勇者パーティーの女剣士(1)
×××
「おう! アキラじゃねえか!」
「げ……っ」
昼食後、日当たりのいい場所で昼寝でもしようと呑気に歩いていた明楽は、運悪くハロルドに掴まった。
「聞いたぜ! 午前中は魔術師団の訓練に顔出してたんだって?」
「いやちょっと見学してただけで」
「だったら午後は騎士団の方に顔出してけよ! ついでに鍛えてやっから!」
「無理無理無理、俺予定あるんで」
「遠慮すんなって」
「遠慮とかじゃねえ!!」
ハロルドに引きずられて、午後は騎士団の訓練所へと連れて行かれた。
これだから脳筋は!!
「おうお前ら! 仲良くしてやれよ!」
「いやいらねえですマジで」
新人騎士の集団に混ぜられ、何故こんなことに、と明楽は心底嫌そうな顔をした。
「まずは走り込み!」
「だから参加しねえって」
「文句は聞かん、ほら!」
「でっ!」
ばしっと背中を叩かれて、明楽は何故か新人騎士と一緒にランニングすることになった。
(途中でばっくれよ……)
溜息を吐きながら訓練場の様子を眺めると、リリスが剣の指南をしているのが見えた。
素人目にもリリスの剣技は美しく、そして誰よりも強かった。
「おー……すっげ」
「だろ?」
思わず零した明楽に、共に走っていた新人騎士が声をかけてきた。
「すごいよな、リリス様。さすが勇者パーティーの剣士」
「尊敬されてんだな」
「そりゃもう! 騎士たちの憧れさ。ただ、まあ……」
言葉を濁した新人騎士に、明楽が続きを促す。
「ハロルドさんに比べると、近寄りがたい感じはあるよな。あんまり表情変わらないし」
「あー、まあな」
「高嶺の花っていうか……そこがいい、って意見も多いけど」
「へえ。狙ってる奴いんの?」
「いや、まさか! 狙ってるなんて、そんな命知らずなことはないけどさ。それは別にしても、あんだけ美人だとさー。剣士とは別に、女としても憧れって言うかさ」
「まー……そうだよな」
そりゃそうなるか、とリリスに視線をやる。
あれだけ強ければ、不埒な輩は寄ってこないだろうが。それと女として見られるのは別の話だ。あれだけの美貌があれば、嫌でも目は引くだろう。
(だから不愛想なんかな)
そういうタイプは珍しくない。
男社会において、女が女として見られるだけで受ける不利益は多い。
明楽の知る中でも、立場のある女は、会社では不愛想だの、鬼上司だの言われているケースが多かった。
性格のキツイ女でないと上には上がれないのかと思っていたが、逆だ。上に上がると、キツくなるしかないのだ。
とにかく女は、ナメられる。優しくすると、調子に乗る。愛想良くすると、気があると勘違いされる。これが男の上司なら親切で優しい人だと人望を集めるくらいなのに、女だと、途端に下に見られる。だから仕事以外の余計な隙を作らないように、常に壁を作るしかなくなる。ナメてかかったら制裁が下ると思わせなければ、まともに仕事をしてもらえない。
リリスがナメられている様子がないのも、彼女が強いからだ。男でも彼女に勝てないから、リリスはああしてトップでいられる。文句を言おうものなら、物理的に打ちのめされることがわかっているから、誰も逆らわないのだ。
気の毒だとは思うが、性別というものが存在する以上、文句を言ったところで避けられない事象だとも思う。
上だとか下だとか言う気はないが、決して口には出さないものの、明楽も思っている。
――女は、弱いと。
×××
「メイア~~」
「ちょっとなによ、部屋に来るなり甘えた声出して」
「甘えてんの。甘えさしてよ、俺今日疲れた」
「はいはい」
朝からマリーにひっつかれて、リリスから冷たい視線を浴びせられ、マリーを訓練場まで引きずって行き、ミルカから呪いについて衝撃的な事実を知らされて。
その後の昼食でもマリーに纏わりつかれ、午後は寝て過ごそうと思っていたら、ハロルドに掴まって騎士団の訓練に強制参加。途中でばっくれたが。これだから脳筋は嫌い。
「はー……癒し」
ベッドの上でメイアに膝枕をしてもらって、全身の力を抜く。
「あなたほんと……男のプライドとかそういうの、ないわよね」
「あったらこんな生き方してると思う?」
「聞いたあたしがバカだったわ」
溜息を吐いたメイアに、軽く笑って見せる。
「プライド、ねえ」
そんなものがあったら生きづらいだろうな、と、プライドの塊のような女剣士を思い浮かべた。
