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ヒモスキルで異世界無双 ~男も可愛げがあればだいたい生きていける~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
二章

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夜の調理場(1)

 ×××



「えーっと、だからまずケチャップをさ」

「ケチャップ?」

「うそ、ケチャップないの? そこから? トマトソースは?」

「トマトソースはありますよ!」

(何があって何がないのかよくわからん……)


 ナターシャとふたり食堂で顔を突き合わせながら、明楽は唸っていた。


 メイアは既に業務が開始し、朝から魔導士団の方に顔を出している。

 明楽は特にすることが決まっていないので、遅くまで惰眠を貪ったあと、遅めの朝食をとっていた。そこでナターシャに掴まった。

 故郷のレシピを教えるといっても、醤油や味噌があるとは思えなかったので、ほとんどの日本食は作れないだろう。なら日本発祥のレシピって何かあっただろうか、と考え、思いついたのがナポリタンだった。食堂の定番メニューであるし、大量生産もしやすい。

 ところが予想外のところで躓いた。トマトはあるので、トマトをベースとした調味料はあるらしいが、ケチャップとは別物のようだった。

 既製品を使うことがほとんどなので、ケチャップから自作するとなると、明楽も何が入っていたか正確に思い出せない。


「うーん……こればっかりはやってみないとわかんないな……。俺って調理場使えるの?」

「わたしと一緒なら、問題ないですよ」

「じゃあやりながらかな。いつなら良さそう?」

「合間合間に空きますけど、気兼ねせず使うなら夜ですかね。翌日の仕込みまで終えたら、あとはもうほとんど使わないので」

「んじゃ夜にしよっか」

「はい! 楽しみにしてます!」


 満面の笑みで答えたナターシャに、明楽も笑みを返す。

 料理が本当に好きなのだろう。屈託なく笑う様子は心地が良い。それにしても。


(夜に俺とふたりでいいのかなー)


 全く警戒されていないのだろうか。それとも、夜間でも人目はあるのだろうか。

 ミルカのことを不用心だと思ったものだが、あれで勇者パーティーのメンバーだったのだという。

 であれば、ナターシャのこの様子も、別に彼女が特別無頓着なのではなく、こちらの女はこうなのかもしれない。




(……ってわけでもなさそうだわ、やっぱ)


 警戒心バリバリのアイスブルーの瞳に、明楽はへらっと笑った。

 まさか騎士団長に廊下でばったり出くわすとは。


「どうも」

「……ああ」

「えーと……リリス、だっけ」

「そちらは、アキラ殿……だったか」

「普通にアキラって呼んでよ。俺のが全然立場下なんだし。あ、むしろリリス様って呼んだ方がいい?」

「貴殿は軍の所属ではない、気にしなくていい。それに、アキラ殿の方が年長だろう」

「俺二十五だけど」

「……そうか。私もだ」

「なんだそうなの? ならもっと気楽に話してよ。アキラ殿、なんて呼ばれたことないから、むず痒くって」

「……わかった。アキラ」

(うーん、堅い)


