのだ。それを考えれば、二十五はもう女として先のない年齢なのかもしれない。


「そうでなくとも、女の兵というのは、いつ何があるかわからない。敵兵に捕らえられた時、最悪の事態を考えて……想い人がいる者は、早めに貞操を捧げたりもする」

「それは……」


 何と言ったらいいかわからなくて、明楽は口を噤んだ。

 つまり、敵に凌辱される可能性があるから、初めてくらいは可能な限り好きな男と済ませておけ、ということだろう。

 これは男の明楽が何を言っても、他人事にしかならない。

 それを汲み取ったように、リリスは明楽の返事を待たずに言葉を続けた。


「勇者パーティーに志願した時、私は死を覚悟していた。女としての幸せなど、この先不要だと切り捨てた。だから、処女を敵に奪われようが、見知らぬジジイに捧げようが、構わなかったんだ。そうなった時はきっと、剣士としての私が死んだ時だから」

「それは違う」


 明楽はリリスの手をとって、まっすぐに目を見つめた。


「誰に体を預けても、リリスが変わるわけじゃない。リリスが剣士でありたいと願う限り、リリスは立派な剣士だよ」


 リリスは少しだけ目を瞠って、泣きそうにも見える笑みを作った。初めて見る表情だった。


「アキラは、いつもそうだな。剣士としての私を否定せず――女としての私も否定しない」


 きゅっと手を握り返して、リリスは目を閉じた。


「私は強い。勇者パーティーとして戦って、今や騎士団長だ。そのことを誇りに思っているし、後悔したことは一度もない。けれど、もはや私を女として扱う者はいなくなった。今更私を女として抱きたがる男もいないだろう」


 それはどうだろう、と思ったが、口には出さなかった。

 リリスを女として意識している者たちは確実にいる。しかし、実際に手を出す度胸があるかどうかといえば別な話なのも事実である。


「任務を聞いて、男を知らないまま二十五を終えるのかと思った時、アキラが浮かんだんだ」

「俺?」

「アキラは、自分より私の方が強いとわかって尚、私を女として扱ってくれた。複数の女性を相手にしているなら、決まった相手がいるわけでもないのだろう。だから、もし……アキラが嫌でないのなら。私の貞操を、貰ってくれないだろうか」


 真剣な顔に、明楽も真面目に考える。

 明楽は二十五を過ぎたって女は魅力的であれると思うし、一生処女であってもそれが生き方なら尊重する。

 けれど、この国の価値観というものがある。

 リリスの言葉の通りなら、この先リリスが望まなくても、どこぞの男と結婚させられることはほぼ確定しているのだろう。初めてで見知らぬ男を相手にするくらいなら、まだ嫌悪感のない相手に抱かれておいた方がマシだと考えるのは理解できる。

 そして頼むなら、まだ女としてギリギリ期限内の二十五の内にしておいた方が、勝率が高いと踏んだのだろう。

 別に二十六になろうが三十になろうが、本当に結婚が決まった時に相手をしても構わない。それだけ時間をかければ、リリスともちゃんと関係を結べる。

 しかし、その時にまだ明楽がこの世界にいる保証はない。そして何より、リリスが二十五という年齢を気にしている。

 決死の覚悟でこの部屋に来たであろうことも窺える。なら。

 もう一度は、ないのだ。


「俺は、リリスが俺を選んでくれたこと、本当に嬉しいよ。ありがと」


 繋いだ手を持ち上げて、軽くキスを落とす。


「最後に一回だけ、確認させて。――本当に、俺で、いいんだね?」


 もしも、リリスに本当は想い人がいるのなら。

 どれだけリリスが諦めていたとしても、その相手に頼んだ方がいい。

 その兆候を決して見逃さないように、じっとリリスの表情を窺う。

 リリスは居心地悪そうに身じろぎをして、落ち着きなく視線を彷徨わせたが、やがてしっかりと頷いた。

 それを確認して、明楽が繋いだ手の指を絡ませる。


「ありがと。後は俺に任せて」


 安心させるように、いつも使う完璧な笑顔を作る。

 指先から少しずつ、少しずつ肌に触れて。顔を寄せて、額を合わせ、睫毛が触れるほどの距離で見つめ合う。

 リリスが落ち着かないように瞬きをするので、くすぐったい。軽く笑って、鼻をすり合わせると、近すぎる距離にリリスが目を閉じた。

 唇を指でなぞって、啄むようにキスをする。閉じた唇を軽く舐めると、ますますぎゅっと口を閉じてしまう。


「リリス、口開けて」


 早くもいっぱいいっぱいになっていそうな様子に、時間がかかりそうだなぁと楽しくなってくる。

 処女は面倒くさいという奴もいるが、明楽は強敵ほど燃えるタイプである。

 

「ほら、べー」

「バ、バカにしてッ」

「してないよ」


 文句を言うために開いた口を塞いで、明楽はリリスの体をベッドに倒した。



 

 丁寧に丁寧に時間をかけて、明楽はリリスの体を慣らした。

 リリスの体は、どこもしっかり引き締まっていて、よく鍛えられていた。剣士として弛まぬ訓練を続けてきた証だ。傷跡があれば、そこにはキスをした。リリスは傷を気にしていたが、これは国のために戦った彼女の誇りなのだろう。恥ずべきものではない。

 意外に甘えたがりなのか、リリスは繋いだ手を離そうとしなかった。

 少々不便な場合もあったが、縋るようなそれを離す気にはなれなかった。


「アキラ、アキ……ッ」

「うん、大丈夫、大丈夫。息吐いて」


 今骨逝ったかも、と思っても、顔には出さない。折れてたら明日治療してもらおう。

 さすがというか何と言うか、力が強い。握力いくつだろう。

 そういえば出産の時に手を握ると折られることがあるらしいから、本気で握ると普通の女でも男の手くらい砕けるんだろうな、などと余計なことが過ぎった。

 一通り終わったあとは、抱き合ったまま互いのことを少し話した。髪を撫でながらゆっくり話していると、リリスは疲れたのか、すぐに眠ってしまった。

 寝顔はあどけなくて、普段とのギャップに思わずニヤついた。リリスの顔を眺めながら、明楽もいつの間にか眠った。


 朝起きると、リリスの姿は既になかった。

 気配もなく抜け出して出て行くとは、さすが。

 初夜明けの顔を見れなかったことを非常に残念に思っていると、机の上に書き置きがあった。


『世話になった。行ってくる。――リリス』

「……行ってらっしゃい」


 業務連絡のような素っ気なさに苦笑しつつも、明楽はその紙を大事にしまった。

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