第五話 ライバル登場
「先輩、終わったらパソコン貸して下さい」
「香藤、アイスどっちが買いに行くかじゃんけんしようぜ」
「はぁ? お前行って来いよな」
「何やってるんだよ、二人とも! お前らまだ書き上げてないだろうが!」
「ちょっと真城くん、漫画読んでないで書きなさい!」
「えー」
この日の文芸部は珍しく慌ただしかった。
事の発端は二週間前。
「よっしゃ、テスト終わったぁ! 何しようかな」
中間テストが終わった日の放課後。和人が解放感たっぷりの口調で言いながら、俺に歩み寄ってきた。俺の机の傍に来るなり「うわ!」と声を上げる。失礼な奴だな。
「お前、何やってるんだよ」
和人の言葉に俺は動かしていた手を止めて顔を上げた。
「え? 答え合わせ」
「お前相変わらずだな」
和人の心底呆れた口調に少々ムッとしたけれど、内心溜息を吐きつつ、再度シャーペンを動かした。
「いいだろ、テスト終わったばかりだから部活もないだろうし」
「おーい、一ノ瀬!」
「……呼んでるぞ、先生が」
和人に言われずとも、俺の耳にもその声は届いていた。
『夏になったら部誌を作るから、そろそろ招集かかるんじゃない?』
いつかの滝井先輩の言葉が脳裏を過る。何となく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「はい」
嫌な予感を抱えながら教卓の前で安藤先生を見上げた。先生はテスト後だからか、少し急いだ様子で俺に一枚の紙を差し出した。
「柳井から伝言だぞ」
その一言を残して安藤先生は足早に教室を出て行った。
「どうした?」
興味津々に覗き込んできた和人と中を見ると、手書きで俺のクラスと名前が書かれた下に、
『本日、放課後部室に集合』
と、単調なパソコンの文字でそう一文だけ書かれてあった。
やっぱり。これが滝井先輩の言ってた呼び出しか。
「悪い和人。俺、部活行くわ」
「おう。……ちゃんと活動してたんだな、あの部」
和人の独り言を聞こえないフリして聞き流し、俺は荷物を纏める。
確かに自由参加じゃないのは珍しいけどさ……。
じゃあな、と軽く挨拶を交わして俺は鞄を手にして立ち上がった。
教室を出て部室に向かうと、中から騒がしい声が聞こえた。
「まじねぇわー、何でよりによって今日なんだよ」
「カラオケ行き損ねた代償、部長に払ってもらおう」
物騒な言葉を耳にしながら部室の扉を開けると、中には聞こえてきた声音と同じ、不機嫌そうな仲渡先輩と香藤先輩の姿が目に入った。
はっきり言って怖い。
なんて声をかけようか迷っていると、
「まぁ、お二人ともそんなカリカリしなさんな」
と背後からいきなり声がかかって、思わずびっくりして振り返る。いつの間にか真城先輩が立っていて、二人もびっくりしたのか何も言葉を返さなかった。
いつ来たんだろう。
その後も続々と残りのメンバーが集まり、残るは柳井部長のみとなった。
「言い出しっぺが一番遅いってどういうことだよ」
――確かに。
「いやぁ、ごめんごめん。途中で担任に捕まってさぁ」
香藤先輩と仲渡先輩の期限の悪さとは対照的に、部長の軽快な声が扉を開ける音と共に部室内に響いた。
「遅いっすよ」
不満気な香藤先輩の声に、部長は「ごめん、ごめん」と繰り返しながら荷物を机の上に置いてぐるりと全員の顔を見渡した。
