楽しいランチ
×××
本日の食堂は、静かなざわめきに満ちていた。どういうことかというと。
「えー! なんでリリス様がこっちにいるんですか?」
「大した意味はない」
昼食に、リリスが同席していた。今までは上級士官用の食堂を使っていた彼女が一般用の食堂に来たこと、更に新入りの明楽と同席しているのを、皆が奇異の目で眺めていた。
最近はマリーが乱入することが多くなったので、メイアと二人きりの昼食はあまりなくなっていたが、こうなるといよいよ周りの目が厳しい。
と、思っていたら。
「わたしもご一緒していいですか?」
「なんでやねん」
なんでやねん。
リリスが同席している噂を聞きつけたのか、翌日にはミルカが加わった。
「わたしは不規則に動いているので、時間が合う時だけになりますけど」
「いや、俺たちも別に待ち合わせてるわけじゃないんだけどね」
騎士団も魔法師団も、基本的にはルーティーンで動いているため、こちらは比較的昼食の時間が被りやすい。
明楽は特別用事がない限りはメイアに合わせている。
こうして、昼食のメンバーは明楽、メイア、マリー、リリス、ミルカの五人となった。
(目立つ~)
ほぼ勇者パーティーのメンバーで構成されているこの席は、他に誰も近づかない。まるで萎縮しないマリーの方が珍しいのだ。
視線を集める理由は、それだけではないだろう。明楽は、自分に刺さるトゲのある視線も感じていた。
(慣れてっけどね~)
元々明楽はモテる。女に囲まれることも多々あったため、同性からの僻みも慣れている。
問題は、ここが城で、大半が軍人だということだ。元の世界では法律と悪知恵と悪友が明楽を守ったが、この世界で使えるのは悪知恵だけ。真正面から手を出されたら、正直なすすべがない。
願わくば、ここにいるのは未成熟な学生や無法のヤンキーではなく、一応曲がりなりにも国に仕える軍人であるため、そうそう一般人相手に暴力沙汰など起こしませんように。
(せめてハロルドがいればもうちょい違ったんだろうけど)
ハロルドは同席しないだろう。
何故なら、彼はマリーの色仕掛けに引っかかった人間だからである。
別にそれを非難する気は無い。明楽は明楽の倫理に従っただけであって、こちらではマリーは成人なのだから、ハロルドがどう対応しようとも自己責任だ。
しかし結果として、食堂で明楽のハーレム状態が繰り広げられているわけである。
「どうしたの? アキラ」
微妙な顔をしている明楽に気づいて、隣のメイアが覗き込んだ。
それに対面のマリーがからかうように口を挟む。
「こーんなカワイイ女の子たちに囲まれて、緊張しちゃった?」
「はっはっは、面白い冗談だ」
わかりやすくバカにした笑いに、マリーは頬を膨らませた。
それにミルカがくすくすと笑みを零す。
「アキラさんが女性に緊張するところ、見てみたいですね~。女王陛下相手にも平然としてたみたいですし」
「どっから聞いたのそれ」
「陛下から直接」
「うそぉ」
そんな軽口を叩ける仲なのか。ミルカは思ったより偉いポジションにいるのかもしれない。
食事が終わったので、食後のコーヒーでも貰って来ようと明楽が席を立つ。
「俺コーヒー貰ってくるけど、いる人ー」
リリスとミルカが手を上げる。
「メイアはハーブティー?」
「あたしも!」
頷いたメイアと、手を上げたマリーはハーブティー。
記憶して、明楽は厨房に声をかける。
「忙しいとこごめんね、ナターシャ。コーヒー三つと、ハーブティーふたつ貰える?」
「はい。少し待っててくださいね」
慣れた手際で、丁寧にナターシャがコーヒーとハーブティーを淹れる。
その表情が少し寂しそうに見えて、明楽は首を傾げた。
「ナターシャ、何かあった?」
「えっ? ど、どうしてですか?」
「いや、なんかちょっと、寂しそうだなって」
言われたナターシャは、少し照れた様子で目を逸らした。
「え、えー……そんな風に見えましたかね」
「勘違いなら、いいんだけどさ」
じっと見る明楽に根負けしたように、ナターシャはぽつりと呟いた。
「あの、ほんとに、大したことじゃないんですけど。皆さん、楽しそうだなって」
予想外の言葉に、明楽は目を瞬かせた。
「ナターシャはなかなか昼食の時間合わないもんね。混ざりたい?」
「ま、混ざりたいなんて、とんでもない! です、けど……その……」
赤みの増した顔にピンときた明楽は、にこっと微笑んだ。
「ナターシャ、今夜空いてる?」
「えっ?」
「久しぶりにメニュー開発しようよ。ね」
「あ……はい!」
ぱっと花が咲くように笑ったナターシャに、明楽は笑みを深めた。
(素直~~)
勇者パーティーの女子会が羨ましいようならお茶会でもセッティングしようかと思ったが、そうではない。
要は、明楽が囲まれていることに寂しさを感じたのだ。
そこに自分はいられないから、何を話しているのか気になるのだ。
(これだいぶ脈ある~~)
少々浮かれた気分になりながら、明楽はトレーを持って席へ戻った。
それぞれにカップを配って、自分の席に着く。
ミルカは、そのままコーヒーを口にしていた。
リリスは、少しテーブルの上に視線を動かした。それを見て、明楽はシュガーポットを渡す。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
小さく呟いて、リリスはシュガーポットを受け取った。
そこから砂糖を一杯、二杯、三杯。
(甘党……)
いかにも砂糖菓子に囲まれていそうなミルカは、ブラック派。
無表情でブラックを飲んでいそうなリリスは、甘党。
好みは覚えておくにこしたことはない。明楽はふたりの好みをしっかりと記憶した。
ちなみにマリーはどうでもいい。
あれはハーブティーが好きというより、気分でころころ変えるタイプだからだ。
メイアはいつもハーブティー。
(ナターシャは……紅茶かな)
先ほどの笑顔を思い出しながら、好みを聞いておこう、と夜に思いを馳せた。




