勇者パーティーの魔術師(2)
「照れちゃって、かわいー」
「メイアにそんなこと言えるの、アキラさんくらいですよ……」
訓練に戻ったメイアを微笑ましそうに眺める明楽に、ミルカは呆れたように零した。
「勇者はそういうこと言わなかったの?」
明楽の言葉に、ミルカは息を呑んで明楽を見上げた。
「メイアから、聞いたんですか?」
「いーやぁ? 別に。魔王封印と引き換えに勇者は死んでて、メイアがそれを自分のせいって思ってることだけ。どんな関係だったとかは、全く」
「……意外です」
「なにが?」
「アキラさんも、そんな拗ねたような顔するんですね」
「は?」
虚を衝かれたような明楽に、ミルカはくすくすと笑みを漏らした。
なんとなくばつが悪くて、明楽はむすっと口を噤んだ。
「勇者様は……アキラさんとは、正反対の人でしたよ。生真面目で、誠実で、鈍感で」
「へー」
「でも、笑った顔が子どもっぽいところは、ちょっとだけアキラさんと似てるかもしれません」
なるほど、昔から年下趣味なんだな。
どうでもいいが、と明楽は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「鈍感、ってことは、メイアの気持ちには気づいてなかったんだ」
「ええ、まぁ。でも、戦いが終わったら一緒になると……誰もが、思ってました」
「ふぅん」
無意識に明楽の指がトントンと動く。
ちらとミルカがそれに視線をやった。
「勇者様を失って……失ったからこそ、わたしたちにはやることがたくさん残されていました。魔王は討伐できず、封印に留まっています。今は良くても、遠い未来に、復活するかもしれません。その時に備えて、情報を後世に残すこと、後進を育成すること。それが勇者様と共に戦ったわたしたちの使命です。ですから、リリスは騎士団長に。ハロルドさんも指導者として騎士団に残り、わたしは仲介者として人事や外交に関わっています。メイアにも、魔術師団長のポストが用意されていました。ですがメイアは、勇者様の死の責任を取ると言って、隠居してしまったんです」
「よく許されたね」
「当時のメイアは憔悴しきっていましたから。陛下も休息を与えたかったんでしょう」
「あの女王様がねぇ」
厳しい表情の女王を思い返す。すると、ミルカが苦笑した。
「陛下は責務がありますから、いつも毅然としていらっしゃいますけど。本当は優しい方なんですよ」
「へえ?」
「あの方も、国王陛下を亡くされていますから。愛する人を失う痛みは、よくご存じなのでしょう」
察してはいたが、やはり亡くなっていたのか、と明楽は納得した。
この国が女王制というわけではなく、国王が亡くなったので、仕方なく女王を立てているのだろう。
「わたしは今回、女王陛下の命令だと言って、メイアを迎えに行きました。でも、実はそれ以前に何度か会いに行ったのも、陛下の計らいだったんですよ」
「えっそうなの?」
「陛下はずっとメイアを気にかけていらっしゃいました。だから最初は王都への勧誘も、様子見の意味合いが強かったんです。彼女がひとりで、ちゃんと暮らしているか。私が陛下に様子を報告してました。もちろん、陛下の使いであることは内緒にして」
何度か来ている風だったが、そういうことだったのか、とようやく合点がいった。
ずっと呼び出しに応じず、今回女王の命令でやっと来たという割には、女王の態度に嫌味がないと思った。
「でも、勇者様が亡くなられてから、もう三年経ちました。アレイスター様が病死されたこともあり、もうそろそろ、戻ってもらおうということになって。このままずっとメイアをひとりにしておくのは、陛下も、わたしたちも、心配だったんです。だから命令だと言って、無理にでも王都に連れて来ようと」
「なんだ、そうだったんだ。なら俺が余計なこと言わなくても、メイアは王都に来たんじゃない?」
「いいえ。メイアは結構頑固ですから。アキラさんがいてくれたことで、随分助かりました」
「そ? なら良かったけど」
「このまま……あなたが、いてくれるならいいんですけど」
含みを持たせたミルカの言葉に、明楽は頬をかいた。
「いやぁ、いなくなっても、別に困らないでしょ。もうメイアには、居場所があるんだし」
「アキラさんがいるからですよ。あなたが思う以上に、アキラさんはメイアの支えになってます」
「過大評価だなぁ」
「だから、今はまだ、いなくなってもらったら困るんです」
ミルカの目が、まっすぐに明楽の目を捉える。
おどおどしがちな少女の面影はそこにはなく、歴戦の猛者の色が見えた。
「……いなくなりそうに見える?」
「かなり」
「言うね」
冗談めかして笑う明楽に、ミルカは真剣な表情を崩さなかった。
それを見て、明楽はがりがりと頭を掻く。
「正直、いなくならないって約束はできないんだよなぁ。そもそも俺、この世界の人間じゃないし」
「え?」
「あれ、言ってなかったっけ。俺、魔女に呪われてこっち来たんだよね。そんでメイアに拾われて」
ミルカが目を丸くする。さすがに予想外だったらしい。
「どういう仕組みかさっぱりだけどさ。元々この世界の人間じゃないから、いつか元の世界に帰ることもあるんじゃないかって」
「それは……そうですね。あなたに呪いをかけた魔女次第で、あちらに戻される可能性はあります」
「あ、やっぱそうなんだ?」
「でもそれなら尚更、メイアの側にいた方がいいですよ」
「なんで?」
「メイアがエルフだからです。エルフの使う白魔術は純度が高いですから。あなたに何かあった時、メイアなら救える可能性が高いです」
ミルカの言い分に、明楽は首を傾げる。何か、とは。
「えーと……俺、既に呪われてここにいるんだよな? 何かってなに?」
「あなたは魔女に呪いの印を受けている状態です。魔女の意向次第で、この先何があるかわかりません」
「そうなの!?」
驚きすぎて思わず大声を出してしまう。怪訝に思った訓練中のメイアが明楽に視線を向けるが、笑顔でごまかして手を振った。
(マジか~!)
それって最悪殺されるかもしれないということでは。
(でも、それならなんであの場で殺さなかったんだ……?)
人生を棒に振りたくない、と言っていたが、呪殺は現代の法では裁けない。
死体が残ったら疑われるから、ということだろうか。
なら、こちらの世界に送ってすぐ殺してしまえば良かったのでは。
さすがに殺しまでは、良心が咎めた?
謎は深まるばかりだった。
しかし、魔女による危機が去っていないとするならば。
(とりあえず、メイアと仲良くしておこう……)