「さて、八月の頭に他校との合評会があるのは、この間伝えたと思うんだけど」
三年の面々と二年の女子、喜多川先輩が思い思いに頷く中、香藤先輩と仲渡先輩は面倒臭そうに話を聞いていた。
「で、その為の作品を出してもらいたいんだ。今回の締め切りを発表するね。書けないとかそういう意見は聞かないから」
「あの、もし合評会に出られなくなっても作品は出すんですか?」
俺の質問に部長は、
「うん、まぁ少ない活動の一環だからね。全員出してもらいたいな」
と笑いながら言った。
「じゃ、締め切りは二週間後ね」
「えー、二週間? 八月の頭ならもっと後でもいいんじゃないのかい?」
真城先輩の言葉に香藤先輩と仲渡先輩が「そうだそうだ!」と茶々を入れる。「うるさいよ!」と橋口先輩が一喝し、二人は口を閉じた。
「いつもそうやってギリギリになるんだから今回は早めに設定したの。特に真城くん」
部長がちょっと低い声で真城先輩を見る。
「いやぁ、一本取られましたなぁ」
真城先輩は気にする様子もなくニヤニヤ笑っていた。図太い神経だな、結構。
「じゃ、よろしくね」
部長のその一言でとりあえずその場は解散となった。
そしてこのごった返した、締め切り二日前の部室内に戻る。
「あー終わった」
「次の人いいよ」
パソコンに向かっていた柳井部長が背伸びをし、橋口先輩が振り返った。
「もう紙がギリギリだね、ちょっと私、先生とこ行ってもらってくる」
「あ、私も手伝うよ。……真城くん!」
部長が振り返って真城先輩を探すが、先輩の姿はない。そういえばさっきから姿見ないな。
「あれ、真城くんは?」
「どこ行ったんですかね?」
見回してみると確かにどこにも真城先輩の姿はなかった。先輩が座っていた席には広げられたノートと大きな荷物だけが残されていた。
「真城先輩ならさっきジュース買いに行きましたよ」
「はぁ?」
「部長、柄が悪すぎます」
喜多川先輩の言葉に、部長は「あぁ、ごめん」と言いながら大沢先輩の方を向いた。
「悪いけど戻ったらちゃんと打ち込みやるように言っといて」
「任せといて! 縛り付けてでも書かせるから」
大沢先輩、満面の笑顔で恐ろしいこと言うの、止めて下さい。
大沢先輩の頼もしい(?)声を受けながら、橋口先輩と柳井部長は部室を後にした。
「私先に使っていい?」
「はい、どうぞ」
未だノートと格闘している香藤先輩が気怠げに答える。
「一ノ瀬くんも先に使っちゃいなよ」
明るい口調の大沢先輩に言われたけど、なんとなく違和感があって尋ねる。
「あれ、真城先輩に空けておかなくてもいいんですか?」
「大丈夫、大丈夫、あいつ遅いから早く終わらせておいたほうがいいよ」
「あ、そうですか」
納得して部室内を見渡すと、香藤先輩と仲渡先輩はまだノートと格闘していた。
喜多川先輩を見ると、
「あぁ、俺はまだいいよ。整理したいから」
それだけ告げて、喜多川先輩はノートをめくって考え込んだ。ちなみに今日、紀藤先輩と滝井先輩の姿はない。二人はさっさと仕上げてしまったようだ。
「じゃ、お言葉に甘えて」
有難くパソコンの前に座り、ノートを広げた時だった。
「真城ぉ! 今日こそ勝負しろ!」
壊れるんじゃないかって心配になるくらい勢いよく開いた扉の音と共に、威勢の良い声が響いた。
えっと……誰?
