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ヒモスキルで異世界無双 ~男も可愛げがあればだいたい生きていける~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
二章

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24/33

狙った獲物は逃さない

 ×××

 


「好きな飲み物ですか? 紅茶ですかね」


 当たり、と明楽は顔をほころばせた。

 夜の厨房で、ふたりきり。昼の賑やかさはないが、ナターシャは楽しそうだった。


「色んな種類があるので、気分で変えるのも楽しいですよね」

「なら今日はスコーンでも焼こうか」


 シンプルなスコーンはこちらにもあるが、あまり変わり種は扱っていない。チーズや肉、豆が入った食事系スコーンを焼くことにした。


「ブラックペッパーそんなに入れます?」

「にんにく平気って言ってたから、これも好きかなって」

「わたしは好きですけどねー。朝食に出すなら、もう少し控えた方がいいかもしれません」

「それもそっか」


 会話をしながら、和やかに時は過ぎていく。

 オーブンに入れて焼いている間、明楽は元の世界の歌をナターシャに歌って聴かせた。

 歌が上手い男は三割増でカッコよく見える法則。多少下手でも愛嬌があるが、上手いにこしたことはない。カラオケに連れて行かれることも多いので、明楽はそこそこ歌が上手かった。

 明楽に促されて、照れながらナターシャも故郷の歌を歌った。穏やかで柔らかいナターシャの歌は、耳に心地良かった。

 そうこうしている内に焼き上がったスコーンをオーブンから取り出し、冷ましながら紅茶を淹れる。

 一口試食すると、ナターシャが歓声を上げる。


「んんー! 美味しい!」

「ブラックペッパー多めで良かったでしょ?」

「確かに……でもこれは、紅茶より、お酒が合う味……!」

「あはは、そうかも。飲んじゃう?」

「ううー……いえ、せっかく淹れたので、紅茶でいただきます……!」


 残念、と思いつつも、顔には出さない。酒が入れば、人間無防備になるものだが。

 しかし逆にこれで良かったかもしれない。酒の勢いで関係を持つと、一夜の過ちで済むタイプなら別に構わないが、ナターシャのようなタイプは尾を引くかもしれない。素面の状態で許可を貰ったほうが、後々楽だろう。

 にこにこと笑顔で眺める明楽に、ナターシャは顔を赤らめてぺたぺたと頬を触った。


「な、なんですか? どこかついてます?」

「いや、食べてるナターシャは可愛いなと思って」


 直球な明楽の言葉に、ナターシャは更に顔を赤くした。


「か、からかわないでくださいっ!」

「からかってないよ。俺最初から言ってるじゃん。ナターシャは可愛いって」


 目を細めて手を伸ばした明楽に、ナターシャは一瞬反応したものの、体を引くことはしなかった。

 そのまま緩く頬を撫でる。


「はは、真っ赤」

「う、うう……」


 ナターシャは潤んだ瞳で、明楽を見上げた。


「アキラさんて、誰にでもこういうことするんですか……」

「誰にでもはしないよ。好きな子だけ」


 抱きたい子、とも言う。口には出さないが。

 女は好きとか愛してるとか、言葉で表現されるのを好む。四六時中吐いていたらペラペラだが、要はタイミングである。


「アキラさんは、メイア様とは恋人じゃないんですか?」

「違うよ? ただの友達」

「でも……親密、ですよね」

「まあね。()()な友達がいてもいいでしょ」


 セフレとも言う。口には出さないが。

 さて問題は、ナターシャがそういった関係を受け入れられるかどうかである。

 明楽はナターシャを抱きたいが、別に付き合いたいわけじゃない。

 恋人以外とは決して関係をもたない、と固く決めているタイプなら、落とすのは少々苦労する。


「俺は、ナターシャとも、もっと親密になりたいと思ってるよ」

「……でも、恋人になろうってことじゃないんですよね」

「まあね。俺根無し草だからさ。ナターシャだって、こんな男には縛られない方がいいでしょ」


 髪を弄んで、じっと瞳の奥を覗き込む。


「でも、一晩だけの恋人にはなれるよ」


 ナターシャの瞳が揺れ動く。けれど、逸らさない。逸らさせない。


「決まった相手がいないなら、一回試してみない? 俺、ナターシャにもっと触ってみたいな。うんと優しくするから」


 迷っている顔でナターシャが沈黙する。

 こういう時は、押さない。

 明楽はぱっと手を放して、いつもの笑顔を作り、空気を壊すように明るい声を出した。


「ま! こういうのはお互い乗り気じゃないと楽しくないからさ。ごめんね、困らせたね。これからもいい()()でいよっか」

「ま、待ってください!」


 ――かかった。

 吊り上がりそうな口の端を抑えて、友達の顔で微笑む。


「どうかした?」

「え……えっと、あの、わたし……」


 もじもじしながら、ナターシャが言い淀む。明楽は、彼女が話し出すまでじっと待った。


「わたし、その、経験少ないし……た、楽しませられないかもしれないんですけど……っ」


 ナターシャが、服の裾をぎゅっと握りしめて、明楽を見据えた。


「わたしを、一晩だけ恋人にしてくれますか!?」

「――もちろん」


 明楽は思いきり破顔すると、ナターシャを抱き締めた。


「やった!」

「ひゃっ!?」


 腕に閉じ込めたナターシャは、予想通りふわふわだった。

 喜びは素直に、大げさなくらい表現する。可愛がられるコツである。

 浮かれた様子を隠さずに、明楽はナターシャを自室までエスコートした。

 