 メイアに向けるものとは程遠い表情だ。崩してやりたくてむずむずする。

 別に嗜虐心ではない。ほら、こう、笑った顔が見たいみたいな。可愛い理由だから。

 誰にともなく、心中で言い訳をする。


「……アキラは」

「うん?」

「メイアに、何と言って、王都に連れて来たんだ?」

「え? 別に、一緒にいこーって言っただけ」


 きょとんとする明楽に、リリスは目を丸くしていた。

 じわじわと、眉間に皺が寄っていく。理解不能、といった顔だった。

 その反応に、明楽が苦笑する。


「そんな気にしなくても良くない?」

「なに?」

「少なくとも、メイアは今ここに居て、ちゃんと仕事して、笑ってるんだから。大丈夫だって。なんかあったら、その時はまた話でも聞いてやりゃいいじゃん。仲間なんでしょ」


 自分がいるから大丈夫、とまでは言えない。そこまでの責任は持てない。

 この先もメイアの側にいる保証はないし、そもそも明楽はいつ元の世界に帰るかわからない。

 それでも、メイアだっていい大人なのだ。きっかけは明楽とはいえ、自分の意志で王都へ来たのだから、明楽がいようがいまいが、ちゃんとするだろう。

 もしもメイアが崩れることがあれば、その時に側にいる人間が対処すればいいだけのこと。


「仲間……ああ、そう、そうだな」


 ぐっと拳を握りしめたリリスは、何かを決意したようだった。

 堅い。受け取り方が。


「失礼する」


 きびきびと歩く後ろ姿は、迷いを吹っ切ったようにも見えた。



 ×××


 

「さて、では頑張りましょうっ!」

「おー」


 ふたりきりだった。

 夜の調理場で、元気いっぱいのナターシャと対照的に、明楽はローテンションだった。

 いいのかこれ。


「生のトマトは使える量が限られているので、あんまりたくさんは試せないかもしれないんですけど」

「ん、いーよ。とりあえず全部煮詰めて、味付けだけ変えていこう」


 トマトのヘタをとり、細かく刻んで鍋に入れていく。

 明楽がトマトにかかっている間、ナターシャは玉ねぎをみじん切りに。涙が出るので明楽が玉ねぎをやろうとしたが、玉ねぎの方がスピードが必要なので、ナターシャが自分から玉ねぎを引き受けた。

 次々にみじん切りにしていくナターシャの包丁捌きは、全く危なげがない。


「さすが、手慣れてるね」

「毎日やってますから。アキラさんも、慣れてますね」

「それなり、かな」


 元の世界では女に任せることが多かったが、メイアと暮らしてからは、明楽もそこそこ料理をしている。ブランクはない。

 ただメイアのところでは、食材が自給自足なこともあり、それほどこだわった料理は作っていない。基本素材を生かす方針。

 トマトの鍋を掻き回しながら、明楽は同じく横で玉ねぎを煮詰め始めたナターシャに話しかける。


「ナターシャはここで働いて長いの?」

「そうですね、もう五年くらいになるでしょうか」

「そうなんだ。王城で働けるなんて、優秀なんだね」

「いえ! とんでもないです。五年前、魔王討伐に向けて、城で大量の求人があって。わたしはその時に入ったので、おこぼれみたいなもので」


 謙遜ではなく本心で言っているようなナターシャに、明楽は柔らかく微笑んだ。


「なんで? 入った時はそうでも、ナターシャは五年もここで頑張ってきたんでしょ。今もみんながナターシャのこと認めてる証拠じゃん。すごいよ」


 明楽の褒め言葉に、ナターシャは頬を染めて、照れたように俯いた。


「そ、そうでしょうか」

「そうそう。それに、料理だけじゃなくてさ。ナターシャが食堂にいることで、ほっとする人も多いと思うよ。俺も、初日にナターシャに会えて助かったし」

「いえ、あのくらい」

「あそこで追い返されてたら、俺たち飯抜きだったもん。俺なんて初対面だったのに、ナターシャはいつでも、誰に対しても親切なんだろうなって」

「あ、ありがとう……ございます……」


 小声でぽそぽそと喋る姿が愛らしい。

 うるんだ瞳は玉ねぎのせいか、それとも。


「こんな子が毎日食堂にいたら、男はやる気出るだろうなー。モテて大変なんじゃない? それとも、もう恋人がいる?」

「えっ!? こ、恋人なんて、いないです! わたしなんか、全然モテないし」

「アプローチされたりとか、ないの?」

「ぜ、全然。わたし、なんか。あんまり……女の子として、見られてないって言うか……」


 少し沈んだナターシャに、明楽は気遣うような表情を浮かべた。

 善い人間なら、落ち込んだ様子の女の子は、心配するものだろう。

 しかし明楽は善い人間ではないので。


(こんな簡単に隙見せていいのかね)


 腹の中が見えていたら、多分殴られている。

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