「あんた誰っすか?」
静まり返った空気の中、最初に口を開いたのは仲渡先輩だった。
勢いよく扉を開いて怒鳴りこんだその人物をよく見る。少し茶気のある短い髪、小柄な俺よりも恐らく小さな体。その小柄な体を包んでいるのは真っ白な柔道着で、胸元には「藤山」と刺繍されていた。
その人物は仲渡先輩の問いに答えず、ぐるりと部室内を見渡した。
「真城はどこだ」
「質問に質問を返すってとんだ無礼者だな」
「ちょ……仲渡っ」
つくづくマイペースな仲渡先輩を喜多川先輩が窘める。
「まず聞かれたことに答えるのが常識だろ」
「確かにそうだけど……」
「喜多川先輩も意外と言いますね」
俺が喜多川先輩にそう言うと、先輩は「え、え?」と戸惑っていた。
「お前ら……」
地を這うような低い声に振り返ると、柔道着の人が俯いて肩を震わせていた。
あ、やばい。
「あれ、若宮くんじゃないか」
俺が弁解しようとしたとき、真城先輩の声が響いた。
「あ、真城! どこに行ってたのよ!」
「やぁ、こんなところで何してるんだい?」
大沢先輩の問いに答えず、真城先輩はニヤニヤしながら若宮という人に話しかける。
「真城! 俺と勝負しろ!」
「えー、俺今忙しいんだよねー。だからまた今度ね」
ポンポンと、ジュースの缶を手にしてないほうの手で軽く若宮さんの頭を叩く。ジュースの缶をよく見るとラベルには、「おしるこ」と書かれていた。
今もう七月の頭……。にしても……。
「今の時期にそんな物まだ売ってるんですね」
「え、突っ込むとこ、そこ……」
「美味しいよ、飲むかい?」
仲渡先輩へのツッコミは見事、真城先輩の間延びした声でかき消される。その次の瞬間、バンと机を叩く音が響く。
「なんでおしるこなのよー!」
大沢先輩、よく言ってくれました。
「いいじゃないか、人の勝手だろ」
「だからって何でそのチョイスなのよ、もう信じられない!」
そしてまっすぐ真城先輩を指さして、
「ほら、そんなところに突っ立ってないで、さっさと打ち込みなさいよ!」
「えー、俺まだ書き上げてない」
おしるこの缶を開けて机につく真城先輩の後ろで、
「お前ら……俺を無視するなぁ!」
若宮さんの怒号が響いた。
もっともな反応だと思います。
「おや、だから俺は今日忙しいの。だから藤山に帰ったらどうだい?」
真城先輩の言葉でやっと「藤山」が学校名だと分かった。
「貴様、いつもいつもはぐらかしやがって! 今日こそ勝負しろぉ!」
怒鳴り散らす若宮さん。真城先輩は参ったなぁとうなじを掻いた。
「まぁまぁ若ちゃん、そんな言いなさんな」
いつもの猫背を更に丸めて、若宮さんの頭を軽く撫でる。
「若ちゃん言うなぁー!」
「ちょっと先輩達うるさい」
青筋を浮かべて叫ぶ若宮さんをよそに、終始無言だった香藤先輩が眉間に皺を寄せて口を開いた。
「真城先輩、一回ぐらい試合してやればいいじゃないですか」
投げやりな香藤先輩にそう言われても、真城先輩は渋い顔だった。
「真城!」
「真城、書きなさい!」
香藤先輩に便乗した大沢先輩と若宮さんが詰め寄った。
あー、板挟みになってる……。
「よし、分かった」
ポンと太ももを叩いて、しばらく考え込んでいた真城先輩は若宮さんの方を向いた。
「一本だけやろうか。終わったら書く。それでいいかい?」
「決まりね!」
「そうと決まれば早く着替えろ」
ぶっきらぼうに言い捨てて、若宮さんは武道場の場所を知っているのか、部室を後にしてさっさと行ってしまった。
「やれやれ」
若宮さんの背中が遠ざかるのを見ながら、真城先輩はため息を吐いた。
「先輩、今の若宮さんって人は……」
「んー、藤山高校柔道部の主将なんだけどね。なんか恨まれるみたいでさー」
今みたいによくケンカふっかけられるんだよねーと、真城先輩は笑いながらうなじを掻いた。
「早く勝負して書き上げなさいよ、部長たちが帰ってくる前に!」
「あー、はいはい、分かりましたよっと」
大沢先輩の言葉に適当な返事をしながら、大きな鞄の中から戦隊物のキャラクターのキーホルダーが付いた鍵を取り出した。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
片手を上げて部室を出る真城先輩を見て、
「逃げると悪いから私、監視してくる!」
大沢先輩が部室を飛び出した。
「何か面白れぇことになってきたな!」
「見に行こうぜ! おい、一ノ瀬も来い!」
「え……ちょっと……」
仲渡先輩に腕を掴まれてつんのめりながら部室を出ると、
「あ、ちょっと仲渡! 香藤、一ノ瀬!」
喜多川先輩の叫び声が寂しく響き渡った。