 その後はトントン拍子で事に及んだ。

 ちなみに初期に気にしていた避妊用具についてだが、この国にもコンドームはある。ただし質は日本のものより悪い。避妊に関してなら、明楽はパイプカットをしているので、コンドームは不要と判断した。

 コンドームを必要とした理由は性病予防だったが、こちらは予防用の魔術シールが存在した。予防接種と似たようなもので、貼って体に馴染ませると、主な性病を予防する効果が数ヶ月続くらしい。便利なものだ。

 これらの知識は、当然だがメイアではなく仲良くなった城の使用人から得た。こういう情報は男同士の方が良い。現物もそのツテで手に入れてある。

 つまり避妊も性病も気にすることなく、いつでもナマでやれる。こんなところだけ異世界バンザイ、などと現金なことを思う明楽だった。


 久しぶりに抱く別の女の体は最高だった。

 メイアの体も好きではあるが、やはり人間同じものばかり食べていると飽きがくるのも事実である。

 自分で一晩の関係を望んでおきながら、ナターシャは終始恥じらっていた。経験が少ないことを気にしているのか、明楽が気持ち良いかも何度も確認していた。可愛い。

 当の本人は感度良好。気持ち良すぎて逃げてしまうナターシャがベッドのヘッドボードに頭を打ちつけそうになったので手で庇ったら、「本当に慣れてるんですね」とちょっと拗ねた顔をしていた。可愛い。

 爪の手入れをいつもしておくとか、する前に清潔にするとか、している最中に怪我や無理がないように気を遣うとか、そんなことは慣れに関係なく童貞だろうが事前に勉強しておけ、と思う明楽ではあるが、対応がスムーズ過ぎると女慣れしていると思われることもあると言えばある。相手が本命だと、言われたらショックかもしれない。

 しかし明楽がヒモだから思うのかもしれないが、相手に不快だとかもうしたくないとか微妙だとか思われるくらいなら、女慣れしてるチャラ男判定の方がまだマシである。デートで誠実さを見せれば問題ない。性行為は一度ダメの判定をくらうと二度目のハードルは高いので、勉強だけは本当にしておけ。勉強だけなら慣れてる空気は出ないから安心しろ。実践はプロに頼んでも悪くはないが、女は嫌がるから隠し通す気のない奴は彼女で練習させてもらえ。あと病気を貰う確率がそこそこある。


 狭いベッドで抱き合って、朝を迎えた。予想通り、ふわふわもちもちの体を抱いて寝るのは大層心地良かった。

 朝の光に照らされた白い肌が眩しい。名残惜しいが、そろそろ起こさねばならない。


「ナターシャ、起きて」

「んぅ……」


 とろんとした目を数回瞬かせて、ナターシャの意識が覚醒する。


「おはよ」

「はわ……!」


 かーっと顔を赤くしつつ、ナターシャが布団で体を隠す。

 その様子に、明楽はくすくすと笑みを零した。


「さんざん見たのに」

「あ、明るいところでは、ちょっと……!」

「えー。きれいなのに」


 首を傾げて微笑むと、ナターシャが言葉に詰まって布団を顔まで引き上げた。


「あ、あの、服を着たいので、少しの間後ろを向いててもらえると」

「はいはい」


 苦笑交じりに返事をして、ベッドを降りるナターシャに背を向ける。

 見ていたいが、しつこくするものではない。

 衣擦れの音がして、暫くすると「もういいですよ」と声がかかったので、ナターシャの方を向く。


「あの……えと、ありがとうございました」

「なにそれ。なんで御礼?」


 笑いながら問いかけると、ナターシャは慌てたように続けた。


「その……わたし、久しぶりに恋をして、それだけで楽しかったので。まさか、こんな風になれると思わなくて。一晩だけでも、アキラさんは本当の恋人みたいにしてくれて、すごくいい思い出ができました。だから……ありがとうございます」

「え、やだな。なんかこれっきりみたいな言い方」

「え?」


 きょとん、としたナターシャに、明楽はいたずらっぽく笑う。


「たしかに一晩だけ、とは言ったけどさ。何も一回きりじゃなくてもいいじゃん? 決まった恋人にはなれないけど、ナターシャさえ良ければ、またしようよ。ね?」


 上目遣いで問いかけると、ナターシャは頬を染めてきゅっと口を噤み、小さく頷いた。


 それから明楽もざっくりと服を着て、外の様子を窺い、人のいなくなったタイミングでナターシャに声をかける。


「今なら出て大丈夫そう」

「はい。それでは、また」

「うん。またね」


 部屋を出るナターシャにキスをして、笑顔で手を振って送り出す。

 彼女の姿が見えなくなると、明楽はベッドに逆戻りした。


(もっかい寝よ……)


 ベッドからは、まだナターシャの残り香がした。

 それを感じながら、明楽は怠惰な二度寝を満喫すべく、ゆっくりと目を閉じた。

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