「けどまあ俺は、男であることに誇りはないけど、自分が男だってことはちゃんとわかってるから」
「はあ? 何それ。当たり前でしょ」
「当たり前なんだけどねえ」
自分が男であること。相手が女であること。
ひどく当たり前なそれに、どれだけ自覚的でいられるか。
(男らしさとは、ほど遠いところにいる俺でもね)
らしさなどという曖昧なものではない。何を為すかという役割でもない。
生まれ落ちたその瞬間から、絶対的に存在するもの。
この体で生まれてきたということ。
「――ま! 単純な方の性別で良かったよ。簡単に元気が出る方法があるしね」
「っきゃ!」
腕を伸ばしてメイアを引き寄せ、形の良い胸に顔を埋める。
「あなたね……」
「男なんてだいたいおっぱいがあれば元気になれるからさ」
「それアキラだけじゃないの?」
「んなことないって」
おっぱいに興味がないとか言ってる奴はただのむっつり。
貧乳派とか尻派とか太もも派とか色々いても、おっぱいにまるで興味のない奴はいない。当社調べ。
「あったかくて柔らかいものが好きなのは人類共通でしょ」
「それでいくとアキラは失格じゃない」
「いや男にも該当する部分はある。たまいった!?」
「黙んなさい」
明楽はメイアに叩かれた頭を押さえた。事実なのに。
実際なんでか知らんがふにゃちんやたまを触るのが好きな女はいる。性的な意味でなく。なんか握ってるのが安心するらしい。掴んだまま寝落ちた女もいた。別にいいけど、寝てる間に力が入ったらと思うとちょっと怖い。
「じゃあ俺のは触んなくていいから、メイアの触らしてくれる?」
「じゃあがどこにもかかってないわよ。もう……仕方ないわね」
溜息を吐きつつ揉ませてくれるメイアはやっぱり甘いと思う。
お許しが出たので、明楽は思う存分メイアの柔らかい体を堪能した。
ちなみにメイアも結局触ってくれたのは言うまでもない。
×××
そんなことがあってから数日。
今日はハロルドを撒くことに成功し、日中はだらだらしつつ、夜にナターシャとほのぼのメニュー開発を終え、明楽は自室へ帰る途中だった。
月が綺麗だったから、ふらりと中庭へ寄った。するとそこには、先客がいた。
夜風にアイスブルーの髪を靡かせ、月明かりを浴びて佇むその姿は、彼女が見上げる銅像と同じく、精巧な彫刻のようだった。
声をかけたら消えてしまいそうで、明楽が黙ってその姿を眺めていると。
「何か用か」
リリスの方から、明楽に声をかけてきた。それを受けて、明楽はにこやかに歩み寄った。
「ごめん。邪魔しちゃった?」
「いや、別に。もう戻る」
「送ってくよ」
「結構だ」
「けど暗いし、足元危ないからさ」
明楽が手を差し出すと、リリスは不機嫌そうにその手を払った。
目を丸くして驚いて見せつつも、明楽は敵意がないことを示すように両手を軽く上げた。
「ごめん。気に障るようなことをしたかな?」
「女扱いするな」
冷たく睨まれて、それでも明楽は一切怯まず、ただ苦笑した。
「いやあ、それは無理でしょ。女の子だもん」
言い終わるか終わらないかの内に、明楽の視界がぐるりと回った。
「って!」
何をされたのかわからないまま、明楽は地面に転がされていた。
それをリリスが氷の瞳で見下ろす。
「私は貴殿よりはるかに強い。自分より弱い奴に心配される筋合いはない」
「ったた……別に、リリスが武人として強いか弱いかの話はしてないでしょ。ただ俺は、全ての女性は女の子として扱うって決めてるだけ」
「なんだそれは。口説いているつもりか?」
「もっと単純な話だよ」
明楽は立ち上がりながら土で汚れた服をはたいて、リリスを見据えた。
「俺が、男だからだよ」
怪訝な顔をするリリスに、明楽は笑ってみせた。
明楽には二人の姉がいる。明楽は、姉たちには決して勝てないと思っている。
姉のパシリにされたり、おもちゃにされたりしているのを知った男友達には、バカにされたりもした。母親に反抗しない男も然りだ。女に従うことを、負けだと思っている男は多くいる。
けれど、同じく姉がいる者たちとの認識は共通していた。
弟とは、姉には勝てないものである。
世間でもよく言われるこれは、ネガティブな意味合いを含んでいることが多い。しかし本質的には、「兄は妹を守るもの」と同質である。
何故弟が姉に勝てないのか。それを考えれば、おのずとわかる。
まともな弟なら、姉には勝てない。母にも勝てない。父にはいつか勝つ。
男だから。