「やっと来たか。遅いぞ」
俺と先輩達が武道場にたどり着くと、入口で仏頂面の若宮さんと制服姿の真城先輩が立っていた。
「あー悪いね、すぐ開けるから」
若宮さんがじろりと俺らを見て仏頂面のまま口にした。
「随分と賑やかだな」
「え、なんだ、みんな着いてきちゃったの」
戦隊物のキーホルダーがついた鍵で施錠を解いた真城先輩が振り返って言う。
「ちょっと着替えてくるから、先に入ってて」
「逃げるなよ」
「はいはい」
適当に返した真城先輩を見ずに、若宮さんは先に入った。その後仲渡先輩と香藤先輩が続く。
「はぁ……やっと……追いついた……」
背後で声がしたので見てみると、走って来たのか息を切らした喜多川先輩の姿があった。
「全く……急に飛び出して……無人で……空けるわけには……いかないだろ……荷物もあるのに……」
「すみません……」
どうやら鍵をして俺らを追いかけてきたらしい。
あれ、でも何か引っ掛かるな……。
「おい、一ノ瀬、喜多川! 始まるぞ、早く来い!」
「あ、はい!」
香藤先輩の声で、俺は引っ掛かりの原因が分からないまま、慌てて武道場に足を踏み入れた。
「いやぁ、お待たせ」
制服姿から、少し汚れの目立つ柔道着に着替えた真城先輩がいつもの猫背で若宮さんの前に立っていた。対する若宮さんは、
「見世物じゃねぇぞ……」
武道場の端に座って成り行きを見ている俺らの方を見て渋い顔をしている。
「だったらあんな大声で部室まで勝負なんて申し込みに来るなよ……」
香藤先輩の呟きは幸いにも若宮さんには聞こえてないようだった。
「じゃあ、始めますか」
間延びした声が響いて、若宮さんは視線を俺たちから外し、真っ直ぐ真城先輩を見据えた。
「大沢さん、ちょっと始めのコールだけやってくんない?」
「何でよ、そんなの自分でやればいいでしょ」
「バカだなぁ、それじゃ意味ないでしょ」
「バカってなによー!」
あーあ、またケンカ始めちゃった……。
「おい……」
「あ、自分がやります!」
若宮さんの叫び出しそうな様子に、喜多川先輩が慌てて手を上げた。
「じゃ、いいですか?」
「いーよー」
「こっちはいつでも出来てる。お前らがぐだぐだしてたんだろ」
苦々しく吐き捨てる若宮さんと真城先輩の顔を交互に見比べて、喜多川先輩は声を張り上げた。
「始めっ!」
お互い向かい合って礼をする。若宮さんは浅く、真城先輩は深く。
まず先に動いたのは若宮さんだった。真正面から踏み込んで、真城先輩に向かう。真城先輩は余裕の表情を崩さないで若宮さんを迎え入れる。
若宮さんの右手が真城先輩の襟元に触れそうになった瞬間――。
「……くそっ!」
素早くかわした。
次々と手を伸ばし、攻めの態勢の若宮さんに対して、真城先輩は軽いステップでかわすのみ。
「くっそ……」
額に玉のような汗を浮かべて必死の形相で何度も手を伸ばし、あるときついに真城先輩の襟を掴んだ。
「……っ!」
思わず俺らも固唾を飲んで見守る。真城先輩の表情は崩れない。
次の瞬間、俺らは目を疑った。
バァン!
畳を叩く音が響く。畳に背をつけていたのは……。
「くそっ……」
「一本あり、だね」
掴んだままの若宮さんの腕を引き上げて、真城先輩はにっこりと笑った。
「え、今のどうなったんですか?」
隣にいた仲渡先輩に尋ねると、先輩は二人を見たまま「一本背負いだ」と答えた。
「真城先輩が襟を掴まれた瞬間、若宮さんの袖素早く掴んで、若宮さんの右腕を抱え込んで投げたんだ」
「へぇー……。真城先輩って強かったんですね」
俺の呟きをかき消すように、大沢先輩が明るい声を出す。
「終わったね、さぁ書こうか!」
「はいはい、分かってますよ。じゃあ若ちゃん、終わるよ」
若宮さんの方を振り返り、元の位置に戻って気を付けの姿勢をとる真城先輩に、若宮さんは「おい!」と声をかけた。
「もう一本だ、真城!」
若宮さんの威勢の良い声に、真城先輩は「えーっ」と眉根を寄せた。
「一本だけって言ったじゃないか」
「そうよ、早く書きなさい!」
大沢先輩が真城先輩に詰め寄る。
「分かってるって~」
「おい!」
またも置いていかれそうになる若宮さんも真城先輩に駆け寄って、
「どけ!」
「きゃっ……」
「あっ……」
若宮さんが真城先輩の前に立っていた大沢先輩を突き飛ばした。
「だ……」
大丈夫ですかと声をかけて、倒れてしまった大沢先輩へ駆け寄ろうとした瞬間、俺は腰を中途半端に浮かせたまま動きが止まってしまった。
そして、再び目を見張った。
真城先輩が音もなく若宮さんの懐に入り込む。次の瞬間、若宮さんの体が宙に浮いた。
バァーン!!
