勇者パーティーの女剣士(2)
男は生まれながらにナイフを持っている。
姉の言ったこの言葉は、最初はただ性器を指すのだと思っていた。女を貫けるものを持っているから、それを隠して紳士たれと。
違う。男の肉体は、それそのものがナイフなのだ。素手で相手を死に至らしめることのできる、凶器。
最初にそれに気づいたのは、中学に上る頃。姉との喧嘩だった。
子どもの成長は女の方が早い。ましてや姉のほうが先に生まれているのだし、体も大きく、最初は取っ組み合いの喧嘩をしても、手も足も出なかった。殴ったり殴られたりして、子犬の喧嘩のように、力加減を覚えていく。
そしてある日、唐突に気づく。
あ、これは勝ててしまうな、と。
体が大きくなって、力が強くなって。加減をしているはずなのに、姉の方が手も足も出ない。完全に力で抑え込めてしまう。
それに気づいた時、ぞっとした。ふとした瞬間に力加減を誤れば、自分は姉を怪我させてしまうと。
初めて人間を壊してしまうかもしれないと思った。
男同士の喧嘩ではあり得ない手応え。外では女と取っ組み合いの喧嘩なんかしない。
姉とだから気づいた。
自分より早く生まれて。自分より強くて。自分より賢くて。
そんな姉に、ただ男であるというだけで、勝ててしまう。
暴力を使えば、今まで敵わなかった姉に言うことを聞かせることができる。
そんな自分が怖かった。
以来、明楽は姉と力を使った喧嘩はしなくなった。代わりに口喧嘩はするが、口ではどうにも敵わないので、結局姉に弱いままだ。
それでも良いと思っている。男の傲慢さを許してもらうなら、弱い生き物だからこそ優しくできる。
それでも、女に腹が立たないわけじゃない。
未熟な頃に、彼女と大喧嘩をした。頭に血が上って、明楽は彼女の腕を強く掴んだ。
骨の軋む音がした。彼女が悲鳴をあげてすぐに我に返り放したが、手の跡は痣となって彼女の白い肌にくっきりと残った。
半袖の季節、彼女は痣を隠すために一週間長袖を着ていた。
他人に見られたら、DVだと思われても仕方ない。
明楽は大層凹んで、怪我をさせられたはずの彼女の方が気を遣って明楽を慰めた。
自分の感情がコントロールできない時に、力加減などできるはずがない。
明楽はどれだけ怒りを感じようとも、決して手を出さないことを徹底した。
付き合う中には、強い女もいた。精神的にじゃない、物理的にだ。
強いことを誇りとしている。それを傷つけたりはしない。実際彼女たちは強い。
女だから、肉体を使う仕事ができないとも思わない。
適材適所。女でも男でも、力自慢が力仕事に就けばいい。ただそれだけ。
それでも、元々の体の作りが違うという事実は、どんなトレーニングを積んでも消せない。
だから明楽は思う。女は、弱いと。
弱い生き物がナイフを恐れるのは当然である。
どれだけ穏やかに見えても、豹変してナイフを振りかざしてくることはある。
だからそれを決して振るわないと、態度で示し続けることしかできない。
相手が誰であっても。
守るなんて大げさなことは言わない。
ひどく、当たり前のことなのだ。
明楽にとって、相手を女の子扱いするということは。
あなたを決して傷つけないという、意思表示なのである。
「リリスが剣士として強いことはわかってるよ。でも剣士であることと女であることは矛盾しないだろ? 強い剣士は、男らしくなくちゃいけない?」
職務とプライベートは分けて考えるものだ。
例えば、リリスが明楽の護衛をすることになったら、明楽は守りを全面的に任せるし、決して手を出すことはしない。
なんならプライベートでも、危険が迫ればリリスに任せるだろう。それは相手がプロだからだ。
けれど些細な気を遣ったり、女に見せる優しさをリリスにも適応することは、彼女の強さを肯定することとなんら矛盾はしない。
男社会では、「女を捨てろ」という表現が使われることがある。
何故なのか。男は女社会に入っても、「男を捨てろ」とは言われない。
それは女の社会に男が踏み入ることは当然許容されるべきであり、しかし男の社会に女が踏み入るなら男と同質であれという矛盾だ。
それは男社会に女を女のまま受け入れられる度量がないからだ。
男社会で求められるのは男であることではなく、その社会で必要な能力があるかどうか、それだけだ。
女は男にはなれない。どれだけ頑張っても。本人が好むスタイルなら構わないが、上辺だけ男らしく振る舞っても、それは何ら意味をなさないと思う。
リリスもまた、男性的な喋り方をするが、それでも彼女は美しい女性である。
彼女の強さを認めればこそ。それが女であることや美しいことを理由に、損なわれることはない。
故に、彼女が女であることも美しいことも、尊重されるべきである。
少なくとも、明楽はそうする。
問われたリリスは、自信ありげな明楽に困惑しつつも、やがて小さく答えた。
「……そんなことはない」
「でしょ」
明楽は軽く笑った。そう答えると思っていた。
これはリリスに限った問題ではない。明楽の問いを肯定するなら、リリスは他の騎士団にいる女たちに、「女を捨てろ」と言わなければならないことになる。
女はこの言葉を好まない。自分が好きでやっている分には構わないが、他者にそれを押し付けることを嫌うからだ。
「まー触られるのが不快だってなら、手は取らなくてもいいけどさ。せめて送らせてよ。リリスに護衛なんかいらなくても、虫除けにはなるでしょ」
投げ飛ばされたというのに笑顔を崩さない明楽に、リリスは呆れたように息を吐いた。
「変わっているな、アキラは。別に、不快とまでは言わない」
「そりゃ良かった」
差し伸べられた明楽の手に、リリスの手が重なる。
アイスブルーの女剣士の手は、その色に反して、とても温かかった。