先程とは比べ物にならない音が武道場に響く。真城先輩の背負い投げが決まったのだ。若宮さんは突然のことで受け身が取れなかったらしく、苦痛に顔を歪めていた。
若宮さんから手を離した真城先輩の背中は、いつもの猫背ではなくスッと伸びていた。
その、いつもより背が高く見える真城先輩の口から、静かに言葉が紡がれる。
「柔道の試合は礼に始まり礼に終わる。そんな基本的なこともできないで、心構えがなってないんじゃないか?」
いつもの間延びした口調ではなく、どこか凛とした話し方。
「あれ、誰だよ」
仲渡先輩がそう言うのも無理はない。それほど今の真城先輩の雰囲気は普段と違いすぎだ。
真城先輩が若宮さんを見下ろしたまま続ける。
「他人をないがしろにしてまで勝ちたいのか?お前はそんな汚い信念を持った奴だったか?」
「――っ」
若宮さんは叩きつけられた背中が痛むのか、真城先輩の言葉に答えない。真城先輩は若宮さんの傍に屈みこんで再度口を開いた。
「そうじゃないだろう? さっき俺が瞬時に技をかけたのに若ちゃん、ちゃんと受け身取ってたでしょう。鍛錬の成果が出たんだね」
その声はいつの間にか、いつも通りの間延びした声に戻っていた。
「成長したね」
ぽんぽん、と優しく頭を撫でる真城先輩をじろりと睨み上げて「子ども扱いすんなよ……」と呟いた。
「あははー、ごめんごめん」
やっとゆっくり立ち上がった若宮さんは、未だに尻餅をついたままの大沢先輩の方を振り返って口にした。
「悪かったな」
「いや……」
「なぁに、大沢さんは大丈夫だよ。頑丈だから」
大沢先輩が何か言う前に、真城先輩が笑いながら言った。
え、大沢先輩の心配をしていたんじゃないの!?
見れば、喜多川先輩が額に手を当てて溜息を吐いていた。
「何なのよ、その言い草はー! 女の子扱いしてないみたいじゃないの!」
――やっぱり。
立ち上がり、またも詰め寄る大沢先輩に、真城先輩はにやにや笑うと続けた。
「えーだってそうじゃないか」
「あんたにそんなこと言われたくないわよ!」
「図星だからだろ」
「何よ、真城のバカー!」
すっかりいつものやり取りだ。何だかちょっと安心した。
「真城! 次は勝つからな!」
会話に入るのを諦めたらしい若宮さんが、そう捨て台詞を吐いて出て行こうと……した。
「うわっ」
「あんたたち……何やってるの」
――あ。
全員の声が聞こえた気がした。
若宮さんの行く手を阻むように入口に立っていたのは。
「部室に戻ったら鍵がかかってるってどういうこと?」
「しかも誰もいないし」
橋口先輩と柳井部長だった。
「こんな所で油売ってる暇があるってことは、相当余裕があるってことだよね?」
にっこり笑ってそう言う部長の目が怖い。
「じゃ締め切り明日にしても大丈夫かな」
「大丈夫でしょ」
橋口先輩!? 全然大丈夫じゃないですよ!
「じゃ決まりね。明日まで全員書き上げてくること」
「えぇー!?」
「はぁ? ふざけんな! 間に合うわけないだろ!」
「じゃ油売ってないでさっさと書いたらどうなのっ!」
まぁ……そうなるよね。
俺は深々と溜息を吐いた。今夜は徹夜かな。




